第13話
杭の試し斬りを始めて、ふた月ほど経ったある日……
「おーい! ケーイ!」
ちっこい白い髭面のおっさんが俺の名を叫びながら、駆け寄ってきた。ゲルグさんだ。
「できたか! もう、いいか!」
ヤバい、忘れてたよ。あれから、もう1年も経つのか。料理スキルが発現してから、それなりの蒸留酒を造れるようになって、満足していたのかもれない。ここは素直に反省しよう。俺も旨い酒を飲みたいからね。
「はい、できるだけ長く寝かせたかったので、まだ確認していませんが、いい感じに仕上がっているはずです」
ゲルグさんのあまりに期待のこもった眼差しに、ビビって誤魔化してまった。人は長く生きていれば、嘘も必要になるよね。それもみんなが幸せになれるなら、許されるよね。
「そうか、そうか。今は鍛錬中か?」
「えーと、クロエさん。少し、席を外してもいいですか?」
「ドワーフ族か。ということは酒じゃな。構わん、いこう。……ケイ、宴じゃ!」
クロエさんはそう言うと、ギルドに向かって走っていった。ちなみにベルさんは出かけている。まだ、小太刀を買い漁っているみたいだ。素材は安物でもいいが作りがしっかりしていないと、刀に慣れないうちは、型が崩れてしまうらしい。たしかに、歪んだ刀で斬れば型も歪むよね。前世で包丁を選ぶときも、しっかりと歪みや重心を確認してから買っていたしね。
「いいのか、ケイ。まだ途中だろ?」
「ベルさんは出かけていますし、大丈夫でしょう」
「そうか、すまんな。で、あれは誰なんだ? ヤバい奴だとわかるが、見たことも聞いたこともないんだが」
「クロエさんですか。言ってもいいんでしょうか。本人に確認してみます。行きましょう」
俺とゲルグさんは、ギルドに向かった。
「ケイ、遅いぞ! とりあえず、ビールじゃ!」
「ケイ。ワシも頼む」
「わかりました。その前に、クロエさんのことをゲルグさんに話してもいいですか?」
「それは妾から話しておくから、ケイはビールを冷やして、持ってくるのじゃ」
俺は頷くと急いでジョッキと黒ビールを取りにいった。
戻ってくると挨拶は、2人の挨拶は済んでいた。
「できるのか? ゲルグ。其方が無理でも、誰かできる者を知らぬか?」
「水龍ならやったことはあるが、時間がかかるぞ」
「構わぬ、どうせ、すぐにはいらぬ」
「あぁ、わかった。最高のものに仕上げよう」
商談まで成立しているみたいだ。
「おい、ケイ! なにを突っ立っておるのじゃ、はようビールをよこさんか!」
二人に冷たくしたビールを渡し、俺もジョッキを持って……いつもの癖で俺もビールを持っているけど、いいのだろうか、俺、奴隷だけど?
「よし、乾杯じゃ」
「「「乾杯!」」」
「あぁぁぁ生き返るのう、ケイ、もう1杯頼む」
「妾もじゃ」
二人のビールを冷やしていると、
「ケイ。ゲルグに其方の小太刀を頼んでおいたぞ。楽しみに待っておれ」
「ありがとうございます。先ほどの話ですよね。そんなに大変なんですか?」
「そうだ、黒龍の爪と牙だ。それを圧縮して小太刀の形にするのだが、かなりの時間と魔力が必要なのだ。ワシも水龍レベルまでしかやったことはないが、かなり凄いものになるはずだ。厳密に言えば、刀ではないがな。小太刀の形をしているだけだ」
「水龍と黒龍とでは、レベルが違うのですか?」
「黒龍の方が上位種だ。黒龍の下位は知らんが、水龍の上位種は青龍だな」
「ちなみに、妾は青龍よりも強いぞ。妾よりも強いのは金龍ぐらいじゃ、白龍もそこそこやるがな」
「あっすみません、ビールをどうぞ。あと、他にも龍はいるんですか?」
「ゲルグ、説明してやってくれ」
「わかった。まず、最上位が金龍だ。その下に黒龍、白龍、紅龍、青龍、黄龍、翠龍がいる。さらに下に火龍、水龍、土龍、風龍がいる。あと、竜とは違う種族だ。竜はドラゴンとも呼ばれ、強いものでAランクの上位ぐらいだ。これでいいか?」
龍とドラゴンは違うんだね。良かったぁ、クロエさんにブレスをかけてもらったら、確実に死んでいたね。まぁサタンさまも試すのはお奨めしないって、言ってたけどね。
「ありがとうございます。では、龍の種族はSランク以上になるのですか?」
「それで間違っておらんが、Sランクというのは、冒険者も魔物も規格外で測定不能であることを指すのだ。少なくともAランクよりも強いが、Sランク内には、基準がない。例えば、ベルさんもワシもSランクだが、ベルさんにはどう転んでも勝てん。わかったか」
「ありがとうございます。あと、爪と牙、ふた振りになるのですか?」
「そうじゃ、ケイは二刀流になるのじゃ。この話は、また今度じゃ。ゲルグも待っておる。はよう酒を用意するのじゃ!」
「わかりました。すぐご用意します」
俺は地下室に向かった。大丈夫なんだろうか……いけるよね。
「こちらが、麦です」
まずは、味が淡白なほうから飲んでもらうことにした。
「これは! なかなかいいぞ。すっきりしているのに味わい深い。これなら、寝かせるのもわかるぞ。よしっ、次は芋だ!」
この調子なら、大丈夫そうだね。
「こちらが、芋です」
「うーむ、やはりな。……旨いっ!」
芋は間違いないみたいだね。俺も飲んでみたが、芋はいいね。角がとれて、芋の味もしっかり残っているし、焼酎とは違うけど、なかなか旨いよ。麦は、まろやかにはなっているけど、そのぶん酒精が際立つね。アルコール度数40度くらいまで上げたけど、20度くらいでもいいかもしれないね。あと味噌や醤油、米酢があるから、麹菌もあるはずなんだけど、日本酒やみりん、焼酎はないんだろうか? これも探してみたいね。
「ゲルグさん、あと料理スキルが発現したのですが、今から蒸留してみましょうか?」
「本当か! すぐ、やってくれ。酒ならあるんだ」
やっぱり、持って来ていたんですね。
「では、芋酒を蒸留しますね」
すぐに取り掛かり、30分ほどで3回の蒸留を済ませた。スキルがあっても時間の短縮は起こらないんだよね。すぐに、ゲルグさんに手渡した。クロエさんは、気付いたら寝てた。お酒に弱いのだろうか? まぁ浴びるように飲んでいたけどね。
「これも、なかなかいいな。……迷うな。とりあえず、麦酒も蒸留してくれるか?」
「わかりました」
「料理スキルか。いいスキルが発現したな。今日も夕飯を食わしてくれ」
「わかりました。夕方にはベルさんも帰ってくると思うので、そのときに合わせて用意します」
ゲルグさんとこの1年でやった俺の鍛錬の話をしながら蒸留していたら、ベルさんが帰ってきたので、ベルさんにはビールを、ゲルグさんには麦の蒸留酒を用意して、料理の準備に取り掛かった。
今日は、宴らしいので少し豪華にしよう。発起人のクロエさんは寝てるがそのうち起きるだろう。最近、不思議に思うんだけど、食料庫の食材は誰が補充しているんだろう。ベルさんかと思っていたけど、ベルさんの知らない食材もたくさんあるし、一度、聞いてみようかな。
今日のメニューは、アクアパッツァ、ローストビーフ、野菜のスティックサラダ、クロエさんの好きなポテチ、あとはおにぎりにしよう。
まずは、アクアパッツァだ。今回は鯛を切り身にする。豪華に見せるときは、内臓とエラと鱗をとってから姿煮にすると見栄えがいいよ。食べにくいけどね。
鍋で下味をつけた鯛の切り身とバジルと唐辛子と潰したニンニクを油で軽く炒め、蛤や海老、帆立などの魚介類を一緒に白ワイン蒸しにする。そのあと、潰したトマトと仕込んでいたヒュメドポワソンを入れて煮立て、味を調えて少し煮込めば完成だ。
ヒュメドポワソンは、白身魚の骨のスープだ。残った骨を少し炙ってから水で煮込むといいダシが出る、身も入れると美味しいが、もったいないので食べている。鯵や秋刀魚などの青背の魚はくさいのでやめておいたほうがいいと思う。
次に、ローストビーフだ。アクアパッツァを煮込んでいる間に、1kgぐらいの赤みの牛肉を塊のまま塩コショウで下味をつけ、フライパンを使って“加熱魔法”で表面を焼く。ちなみに、フライパンの表面温度は200~220℃で少し熱めがいい。
肉の表面が焼けたら、180℃の“加熱魔法”で30分ほど、少なめのローズマリーと一緒にオーブン焼きにする。出来上がりだ。ローストビーフは、多少焼きすぎても、切ったときにちゃんと血や肉汁がでてくるので失敗が少ない、生焼けなら焼きなおせるしね。意外と簡単だ。それからローズマリーは香りがきついので気を付けよう。
あと、今回のソースは、デミグラスソースを煮詰めた赤ワインで伸ばしたものを使うことにした。
次におにぎりだ、手に軽めに塩をつけ、いつも多めに炊いて異空間にストックしてあるご飯をにぎるだけだ。
コツは三角形の辺を握るのではなく、三角形の側面を押さえ広げるイメージで握るとふんわりとしながら、しっかりとしたおにぎりになる。
乾燥を避けるため、菜っ葉の塩漬けで巻いておく。鰹節があれば、浅漬けにもできるが仕方がない。鰹節がなくてもできるがあったほうがやっぱり美味しいはずだ。
野菜スティックとポテチの説明はもういいだろう。
みんな、美味しそうに食べてくれている。問題はなさそうで良かった。やっぱり料理スキルはすごいね。いつの間にかクロエさんも起きているみたいだし。
「たしかに、旨いな。ケイの料理は前から旨かったから、料理スキルのおかげかわからんがな」
そう言ってもらえると嬉しいね。これからもがんばろう。
「ところで、ケイ。クロエが勝手に小太刀に決めたみたいだけど、良かったのかい?」
ベルさんが確認してくれた。
「はい、木槌と両手剣しか比べる対象がないですが、小太刀が合っていそうです。あと、二刀流の話が出ていたのですが、大丈夫なんでしょうか?」
「二刀流に関しては、私もクロエもケイに向いていると考えているよ。できるかどうかはケイ次第だけどね」
「そうじゃ。今はまだ下地作りの段階じゃ。ケイのあの斬り方は武器になる。それを生かすための、二刀流じゃ」
「そうだ、ゲルグ。君の伝手で小太刀を100本用意できないかい? 素材は安物でも構わないが、歪みがなく、重心がおかしくなければいいのだが」
「鍛冶ギルドに聞いてみよう。たぶん大丈夫だろう。揃ったら、ここに連絡させるが構わないか」
「あぁそれで頼む。私も探しているがそろそろ限界なのだ」
「あのベルさん、そんなに小太刀をどうするんですか?」
「ケイの受け流しの練習に使うのだよ。刀で剣を普通に受けると折れるか欠けるからね。そして、刀術の受け流しを覚えるのにどれだけあっても足りないのだよ。私も70本ほど用意したが足りないだろうね」
「そうじゃ、ケイは不器用だからのう。柔らかい木を斬るだけで欠かせよる。だいぶマシにはなったがな」
「でも、いくら安物といっても高いのではないですか?」
「お金の心配はしなくても構わない。私はもう殆んど使わないからね。それにケイはここの家事をしてくれているし、十分お釣りがくるよ」
「それでもすみません、ありがとうございます」
こうして、この日の宴会は続いていった。
「芋酒は、また寝かせておいてくれ。あと即席の蒸留酒は欲しいときにもらいに来るからな!」
翌日の朝食後、ゲルグさんはそういい残して、1年間寝かせた蒸留酒の入った魔法袋を大事そうに抱えて帰っていった。……小太刀のことも覚えてくれているんだろうか?
それから、またひと月が過ぎ、朝晩少し過ごしやすくなったころ、
「ケイ。今日からは実戦じゃ。杭斬りはもういいであろう。……ベル、頼むぞ!」
「ケイ。またスケルトンと戦ってもらうが、今回は必ず1度は小太刀でスケルトンの剣を受け流してから倒すこと。それからサタンのローブを着ること。いいね」
「必ず、型を使って受けるのじゃぞ。あと、あの斬り方……前世であの斬り方はなんと言うておったのじゃ?」
「引き切りです」
「そのままじゃな。まぁよい今日からは“曳き斬り”じゃ。その“曳き斬り”は使うでない。型の鍛錬にならんからな」
「わかりました」
”曳き斬り”か、読みは同じだけど凄そうだね。かなり地味な斬り方なのにね。
そうして、スケルトンとの実戦兼受け流しの型の練習が始まった。……まだ二刀流じゃないよ。
「ダメじゃ! その受け方では奴の剣速が上がれば、刃が欠けるぞ。剣の力の向きに正面から受けてどうするのじゃ。それでは流せんではないか。剣の力の向きを変えるように受けるのじゃ!」
もう言葉でも、体でもわかっているんだけどね。でもね、もし流せなかったら当たるよね。……怖いんだよ。
そんな調子で受け流しの鍛錬が始まり少し経ったころ、ついに“掃除スキル”が発現した。
“掃除機魔法”を習得したあと、ポリッシャーを再現するためにモップを魔法でつくれないか悩んでいたんだけどね。意外と簡単に解決したんだ。ベルさんに聞いたら、この世界にも普通にモップがあるらしい。サタン様のお掃除セットの中になかったから、モップは存在しないと思い込んでいたんだよね。
そして、買ってもらったモップに水を染み込ませながら、上から圧力をかけ、回転させれば簡単にできた。“ポリッシャー魔法”だ。圧力の向きで自由に動かせるし、壁や天井まで磨けるのがいいね。ただ、汚れたモップを濯ぐのは魔法よりも、バケツに水を溜めて手でやるほうが速いんだ。魔法で排水ができないからね。
そのとき、頭の中で何かが輝き“掃除スキル”が発現した。ちなみに今のステータスは、
氏名:ケイ
年齢:2才
種族:人間族
階級:契約奴隷 (ベル・ラインハルト)
住所:黒龍の森
スキル:料理・洗濯・掃除
2才になっていた。刀術もまだまだできないし、戦闘用の魔法もまったくできないし、頑張らないといけないよね。
そういえば資料室にある、前ギルドマスターの生活魔法の資料だけど、まったく意味がわからなかった。他人のイメージはそんな簡単に理解できないみたいだね。
俺の“加熱調理魔法”も、ビールを冷たくしたり蒸留したりするときは液体自体の温度を変えているし、フライパンや鍋で加熱するときは、フライパンや鍋を加熱しているし、オーブン焼きのときは、まわりの空気を加熱しているからね。この世界の人には理解できないかもしれないよね。
あと、こういうギルドには魔物の資料や周辺地図なんかありそうなのに、なかったんだ。Aランク以上の冒険者には必要のないものらしい。逆に高ランクになると、偏った先入観のほうが危ないらしい。ベルさんが言っていたんだよ。まぁ学園で勉強すれば、いいだろう。
それから冒険者に必要そうなものはなかったけど、面白かったのが恋愛ものの小説がたくさんあった。前ギルドマスターの私物だとベルさんは言っていたけど、恋愛小説だけ散らかっていたから、ベルさんも好きなのだろう。
こうして、朝起きたら、掃除と洗濯と朝食の準備。朝食を食べたら、夕食の準備まで身体の鍛錬。夕食を食べたら、寝るまで魔法の鍛錬というサイクルを繰り返しつつ7年が過ぎた。




