第8話
防衛戦が始まった。現在は3日目だ。もちろん、奴隷である俺は都市の外に出れないので、今回の依頼を受けていない。でも心配なので、情報が集まる冒険者ギルドにいることが多い。隣だしすぐに行けるからね。ちなみに学園は臨時休園になっている。
今も冒険者ギルドで新しい情報を待っていると、ギルドに伝令が走り込んできた。
「報告します。東門、前方、約2kmの大岩の上で、アラン様率いる“ブレーブロード”のメンバー8名が孤立いたしております。繰り返します。東門、前方、約2kmの大岩の上で、アラン様率いる“ブレーブロード”のメンバー8名が孤立いたしております」
ギルド内が沈黙の後、騒然としだした。……アラン達は何がしたいんだろう。行くのは勝手だけど、アイツ等が死ぬといろいろ面倒なことになるのにね。カミラさんが対応してくれていると思うんだけど……
考えを巡らせていると、
『ケイ!』
頭の中で懐かしい声がした。ベルさんの念話だ。
『あっベルさん! お久しぶりですね』
振り返るとベルさんが居た。
『久しぶりだね、ケイ。元気だったかい?』
『はい、元気です。ベルさんもお元気そうですね』
『私は元気だよ。クロエもね。よしっ、行くぞ!』
『どこにですか?』
『ゴブリン王を倒しにだよ』
『はぁあ!?』
『すまない、説明がまだだったね。歩きながら話そう。……先程、私のところにも情報が入ってね。加護を試すのに調度いいから、クロエに行ってきてくれと頼まれたのだよ。ゴブリンは人型だから、ケイにも問題ないだろうってね』
『えっ! あの集団に突っ込むんですか!? 7万ですよ! さすがに無理でしょう!』
『クロエの加護が死角を防いでくれるから、前に進むだけでいいらしいよ。無理なら戻ってくればいいしね』
『やってみますが、無理なら戻ってきますよ』
学園都市の東門に近づくと大勢の人が押し寄せていた。そういえば、アラン達が取り残されていたね。
『凄い人だね。何かあったのかい?』
『勇者の息子のアラン様のパーティが前方の大岩の上に取り残されているらしいです』
『彼らも冒険者ギルドに登録しているのだろ?』
『はい、仮登録ですが……』
『じゃあ。自己責任だね。放っておけばいいよ。……ちょっと悪いのだが』
ベルさんがそう言うと、静まり返った群集が二つに割れ、門まで1本の道ができた。
『何かしたんですか?』
『少し威圧をね。さぁ行こう』
開けた道を東門に抜けると、カミラさんが近づいて来た。
「ベル様でお間違いないでしょうか。私は、この防衛作戦の責任者で、冒険者ギルドアーク学園都市支部事務長、カミラ・コルナードです。指揮権を移譲致しますか?」
「いや、それには及ばない。私はケイの付き添いだからね。これからケイの鍛錬を始めるが、アラン様のことはそちらに任せる」
「わかりました」
わかったのかよ! 止めろよ! 可笑しいだろ、この状況で鍛錬って!
『ケイ、よく聞いて。今、ゴブリン達は、王の強力な指揮下にある。これは予想だが、アラン様が孤立している辺りまでは、ケイが狙われることはないはずだ。そこまでは、邪魔なゴブリンだけ斬ればいい。後ろから攻撃されることもないだろう。しかし、あの2kmあたりまで進んで、王に危険と判断されると攻撃対象になるだろう。“黒龍牙”と“黒龍爪”の出番はそこからだ。そして、ゴールは王の首だ。頑張ってくれ』
『はい、わかりました』
わかりたくないけどね。
とりあえず、通常の小太刀を抜き、二刀流で防衛ラインの少し前へ出て様子を見た。防衛ラインを抜けるとき、誰かに何か言われたが聞き取れなかった。
確認のため、防衛戦の邪魔になりそうにないところで少し戦闘をしてみた。ゴブリンは人型で身長は120~140cmで小太り、皮膚は緑色で腰巻きのようなものを着けているが全裸に近い。こん棒や錆びた剣を持っているが技術はなさそうだ。急所も人と同じだろう。あとゴブリンの視界に入らなければ攻撃されることはなさそうだ。できるだけ視界に入らないためにも、まっすぐ進むのがいいだろう。……行ってきます。
小太刀を節約するために受け流しも使わず、できるだけ体捌きで避けながら、王を目指してまっすぐに進んだ。王は集団の中心やや後方、東門から約4kmのところに陣取っている。目視でも大きいのがわかるが、“探知魔法”の反応がヤバい。強そうだ。
アラン達“ブレーブロード”のいる大岩に近づくにつれ、少しスリムなゴブリンが現れては、消えていく。偵察要員なんだろうか? そろそろベルさんの予想した辺りだけど、あまり変化を感じることができない。大岩に近づいたとき、彼らが何か叫んでいたが聞こえなかったことにしておこう。自分一人で精一杯だ。
大岩から約300m進んだ辺りで変化があった。ゴブリンの奴等、味方も関係なく弓矢を撃って来やがった。サタン様のローブを着ているので当たっても大丈夫かもしれないが、怖いので避けまくった。しばらくして弓矢が止むと周りにいるゴブリンの雰囲気が変わっていた。皮膚の色は同じだが、身長が150~160cmぐらいで筋肉質になっている。明らかに俺を狙っていそうだ。そろそろかと思ったとき、“黒龍牙”と“黒龍爪”が現れた。両肩の後ろあたりに浮いているので、背後を守ってくれるのだろう。ここはクロエさんを信じて前に進んだ。
クロエさんの加護は、凄い。俺の動きを先読みしいているのだろう。俺の動きの邪魔をせず、後方だけでなく、前方にも防御に入ってくれる。俺はただひたすら、斬る作業をするだけだ。
ゴブリン王から残り1kmを切ったあたりで、四方八方から魔法まで打ち込まれてくるが、“黒龍牙”と“黒龍爪”は抜刀され、俺の二刀流と合わせて、六刀流になり完全に防いでいる。俺の間合い内で4本の鞘と小太刀が飛び回っているのに、まったく邪魔にならない。……凄すぎる。
魔法が打ち込まれだしてからは、移動が楽になった。誤爆でどんどんゴブリンの数が減っていく。俺も威力は弱いが火魔法の火球を撃ち続け、ゴブリンが怯んだところを斬るだけの簡単な作業で進んでいった。防御を考えなくていいのは楽でいいね。
残り100m辺りで、ゴブリン王が立ち上がった。デカい! 4mぐらいあるだろうか。ほとんど黒に近い緑色の皮膚で牙も長いだろう。体が大き過ぎて比較できないが。刃渡り3m全長4mぐらいの剣を持っているが、どこで手にいれたのだろうか? 人が扱えるとは思えない。巨人族とかいるのだろうか? 聞いたことないが……
残り50m、ゴブリン王がこちらに向かって走りだした。大きな図体の割に結構速い、俺ぐらいだろうか。あの体格で自重とかどうなっているんだろう? 膝や腰は大丈夫なんだろうか?
ついに激突!……だが俺ぐらいの速さなら問題ない。あといくら力があっても当たらなければ意味がない。“曳き斬り”を使い、両膝を斬り落とし、王が倒れかけている途中で首を斬り落として終った。やはり、“曳き斬り”は地味だ。
クロエさんの加護の性能実験は成功でいいだろう。凄すぎて、俺は斬る作業をしているだけだった。
王の首と魔石を回収し、異空間に入れておいた。
実際、行きよりも帰りのほうが大変だった。“黒龍牙”と“黒龍爪”はあまり人に見せたくないので、出てこないようにお願いしたら、願いを聞いてくれたらしく出てこなかった。あと、王の洗脳が解けたのだろう、錯乱状態になったゴブリンたちが暴れ回っているので、なかなか帰ることができなかった。
『お疲れ様、ケイ。ここは騒がしい。ケイの家に行こう』
やっと辿り着いたようだ。振り返ると砂埃で何も見えない。もう都市に向かってくるゴブリンはいないが、落ち着くまでしばらく掛かりそうだ。
「ケイ様、どうなりましたか?」
カミラさんが俺に気付いたようだ。
「あの、これどうぞ」
魔法袋からゴブリン王の首を取り出して、渡した。
「「「「「おおおおぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!」」」」」
周りからどよめきが起こった。
「ありがとうございます、ケイ様。お預かりします」
カミラさんが受け取ってくれた。今回、防衛戦の依頼は受けていないので、これで俺の鍛錬は終わりだ。
ただ、今回の鍛錬で小太刀のストックがあと3本になってしまった。ゴブリン王の魔石が高く売れるといいのだが……
「お帰りなさいませ、若様。それにベル様もお疲れ様でした。どうぞ中へ」
「ありがとう、爺や。それに、すまない、ケイの家の管理を任せきりで」
「爺やが好きでやっていることに御座います、お気になさらず。ところで、若様。そのような返り血を浴びて、どうなされたのですか?」
「すみません。すぐに流してきます」
2階にある流し場で、洗濯しながら、まだ寒いので、サタン様にもらったたらいにお湯を溜めてから体を洗った。体が小さい頃はゆったりと浸かれたが、今は少し浅い。でも半身浴にはいいサイズだ。
体を洗い流し、洗濯も終らせて、一階のテーブル席に向かうとベルさんの他に、ゲルグさん、フレディさん、爺やさんも待っていてくれた。ビールも並んでいる。フレディさんは俺がこの家に住み始めてから、ずっと居るんだけど仕事は大丈夫なんだろうか? いつも凄く助かっているので、文句はない。できればずっと居て欲しいぐらいだけど。
「ケイ、まずは乾杯だ! ビールを冷やしてくれ!」
ゲルグさんが催促してきた。
「何に乾杯でしょうか?」
みんなのビールを冷やしながら尋ねた。寒いけど、冷やしてもいいのだろうか? 俺は黒ビールでも冷たいほうが好きだが。
「何を言うておる。“黒龍牙”と“黒龍爪”の初陣に決まっているだろう」
「あっそうでした。では……“黒龍牙”と“黒龍爪”の初陣、勝利を祝して、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
「ケイどうだった。実戦での使い心地は?」
「そうですね。自分で握ってないので実感がないのですが、いいと思います」
ゲルグさんが聞いてきたが、触ってないので本当にわからない。
「そうだったな。聞いてはいたんだが、一回見せてくれんか?」
「いいですよ」
魔法袋から取り出した“黒龍牙”と“黒龍爪”を前方に浮かべた。
「ケイ君、試しても“カキン”いいかな?」
フレディさんが、言い終わる前に短剣を投げてきた。弾かれるまでまったく気付かなかった、Sランクの人は凄いね。そして、頭がおかしいね。
「「「おおおぉぉぉ」」」
小さなどよめきが起こった。
「これが、クロエさんの加護ですか。攻略が難しそうですね」
フレディさん、難しそうなだけで、攻略はできるんですね。
「この加護のおかげで、今回の戦闘は斬るだけの作業でした」
「ゴブリンクラスじゃ、ケイ君でも対応できるだろうし、その防御があれば、そうなるだろうね」
「ケイ、それでいいんだよ。今回は、クロエの加護をケイが使いこなせるかというのが目的だ。普通、加護があるからといっても、簡単に使いこなせるものではない。抜刀までしていたのだ。十分成果があったと思うよ。クロエも話を聞けば喜ぶだろう」
「なにぃ! ケイは六刀流なのか!?……乾杯じゃ!」
ゲルグさん、飲みたいだけだろ。
その後、夕食を食べお酒を飲みながら、ベルさんが帰るまで、この都市で今日まであったことを話して過ごした。




