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第11話

 翌日の朝食後、ベルさんはクロエさんを呼びに森へと入っていった。


 今日は、素手で立って走ることにした。もちろん、サタンさまのローブは着ている。裸を人に見せる趣味はない。……いや、ないはずだ。見るのも、見られるのもチラリズムに拘りたい。見えそうで、見えないのがいい。あとそこに、恥じらいが不可欠だ。


 正午ごろ、ベルさんが一人の女性を連れて戻ってきた。彼女がクロエさんだろう。


「やぁケイ、1年ぶりじゃな。元気にしておったか」


「はい、元気にしておりました。クロエさんもお変わりなk……」


 いやいや、変わり過ぎだろ。つい定型の挨拶を返しそうになってしまった。


 まず聞いていたとおり、人に()わっている。それも人間族のようだ。長い黒髪を後ろで束ね、黒の着流しで裏地は赤、白い帯に太刀を差して、素足にわらじで、微笑みながら黒い瞳でこちらを見つめている。見た目は、約150cmで俺と同じくらい、細身で胸も控えめ、15才ぐらいの美少女に見える。


 ちなみにベルさんは、普段から黒のローブかマント。中は綿のシャツにズボンで、足元はサンダルかブーツだ。あまり色気がない。目立たないようにしているのだろう。


「どうじゃ、この格好。妾の友であり刀術の師匠でもあるカエデを真似てみたのじゃが、似合っておるか?」


「はい、大変お似合いです。良かったら、中でお茶でも入れましょうか?」


 ベルさんが退屈しそうなので、お茶に誘ってみた。


「おぉ気がきくのう。では参ろうぞ」


 なぜか慣れた感じのクロエさんが先頭でギルドに向かった。



 お茶は緑茶でいいか。クロエさん、和装だしね。お茶請けは和菓子がないので、クッキーにしよう。


 この間、麦の蒸留酒に皮ごと刻んだオレンジと黒砂糖を入れ、ひと月ほどでいい感じに仕上がったオレンジリキュールを使ったクッキーだ。本来、水分の多い果実のリキュールは仕上がる前に腐りやすいのに、料理スキルのおかげだろう。腐らせず、うまくできたようだ。


「これは!……サクッとして甘みのなかにほんのり苦味もあって、美味じゃのう。ケイが作ったのか、やるではないか!」


 ギルドの休憩所に、お茶とクッキーを用意し3人で座っている。何から話せばいいのだろうかと思ったらベルさんが仕切ってくれた。


「クロエ、君にはケイに刀術を教えてもらうために、来てもらったのだが」


「そうであったな、すまなかった。久しぶりに人の姿になって、浮かれておったわ。しかし、これは美味じゃのう……まぁしかしなんじゃ、ここも変わらんのう」


 よしここは、ベルさんに振ろう。二人の女子(笑)と話をするとき、気を使うよね。……えっ俺だけ?


「ベルさん、クロエさんはここに来たことがあるんですか?」


「あぁクロエはね、私に刀術を教えるために、ここに寝泊りしていたのだよ」


「そうなのじゃ、あのときは家事を全部、妾がしとったのう」


 また入ってきたよ、この人。さらに、いらんこと言うし。


「そうなんですね、いつぐらいのことですか? ベルさん」


 ああっ! つられて俺もいらんこと言うてるし……


「……」


「なんじゃ、ベル。まだ年のこと気にしておるのか。見た目が若いんだから気にするでないと言うておろう。まぁ黙っておいてやらんでもない。一個、貸しじゃぞ」


「200年ぐらい前だよ。私もここのギルドマスターに成り立てのころでね。あの頃、ここは今よりも暇でね。話相手にちょうど良かったのだよ」


 ベルさん、クロエさんには貸しを作りたくないんだ。


「えーと、そういえば、クロエさん。俺に刀術を教えて頂けるのでしょうか?」


 ここは強引に本題へと移ろう。このままでは、泥沼にはまってしまう。


「そうじゃ、妾が直々に教えてしんぜよう。10年もあれば、型ぐらいは形になるであろう」


「ベルさん、10年ということは学園に入学するまでですか?」


「そうだよ。実戦も取り入れるつもりだし、なんとか形にはしたいね。学園には私はついていけないし、心配だからね」


「やっぱり学園には問題があるんですか?」


「そうだね。子供ばかりの集まりだし、ケイならうまく対処できるだろうが。武力で来られた場合、逃げるとつけ上がられる心配があるね」


「そんなに心配なら、妾がついていってやるぞ」


「いや、クロエにはその心配がなくなるように、これから頼むよ」


「よし、わかった。では、座学からじゃ」


 クロエさん、小賢しいんだか、ちょろいんだか、わからないキャラだね。


「よし、ベル。其方がケイに太刀について説明するのじゃ。其方がちゃんと理解できているか確認してやるのじゃ」


「クロエ、もしかして、その口調に疲れたのではないか?」


「そ、そんなことはないのじゃ」


「君ねぇ、初めて私に刀術を教えに来たとき、“妾はカエデのような威厳のある師匠になるのじゃ、そのためにもこのしゃべり方をマスターするのじゃ”って言っていたではないか」


「ベル、余計なこと言うでない。妾の威厳が保てぬではないではないか」


「もう保てていないが。まぁいい、私が説明しよう」


 えっ、あの口調は威厳のために無理してたってこと。たしかに、不自然なときが度々あったけど……クロエさんは、まずは形から入るタイプなのかな


「ケイ、いいかい。まず、太刀と剣の違いについて、わかっているかい?」


「剣はたたき割るイメージでしょうか。そして、太刀は撫で切るイメージでしょうか」


「そうじゃ」


「そうだね、間違ってはいないよ。言い換えれば、剣は対象物との接点に力を加えるために作られているのに対して、太刀は対象物との接点に刃を滑らせるために作られているのだよ。刃の使い方も違う。形状にもよるが、剣は、刃の付け根から8分目あたりを接点に打ち付ける、もしくは刃先で突くように使うのだ。それに比べて、太刀は接点に対して、刃の付け根から切先に向かって滑らせるように刃を長く使うが、突きには向いていない。突きに特化した太刀もあるが、斬ることに向いていない。反りのない直刀がそれにあたるね。ここまでが太刀と剣の違いついてだ。……次に、太刀の使い方の違いについてだ。刃でまっすぐ直線を引くように使うのと、刃で円を描くように使うのとでは、なにが違うかわかっているかい?」


「直線は対象物との接点が点と点で結んだ線になるので、力が分散されて切れ味が落ちるのに対して、円は対象物との接点が限りなく点に近づくために、力が分散されにくく、直線で切るよりも切れ味が上がる、でいいでしょうか?」


「そのとおりじゃ」


「大丈夫そうだね。その円の動きを生かすために太刀には反りがあるのだよ。ケイは前世で和包丁を使っていたと言っていたが、その和包丁の刃渡りは、どのくらいだった?」


「柳刃包丁ですが、33cmぐらいでしょうか。1尺1寸、尺一と呼ばれる長さでした」


「それは短いのう」


「そうだね。小太刀でもだいたい2尺ぐらいあるし。その長さだと、脇差ぐらいかな」


「前世では作業スペースの都合でその長さでしたが、長い方が切りやすいというのは理解できます。扱いきれるかどうかは別ですが」


「そうじゃな、殺傷力からいえば2尺は欲しいのう。小太刀から試してみるか」


「よろしくお願いします」


 クロエさん。途中は合いの手だけだったのに、最後だけ締めやがった。


「クロエ、どうだった?」


「あぁ十分じゃ。ケイ、其方には明日からは実際に小太刀を振ってもらうぞ」


「あの今日は?」


「今日は宴じゃ。ケイは料理スキルを持っておるのであろう。ひさしぶりの食事じゃ、楽しみにしておるのじゃ」



 夕食は宴らしいので、白ワインとハーブで漬け込んだ洋風の鳥唐と、じゃがいもを薄く切って揚げたポテチ。柔らかそうな赤みの肉があったのでステーキにして、デミグラスソースで仕上げたもの。あとは、クラムチャウダーに白いご飯だ。キャベツの千切りも盛っておいたが38才のおっさんなら胸焼けしそうだ。龍なら大丈夫だろう。



「「「乾杯」」」


 まだ、外は明るいが休憩所で宴が始まった。まずはビールで乾杯だ。


「美味じゃのう、ケイの料理ならいつでも食べたいのじゃ」


「ありがとうございます。ところでクロエさんは、普段何を食べているんですか?」


「妾は何も食べておらんぞ。この森の空気には魔力や生命力が溢れておるからのう」


「ん? 闇魔法の吸収ですか?……もしかして、ベルさんも」


「そうだよ。たぶん、ここならケイも大丈夫だと思うよ」


「もしかして、俺が料理をする必要はないのですか?」


「そんなことはないよ。美味しいものを食べると幸せな気分になる。クロエも言っていたが、いつも楽しみにしているよ」


「これからも、料理を作ってもいいんですか?」


「もちろんだよ」


 なるほど、だからベルさんは食に対して興味がないのか。食べる必要がないんだから仕方ないよね。



「クロエさん、聞きたいことがあるんですが?……カエデさんって、もしかして前世の記憶持ちですか?」


「そうじゃよ。この森に来たのは400年ほど前じゃったかのう。もちろん、もう死んでおるぞ。人間族は短命じゃからのう。たぶん“カエデ”は本名ではない、前世の名前だと言うておったな。“クロエ”と名付けてくれたのもカエデじゃ」


「どこかの姫さまだったのですか?」


「ただの冒険者じゃ。ランクは知らぬが、妾と戦えておったからそれなりに強いはずじゃぞ」


 じゃあ、前世で姫だったのかな? 刀術を使えるみたいだし。もし前世の世界とこの世界の時間軸が同じなら、前世では1600年頃になるし、その頃なら姫さまでも剣術くらいは修めていそうだからね。


「じゃあ、カエデさんが、この世界に刀術を持ち込まれたのですか?」


「それはわからぬ。カエデは少なくとも刀は打てなかったはずじゃ。ベルは知らぬのか?」


「私が知っているのは、倭の国から刀と刀術と火縄銃が伝えられたということぐらいだ」


「火縄銃は、今でも使われているのですか?」


「もうほとんどないよ。低ランクの魔物に傷を負わせるのが精一杯だし、雨の日は使えないからね。人間族の辺境の村に残っているくらいだと思うよ」


 じゃこの世界には、拳銃やライフル、機関銃なんかはなさそうだね。もちろん俺は構造も知らないし、作れるわけがない。



「なんじゃ、この酒は。旨いのう……さぁベルもケイも飲むのじゃ」


 料理スキル取得後に蒸留した芋酒で酔っ払ったクロエさんに、俺もベルさんも飲まされ、記憶が薄れていった。俺の闇魔法には、アルコール耐性がないんだろうか?


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