第5話
昨日、精霊の森のドワーフ族の村に戻ってきた俺達はリムルさんの家の庭を借りて、朝の鍛錬をしていた。
「ちょっと、アンタ達、激しすぎるのよ。隣で寝ている私の身にもなってよ……」
俺と組み手をしている目の下に隈を作ったミレーゼさんが抗議しているが、たしかに激しかったのかもしれない。
初めて俺の魔力マッサージを受けたリムルさんには刺激が強すぎたのか、初日のマリアさんとアゼルさんと同じように、今もベッドでまどろんでいる。そのリムルさんに触発されたのか、マリアさんとアゼルさんもいつも以上に頑張っていたと思う……
「すみません。頑張ってください」
俺達が控えると、シフォンさんに怒られるし……まぁ面白いから控えるつもりもないんだけどね。
「わかってるわよ。私が魔法を上手く使えればいいんでしょ。でも、音の遮断は上手くいきそうなんだけど、そうすると、今度は気配が気になるのよ。なんなのよ、この体。性能が良過ぎるんじゃないの……」
体の性能がいいのは、良い事だと思うんだけど……
朝の鍛錬の後、お風呂をよばれて母屋に戻ると朝食が用意されていた。初めて来たときもそうだったけど、至れり尽くせりだね。アイリスの街にいる間に空いている時間を使って蒸留酒を用意してきたんだけど、それだけでいいのだろうか……
「みなさん、どうしますか? アゼルさんは大太刀の調整ですよね? 俺は村長さんのところへ行こうかと思うですが、一緒に来ますか?」
まだ起き上がれないリムルさんを除いたみんなで朝食を囲みながら今日の予定について尋ねると、アゼルさんは頷いてくれたが、マリアさんはリムルさんに手伝いを頼まれていたみたいだ。シフォンさんは、獣人系種族の自分達がこの村で動きまわるのはあまり良くないからここに残ると言っている……
なんでだろう? アイリスの街では1人で行動するなときつく言われていたのに……
「アンタ、基本巨乳好きでしょ! それにロリコンっぽくないから、この村では、みんなあまり心配してないのよ……」
俺の疑心を感じ取ってくれたのか、額に青筋を浮かべたミレーゼさんが答えてくれた……
ミレーゼさんを前にして巨乳ネタを引っぱることもできず、朝食後、持っていたミスリルをマリアさんに預け、俺は1人で村長のモルドバさんの家に向かった。
「すまんな、呼び立ててしもうて」
モルドバさんの家の人に突然の訪問を詫びて挨拶を済ませ、通された応接室で俺とモルドバさんが2人になって席に着いたところで、モルドバさんが頭を下げてきた。
「いえ、モルドバさんにも立場がありますし、お気持ちだけで十分です。あと、コレ、俺が作った蒸留酒です。よかったらどうぞ」
俺はそう言って用意しきた蒸留酒の樽を床に並べた。
「おお! 気を使わせて、すまんな!」
モルドバさんの表情が一気に和らいだ。リムルさんの婚約者とはいえ一介の冒険者で人間族の俺に対して、ドワーフ族の村の村長であるモルドバさんがここまで気を使ってくれなくてもいいと思うんだけど……あれ?
「モルドバさん、少し聞いてもいいですか?」
「おお、なんじゃ」
「モルドバさんは、ドワーフ族の族長ではないのですか?」
「今は、ワシが族長を兼任しておる。有事の際には別に立てることもあるんじゃが、族長というのは名誉職みたいなもんじゃ。別で元首や首長がいるにも係わらず、族長に大きな権限を与えている種族もあるがな」
なるほど、グレンさんの“狼人族”なんかがそうなのだろう。
「じゃ、族長というは、その種族の象徴で、有事に際には旗頭となるような存在ですか?」
「その考えで間違いはないな。ケイ、お前は気付いておらんかもしれんが、人間族でいえば、ラルス様がそうじゃ。ご自身は認めておられんようだが、少なくともワシらはそう思うておる。だから、お前は族長の姫婿でもあるのじゃ。そんなペコペコせんでもかまわん」
そうか、そんな見方をする人もいるんだね。
「いえ、ありがとうございました。ところで、俺に用があるとお聞きしたのですが、どうかなさいましたか?」
「おお、そうじゃった。これを受け取ってくれ」
モルドバさんはそう言うと、テーブルの上に食器を並べ始めた。……おお、これは助かるね。前回の炊き出しでは、エルバートさんが来訪者を取り仕切ってくれたので、それほどでもなかったけど、やっぱり食器を返してくれない人はいるんだよね。悪意があるのかないのかは知らないけど、ゼロにはならないだろうし、下手をすれば半分以上返ってこないときが来るかもしれないと考えていたんだけど……
「いいんですか? ちょうど欲しかったんです。代金を支払いますね」
「金はいらん。世話になっているお前に喜んでもらうために用意したものじゃ。それに、これは腕が未熟なこの村の子供達が練習も兼ねて作ったものだ。だから、形がいびつなものある。それでも良ければ、受け取ってほしい」
形がいびつと言ってもほとんどわからないし、子供達が練習も兼ねて作ったか……上手いこと持ってきたね。
「そう言ってもらえると受け取りやすいのですが……リムルさんですか?」
「そうじゃ、リムルの入れ知恵じゃ。お前は高価なものよりも、こういう気持ちのこもったもののほうが素直に受け取ってくれると聞いてな。相談して良かったわい」
リムルさんも俺のこと良くわかっているよね。
「ありがとうございます」
このあと、モルドバさんと少し世間話をしてから、リムルさんの家に戻った。
家の庭では何人かの人がお義父さんと一緒に、アゼルさんとシフォンさんの試合の様子を真剣な眼差しで見詰めていた。アゼルさんの大太刀の製作に係わった人達だろう。
シフォンさんが“氷の鎧”を纏い、アゼルさんの打ち込みを受けているんだけど、シフォンさんが押されているように見える。それに、アゼルさんが振るう大太刀の刀身が赤い。“魔法剣”なのだろうか?
『違うのじゃ。あれは、あの大太刀の特性じゃ。アゼルは、まだ“魔法剣”を使いこなせておらん』
『そうなんですね』
クロエさんが“念話”で話しかけてきた。絶対、この人、俺の心を読めているよね。まぁ恥ずかしいところも全部見られているから、かまわないんだけど……
「アゼル、そろそろいいわよ」
アゼルさんの攻撃を受け続けていたシフォンさんがそう言うと、シフォンさんが纏う氷の鎧の魔力が急激に高まった。
「はい」
それに答えたアゼルさんの魔力も高まり、体が赤く輝き始めた。そして、それに合わせ大太刀の刀身も赤く輝きだした。いや、違うか……
『そうじゃ。あの大太刀がアゼルの“火属性”の魔力を吸っておるのじゃ。まぁ道具に頼った“魔法剣”じゃな』
またクロエさんが俺の心を読んで説明してくれた。……うん、便利だね。
そこからの打ち込みは、地響きが起こりそうなほど激しさが増していったが、3分ほどしたところでシフォンさんが大きく飛び退き、試合は終わった。するとすぐに、お義父さんをはじめ職人達がアゼルさんのところに集まり、いろいろと確認を始めた。
「ああ、ケイ君、お帰り。凄いわよ、あの刀。“身体強化”を使ったアゼルの相手は、今の私じゃ3分が限界ね。交代よ。私はミレーゼのお風呂掃除を手伝ってくるわ」
シフォンさんが珍しく疲労を隠さず、そう言って近づいてきた。ミレーゼさんはお風呂に入ってるんじゃなくて、掃除をしてくれていたんだね。それに、リムルさんとマリアさんは工房にこもっているみたいだ。
「ただいま、シフォンさん。……って、シフォンさんが3分しか耐えられない攻撃を俺が受け流せるはずないじゃないですか! 掃除なら俺がやりますよ」
「クロエさんを使えばいいじゃない。クロエさんのおかげで、アゼルの太刀筋もしっかりしてきてるし、ケイ君に危険はないはずよ。全開のアゼルの相手をできるのは、ケイ君だけよ。掃除なら私も手伝えるし、あと、お願いね」
シフォンさんはそういい残して、風呂小屋のほうへ行ってしまった。……たしかに、クロエさんの小太刀なら大丈夫だと思うんだけど……
『心配ないのじゃ! アゼルが本気でケイを殺しに来ない限り、魔力の増減効果は、妾が上手く調整するのじゃ!』
器用だね、クロエさん。そんなこともできるんだね。あと、クロエさんのテンションがいつもよりも高いような気がする。ずっと暇だったのだろう……
お義父さん達によって微調整の済んだ赤い刀身の大太刀を構えたアゼルさんを前に、俺が抜刀した“黒龍牙”と“黒龍爪”を構えたところで、
「ちょっと待て、ケイ! なんだその小太刀は!」
お義父さんの怒号が飛んできた。
「ゲルグさんに打ってもらった小太刀なんですが、なにかマズかったですか?」
「マズいもナニも、ソレの材質はナンなんだ!?」
「黒龍の牙と爪です」
「バカか、お前! そんなのと打ち合って、ミスリルの刀身が耐えられるわけがないだろ!」
そう言われるとそうだね。この小太刀、クロエさんの加護がなくても伝説級と言われていたんだった……
「じゃ、鱗なら大丈夫ですか?」
俺がそう言ってクロエさんの小太刀を鞘に戻すと、
「その鞘、黒龍の鱗か……みんな、どう思う?」
お義父さんは他の人達を集めて相談し始めた。
「アゼル、最初は軽く打ち合ってみてくれ」
お義父さんの言葉で、俺達は試し打ちを始めた。
「うーん、さずが爺さんの小太刀だな。これならいけそうか……よし、アゼル! いけっ!」
お義父さんの号令がかかった瞬間、何かから解放されたかのようにアゼルさんの殺気が膨れ上がった。アゼルさん、きっとストレスが溜まっていたんだね。力を抑えるの苦手なのにシフォンさんが相手をしてくれている時も少し抑えていたのだろう。
怖ェェ……
と思ったのは、初撃を受け流す時だけだった。やっぱりクロエさんの小太刀は凄かった。普段使っている小太刀とは、まるで安心感が違った……
新しい大太刀の調整を繰り返しながらアゼルさんの試し打ちに付き合って3日が過ぎた。この間、ミレーゼさんとシフォンさんは鍛錬をやりながらも、リムルさんの家の手伝いをやってくれていた。リムルさんとマリアさんはずっと工房にこもっていたが……
そのリムルさんがマリアさんとミレーゼさんとシフォンさんを連れて、俺達のところにやってきた。
「ケイさん! アゼル! 出来たよ!」
試し打ちを止め、声をあげたリムルさんを見ると、黒く輝いた何本かのペンダントのようなものを掲げていた。それを作っていたのだろう。
「ペンダントですか?」
「フフーン、ただのペンダントじゃない。今のケイさん達に必要なもの。まぁケイさんにはあまり必要ないけど……」
言葉尻は小さくなったものの、リムルさんは小さな胸を張り自慢げにしている。
「俺達に必要なものですか?」
「そう! これには、“認識阻害”の効果があるはず!」
おお! 凄いね、それは! ……って、
「確定では、ないんですか?」
「そんな都合のいいもの、簡単には作れない。でも、この革で作った装飾品と合わせてれば、効果が上がるはず。アリサに作ってもらって」
リムルさんはそう言って、腰に吊った魔法袋から黒い革を取り出し俺に渡してきた。
「なるほど、わかりました。でもコレって、何の革なんですか?」
「“闇属性”の魔物“闇牛”。エルフ族が特産品として村で養牛してるの。闇系の素材は簡単には手に入らないから、スージーに無理を言ったの」
ああ、だから、スージーさんが来てたんだね。
「って、大丈夫なんですか!? 特産品ということは、エルフ族の村で管理されているんですよね?」
「ケイさんは、エルフ族の巫女のクリスの命を救ったから何とかなったみたい。普通は無理だと思う」
きっとスージーさんとクリスさんが無理をしてくれたのだろう……
「それで、リムルさんの作ってくれたそのペンダントには、“闇属性”の魔石が入っているのですか?」
「そう、ミスリルをペンダントに加工して“闇牛”の魔石で“闇属性”を付加したの。天然の魔物の魔石じゃないから効果は薄いけど、普通の人には“認識阻害”の効果はあると思う。冒険者でいえば、Dランク以上は無理だけど、Eランクぐらいの人までなら大丈夫なはず。みんなでお揃いだから、キアラとアリサとベルさんにも渡しておいてね」
リムルさんはそう言ってみんなに配り、残りを俺に預けてきた。効果が薄いとは言っても、特別に目を付けられない限り、かなり有効そうだね。
「ねぇ、このペンダント、私達ももらっていいの?」
受け取ったペンダントを見つめながら、ミレーゼさんがリムルさんに尋ねている。
「2人は、ケイさんの家族。だから、みんなの家族。それに、一緒について行けない私達の代わりに、ケイさんを護って欲しいから」
「ええ、わかったわ。大事にするわね」
「ん、それでいい」
そういえば、この2人。同じ前世の記憶を持っているからなのか、初日のお風呂に入る時から打ち解けていたよね。
「すみません。いろいろと気を使ってもらって、助かります。ロワール・サント・マリーでどうやってキアラさんに逢おうか悩んでいたんですが、少し希望が出てきました」
「心配ない。ケイさん達、キアラには、ちゃんと逢える」
「そうなんですか?」
リムルさんがあまりにも自信ありげに答えたので、思わず聞き返してしまった。
「なんでだろう? なんか、そんな気がする」
リムルさんは自分の言葉に驚いて不思議そうな顔をしているが、なんか俺もリムルさんの言葉を聞いてキアラさんに簡単に逢えるような気がしてきた。……不思議だね。




