第3話
翌朝、休憩所のテーブルで、また4人と一緒に普通の朝食を摂ったあと、
「では、行くか」
「「「「お願いします」」」」
ベルさんが俺を抱いて、4人を引き連れ玄関に向かって歩きだした。……どこに行くんだろうか?
玄関を出ると、この木造の建物を中心にして囲むように広場があり、その周りを鬱蒼としたジャングルが広がっていた。ときおり、魔物らしき叫び声やうなり声が聞こえるものの、意外と静かだ。
「さすがベル様の結界ですね、防御だけでなく防音も付いているのですね」
「ゆっくり眠りたいからね。建物自体にオリジナルの術式をかけているのだよ」
なるほど、だからギルドの中は安全で静かなんですね。
「じゃ、あの一番高い山に向かって進んでくれるかい。昨日も言ったように、私には高ランクの魔物が寄ってこないからね。少し離れてついていくよ」
そうすると、リーナを先頭にカイ、マルク、アンジュの順に4人は固まって森へと入っていった。そのあとをベルさんも少し離れて歩き始めた。
『ベルさん、どこに行くんですか?』
『そういえば、昨日途中からケイは寝ていたね。森の主に挨拶をしにいくのだよ。ケイもここに住むことになったからね。あと戦闘を見て欲しいと彼らに頼まれてね』
『森の主?』
『あぁ、黒龍だ』
『黒龍って魔物ですよね?』
『Sランク以上の魔物はだいたい知性を持っているのだよ。だからといって安全というわけではないのだが、黒龍は怒ると怖いがいい奴だよ』
『そうなんですね。あと昨日あたりから目がよく見えるようになったのですが、理由わかりますか?』
『それは転移ゲートを通るときに、ケイの体にも魔力が流れたから、少しだけ魔力の使い方を無意識に覚えたからだろう』
『俺にも魔力があるんですか?』
『あぁかなり多いよ。……つづきはあとにしよう。戦闘が始まりそうだ、見ているといい。見るのも勉強だ』
ベルさんに言われ視線を前を向けると、リーナがいなくなっていた。しばらくしてリーナが現れるとすぐにカイが走り出し、そのあとを追ってマルクとアンジュも走り出した。すると奥から体長3m以上ありそうな、4本腕の熊がカイに向かって走り込んできた。カイが槍で牽制し熊の勢いを止めると、突然熊の左腕2本が切れ飛んだ。魔法かな? そして熊が怯んだ隙に、カイが熊の心臓あたりに槍を突き刺した。熊は息絶えたようだ。すぐにカイとマルクが解体し、それほど大きくない袋に詰め込んでいるようだ。魔道具かな? 解体作業が終わったのか、4人は歩き始めた。
しばらくすると、リーナが消えた。そしてまたリーナが現れるとカイが走りだし、マルクとアンジュがそのあとを追いかけていった。今度は、体長2mほどの蟷螂が3体いるようだ。カイが2体に対して槍を突きつけ、マルクが残る1体に対して剣で切りつけ始めた。するとマルク側の蟷螂の頭が切れ飛んだ。リーナが短剣で切り落としたようだ。その後、残り2体の首も飛び、戦闘が終了した。解体も済み、また4人は歩きだした。
うん、この人たち強いな。なんで一昨日、ボロボロになっていたんだろう? もっと強い魔物にでも出会ったんだろうか? このあとも何度か魔物と遭遇しつつ3時間ほど進むと、一度休憩するようだ。リーナが火をおこし、お茶を沸かしている。
「ベル様、私たちの戦闘はどうでしたか?」
マルクが不安そうに聞いてきた。
「もう君たちはAランクの冒険者だ。自分たちのスタイルでやればいいだろう。もし私ならということで話をさせてもらおう。まずリーナ、索敵能力は高いが判断が甘い。相手がまだこちらに気付いていないのに、カイが走り込むと相手に気付かれ、不意をつけない。もう少しきっちり見極めるべきだ。次にカイ、君は自分の戦闘に集中しすぎている。もしもっと強い相手やこのパーティ以外のものと組んで戦闘になると、孤立する可能性が高い。次にアンジュ、付与魔法は、もっと状況に合わせて変えるべきだ。初戦のとき、フォーアームズベア1体で終わったからいいものの、戦闘中に他の魔物が襲ってくる可能性もあった。だから最初にかける付与魔法は、攻撃力強化系よりも防御力強化系の方がいいだろう。最後にマルク、君はリーダーだ。目的を履き違えてはいけない。特に今回は殲滅でも討伐でもない。避けられる戦闘はもっと避けるべきだ。そうすれば目的地にも早く安全に到達することができる。今日もあったが戦闘中や解体中にも魔物は襲ってくる。君の判断一つでパーティの生死が決まってしまう。もっと時間的視野を広く持って、考えて行動するべきだ」
「私たちもまだまだですね。……いや違うか、これは私たちとベル様との違いですね」
「そうだ。私の考えが正しいわけでも、君たちが間違っているわけでもない。ただ、こういう考え方もあるというだけだ。理解が早くて助かる。もうわかっているとは思うが生き残りたければ、ときには臆病になることも大切だ。では行こうか」
「はい、ありがとうございます」
マルクが質問し、ベルさんが答え、休憩は終了した。なるほど、だからあんなボロボロになっていたのか。
それからは戦闘もなく、しばらく歩いていると、山の上から黒い雲が降りてきた。そこから1時間ほど進んでいくと、前を歩いていた4人が立ち止まっている。武器を構え、辛そうにしている。
「黒龍の威圧が辛ければ、もう少し下がればいい。少し待っていてくれ」
返事もできないぐらい辛そうな4人を残して、ベルさんは奥へと進んでいった。30分ほど進んで岩場に出ると、手ごろな岩にベルさんが腰掛けた。俺は辛くないがベルさんのおかげだろうか?
しばらくすると黒い龍がこちらに寄ってきた。黒い雲かとおもってたら、体長200mぐらいのトカゲのような東洋風の黒い龍だった。近くまでくると空中に漂ったまま、軽いノリで話しかけてきた。いや、ベルさんと同じ念話かな。
『やぁベル、久しぶりじゃな。その子は何者なのだ? 其方の子か?』
『あぁ久しぶりだね、クロエ。この子はケイ、私の契約奴隷だ。ケイもこの森で暮らすことになったから、森の主に挨拶しておこうと思ってね』
『ちょっと待つのじゃ、ベル。この森の主は其方であろう。妾でも其方とは戦いたくないぞ』
『その話、今はいいだろう、また喧嘩になるし……よしケイ、挨拶をしてくれ』
『はじめましてクロエさん。ケイです。よろしくお願いします』
『うむ、妾がクロエじゃ、よろしく頼む。ところでケイ、其方は闇の加護を持っておるのか?』
『……』
やばいバレてる。返しが思い付かなくてだまってしまった。
『クロエ、すまない。ケイにはまだ闇の加護について話していないのだ。森にいる子たちが帰ってからにしようと思っていたのだが。……あとケイは前世の記憶持ちだが、この世界のことをほとんど知らないのだ』
『なるほど異世界の記憶持ちか。ケイはまだ1才にも満たないであろうに、よく言葉を理解しておるな。妾は200年ほどかかったというのに……』
『クロエ、おまえは努力が足りない。……まぁそんなわけで近いうちに稽古をつけてやって欲しい』
『あぁわかったのじゃ。ケイ、いつでも来るがいい、妾が相手してやろう』
闇の加護についてバレてるよね、きっと。……クロエさんはあっさりと山へと帰っていった。
『よし、ケイ。少し急ぐぞ』
そう言ってベルさんが走り出すと、森の草木がベルさんを避けるように変化し、まっすぐのトンネルができあがった。通った後はまた元の森の姿に戻っていく。そして、すぐにマルクたち4人が休憩しているところに到着した。ここはさっき休憩してたとこかな?
「ベル様、お疲れ様です。早かったですね。今のが“フォレストウォーク”ですか? はじめて見ました」
マルクが声をかけ、残りの3人が頷いている。3人もはじめて見たのかな。俺もはじめて見たけど。
「待たせたね……樹魔法のスキルはエルフ族以外、なかなか現れないからね。じゃ行こうか」
ベルさんが言うと、また4人が先に歩き始めた。帰りは2時間ほどでギルドに着いた。彼らもよく考えているようだ。
そのままみんなで普通の夕食を取り、俺は眠りについた。
翌日、みんなで朝食を取ったあと、“栄光の翼”の4人は帰っていった。
『さぁ、ケイ。いろいろ質問があるだろうが、まず私の話を聞いてくれるかい?』
先ほど、朝食を食べたギルドの休憩所のイスにベルさんは腰掛け、俺を抱いたまま話しかけてきた。うん、2階のゴミ屋敷よりも落ち着いて話せるね。
『わかりました。お願いします』
このまま森に捨てられたら、確実に死ねるし、俺は素直に聞くことにした。
『まず私がケイを引き取った理由だが、魔王のサタンに頼まれたからなのだ。今から半年ほど前、サタンに神から“闇の加護を持った人間が生まれたので保護して欲しい”とお告げがあったらしい。サタンはすぐにデス諸島中、探し始めたが見つからず、私にもアーク大陸で探して欲しいと依頼してきた。そして、私が見つけたわけだ。すまない半年も待たせてしまって』
ベルさんは、頭を下げてきた。
『たぶん半年後にベルさんに出会うのは、運命で決まっていたのだと思います』
この半年かなり幸せだったけど……これは秘密にしておこう。
『そう言ってくれると助かる』
『いえ、そういう意味ではなく……』
俺は、エリスさんとのやり取りを最後の部分を省いて説明した。俺の煩悩話は省いても問題ないよね?
『だから米で……30万人……あぁすまない、わたしも知らないことがあったのでな』
『俺は魔法使いになって、白い御飯を食べたいのですが、可能ですか?』
『ケイは、その白い御飯っていうのを作れるのかい? わたしには料理の才能がないからね』
『もちろんです。米と水さえあれば大丈夫です』
『それならここで私と過ごせば、ケイの努力次第で可能だ。ケイはいいのかい、私で』
『お願いします』
ベルさん、美人で男前な性格してるのに、たまに可愛いとこあるよね。
『よしっ私に任せてくれ。じゃ話を続けるぞ……ケイの保護について、サタンと話し合って決めたのだが、仕事に余裕のある私に決まった。サタンは魔王だし忙しい男だからね。最初は私の父に候補が上がったのだが、ケイが人間族の時点でなくなった。隠し子疑惑で母が街一つぐらい吹き飛ばしかねないからね。ハイエルフの女性は一途で嫉妬深いのだ。ここまではいいかい?』
『ということは……サタンさんとベルさんとベルさんのお父さんの3人が闇魔法の使い手で、ベルさんのお父さんが人間族、ベルさんは人間族とハイエルフ族のハーフで間違いないですか?』
『そのとおりだ。あとサタンは魔族だ。続けるね……闇魔法についてだが、この世界では失われた魔法理論として扱われている。今でも闇魔法を使える魔物がいるので存在自体は認識されているね。闇魔法は耐性強化、認識阻害、時空間魔法、転移、自動修復、念話、魔眼、呪加、吸収、死霊魔法など、完全にアシスト系の魔法で危険はない。危険なのはその習熟方法なのだ。他の魔法や術のように反復練習によって習熟するのではなく、同族を生贄にすることによって習熟していくので、無差別大量殺人が行われる可能性がある。また、この習熟方法が世間に知られると迫害される可能性も否定できない。私たちは、もう社会的地位を築いているので問題ないが、ケイは気を付けたほうがいいだろう。詳しくはこれから教えていくが闇魔法の危険性についてはいいかい?』
『俺が闇の加護を持っていて、闇魔法を使えることが世間にバレても構わないということですか?』
『そうならない方がいいというだけで、もしバレても私たちに気遣う必要はないよ。もちろん私たちが公表することはないがね。今のところ世間では知られていないだけで、これからも文献や伝承がみつからないとは限らないし、近いところでは500年前までは、魔族で伝承されていたのだから。エリス殿の話が正しいのであれば、今のところケイを含めて4人しか闇魔法の使い手はいないが、ケイのように生まれてくる可能性だってあるのだ。だからこそ、ケイが自分の力でケイやこれから出来るであろうケイの家族の身を守れるように育てるのが、私たち3人の共通認識なのだよ。……今までのところで質問はないかい?』
『あの……なぜ俺が闇の加護を持っているとわかったのですか?』
『あぁそれはね、ケイが闇魔法の認識阻害を使って魔力の量を隠しているからだよ。たぶん防衛本能みたいなものじゃないかな。ケイは闇の加護について他の者に知られてはいけないと強く思っているからね。たぶんAランクの冒険者でも気付かないと思う。まぁ実際にマルクたちですら気付かなかったしね。気付いたのは、クロエとパウロしかいないと思うよ』
『パウロって、俺の居た町のギルドにいた白髪交じりの男性ですか?』
『そうだよ、アイリスの街のギルドマスターだ。彼は魔法使いでないから、違和感を感じた程度だと思うよ。彼にとっては、私が子供を連れているほうに興味がいっていたので問題ないよ。あとこのギルドには、Sランクの冒険者以外、ほとんど来ることがないからそんなに気を張る必要はないよ』
『ランクアップ試験で来る冒険者はいないんですか? あと転移ゲートもあるし』
『Aランクへのランクアップ試験は他にもあるし、ここの試験は合格率が一番低い。あとBランクのパーティなら近くの村から往復でひと月以上かかるからね。みんな避けるのだよ。マルクたちは、私と話をしたかったと言っていたね。それから転移ゲートはSランクの冒険者しか使えないのだ。ちなみにケイは私の契約奴隷だから一緒に通れたのだよ。あとは、ここに来るようなSランク冒険者は化物か変人しかいないから、ケイを見ても普通の子供としてしか認識しないよ。もし気付かれても私たちがなんとかするから、普通にしていればいいよ』
『ありがとうございます、ベルさんにお任せします』
『あぁ私に任せてくれ。それじゃ、まず効率を考えて、その小さな体を成長させることを優先しつつ、文字から教えていこう』