第14話(地図画像あり)
ゴブリン王の襲来から3ヶ月が経ったころ、暖かくなってきたおかげなのか、芝刈りの指名依頼が多くなっていた。そんなある日、
「ケイさん、司教様がお会いになりたいそうなのですが、少しお時間宜しいでしょうか?」
ある屋敷の管理人室で依頼達成の証明書をもらっていると、裾の広い頭巾を被った修道服の若い女性に声を掛けられた。
「ええ、構いませんよ」
司教? カステリーニ教国か……最近、芝刈りの依頼が増えて、事前の確認忘れていたよ。
少し時間をもらい学園の制服に着替えてから、女性の案内で屋敷2階の1室に通された。応接室ようだ。
芝刈りの指名依頼のときはキアラさんがいないので、1人イスに腰掛けたが待つほどもなく、先ほど女性と同じ修道服を着た年配の女性が現れた。
「座ったままで、構いませんよ。今日は私的なお話がしたくて来て頂いたのですから」
女性の優しい声に、甘えることにした。
「冒険者のケイです。よろしくお願いします」
向かいに腰を下ろした女性に、座ったまま頭を下げた。
「ええ、こちらこそ。私はカステリーニ教国の司教、セシール・ルヴォフです。まずは、お礼を言わせてください。……キアラ様に手を差し延べてくださり、有難う御座います」
「キアラ様?……キアラ・ルミエールさんのことですか?」
「そうです、キアラ・ルミエール様のことです。私は彼女を見守るために、この地に赴任して参りました。私達は、彼女を影から見守ることしかできません。そして、アラン様の問題で歯痒い思いをしていたのですが、ケイさんが現れたのです」
「なぜ、影から見守る必要があったのですか? 直接助けに入ることはできなかったのですか?」
「ケイさんもご存知かもしれませんが、彼女は“聖女の加護”を授かっております。彼女は隠したがっておりましたので、周りは気付かない振りをしていました。いえ、違いますね、私達も隠していたのです、彼女が教皇派から政治利用されないために。ですから、私達が直接助けると教皇派からいらぬ詮索が入るため、隠しています。できれば、これからも隠していきたいと考えています」
なるほど、バレてたんだね、キアラさん。
「では、なぜこの時期に私にこの話をされたのですか?」
「それを説明する前に、彼女の生い立ちからお聞きください。
彼女は生まれたその日から光魔法スキルを持っていましたので、彼女の両親はすぐに修道院に預けました。これはおかしいことではありません。カステリーニ教国では光魔法スキルを持つ女児を修道院に預けることが推奨されています。勿論、政策ですからかなりの金銭が両親に支払われます。カステリーニ教国では国の権威を保つためこのような政策が執られています。
そして、修道院で過ごしていた彼女は5才のときに加護を授かりました。“聖女の加護”は祈りのときに授かることが多いのですが、一種のトランス状態になります。傍から見ていれば、すぐにわかるのですが、本人は気付かれていないと思っています。
これは後になってわかったことですが、前世の記憶を持っている彼女は5才の時点である程度、人格が形成されていました。そして、今でもそうですが、彼女は人と違うこと、人に感謝されることが苦手としていますので、最初は周りも気付かない振りをしていました。
その後、彼女は周りを気遣い、老人や年下の面倒見も良く、思いやりのある優しい子に成長しました。政治や権力から遠い存在です。ですから彼女を守るため、気付いていない振りをしながら、隠しているのです。
そして、後はご存知かもしれませんが、彼女はアラン様から手紙をもらいこの都市に来ることになりました。彼女は知らなかったようですが、私達はアラン様のお噂を耳にしていましたので、不安で仕方ありませんでした。しかし、今まで見たこともないぐらい嬉しそうにしている彼女をみると、学園の入学を諦めさせることはできませんでした。
これが彼女の生い立ちになります。ご理解頂けたでしょうか?」
人と違うことを嫌い、感謝されることが苦手か……日本人らしいね。前世でも海外の人には理解されにくい性格だよね。でも中学生なら仕方がないか、もう少し大人だったら違ったかもしれないのにね。
「ありがとうございました、そのようなことがあったのですね。……ということは、何かが起こっている、もしくは何かが起こりそうということですか?」
「はい、そうなのです。ゴブリン王の襲来のため、この都市とエイゼンシュテイン王国を繋ぐ北東の街道や農地が破壊され使えなくなっています。そのため、この領地からエイゼンシュテイン王国に輸出されていた食糧が止まっています。ご存知でしたか?」
おいおい何が軽くお灸を据えるだ。エグいことするなぁ学園長も。
「いえ、知りませんでした。では、エイゼンシュテイン王国は食糧危機になっているのですか?」
「まだ、そこまでには至っていません。ですが回復の目処が立っていないので、追い詰められていることには変わりません」
これならゴブリン王の襲来をエイゼンシュテイン王国が画策した証拠がなくても、学園長に仕方がないと言われれば聞くしかないか。
「でも隣国経由で輸入することは可能ですよね?」
「はい、実際やっていると思うのですが、元々私達のカステリーニ教国やアルガス帝国とはあまり関係が良くありませんので、上手くいっていないようです」
「すみません、まだ国の位置関係を理解していないので、説明して頂いてもいいですか?」
「もちろん構いませんよ。このラルス領を中心に、北東にエイゼンシュテイン王国、南東にカステリーニ教国、南西にシュトロハイム王国、北西にアルガス帝国があります。エイゼンシュテイン王国とカステリーニ教国の東側は海で、エイゼンシュテイン王国とアルガス帝国の北側に西から海に向かって大きな川が、カステリーニ教国とシュトロハイム王国の南側に西から海に向かって大きな川があります。それぞれの川の北側と南側、それにシュトロハイム王国とアルガス帝国の西側には、小国や未開の地が広がっています。お分かり頂けましたでしょうか?」
(ケイのイメージした略地図です)
「ということは、エイゼンシュテイン王国と隣接する国は、このラルス領を除けば、カステリーニ教国とアルガス帝国しかないということですね」
「はい、その通りです。カステリーニ教国は静観の構えを崩すとは考えられませんが、アルガス帝国は、近年、急速に国土を拡大している新興国です。どう動くか読めませんので、現在、予断の許さない状況にあります」
「もし大きな戦争に発展した場合、キアラさんが政局に巻き込まれる可能性が高まるということですか?」
「その通りです。そして、この事を知った上でラルス様に確認頂きたいのです。ラルス様がどうお考えなのかと」
「セシールさんが、学園長に聞くことはできないのですか?」
「もちろん、何度か書状はお送りしています。返答はありませんが。ラルス様は、普段、誰ともお会いになりません。この都市で気軽に会えるのは、奥様のミシェル様とケイさんしか居られません」
マジで! 結構、便利に使ってたんだけど、マズかったのかな。
「確約できませんが宜しいですか? たしかに今まで気軽に会いに行っていましたが、今の話を聞くと、気軽には動くことができません。学園長も考えられていると思います。公表しなければいけない情報と公表してはいけない情報があります。おそらく今回は後者でしょう。学園長に会う機会があれば聞くことになるかもしれませんが、セシールさんにお伝えできるかどうかは、そのときになってみないとわかりません」
「それで構いません。今日の目的は、ケイ様にお礼を述べること。あと、キアラ様の置かれている立場と現状を知ってもらうことにあります。ですから、ケイ様ご自身がご確認してくだされば、それで結構です」
「私は何も知りませんし、力もないのですが、宜しいのでしょうか?」
「いえいえ、ご謙遜を。たしかに表向きはそうかもしれません。しかし、特異な人脈やゴブリン王の襲来でのご活躍、前世の知識など、ケイ様は各国情報部に要注意人物としてみられているはずですよ」
たしかに、この都市に来てから“探知魔法”に気になる反応はあったけど、アランの関係者だけじゃなかったんだ。そういえば、アランは?
「最後に、1つお聞きしてもいいですか?」
「もちろんです、どうぞ」
「シュトロハイム王国のアラン様は、カステリーニ教国にとって、どのような存在なのですか?」
「アラン様に限らず、勇者様に対してですが、“聖女の加護”を持つものは、できる限り勇者様をお助けするのが望ましいことになっています。あくまでも、望ましいです。今の勇者様には、“聖女の加護”を持つ者が嫁いでおりますが、絶対ではありません。そこには色々な思惑があると考えられて宜しいかと思います」
上手く濁すなぁ。……婚姻も政策の1つということかな。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、長い時間お引き止めして申し訳ございませんでした。また会える機会を楽しみにしております」
これで、帰れることになった。……この手の人は疲れるね。
冒険者ギルドで報酬をもらい、家に帰ってきた。
「お帰りなさいませ、若様。少しお疲れのようですが」
「いえ、大丈夫です。キアラさん達はどうされていますか?」
「ご友人にお会いするために、出掛けておられます」
「そうですか、少し休憩してから、また出掛けます」
「畏まりました」
キアラさんには、友達が増えたようだ。アリサさんとリムルさんに作ってもらった装備がきっかけで、話掛けてくれる子が増え、朝夕の鍛錬のおかげでクラスでの遅れも取り戻し自信も付いたのだろう、少しずつ明るく積極的になっているから当然だろう。
やっぱり、アリサさんとリムルさんもうちで住んでもらうことになって良かったのかな。
俺?……俺は1人での楽しみ方を知っているから大丈夫だ。……大丈夫なはずだ。
すっかり忘れていたことがあった。パン屋さんだ。あれから、3ヶ月かぁ。また来るよって言ったのに……
「いらっしゃませ!……あっ、お父さん、お兄ちゃんが来たよ」
今日も、元気良く可愛らしい笑顔で出迎えてくれたのに、店の奥に走っていった。……ヤバい、殴られるのか。耐性あっても痛いんだけど。
「すみません、娘がお世話になりまして……って、兄ちゃん、若いなっ! うちの子と一緒ぐらいか、いやっ、歳は関係ねぇな。ありがとうございます、娘がお世話になりました。この子には、才能がないと思っていたんですが、お客さんのアドバイスでちゃんと柔らかいパンを焼けるようになりました。お客さんもどこかで修行されているのですか?」
奥から出てきた、ガタイがでかく人相の悪いおっちゃんが丁寧にお礼を言ってくれた。見た目は怖いが客商売だし、普通か。でも、この体重差なら捏ね足りなくても仕方ないか。
「ちゃんと焼けたなら、それで良かったです。修行はもうしていませんが、昔習ったことがあったんです。でも、今は酵母がなくて作れないんですけどね」
「そうですか、酵母はどこも秘伝ですからねぇ。なかなかわけてもらえないでしょう。良かったら、うちの酵母を使ってみますか? お客さんの使っていたやつとは違うかもしれませんが」
「いいんですか? 秘伝ではないのですか?」
「もちろん、他の奴が言ってきても、譲りませんよ。たまにいるんですよ。急に来て、酵母をわけて欲しいって奴。でも、お客さんは、娘が世話になったんだ。これくらいどうってことないですよ。それに、酵母は大量に作りますからね」
あっ、それだっ! ちまちま少量作ってたから、失敗してたんだ。少量だと温度が安定しにくいからね。あと、急に来てわけて欲しいって言った奴、たぶん俺だ。
「すみません、お願いします」
上手く、酵母を手に入れることができそうだ。さらに、酵母を作れる可能性までもらった。
「ちょっと待っててください。すぐ取ってきますから」
おっちゃんが、店の奥に入り、酵母菌の入った小さい甕を持って来てくれた。
「ありがとうございます。あと、このパンもください」
「気を使ってもらわなくても構いませんよ。パンは焼き立てが旨いです。自分で焼いて食べてください。お客さんには、娘にそれ以上のものを頂いていますから」
良い人だ。こんな親に育ててもらえれば、この女の子も良い人に育つだろう。でも申し訳ないので、パンを買って店を出た。
「「ありがとうございました」」




