第1話
「うわぁ、もしかして転生がはじまった? エリスさんとの最後の会話、俺の煩悩話かよ、印象悪いんだろうなぁ。まぁいいか全部わすれてしまうみたいだし……あれ、ここどこだろ? なんだろうこの味? たんぱくで味気ない感じ、飲んだ記憶あるのに思い出せない……あっ母乳だ。さすが調理師味覚は確かだぜ。……えっ! どこで飲んだかって、そういうお店に決まってんだろ。38才のおっさんだぜ、いろいろ経験してるんだよ。みなまで言わせんなよ!」
っていったい俺は、誰としゃべってるんだ。
目の前のでかいおっぱいにしゃぶりついてるんだが……口ばかりじゃなく、指も使ってやるか、この姉さんに38年間培ってきた、おっさんのテクニックみせてやるぜ……って手ちっさ、何この赤ちゃんみたいな手、って俺の手か……。
これって、もしかして転生してしまってる。でもエリスさんは記憶がなくなるって言ってたのに……ちょっとこのお姉さんに聞いてみよう。
「恐れ入ります、わたくし、髭右近啓太郎と申します。ここはどこでしょうか?」
「!“#$%&‘」
「えっ!」
あそっか、転生したんだっだ。名前違うよね、きっと。
「あの転生致しまして、前世の記憶が残っているのですが……」
「‘&%$#“」
なるほど、言葉が通じないか。
この人が母親なのかな?……狐耳だよ、めっちゃ美人だよ。俺にも狐耳あるのかな……っと、うん、ないや、普通の人間っぽい耳か。
「$#“&%」
「うぇ!」
痛ってぇ、この姉さん投げ出しやがった。ちょっとゆるいの漏れたし。
「“%$#!%」
「&%#””&」
「%!”3&」
なんかいろんな人がいるんだ。でもここ汚いよね。石床の上に藁引いてるだけで不衛生だし、俺病気にならないんだろうか? あと鉄格子だし。みんな首輪してるし、……俺もだけど。
たぶん、奴隷だよね。
まぁエリスさんは半年後に、お米に出会えるって言ってたから、何かイベントでも起こるのかな? 離乳食だったら、どうしよう……眠くなってきたし気長に待ってみよっと。
そして、半年が過ぎたある日。
みんな聞いてくれよ。……ってまだ喋れないんだけどね。でもこの半年でなんと、言葉を聞き取ることが出来るようになったんだぜ。子供の脳みそすげぇ、きっと俺には語学スキルなんてないから、純粋に頑張ったんだと思う。
まぁそんなことより、お姉さんたちの会話から情報を集めてみたんだ。
1、この部屋の住民は俺も含め奴隷である。これは確定。
2、ここは国営の奴隷商会であり、虐待や陵辱の心配はほとんどないらしい。(良かった前世でもお尻の経験はないし)
3、俺の母は、俺を産むとすぐに死んだらしい。あと父はわからないらしい。(あんまり実感ないよね、前世の母は生きてるはずだし)
4、俺は人間族で、スキルなしなので、奴隷の中でも底辺らしい。
5、俺の初期階級(身分制度)が奴隷らしい。奴隷の子供は奴隷。これがけっこう大変で15才の成人まで制度上、どんなにがんばっても、奴隷らしい。
6、俺は賢くて、素直で、かわいいらしい(お姉さんたちが言ってたんだよ、それにちゃんと催したらアピールできるし動けないけど、言葉を理解できるし喋れないけど)
7、俺の名前は、ケイらしい。(苗字はなさそう)
8、あとこの世界には、少なくとも狐耳と猫耳と犬耳とウサ耳はいる。これも確定。
「ケイ君、今日はわたしのおっぱいだよ」
「うぅ」
今日はウサ耳姉さんか。
狐耳姉さんの尻尾でモフモフしてたら、ウサ耳姉さんに優しく抱きかかえられた。
エリスさん最高です、この新生児とその母親の部屋みたいな環境。感謝します。
この半年みんなのおっぱいしゃぶりまくってやったぜ。さらにモフモフし放題。前世でこんな店あったら、いったい40分いくらくらいとられるんだろうか?
「ベル様こちらが新生児の部屋です」
あっ奴隷商のおっさんだ。横にいるのは、フードを被った……なんでだろう? 見えにくい。長身の女性かな? まぁいいか今はウサ耳姉さんのおっぱいの方が大事だ。
『おい、そこの君、私はベル・ラインハルト。理解できるか?』
「あぅ?」
突然どこからか声をかけられ、辺りを見回した。
『君の目に知性を感じたので、直接脳に語りかけたのだ。君は前世の記憶を持っているね。心で話してくれればいい』
『心で……あなたも心を覗けるのですか?』
『そこまでは無理だ。魔法でパスを繋いだだけだから。出来れば先程の質問に答えてくれると助かる』
『はい、前世の記憶を持っています』
言ってもいいよね、半年たったし、この人だよね、運命の人。
『君を連れていこうと思う、いいかね?』
『あのお米ありますか?』
『お米?……うちに帰ればあるが』
『お願いします。』
間違いない、運命の人だよ。
「あぁご主人、あの黒髪の男の子をもらおう、いくらだね」
「ケイでございますか。あの者は人間族で、スキルもなく、初期階級が奴隷ですが、よろしいのですか?」
「あぁ構わない、いくらだ」
「はい、ケイは労働奴隷として売れる15才までの養育費だけで赤字は確実、無料で結構でございます」
マジで、俺、安っ! なんて価値のない人間なんだ。だから姉さんたちみんな心配してくれてたんだ。
「ああ助かる」
「では先程の部屋で契約いたしますので、行きましょう」
「「「「ケイ君、幸せにね」」」」
みんな笑顔で手を振ってくれた。俺は少し泣いた。
俺はおっさんに抱えられ、綺麗な応接室に入った。
「こちらが契約書になります、サインをどうぞ」
おい早く契約しろよ、なんでこんなおっさんに抱えられなきゃならないんだ。生まれてから半年一番つらいんじゃないか。
よく見えない長身の女性らしき人が、契約書にサインすると契約書は輝き出し、俺の首輪に吸い込まれた。
「これで、契約は完了です。ステータスの確認をお願いいたします」
女性が、俺を抱き上げ左手を握って、“ステータス”と唱えると俺の左手からカードが飛び出てきた。しばらくするとカードが消えた。
「確かに」
女性は、答えると同時に立ち上がり、俺を抱えたまま出口へと向かった。
「ベル様、またのお越しをお待ちしております」
おっさんが深々と頭を下げ、見送ってくれた。さらばだ、おっさん。最高の環境をありがとう。俺は心から感謝した。
奴隷商会を出るとすぐに、女性が話しかけてきた。
『ケイ、君は前世の記憶があるみたいだが、前世もこの世界かい?』
『えっ、あっ異世界です』
急に女性の容姿がはっきりと見えるようになった。銀髪碧眼、エルフ耳の美人さんだった。
『あぁすまない、私は常に認識阻害の魔法を使っているので、私から意識を向けないかぎり、普通の人には認識しづらいのだ。あまり目立ちたくないからね。米にこだわりがありそうだし、倭の国かね?』
『倭の国? あっそうです、今は日本ですが。ベル様、この世界には、前世の記憶を持っている方は、結構居られるのですか?』
『ベルで構わない、あとそんな堅苦しい言葉遣いも無用だ』
『えっと、私はベル様の契約奴隷ですよね?』
何言ってんだこの人、俺は奴隷だぞ。
『便宜上、契約奴隷にしているだけだ。ケイが15才になればすぐに解放する』
『便宜上ですか?』
『あぁ奴隷は、契約主と一緒でないと街の出入りができないのだ』
『なるほど、ベルさんが俺を、今、解放しても初期階級が奴隷のままだから、この街から出ることすらできないと』
さすがに年上だし、さん付けでいいよね。
『理解が早くて助かる、呼び捨てでも構わないのだが』
『さすがに年上の方を呼び捨てにするわけには』
『年のことは言わないでくれ、気にしているのだから』
『……さっきの質問いいですか、前世の記憶持ちについての』
ベルさんって何才なんだろうか? 見た目は25才ぐらいなんだけど。まぁ女性に年齢を聞くのはタブーだよね。
『あぁそうだったね、私が知るかぎり過去3000年において、100人程度はいたのではないかな』
『じゃそのなかの人が、稲作文化を』
『そうみたいだね、他にも倭の国からは、刀と刀術、火縄銃を伝えたようだね』
『なるほど……ベルさん、今はどこに向かっているのですか?』
エリスさんが言ってたとおりの中世ヨーロッパのような町並みの中を歩いているんだけど、まだ視力が安定してないからぼやけてよく見えないんだよね。近視と乱視が混ざった感じ?
『この街の冒険者ギルドだ。冒険者ギルドってわかるかね?』
『依頼を受けて、魔物の討伐や素材の採取なんかをする、戦闘系職業斡旋所みたいな感じですか?』
『あぁ、だいたい合っているよ。そのほかに冒険者の管理なんかもやっているね……あぁ着いたね。いろいろ詳しい話はまた後にしよう。私たちにはいくらでも時間があるのだから』
『はい』
いくらでも時間がある? どういう意味だろう。
「「「ベル様お帰りなさいませ」」」
大通りに面した大きな建物の扉を開け中に入ると、左手カウンターの窓口職員らしき人たちが一斉に立ち上がり頭を下げあいさつしてきた。右手の掲示版や奥の休憩所みたいところにいる冒険者らしき人たちもざわついている。どの視線も畏敬や羨望の眼差しっぽいよな。ベルさんって有名人?
そのままカウンターの中に入り進んでいくと、奥からゴツイ白髪交じりのおっさんが声を掛けてきた。
「ベルさんもうお帰りかい?」
「あぁ仕事をほったらかしにして来たからね」
「あんなとこ誰も来ねぇよ。ゆっくりしていけよ」
「いや。10日ほど前にランクアップ試験の通知を受けているのだ、早ければそろそろ着いてもおかしくないのだが」
「へぇ、誰だい?」
「パーティ“栄光の翼”だよ」
「あぁあのエリートボンボンたちか、もう死んでんじゃねぇか」
「そう言ってやるな、かなり実力はあるらしい。まだまだ経験は足りないがな」
「まぁそういうことならしゃあねぇ。ところでそのチビはなんだ?」
「この子はケイ、私の契約奴隷だ」
「はぁ? おまえさんに子育てなんかできんのかよ!」
「失礼な! この子なら大丈夫だ」
「なんだこのチビやり手なのかい?」
「いや、スキルなしだ」
「物好きだねぇ。せいぜい頑張りな」
「あぁ、じゃもう行くから」
ベルさんはそう言い残して、奥の扉に入っていった。……その部屋は四畳半ほどで窓もなく、家具もない石造りの部屋だった。ベルさんが部屋の真ん中に立ち、しばらくすると床が輝き、すぐに元の石造りの部屋に戻った。