第1話
12月21日、晴れ。新しい朝が来た。日の出前に自宅の宿泊施設で目が覚めた。この世界に生まれて、初めて一人で寝たんだけど自分の欲望と戦う必要もなく、ゆっくり眠ることができた。
爺やさんに、料理以外、家のことはやらなくていいと言われたが、そういうわけにはいかないだろう。たしかに、管理維持費はこれからの料理の対価で賄われるかもしれないが、購入改築費用は別だ。少しでもお返しするために宿泊者の各部屋をまわって、洗濯をすることにした。こんなことでは100年経っても返せそうにないが……
洗濯後、朝食の準備をし、来た人から順番に提供していった。朝はパンやスープなど洋風にすることが多い。和食ばかりで飽きられると嫌だからね。
みんな、目立たないように夜中に帰る予定にしていたが、サタン様が転移魔法陣を作ったので、ゆっくりしてから帰るみたいだ。これなら冒険者ギルドの横を家にした意味がなさそうだけど、誰も気にしていない。さらに便利になったと喜んでいるだけだった。Sランクになればお金も余っているのだろう。
俺はお金を持っていないので、朝食の片付けの後、学園で使う筆記用具などを買うために冒険者ギルドに依頼を受けに行こうしたら、
「ケイ君、おねえさんと朝の運動をするよぉ」
シャルさんに捕まった。入学すれば、学生に絡まれるかもしれない。そのとき、武器を使わず相手を無力化できる体術は役に立つだろう。……きれいなお姉さんと密着できるし悪くないというのもあるけど。
地下闘技場に来たが、やはりデカい。床は土で、壁は石造り、天井までは10m以上ありそうだ。商業ギルドでこんな地下室を使うはずはないと思うんだけど、誰が掘ったんだろうか?
朝の鍛錬後、汗を拭いてから冒険者ギルドに来た。
外観からもわかるが、大きいね。黒龍の森はもちろん、アイリスの冒険者ギルドの3倍はありそうだ。でもレイアウトは同じだ。わかり易くていいね。とりあえず、左手カウンターに向かおうとしたとき、
「冒険者ギルドの仮証発行を希望される方は、2階会議室にて説明会を行います。お集まりくださ~い!」
大きな声が聞こえた。ギルドについて何もわからないので、これに参加することにした。家にいるSランクの人達にギルドについて聞いたんだけど、2通りの回答しかなかった。難しい依頼をこなせば、すぐにSランクになれる。好きな依頼をこなしいてたら、Sランクなった。俺はSランクになる方法を聞きたいわけじゃないのに、この2つの回答しかなかった。きっと何も知らないのだろう、あの人達は。
人の流れに乗って会議室に入ると、なぜか真ん中の席だった。どうせ認識阻害が展開されているので、どこにいても目立たないが……
40人くらいはいるだろうか。やはり、俺と同じ年くらいの若い人が多い。あとは、貴族やお金持ちっぽい若い人の付き添いだろう。明らかに強そうだ。
しばらくすると、壇上にきれいで気の強そうなお姉さんが立って説明を始めた。よくわかっているね。若いにいちゃんや禿げたおっさんの話なんか誰も聞かないよね。
お姉さんの説明をまとめると。
・FランクからはじまりE、D、C、B、A、Sとギルドの基準に則して、ランクが上がっていく。
・自分のランクより一つ上のランクまで依頼を受けることができる。下限はない。
・パーティの登録はギルドで行う。
・パーティの中に複数のランクの者がいる場合、一番上のランクに準じる。この場合、依頼達成時の評価は低いランクの者ほど低くなる。
・パーティの人数に上限はないが、依頼によっては上限がある。
・パーティの報酬分配は、パーティの責任で行う。ギルドは関与しない。
・報酬の20%は税金と手数料として引かれる。
・冒険者同士のトラブルは、基本ギルドは関与しない。依頼者に損失が出る場合はこの限りではない。
・死亡、負傷は自己責任。
・犯罪者落ちした場合は、登録抹消。
・Dランク以上は、ギルドの強制依頼に拒否権はない。
・指名依頼は強制ではない。
・その他、ギルドの判断に準じる。
・仮証には期限がある。学園都市では、学園在学中に限る。
・仮証の場合、依頼を受ける際に報酬の50%の保証金を預けなければならない。依頼を達成すれば返されるが、失敗すると返されない。本登録されると保証金は必要ない。だたし失敗すると評価が下がる。失敗を繰り返すと希望する依頼を受理されにくくなる。
・仮証の評価は、本登録時に引き継がれる。
だいたいこんな感じだった。
「それではこれより仮証の手続きを行います。担当の者が来るまで、しばらくお待ちください」
そういい残し美人のお姉さんは出て行った。俺も仮証には用事がないので部屋を出た。
Fランクの掲示板の前まで来たが、空いている。Eランクの前は混んでいるので、人気がないのだろう。
Fランクは、都市内での依頼が多い。でも報酬は安いのだろう。まったく土地勘がないので、配達系の依頼を片っ端から受けることにする。魔法袋や異空間もあるので、この鍛冶屋から武器屋に運ぶ依頼を受けることにした。期限も三日あるし大丈夫だろう。ちなみに、報酬は2000R税引き後は1600Rだ。安いのかどうかわからないね。お金使ったことないし。
受付カウンターは空いているようだ。普通の冒険者よりも少し時間が遅いのかもしれない。自信がないので、地味そうなお姉さんのところに依頼書を持っていき、聞いてみた。
「初めて依頼を受けるのですが、このギルドタグ使えますか?」
「確認いたしますので、こちらの石版に載せてせてください」
カウンターの上にある石版にタグを載せると
「………」
地味なお姉さんが、なにかの画面を覗きこんで堅まっている……ハイテクだね。黒龍の森では見かけなかったけど、どうしてたんだろう?
「あの少々お待ち頂けますか」
地味なお姉さんは、そういうとタグを掴んで奥へ駆け出した。地味なのに目立っているよ。
すぐに戻ってきたお姉さんは、
「奥にご案内いたします」
と言って歩きだした。……なんかヤバいのか?
カウンター奥の扉の部屋に入ると、説明会で壇上に居たきれいなお姉さんがイスから立ち上がり出迎えてくれた。
「ケイ様ですね。念のためステータスカードを確認させて頂いてもよろしいですか?」
俺はビビッていたが、開き直って右手を出した。カードを確認したお姉さんが
「失礼致しました。そちらにお掛けください」
とりあえず、座った。
「私は、冒険者ギルドアーク学園都市支部事務長、Aランクのカミラ・コルナードです。本来であればギルドマスターが対応すべきところ、只今席を外しておりまして、私が対応させて頂くことになりました。宜しいでしょうか?」
「はい」
なんの対応? 依頼受理? 危険な依頼? わからないけど、返事をしてしまった。
「ケイ様はどこまでご存知なのでしょうか? 先ほど説明会に参加されていたようですが」
さすがAランク、認識阻害が効いていたはずなのに、ちゃんと覚えているんだ。ちなみに闇魔法の認識阻害は術者が意識を向けた相手には効果が薄れる。
「何をでしょうか?」
「私の思い違いかもしれませんが、ケイ様には何も知らされていないと思われますので、ご説明させて頂きます」
「お願いします。……あと、できれば言葉を崩していただけませんか。せめて、説明会ぐらいでお願いします」
「わかりました。では、続けます。ケイ様は、すでにSランクへの昇格基準に達しています」
「はぁあ? 冒険者のSランクですか? 基準は何なのですか?」
「そうです。Sランクの冒険者です。基準ですが、5名以上の現役のSランクの冒険者の推薦を受けることが昇格条件になります。ケイ様は8名の推薦を受けています」
「いつの間に? そんなに簡単に推薦されるものなのですか?」
「まさか、そんなことはありません。直近では、ケイ様を推薦しているシャルロット様です。それも10年ほど前になります。Sランクの冒険者の方は、長命な方も多いので、それなりに数は居られます。しかし、普通に冒険者をしていて、5人ものSランクの方に出会うのは不可能だと言われています。もし出会えたとしても、誰も推薦なんてしてもらえません。ただし、ギルドマスターにはSランクの方が多いのですが推薦することができません」
「なるほど、辞退することはできますか?」
「辞退したいのですか?」
「できることなら」
「できないのですが、保留にならできます」
「保留でお願いします。あと、Fランクから始められますか?」
「それは大丈夫です。ケイ様にはFランクとSランクの資格しかありませんから」
「ではSランクは保留で、Fランクからお願いします」
「わかりました。このあと、少しお時間宜しいですか?」
「構いませんが、この依頼書を持ったままなのですが……大丈夫ですか?」
俺は、カミラさんに配達の依頼書を渡した。
「この依頼を受けますか?」
「はい、お願いします」
「キャシー。この依頼の受理とSランクの保留をお願い。あとお茶を淹れてきて、あなたの分もね」
「わかりました」
ずっと、俺の後ろに立っていた地味なおねえさんのキャシーさんは、俺のタグと依頼書を受け取り出て行った。
「あのう、Sランク昇格の保留とかどなたにでもできるんですか?」
「彼女はカウンター業務の責任者なのです。このギルドでは、彼女かギルドマスターでないとできません」
地味なお姉さん、偉いさんだったんだ。
「ところで、ケイ様。なぜ、あの依頼を」
「学園の入学手続きのために、昨日、学園都市に来たばかりで土地勘がないですし、魔法袋もあるので配達系の依頼からしようかと思いまして」
「なるほど、いい判断です。新人の冒険者はそのくらい慎重でないといけません。ほとんどの新人は、少しでも早くランクを上げるためにとか、少しでも報酬がいいためにとか、危険を顧みず、依頼を受けようとしますからね。費用対効果や効率はもっと経験を積まないと効果的に判断できないことがわからないのでしょうね」
少しカミラさんと話していると、キャシーさんが戻ってきて、テーブルに紅茶を並べてくれた。
「Sランク昇格の保留と依頼の受理を済ませてあります、どうぞ」
キャシーさんはそう言いながら、タグを返してくれた。
「キャシーも座りなさい。……ここからが本題です。いいですか?」
カミラさんが、改まって確認してきた。
「はい、大丈夫です」
「こんなことあまり誰にも聞けないのですが……私もキャサリンもAランクです。Sランクを目指しているのですが、なかなか上手くいかないのです。もし宜しければ、ケイ様にお伺いしたいと思いまして。私事ですみません」
「私からもお願いします」
キャシーさんからもお願いされてしまった。どう答えればいいんだろうか? 自分から頼んだ訳でもないし。だいたい昇格条件なんて知らなかったし。
「会うだけなら、家に来れば会えると思いますが……」
「ケイ様の家は、黒龍の森ですよね?」
「あ、いえ、隣です」
やばい、寒い駄洒落になってしまった……
「隣?」
「はい、元商業ギルドです」
「はぁあ? あそこは空き家ではないのですか? 突然、商業ギルドが移転したのは記憶に新しいのですが、住んでおられる方がいるのですか? とても静かですが」
「昨日も昼前から、10名以上で宴会をしていました……俺が住み始めたのは、昨日からです」
「どなたか個人の家なのですか?」
「俺の家らしいです」
「えっ! ケイ様の個人のですか? ベル様ではなく」
「はい、俺個人のです。……すみません、俺も昨日知らされて、吃驚していたんです。購入改築費用は、俺をSランクに推薦してくれた方達が出してくれたみたいです」
「失礼しました。では、隣に伺えば会えるということですか?」
「少なくとも、パーカーボーン13世さんは家の管理をしているので、いつでもいると思います。今朝、ほとんどの方が帰りましたが、シャルロットさんはここに来る前までは居ました。今は知りませんが……」
「今日の夕方、キャサリンと二人でお伺いしてもいいですか?」
「あとで確認してから、お伝えする形でもいいですか?」
「それで構いません。ケイ様、ありがとうございます」
ここで、カミラさん達との話は終わり、爺やさんに確認するために帰った。




