第6話
“認識阻害”の効果があるミスリルのペンダントをリムルさんから受け取った3日後、アゼルさんの大太刀の調整も完了し、俺達はリムルさん達に別れを告げ、ドワーフ族の村を後にした。多くの種族のなかでも、比較的保有魔力が多く、魔法の扱いに長けたドワーフ族の村では、ペンダントの効果を実感することはできなかったが、次に向かうロワール・サント・マリーは人間族が多いので“認識阻害”の効果があることを期待したいと思う……
1週間ほどかけて、“精霊の森”の北側に広がる“迷わせの草原”をミルクとクッキーの案内で抜け、次の移動で船着き場のある街に着くところまで来ていたが、ミレーゼさんの様子がおかしい。
「あの子、あの馬達に愛着をもっちゃったのよ。なまじ生き物と話ができるのも問題ね。情が移りやすいのよ……」
「“言語スキル”ですか……良い事ばかりでもないんですね」
休憩の席で、シフォンさんが教えてくれた。川を渡る前に馬を返す予定なんだけど、結構いい馬みたいだし、買い取りって選択もありかな……と考えていると、それに気付いたシフォンさんに止められた。
「甘やかしちゃダメよ。私は奥まで行ったことないから知らないけど、“黒龍の森”って、馬を連れて行けるようなとこではないでしょ。それにあの品種は寒さに弱いわ。南の大地の品種だからね。ミルクやクッキーと違って、ずっと連れていけるわけじゃないの。アゼルは大丈夫そうだけど、ケイ君とマリアも根が甘いから気を付けたほうがいいわね。今まではそれで上手くいってたかもしれないけど、Aランクになれば、係わる人や接する世界が一気に広がるわ。悪意を持って近づいて来る人も多くなるし、そうでなくても頼ってくる人は確実に増えるわ。その人達全員を助けることなんて無理なの。もしかしたら、ケイ君ならすべての人を救うことができるかもしれないけど、一瞬の迷いが命取りになるわ。どうするのが一番いいのか、自分で考えないといけないわ。でないとアナタ達、早死にするわよ」
俺がすべて人を救うことができるかもしれないなんてシフォンさんの買いかぶりだけど、これは以前ラルス様にも言われたことなんだよね……
「俺のことはわかるような気もするんですが、アゼルさんとマリアさんは何が違うんですか?」
「アゼルは、ケイ君が絶対なの。ケイ君のためだけに行動してるから、ブレないのよ。自分のためだけに行動してる人よりも強いわよ、こういうタイプは。マリアもどちらかと言えばアゼルに近いんだけど、問題はもう1人仕えるべき人がいることね。もし2人が対立したらどうするの? もし2人の内1人しか助けられない場合はどうするの? 良く考えておかないとここぞというときに迷いが生じて、最悪の結果になるのよ」
マウイ様か……今は自国の現状を知って変わっているかもしれないけど、学生時代はすべての国民を救いたいと考えるタイプの人だったからね。俺も自分と係わる人ぐらいはなんとかしたいと思ってしまうし、マリアさん、大変だね。……いや、人事じゃないのか。
その日の夕方、船着き場のある街に着いたが時間帯が悪いせいか外門の前で大勢の人が行き詰っていた。
「あら、コレ、いいわね」
首から提げたリムルさんのペンダントを、頭からすっぽりと被ったマントの上から握り締め、シフォンさんがそう呟いた。
「そうですね。これなら私でもわかります」
その呟きにマリアさんが答え、アゼルさんも頷いている。
「あの背の低い門番の人?」
おお! ミレーゼさんもわかったんだね。
「そうよ。さずがケイ君の婚約者ね。いいモノを用意してくれたわ」
シフォンさんが感心してまた呟いた。
ほとんどの人がペンダントの“認識阻害”の効果で俺達に気付いていない中、これだけはっきりと意識を向けられるとミレーゼさんでもわかるみたいだね。
街の外門で通行料を払い、中へ入ったところで、
「あっ! あの2階の人」
ミレーゼさんが小さな声を上げた。
「ダメよ、ミレーゼ。指差しちゃ。可哀想でしょ」
シフォンさんが咎めているが、俺達が気付いていることに気付かれるのはいいんだね……
馬を返すために街の商業ギルドへ行くと
「ケイ、お帰りっ! 私、待ってたのよっ!」
南の大地でずっと愛用していた馬を手配してくれた少し肌が浅黒い綺麗なお姉さんが、正面にあるカウンターの向こうで、立ち上がり両手を広げ出迎えてくれた。……相変わらず、このお姉さん、テンション高いね。
「……」
お姉さんに近づいたアゼルさんが、無言のままカウンターの上にある石版にギルドタグを載せた。
「わかってるわよ、ウリボー。冗談じゃない。……あら、乗り換えなかったのね。……いい馬だったでしょ。……187日で……74万8000R……保証金を引いて54万8000Rね」
お姉さんはブツブツと呟きながらも手際良く手続きを済ませてくれた。……本来はもっと高いみたいだけど、2頭を半年借りて約75万か……
「わかりました。あと、あの馬を買うとしたら、いくらぐらいですか?」
一応、確認してみた。
「あれ、結構いいヤツだからね。普通は1頭100万ってとこかしら。まぁ交渉次第でかなりの上下があるんだけどね。どう買う? お姉さん、頑張るわよ!」
2頭で200万か……死んだり、盗まれたり、見捨てたりするリスクもあるし、上手く乗り換えながら行くほうがアゼルさんが言ってたように安く済みそうだね。
「いえ、聞いてみただけです」
「そうね、それが賢いわ。……ところで、あの噂は、ホント?」
支払いが済み、話を変えたお姉さんが急にカウンターから身を乗り出し声を潜め尋ねてきた。
「噂って、なんですか?」
後ろから視線が怖いので、念のため仰け反りながら尋ね返すと、
「“迷いの草原の村”と“アイリス”の話よ。近々大きな取引が始まるみたいじゃない。アンタ達、関わっているんでしょ」
疑問でなく断定なんだね。ここは商業ギルドだし仕方ないと思うけど、お姉さん、耳が早いね。エレオノーラさんやエルバートさんが情報を漏らすはずないし、アイリスの街の有力者達がすでに動き始めているのだろう……
「俺には、どうなるかわかりませんが……」
「ふ~ん、さすが姐さんが見込んだ男ね。お姉さん、本気になりそうよ。……って、ちょっと、待ってよ!」
お姉さんが叫んでいるが、アゼルさんにローブの首根っこを掴まれた俺は、そのまま引き摺られ、商業ギルドを後にした。
次の日、俺達は船着き場で借りた小船に揺られ、カステリーニ教国の首都ロワール・サント・マリーに向かっていた。
「ミレーゼ、しっかり漕ぎなさい。流されているわよ」
「わかってるけど、まっすぐ進んでくれないのよ」
シフォンさんの小言に、艪を漕ぐミレーゼさんが泣き言を言っているが、艪を漕ぐのって難しいよね。俺も往きしなアゼルさんに教えてもらったけど、背中に当たるアゼルさんのおっぱいが気になって習得できなかったんだよね……ここはやっぱり、俺の魔法で……と考えているとまたシフォンさんに止められた。
「ダメよ、ケイ君。どうせ暗くなってから都市に入るんだから、急ぐことないわ。それに時間をみて残りは私が漕ぐし、ミレーゼも艪ぐらい漕げないと冒険者としてやっていけないからね」
そ、そうだね、艪ぐらい漕げないと冒険者としてやっていけないよね……
リムルさんのペンダントのお陰なのか、往きと違って川の魔物にほとんど襲われることもなく、予定どおり日が暮れ辺りが少し暗くなったところで対岸に辿り着くことができた。
「あっ!」
北側の船着き場で船を返し、都市の外門に向かっている途中で、予想外の出来事に思わず声を漏らしてしまった。
「どうかしましたか?」
マリアさんが俺に気付いて声をかけてきた。
「キアラさんが居ました」
「えっ! どこですか?」
「あの馬車の中に」
俺がそう言って、少し離れたところに停まっている豪華な馬車に指差すと
「あの紋章はたしかに教皇様の紋章ですが……街の監視から連絡が伝わったのでしょうか?」
マリアさんも馬車に気付いたものの納得できないみたいだ。……そうだよね。逢いに行くと連絡は入れてないし、もし連絡が着いていたとしても、いつ俺達がこの都市に到着するかなんてわからないはずなのに……マリアさんが言うように教皇様の監視も付いていたのだろうか?
「まぁ手間が省けました。行きましょう」
元々、闇に乗じてキアラさんの魔力を探すつもりでいたので、助かったんだけど……
俺達が馬車に近づくと、お付の人が何も確認することなく馬車の扉を開け入るよう促してきた。馬車の中に入ると、教皇様とキアラさんがいた。
「ケイさん! クンクンクンクン――――」
キアラさんが俺を抱き寄せ匂いを嗅いでいる。……やっぱり、俺って臭いのか!?
みんなが馬車に乗って席に着いたところで扉が閉められ馬車が動き始めた。走り出した馬車は都市から離れているようだし、キアラさんは俺を抱きしめ匂いを嗅いだままだが……
「教皇様まで、迎えにお越し頂き、申し訳御座いませんでした」
まずは、謝罪だ!
「いや、構わない。時間通りで待ってもいないしね」
あっさりと赦されたが……
「時間どおりということは、やはり監視から連絡が伝わっていたのですか?」
それに、俺達の行動まで読まれていたのだろうか……
「いや、違うよ。君たちが今日のあの時間にあそこへ来ることは、かなり前からわかっていたんだ。だから、休暇まで取って準備万端で待っていたのだよ。休暇と言っても2日ほどなんだけど、済まないね、今、忙しいんだよ」
「いえ、お気遣い有難う御座います。……えっ!」
「驚いたかい? 私も最初は信じられなかったんだよ。……“予知能力”。キアラの能力だよ。聖女様がいろいろな情報を教えてくれるらしいんだ。それも君に関することは、特に正確にね。おかげで、こちらはてんてこ舞いだよ。だって、君はこの世界の中枢に関わりすぎているからね」
“聖女の加護”による聖女様からお告げか……“予知能力”って、また凄い能力だね。もしかしたら、リムルさんにも“精霊”の声が無意識に聞こえていたから、俺達がキアラさんに逢えると確信できたのかもしれないね。
「あっ! ケイさん、“ブラナス”へは行ってはいけません! いえ、まだダメです。危険なんです」
ずっと俺の匂いを嗅いでいたキアラさんが急に顔を上げ訴えかけてきた。
「えっ、“ブラナス”ですか? そのうち行くつもりでいましたが、何かあったんですか?」
俺が問い返すと、
「え、あのう、その……私、まだ政治的なことがよくわからなくて……教皇様にご指導を頂いてはいるのですが……」
キアラさんは俯き、困った様子でそう呟いた。
「ああ、そのこともあって、私も同席させてもらったのだ。この情報は、キアラの予知だけでまだ確認が取れていないのだが、君たちの意見を聞きたくてね。特にマリア、君の意見をね」
「私に、で御座いますか!?」
教皇様のお言葉に、マリアさんが驚いているが、
「さぁ着いたね。君たちも疲れているだろう。汗を流して、少しゆっくりとするといい。この話は、あとで食事を摂りながら話そう」
マリアさんの言葉を軽く聞き流した教皇様がそう仰せられると、馬車の扉が開いた。馬車から降りるとそこは、カステリーニ教国の首都ロワール・サント・マリーを見下ろす丘の上に建った大きな屋敷の前だった。




