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第1話

 月明かりのなか、ダカール自由貿易国のアイリスの街を出た俺達は、少し速度をあげ、街道沿いに北へと馬車を走らせていた。

 

 追っ手のことが気になっていたのだろう、アイリスの街から2kmほど離れたところで、馬車の前を走っていたシフォンさんが御者台に座る俺の側にやってきた。


「ケイ君、どう?」

 

「追ってきているのは、街の外で待機していた2組4人だけです。街の中にいた追っ手らしき人達は、エルバートさんが足止めをしてくれているみたいです」


「そうなの、エルバートなら上手くやってくれるでしょう。4人か……今、どの辺り? 私が“やって”こようか?」


 “やって”って、“殺って”だよね……


「500mぐらい後ろと800mぐらい後ろです。でもダメですよ。向こうは危害を加えることが目的ではなく、ただ監視をしてるだけで何もしてこないんですから、シフォンさん、犯罪者になっちゃいますよ」


「それもそうね。……あっ居たわ。今回もあんまり大したことなさそうだけど、ワザとなのかしら。こういう中途半端な相手って、一番面倒臭いわよね。何とかならないかしら」


「そうですね……あっそうだ。父も追われているんですよね? いつもどうしてたんですか?」


「陽動よ」


 ああ、“おとり”か……父らしいというか、シフォンさん達らしいというか……


「俺には無理ですね」


「そうね。ケイ君向きの作戦ではないわね。ミレーゼにはまだ無理だけど、私ならケイ君の姿かたちに化けることもできるんだけどね」


 シフォンさん、さらっと怖いこと言うよね。“幻術スキル”が成長すれば、そんなこともできるんだね。


「“転移魔法”で飛ぶのはどうですか?」


「ああ、それがあったわね。この人数でもいけるの?」


「ええ、たぶん大丈夫です。この道は以前通って記憶していますから、10km先ぐらいまでならいけるはずです。使ったことがバレると余計に大変な事になりそうですけどね」


「そうね。それは奥の手としてとっておきましょ。他にも何かないか考えながら行くほうがいい経験になるわ。あと、追っ手に動きがあったらちちゃんと教えるのよ。1人で何とかしようしてはダメよ」


 シフォンさんはそういい残して、馬車の前へ戻っていった。それにしても、懐にいるミルクとクッキーのためなのか、前を走るミレーゼさんの上半身がほとんど揺れていない。人って成長するもんだね。



「ケイさん。ちょっといいですか?」


 シフォンさんが去ったあと、俺の隣に座っているマリアさんが話しかけてきた。


「はい、何ですか?」


「少し話が変わるのですが、ベルさんの事です。今回、他のみんなには逢いに行くのに、ベルさんのところには行かないのですか? たしかにベルさんがその気になれば、いつでもケイさんに逢いに来ることができるかもしれません。でも逢いに行くのと、逢いに来てくれるのとでは、まったく意味が変わります。いいですか、ケイさん。待っている女性はいつでも逢いに来て欲しいのです」


「そうですね。マリアさんの言ってることがわからなくもないんですが、元々、俺はAランクの昇格試験で“黒龍の森”へ行こうと思っていたんです。ベルさんとクロエさんに俺の成長した姿を見てもらえるので、これが一番いいと考えていました。でもこれはベルさんと婚約をする前に考えていたことなので、今は少し違うのですが……」


「そうだったのですね。それで、何が違うのですか?」


「エルバートさんに聞いてみたのですが、俺は住所が“黒龍の森”ですし、“黒龍の森”で育ちましたので、“黒龍の森”へ行くことは他の人と比べて難易度が低すぎると判断されるのではないかと言われたんです。ですから、Aランクへの昇格試験の選択肢から外される可能性が高いようです。それに、ミレーゼさんです。ミレーゼさんには、“黒龍の森”は、まだキツいのではないかと思っていたんです」


「そうでしたね。でも、“黒龍の森”は、そこまで過酷なんですか?」


「はい。俺は行ったことがないのでわかりませんが、近くの町から“黒龍の森”の冒険者ギルドまで最短で2週間はかかるそうです。その間、B~Aランクの魔物に襲われ続けますからね。森の外縁部には低ランクの魔物もいるみたいですが、かなりハードです。まぁクロエさんの話では、“黒龍牙”と“黒龍爪”を出せば、高ランクの魔物は寄って来ないらしいのですが……」


「なら大丈夫なのではないのですか?」


「いえ、シフォンさんがそんなことを認めてくれるはずがないじゃないですか」


「ああ、そうですね……」


「聞こえたわよ、ケイ君! 行きましょう! “黒龍の森”へ!」

「…………」


 しまった! 馬車の前を走っていたから油断してた。……あの人、耳がいいんだった。それにミレーゼさんにも聞こえていたみたいだね……



 朝日が昇り始めたところで、休憩をとることになった。馬の世話をミレーゼさんとアゼルさんが、朝食の準備を俺とマリアさんでやっている間に、シフォンさんが追っ手の確認に行ってくれた。


「どうでしたか?」


 シフォンさんが戻ってきたところで、朝食を摂りながら今後の予定を話し合うことになった。


「アイリスの街にいた連中とそんなに変わらないわ。初めから追ってきてる2組はまだマシだけど、後は話にならないわね。もう疲れきっていたわ。どっかの国の諜報員だと思うけど、冒険者で言えば、良くてCランクってとこね。まぁこれが陽動かもしれないし、気を抜くことはできないけどね」


「待ち伏せですか?」


「そうよ。私がパーティに入って、ケイ君達がBランクに上がった情報は相手に伝わっているはずよ。高いレベルの諜報員を用意している可能性はあるわ。だから町や村を避けて進みましょう。そんなに急ぐ旅でもないし、たまに街道を逸れて進めば十分なんじゃないかしら」


「じゃ馬の負担を軽くするために、俺達も馬車を降りて走るほうがいいですか? その方が早く進めますよね」


「短距離の場合は別だけど、長距離の場合そんなことしても、進む早さはそんなに変わらないわ。それに、あなた達は、今さらミレーゼに合わせて走ったところで基礎体力は上がらないし、体力を温存しておいて。何か突発的な事故が起こったときに対処して欲しいからね。私はミレーゼを守ることに専念させてもらいたいし。……あとは魔物や盗賊との戦闘ね。ケイ君はどう考えているの?」


「そうですね。できるだけ避けて進みたいところですが、いろいろな連携を試してみたいですね。“黒龍の森”で戦闘を避けずに進むなら、個人の力では限界があるでしょう。俺達3人はずっと一緒に戦ってきましたから、ある程度は上手く連携をとれると思うのですが、そこにミレーゼさんをどう組み込むかですね。まずはミレーゼさんにミルクとクッキーとの連携に慣れてもらわないとなかなか難しいのではないかと考えています。シフォンさんには、俺達とミレーゼさんの連携の調整をしてもらうことになるんですが、いいですか?」


「ええ、それでいいわ。ミレーゼもいいわね?」


「う、うん……」


 ミレーゼさんはあまり納得してないようだ。


「何か心配事でもありますか?」


「それで文句はないんだけど、私、まだ弱いじゃない。今、ミルクとクッキーに頼ったら、私、ずっと弱いままじゃない……」


「いえ、実戦で連携を試していくだけで、休憩中や移動中は個人の鍛錬の時間ですよ」


「それもそうね。じゃアンタ、今から私と組み手をしなさい。お母さん相手じゃ、イマイチ自分の成長を感じることができないのよ。マリアとアゼルには何となく思いっきり打ち込めないし、アンタならちょうどいいわ」


 身内や知り合いを相手に躊躇する気持ちはわかるけど、俺には思いっきり打ち込めるんですね……


「構いませんが、今からですか?」


「ケイ君、いいわよ。急ぐ旅でもないし、ゆっくり行きましょう」


 俺が出発の時間を気にしていると、シフォンさんからお許しが出た。


「わかりました。……じゃ、始めますか」


「ええ、行くわよ!」


 食事をしていた場所から少し離れ、互いに無手で構えた。ミレーゼさんは、いきなり“幻術”で体をブレさせつつ蹴りこんできたんだけど……



 15分後、


「はぁ、はぁ、はぁ……ちょっと……ずっと“幻術”使ってるのに、何でかすりもしないのよ!」


 ミレーゼさんは膝に手をつき息を切らせ、声を荒げてきた。


「“ずっと”だからですよ。“幻術”って、奇策ですよね。相手が驚かないと意味がありません。低ランクの魔物ならそれでも通用するかもしれませんが、人間や高ランクの魔物は、すぐに慣れてしまいますよ」


「なるほど、お母さんも“幻術”を使えるから、当たらないと思ってたんだけど……って、なんで、お母さん、教えてくれなかったのよ!」


「だって、アナタ、まだ“幻術”に慣れてないから、“幻術”を使えば、すぐに疲れるじゃない。疲れさすのにちょうど良かったのよ。言ったら、“幻術”をあまり使わなくなるでしょ」


 ミレーゼさんの問いに、シフォンさんが冷たく答えている。


「そ、そうね。……って、私、いつなったら、自分で魔法を使えるのよっ!……ちょっと、お水ちょうだい。叫んだらのど渇いたわ…………あっ!」


 ミレーゼさんは叫んだ後、テーブルにあったジョッキの水を一気に飲んで驚いた表情のまま堅まってしまった。


「どうしたんですか?」


 俺が声をかけると、


「……ビールちょうだい」


 素に戻ったミレーゼさんが少しの沈黙の後、水を飲み干したジョッキを差し出してきた。


「ビールのほうが良かったですか? 冷たくしますよ」


「いいわ、そのままで」


 俺が空いたジョッキにビールを注ぐと、ミレーゼさんはそのまま一気に飲んでしまった。……すると、


「アッハッハッハッハッハッ!」


 大声で笑い始めた。ミレーゼさんはそこまでアルコールに弱くなかったと思うんだけど、壊れたのか……


「だ、大丈夫ですか?」


「もう1杯よ!」


 少し怖かったので、言われるがままビールを注ぐと、今度は無言で俺に差し出してきた。飲めということだろう……


「おおっ!」


 俺も一口飲んで思わず声をあげてしまった。ミレーゼさんが差し出したビールが冷たかった。


「どうよっ! これが“ビールを冷たくする魔法”でしょ! ついにやったわっ! 自分の意思で魔法を使えるようになったわっ! アッハッハッハッハッハッ!」


 ミレーゼさんが完全に壊れている。疲労と酔いと嬉しさが綯い交ぜになっているのだろう。大声で笑いながら、気持ち悪い動きで踊っている。さらに、“幻術”まで使いだして、気持ち悪さが増していった……


「「「…………」」」


 しばらく、みんなでミレーゼさんを黙って見守っていたが、


「さぁ片付けましょうか」


 シフォンさんが声をかけてくれた。今はそっとしておいてあげるほうがいいみたいだね……



 それからひと月ほどかけて“迷わせの草原の村”に辿り着いた。ミルクとクッキーの案内は、何の問題もなかった。


 追っ手達は、以前俺達が魔物に襲われ続けた森で逸れてしまったみたいだ。壊れた生態系がまだ元に戻っていなかったらしく、俺達も少し進行速度が落ちたぐらいだからね。あと、待ち伏せもいなかったようだ。各国とも、そこまで俺達を重要視しているわけではないのだろう。

 連携は……上手くいっている。ミルクとクッキーが自分達の判断でミレーゼさんのために動いてくれているだけだと思うんだけど、ミレーゼさんは今までほとんど戦闘経験がないんだし、これは仕方がないだろう。それに、ミレーゼさんは自分の意思で魔法を使えるようになって機嫌がいいので、今はそっとしといてあげようということになった。そのうち、シフォンさんのスパルタ教育が始まるのだろう。


「おかえりなさい! ケイさん!」


 “迷わせの草原の村”の宿屋の前まで行くと、宿屋の娘さんでエルフ族のソニアちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。


「ただいま、ソニアちゃん。またお世話になるね」


「はい! 任せてください! 私、ご飯を炊けるようになったんです。お母さんがケイさんのお嫁さんになるなら、ご飯を炊けないといけないって言うから頑張ったんです。あとで、試食してくださいね。それに、洗濯や掃除や馬の世話も、前までは何も感じなかったのに、今はケイさんのお嫁さんになるためだって思うと凄く楽しくて……あっ! すみません、ケイさんに逢えて、つい嬉しくて……馬をお預かりします。どうぞ、中でゆっくりしてください」


 ソニアちゃんはそう捲くし立てると、俺達の馬を引き連れ、建物の裏へと消えていった。たしかに、明確な目的があると、同じ作業でも充実感が違うよね。……って、ど、ど、どうしよう。ソニアちゃん、お母さんにいいように煽られているだけだと思うんだけど……


「ねぇ、アンタ。あの子、まだ10才くらいよね? わかってる?」


 ミレーゼさんが冷たく問いかけてきた。シフォンさんはなぜか納得したように頷いているけど、他のみんなはミレーゼさんと同じ気持ちだろう。俺も自分を問い質したい気分だ……


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