第16話
春が終わり夏にさしかかった頃、グレンさんは帰っていった。また転移ゲートは使わず、森を抜けていくようだった。
今は、シャルさんと体術の鍛錬中だ。
「さぁあ、ケイ君。早く抜け出さないとぉ、お姉さん、食べちゃうぞぉ」
言葉とは裏腹にめちゃくちゃ痛い。足を極められ後ろから羽交い絞めにされ、耳許で囁いてくるけど、せめて足は解いて囁いて欲しい。
「ん?」
ベルさん、クロエさん、シャルさんの3人がギルドのほうに顔を向けたようだ。……俺はそれどころではない。
「……誰か来たみたいですね」
助かった、ありがとう、知らない人。
「そうじゃな、見にいくか」
4人揃って、扉から入ると
「ベル様、お久しぶりで御座います。ご機嫌麗しゅう存じます」
執事服を身につけ、白髪をオールバックにした老人が美しいお辞儀で出迎えてくれた。
「パーカーボーンか……君も元気そうでなによりだ。まぁせっかく来たのだ、奥に座るといい。お茶でも出そう。ケイ、頼む」
「いつも申しておりますが、私のような下男、爺やで十分で御座います。……あなたが若様ですね。初めてお目にかかります。私は、パーカーボーン13世と申します。気やすく、爺やとお呼び頂けるとうれしゅう御座います」
「わ、若様ですか?……ケイです。よろしくお願いします。爺やさん?」
「いえ、爺やで結構です。さぁベル様も仰っていますので、まずは座りましょう。お茶は爺やが淹れて参ります」
「爺や、構わない。ケイは料理スキル持ちだ。任せとておくといい」
「なんと! さすがは若様です。では、待たせて頂きましょう」
うーん、やり難い人だな。でもカイゼル髭なんて生で初めて見たよ。手入れ大変そうだね。お茶を淹れるぐらいで緊張しそうになるよ、緑茶でいいのかな?
「ほう、緑茶ですな、若様。素晴らしい御点前で御座いますな」
「あの、なぜ若様なのですか?」
「あぁ、そうで御座いましたな。いえ、お噂をお聞き致しまして。……あのベル様に、いい人ができたと」
「お、おい、爺や。い、いい人とはなんだ!?」
「そのままの意味で御座います」
「ケイ君、気をつけてぇ。あのじじぃ、変態だからぁ」
そっとシャルさんが囁いてきた。……やっぱりいいね、普通に囁かれると。……へっ、変態? たしかに、なんだこの空気は。ベルさんはなんか急に固まったし、シャルさんも大人しいし、クロエさんも黙ったままだし……
「シャル様、お褒め頂き、有難う御座います」
「あのねぇ、ケイ君。あのじじぃ、一応Sランクの冒険者なんだけどぉ、仕事を選ぶんだよぉ」
「仕事を選んではいけないのですか?」
「そういう意味じゃないんだぁ。家庭教師兼、護衛兼、屋敷の管理でないと依頼を受けないんだよぉ。それもぉ、10才未満の女児に限るんだよぉ」
「たしかに変態ですね。そんな人に依頼があるんですか?」
「あのじじぃ、光魔法の結界が得意でねぇ、条件付だけど、聖女の防御結界を越えるらしいんだよぉ」
「条件付ですか?」
「そうだよぉ。“10才未満の女児を守る時”という条件が必要だけどねぇ。あと、変なポリシーのおかげかなぁ」
「シャル様、変なとは、何です、変なとは。爺やのポリシーは素晴らしいものに御座いますぞ、若様。……”幼女とは、敬い、崇まい、愛でるものであって、手で触れ、舌で舐めるものではない”これのどこが変なので御座いましょうか」
「そ、そうですね、爺やさん。素晴らしいお考えだと思います」
「やはり共感頂けますか、若様。初めてお目にかかったときから、そのお召しもの、大変素晴らしいものだと感服致しておりました」
「えっ、ローブ!? たしかにサタン様に頂いたものなので、悪いものではないと思うのですが……」
「いえ、素材にではなく、着こなしにで御座います。全裸にローブ、爺やも若いころはそのような格好で街を歩いたものです。久しぶりに同士に会えたと涙していたのですぞ」
「あ、ありがとうございます?」
そういえば、今日は全裸にローブだった。最近はほとんど服を着ているんだけど、シャルさんが体術の鍛錬のときはこれでないとダメだと言うから、喜んで……いや違う、仕方なく着ていた。……あっ、やっぱり同士かも。
「おい、爺やとやら、妾はクロエじゃ、其方は魔法だけか? 武器は使えぬのか?」
ついにクロエさんが入ってきた。でも挨拶すらなしだ。あまり関わりたくないのだろう。
「これは、これはご挨拶が遅れて申し訳御座いません、美しかったお嬢様。武器で御座いますか? 杖とレイピアなら少々覚えが御座いますが」
すごいポリシーだね。クロエさんに喧嘩売ったよ。たぶんクロエさんの強さをわかってるはずなのに。
「ほう、杖術と刺突剣術か。暇があるなら、ケイに教えてやってくれぬか?」
クロエさん、スルーしたよ。そんなこともできるんだ。
「喜んでさせて頂きましょう。今からでも構いませんか?」
こうして、俺の鍛錬に杖術と刺突剣術が加わった。どんどん習っているようだけど、グレンさんの剣術や槍術にしても基本の型を教わったあとは、ひたすら小太刀で受け流す練習だよ。どんどん小太刀のストックがなくなっていくんだ。……不器用だからね。でも体術は、小太刀で使える技もたくさんあるので、本格的に習っているんだよ。
9月になった。ゲルグさんの季節だ。ゲルグさんは、なぜか蒸留酒の寝かせる量を増やしたり、時期をずらせたりしない。待つ楽しみを味わっているのだろうか?
「おーい、ケイ。酒を出してくれ!」
爺やさんのレイピアを小太刀で捌いていると、大きな声がした。
「おぉ、あれは、ゲルグ様ですね。今はアーク大陸にはいないと聞き及んでいたのですが」
「いろいろあって、たまに来られるんですよ。少し休憩してもいいですか?」
「もちろん構いませんよ。爺やも参りましょう」
ベルさん、クロエさん、シャルさん、爺やさん、そして俺、5人でギルドに向かった。最近、人が増えたよね。このギルド。
「おぉベルさんもいたか。フレデリックも連れて来たんだ。最近までコイツの剣の調整をしていたんだが、ケイにちょうどいいと思ってな。旨い酒とメシが喰らえると言うたら、二つ返事で来よったわ」
「お久しぶりです、ベル様。お元気そうでなによりです。ここも賑やかになましたね」
「久しぶりだね、フレディ。そうなのだ、ケイが来てくれてから人も増えてね、賑やかで楽しいよ。それに来てくれて、ありがとう。ケイは、まだ盾持ちの騎士系戦士との戦闘経験がなくてね、手伝ってくれると助かるよ」
「もちろんですよ、そのために来たのですから。ケイ君、フレデリックだ。よろしく頼むよ、フレディで構わないからね」
「ケイです。よろしくお願いします。フレディさん」
ハーフプレートアーマーを装着した、金髪蒼目の礼儀正しい人だ。盾や剣は魔法袋に入れているのだろう。
さっそくお願いしようかと思っていると、
「ちょっと待つのじゃ! ケイ、宴の準備じゃ!」
こうのようにして、このギルドにはSランクの冒険者が集まるようになった。俺の鍛錬のためではなく、俺の料理スキルのためにね。そして、いつの間にかルールができていた。俺に1時間、鍛錬をつければ、1食付いてくると。
あと、たまにサタン様も来てくれる。鍛錬をつけてもらったことはないけどね。一度フレディさんが挑んで、ワンパンで瞬殺されていた。……死んではないけどね。たしかサタン様は魔法使いのはずなのに……
そして、今、冒険者ギルド黒龍の森支部は、大衆食堂と化している。白いご飯、味噌汁、漬物がベースで、あと、おかずは選べるシステムだ。おかずには、煮物、酢の物、和え物、天ぷら、煮魚、焼き魚、唐揚げ、出し巻、茶碗蒸しなどの和食に、フライ、シチュウ、オーブン焼きなどの洋食もある。
最初の頃は洋食が人気だったが、気が付けばほとんど和食しか出なくなった。もちろん冷たいビールや蒸留酒も出しているよ。そして、みんないろんなコメントもくれた。
“やっぱりケイの味噌汁はしみるよな” “いや、このぬかの浅漬けがいいんだろ”
“お前ら、わかってねぇよ。天ぷらのさくっとした歯ごたえがいいんだよ” “そうじゃないだろ、このジュウシーな出し巻に決まってるだろ”
「「「「白いご飯が旨いんだよ!」」」」
こんな感じで和食が人気だ。白いご飯も受け入れてもらえてよかった。
そうそう、あと俺の鍛錬中は、ベルさんとクロエさんが配膳してくれているんだよ。最初、みんなビビッてたらしいけどね。でも食料庫に入れる人いないからね。大衆食堂化してからは、仕込んだ料理は俺の異空間ではなく、ギルドの食料庫に保管するようになった。俺が配膳していると鍛錬時間がなくなりそうになったからね。
でもSランクの冒険者って結構いるんだね。みんな忙しくて、長期間いる人は少ないけどね。魔法使いの人も来てくれて教えてもったんだけど、やっぱり他人のイメージは理解できないね。さらに俺は初級未満の魔法しか使えないしね。一応、戦術の幅は広がったとは思うけど……
こうして楽しく充実した日々も、だんだんと残り少なくなっていった……




