第7話
カステリーニ教国の首都ロワール・サント・マリーへ訪れた俺達は、事前に考えていたよりも容易くキアラさんに逢うことができた。その後すぐ、キアラさんと一緒に居られた教皇様に馬車で連れられて、首都の郊外にある教皇様の別荘まで来ていた。
「どうぞ、こちらへ。2時間ほど経ちましたら、お声をお掛けしますので、それまでの間、こちらでお寛ぎください」
俺達とキアラさんを案内してくれた屋敷の男性はそう言うと、部屋から離れていった。そこは、豪華なリビングにトイレや個別のベッドルームまで完備されたちょっとしたスイートルームのような部屋だった。……たぶん、勝手に動き回るなということだろう。
「いろいろ話したいことはあると思いますが、まずは身支度を整えましょう。教皇様に食事をお誘い頂いているのに、この格好ではマズいです」
俺達は前日に宿に泊まったとはいえ、野宿生活に慣れてしまったせいか、あまり清潔とは言えない状態だったので、声をかけたが、
「それも大事なんだけど、ちょっと待って。キアラさんに私達の挨拶を先にさせてくれないかしら」
シフォンさんが頼みこんできた。そういえば、予想外の出来事が続いて忘れていたけど、今回ここへ来た最大の目的は、シフォンさんとミレーゼさんが俺達のパーティ“ハウスキーパー”に入ったことを、キアラさんに詫びて許しを得たいということだったね。
俺が簡単に3人を紹介した後、3人は話し始めた。最初、シフォンさんの謝罪に戸惑っていたキアラさんも、ミレーゼさんが同じ前世の記憶を持っていたのが良かったのか、すぐに打ち解け楽しそうに話している。雰囲気も良かったので、そのままお湯を用意し、みんなで汗を流しながら、これまであったことを互いに報告しあった。
汗を流し着替えも済ませさっぱりしたところで、教皇様からお誘い頂いている時間までまだ余裕があるので、お茶を飲みながらキアラさんの“予知能力”について聞くことにした……。
「ということは、その“予知”というのは、聖女様の声が聞こえるというよりも、映像にメッセージが込められている感じなんでしょうか?」
一通りキアラさんから説明を聞いた後、確認してみた。
「はい、最初は声だと思っていたのですが、寝ているときに見る夢みたいな感じです。でも、現実味が夢とはまったく違うので、はっきりと区別はつくのですが……」
キアラさんが、俺の確認に補足してくれた。わかるような、わからないような感じだけど、信憑性に関しては、今日のあの時間にあの場所でキアラさんが待っていたことで立証されているんだよね。
「ところで、教皇様にはないようですが、他の聖女もその“予知能力”がある人はいるのですか?」
「はい、過去には居られたようなのですが、今は居られないようです。それに、私もそうなのですが、“予知”は結果しか見えません。そして、その結果を変えることは不可能だと伝えられています」
「キアラさんもそうなのですか?」
「すみません。私にこの“予知能力”が発現したのは、3ヶ月ほど前なので、まだわかりません。あと、私が知りたいことがわかるわけではないのです。聖女様から一方的に情報が送られてくるだけなのです。それも、日を空けて断片的に送られてくるので……」
キアラさんはそう言って俯いてしまった。
「見えたものが何を意味しているのか、わからないのですね」
「はい、すみません。時間がある時に教皇様から教えて頂いているのですが、私、政治に関して何も知らなくて……」
キアラさんは俯いたまま答えた。これは仕方ないか……キアラさんは前世で中学生だったし、現世でも周りの都合で政治から遠ざけられていたからね。
「いえ、キアラさんがこれから学んでいけばいいことです。何も問題ありません。……あと、“ブラナス”について何かわかることはありますか?」
これから本題へ移ろうとしたところで、“コンコン”と扉がノックされた。……もうそんなに時間が経っていたんだね。
屋敷の人に案内された部屋では、7人分の席が用意された円卓の席の1つに腰を掛けた教皇様がすでに待ってくれていた。いろいろとおかしいと思うけど、教皇様にもお考えがあるのだろう。
俺はお待たせしたことを詫びてから案内されるがまま教皇様の隣の席に着いた。そして、軽く談笑しつつ食事が始まり、少し落ち着いたところで、
「ある程度キアラの“予知能力”については理解をしてくれたかい?」
教皇様が俺に確認をしてこられた。
「はい、能力についてはある程度は伺いました。しかし、“ブラナス”については、まだ何も伺っておりません」
食事まで2時間の時間をくれたのは、このためだったようだね。
「“ブラナス”については、今から話すから構わないよ。君たちも知っての通り、“古代遺跡”を持つ“ブラナス”は先の戦争でエイゼンシュテイン王国からアルガス帝国へ移譲されたよね。ここまではいいね?」
各国の上層部では、“古代遺跡の存在”については周知の事実だし、隠す必要もないみたいだね。
「はい、その後については、詳しく知りませんが……」
「それは私も同じだよ。調査はしているが、まだ何も確認は取れていない。君のほうが多くの情報を持っているかもしれないね。でもまぁ、すでに起こった事実に関しては、遅かれ早かれ互いに知ることになるから特に問題ないのだけど、今から話すことは、キアラの予知だ。まだ起こっていないことなのだ。そして、避けることのできない事実になるはずだ。そのことを踏まえて、君たちの意見を聞きたい。構わないかい?」
教皇様の言葉を聞いて、俺が目で確認するとみんな頷いてくれた。俺も含め、それぞれに言えないこともあるだろうけど、これは教皇様も同じだろう。
「はい、大丈夫です」
「よし、では続けようか。……“ブラナス”は、エイゼンシュテイン王国の保守派勢力によって独立するようだ」
「えっ!」
マリアさんが声をあげているが、そりゃ驚くよね。マリアさんが仕えていたマウイ様のご実家バウティスタ家は、今は鞍替えして改革派に属しているけど、先の戦争の前までは保守派の有力貴族だったからね。
「その独立の時期は、わかっているのですか?」
俺が教皇様に尋ねると
「はっきりとした時期はわからないのだが、それほど先の話でもないみたいなのだ。……キアラの見た予知を要約すると、“ブラナス”は元居た住民によって解放され、新しい道を歩みだす。という感じなのだ。元居た住民というのは、エイゼンシュテイン王国の保守派勢力だろう。そして、新しい道というのは独立と考えて間違いないと思うのだけど、ケイ、君はどう思う」
「短期的に考えればそうなのですが、元居た住民というのが、エイゼンシュテイン王国が建国される前の住民とは考えられないのですか?」
「ブラナス王家のことだね。それよりも前の歴史については私も知らないのだが、そのブラナス王家の末裔が、エイゼンシュテイン王国の保守派勢力なのだよ。そうだよね、マリア」
教皇様は俺の質問に答えつつ、マリアさんに同意を求められた。
「はい、そうです。ブラナス王家は断絶しているのですが、エイゼンシュテイン王国の保守派の上級貴族のなかには、ブラナス王家の血を受け継いでいると主張する家が多いのも確かです。実際に血が入っていても不思議ではありませんので、表立っては誰も何も言うことはありませんが、正統な継承権について主張することはタブー視されています」
エイゼンシュテイン王国は歴史が長いうえに、他の三大大国と違い、自国に勇者や聖女といった絶対的な象徴のようなものがないからいろいろ複雑になっているだろう。だから、先の戦争の混乱に乗じて政権交代も可能だったのだろうけど……
「あと、キアラの予知では、独立後にまだ“ブラナス”と名乗っているようなので、ブラナス王家が存在した後の住民だろうと考えているのだ」
なるほど、ブラナス王家の血筋が関わっているかもしれないね。
「そうであるのなら、保守派が動くと考えるのが自然ですが……」
「そうなのだよ。君も疑問に思うよね。独立や革命というのは準備に時間と金がかかるし、思いつきで簡単にできるものではないだよ。保守派は、先の戦争前までエイゼンシュテイン王国の政権を握っていたのだから、“ブラナス”の独立なんて考えていなかったはずなのだ。それに戦争の混乱と責任で資金的にもかなり疲弊しているはずなのだ。今の保守派にそれほどの力があるとは私にも思えないのだ。……そこで、マリアの意見を聞きたいのだ。それでも保守派は動くと思うかい?」
キアラさんの予知は絶対みたいだけど、教皇様もそこには疑問を持っていたんだね。
教皇様のご質問に、マリアさんが少し戸惑いながらも答え始めた。
「東の王都近くにいる保守派貴族はわかりませんが、西の旧王都“ブラナス”近くの保守派貴族は動かざるを得ないはずです。私は海に面した東側にある王都で育ちましたので、それほど“ブラナス”に対する思いは強くありませんが、西に行けば行くほど、国民の旧王都“ブラナス”に対する思いは強くなっているのが、私達の国の実情です。“ブラナス”をアルガス帝国に移譲される原因を作ったのは保守派の旧政権かもしれませんが、国民はそれをどう捉えているのか、私にはわかりません。改革派は元々“ブラナス”を重要視しておりませんので、もしかしたら、改革派の新政権が“ブラナス”をアルガス帝国に売り渡したと考えている人が多くいる可能性があります。その辺りは教皇様のほうがお詳しいかと存じます」
「いや、参ったね。その通りだよ、マリア。民にも意思があるよね。歳を取るのは嫌だね。視野が狭くなって……」
マリアさんの答えに、教皇様が眉間を押さえているが、そうだよね。民を扇動するために時間とお金が必要なのであって、民に独立の意思が根付いていたのであれば、“ブラナス”の状況次第で、少ない労力で行動を起こすことも可能なのだろう……
「あと、もう1つ疑問があるのですが、宜しいですか?」
「ん、なんだい、ケイ?」
「アルガス帝国は、なぜ“ブラナス”を手放すのでしょうか? 帝国は、“古代遺跡”を欲していたのではないのですか?」
「ああ、それはね。ここもそうだし、各国の主要都市には“古代遺跡”が在るのだけど、そこに在るだけでしかないからだよ。多くの人が1000年以上かけて調べてわからないことが、1年やそこらでわかるはずがないだろう。やはりアルガスの皇帝は賢帝なのかもしれないね」
なるほど、教皇様からみれば、何も得ることのできない“古代遺跡”に拘ることは、愚かなことなのだろう。




