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魔法使いになって、白いご飯を食べたいです  作者: メイプルケチャップ
第5章 ダカール自由貿易国(アイリスの街)編
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第28話

 炊き出しまで、あと1週間。その準備を始めようと思うんだけど、まさかエルバートさんがずっと手伝ってくれると思っていなかったから、少し余裕がありすぎるんだよね。まぁ俺には“闇魔法の異空間”があるし、上手く時間を調整しながら、みんなの鍛錬の時間を作っていこうと思う。


「エルバートさん。始める前に少し確認したいことがあるんですが、いいですか?」


「もちろんだよ。何でも聞いてね」


「ありがとうございます。……当日の来訪者の数なんですが、俺の予測では300人程度と考えているんですが、どう思われますか?」


「うん、そうだね。悪くない数字だけど、私はそこまで来ないじゃないかと思うんだ。……ケイ君もいろいろと調べているみたいだけど、この街の外壁の外にあるスラムに住んでいる人達は200人ぐらいだよね。その人達も全員が来るわけじゃないんだよ。特に今回は街の政策として教会の手伝いが入るだろ。そうすると顔を出せない人達もいるんだよね。まぁ犯罪者だね。あとケイ君達の人気の具合にもよるんだけど、外壁の中に住んでいる人達はほとんど来ないんじゃないかな。この街は、ケイ君達みたいに冒険者や商人には街の出入りにかかる通行料は発生しないけど、それ以外の人達がお金を払ってまで炊き出しを食べに来るとは思えないんだよね。通行料は安い人でも往復で2万Rだからね」


「なるほど、じゃ200人分でも多すぎるということですか?」


「いや、そうでもないんだよ。まだはっきりとはわからないんだけど、昨日、用意してくれたオニギリなんだけど、ケイ君達が作ったという情報がどこからか漏れていてね。耳聡い冒険者や商人が来るんじゃないかと思うんだ。まぁこの情報を聞きつけて集まる冒険者や商人を含めて、来訪者の誘導は私が上手くやるから任せてよ。ケイ君達は料理に専念してくれたらいいからね」


「じゃ300あれば、間違いないですか?」


「そうだね。もし足りなければ、私の権限で冒険者には諦めてもらうよ」


「その時は、お願いします」


 エルバートさんの予測だから、不測の事態が起こることはないと思うんだけど、もしそれが起こった場合、迷わず最善を尽くして大を生かすために小を切り捨てる必要もあるんだよね。わかってはいるんだけど、俺にもできるようになるんだろうか……



「では、今回の炊き出しのメニューですが、まず前回と同じ海苔を巻いたオニギリ、骨付き鳥もも肉の鉄板焼き、そして、ミネストローネです。塩胡椒ニンニクの味付けでシンプルに焼き上げた骨付きの鶏もも肉とオニギリを両手に掴んで、豪快に食べてもらおうと考えています。もちろん配膳用にお皿は用意しますが」


「おおっ、いいね! 想像するだけで食欲がそそられるね。でもミネストローネって何だい? 前世の料理?」


 エルバートさんが賞賛しつつ質問してくれた。


「はい。この世界にもあると思うんですけど、トマトベースの野菜スープです。今回は、中に入れる野菜を微塵切りにして溶け込ませて、ジョッキで飲んでもらおうと思っています。多少沈殿しますが、今回はそこまで気にすることもないでしょう」


「野菜のトマトスープか……いいね。それに貴族の料理じゃないんだから、それでいいと思うよ。食べやすさ、飲みやすさとかも大事だからね」


 みんなに、炊き出しの段取りを説明していると


「ん?」


「ケイ君、どうかしたの?」


「パウロさんが近づいて来られたんですけど、エルバートの気配を感じられたのでしょう。帰っていかれました」


「やっぱりあの人、私がいない時、ここへ来てたんだね。邪魔してごめんね」


「いえ、俺達も助かっていたんですよ。特にシフォンさんの相手は、俺達ではできませんからね」


「まぁシフォンの近接戦闘の相手は、私でもしんどいよ」


「ケイ君、ちょっといい?」


 エルバートさんと話していると、シフォンさんが話しかけてきた。


「なんですか?」


「エルバートがいると、パウロさんが来ないわよね。今回は、私とアゼルにも手伝えることがある? パウロさんがいないのに、鍛錬を続けるのは申し訳ないわ」


 シフォンさんがそう言うと、アゼルさんも頷いていた。


「はい、大丈夫です。今回は、オニギリも大小いろいろあるほうがいいです。選んでもらえますからね。それに野菜の微塵切りは、俺が“フードプロセッサー魔法”でやりますが、俺の魔法は威力がないので、皮むいてぶつ切りにしてもらわないと使えません。ぶつ切りの大きさは不揃いでも今回は問題ありませんので、お願いします。あと時間に余裕がありますので、みんなで順番に鍛錬の時間も作ろうと思っています」


「そうなのね、ありがとう」


 シフォンさんとアゼルさんが嬉しそうにしている。前回、パウロさんの相手をしているときも、いろいろと俺を気遣ってくれていたのだろう。




 教会との最終の打ち合わせも済ませ、炊き出しの日がやってきた。


 場所は、外壁に寄り添うようにして居並ぶスラム街の外側に広がる草原に、教会が草を刈って広場を作ってくれていた。俺も1人で事前にスラム街を見てまわったが、あばら家やテントが雑然と建てられ、炊き出しをできるようなスペースはなかった。


 時間は11時。教会が用意してくれた広場へ行くと、教会の職員が4人、街の役人が2人、少し不貞腐れて待ってくれていた。たぶん、スラムには近づきたくないのだろう。他にも冒険者や商人らしき人達が何人かいるけど、スラムの人達はいないようだ。街の政策だから告知はしているはずなんだけど、これが街の中と外の心理的な距離なんだろう。


 俺達は職員や役人と挨拶を済ませ、ドワーフ村でリムルさん達が用意してくれた屋台を準備し鉄板やスープ入った寸胴鍋などを配置していると、エルバートさんが冒険者や商人らしき人達を引き連れ、スラム街に入っていった。炊き出しの宣伝に行ってくれたのだろう。さすがだね。状況を見て、使える人は使いつつ、すぐに行動に移せる。見習わないといけないね。


 もうすべて準備はできているんだけど、演出のために下味を付けた骨付きの鶏もも肉を鉄板に並べ焼き始めるとスラムの人達が集まり出してきた。食欲を刺激するためには、視覚、聴覚、嗅覚に訴えかけることも大事だからね。


 屋台の前が人で賑わいだすと、エルバートさん達が戻ってきて、子供達を優先しつつ上手く誘導してくれいる。そして、トラブルが起きそうなところには、すぐに行って諌めてくれている。それに比べ、教会の職員や街の役人はおろおろとしながら立っているだけだ。なんか手伝ってくれるようなことを言ってたけど、エルバートさんが居なかったら、どうなっていたんだろう。まぁこの広場を作ってくれたことには感謝してるけどね。


 あと、うちの女性陣も忙しそうだ。来てくれた人達と話をしながら、料理を取り分け、上手く接客をしてくれている。特殊な場合を除いて、料理の接客は女性のほうがいいと思うんだよね。


 ちなみに俺は、魔法でスープを保温しつつ、演出用の肉を焼いているだけだ。相変わらず、大したことしてないね。



 少し落ち着いてきたところで、エルバートさんが来てくれた人達を集め、学校の有用性について熱く語り始めた。うん、エルバートさん、生き生きとしているね。


 しばらくすると、小さな子供達には、エルバートさんの話は難しかったのだろう。緊張した面持ちで、俺の前にやってきた。……なんか思い出すね、あの日のことを。

 あと、今日、来てくれた大人達もそうだけど、この子達もステータスカードの名前が黄色の子が多い。わかっていないのか、教会に行く余裕がないのか、わからないけど、これがスラムの実情なんだろう。そして、赤色になれば、もう戻ることはできないんだよね。


 小さいながらも周りの子より少し体の大きな男の子が、俺に話しかけてきた。この子も黄色だ。何が犯罪で何が悪いことなのかもわかっていないかもしれないね。


「なぁ兄ちゃん。この街を守ってくれた英雄なんだろ? どうやったら、英雄になれるんだ? 俺もコイツらを守れるような英雄になりたいんだ」


 教会の職員か街の役人か知らないけど、余計な仕事はちゃんとしてたんだね。……いや、それよりも、この子、まだ小さいのに、しっかりとした考えを持っているんだね。さて、なんて答えたらいいんだろうか……


「そうだね。まず、体を鍛えて強くならないといけないよね。でもそれだけじゃ、ダメなんだ」


「うん、それが聞きたい」


「勉強しないといけないんだ」


「べんきょう?……べんきょうってナニ?」


「勉強はね、知らないこと、わかないこと、できないことに出会ったときに、そこで諦めず、頑張り続けることかな」


「う~ん……よくわらないなぁ。あっ! ここであきらめたら、ダメなんだ」


「そうだね。もうすぐ、この街に学校ができるんだ。そこへ行くといっぱい勉強ができるよ」


「がっこう? がっこうってナニ?」


「読み書きや計算、礼儀作法を教えてくれるところだよ。今、あそこで、エルバートさんが話をしているだろ。その学校の話をしているんだよ」


「へぇ~そんな話、してたんだ。でも、読み書き、計算って、いるのか?」


 礼儀作法をスルーしたね……


「できるようになれば、きっとわかるよ」


「そうか、オレもがっこう、いきたいなぁ~」


 “いきたいなぁ~”か……この子達のスラムでの生活状況を考えると、自分が学校へ行けるという思考にはならないか。この子達にも親や兄弟や仲間がいて、その生活があるから、俺もあまり無責任なことは言えないんだよね。この辺りも含め、エルバートさんなら考えてくれているだろう……


 男の子の言葉を受け、少し考え事をしていると、


「ワタシ、お兄ちゃんのおヨメさんになりたい。どうしたらいい?」

「あっ! わたしも!」

「あたしも!」

「アタシも!」


 えっ!……1人の女の子が爆弾を落とし、それに他の女の子達も賛同してきた。

 俺と子供達の様子を遠巻きに眺めていた人達や料理を取りに来ていた人達の視線は暖かいが、うちの4人と2匹からの視線は、冷たい。いや、痛い。


「えぇーと……もっと大きくなってからだね。そのとき、まだお兄ちゃんのおヨメさんになりかったら、声をかけてね」


 問題の先送りは良くないけど、これは仕方ないよね。


「…………。うん、わかった! ワタシ、おっぱい、大きくなるようにがんばる!」

「あっ! わたしも!」

「あたしも!」

「アタシも!」


 なんで、そっちに爆弾を落とすんだよっ! それもミレーゼさんを避けて、マリアさんとアゼルさんとシフォンさんのおっぱいを見てから言ったよねっ!


「覚えてなさい……」


 ひときわ視線の冷たさを増したミレーゼさんが、震えた小さな声で俺に言い放ってきた……



 炊き出しが終わると教会の職員と街の役人はさっさと帰ってしまったが、後片付けを済ませ、みんなで街の外門に向かっていると、エルバートさんが話しかけてきた。


「ケイ君、ありがとう。小さな子供達に学校の必要性を説いてくれたんだろ。助かったよ。私は大人達の相手で手一杯だったからね。……あれっ、みんな、どうしたの?」


「はい、いつものことですから、お気になさらず……」


「そうなの。まぁ喧嘩するほど、仲がいいって言うからね。ホント、ケイ君達はいいパーティだよね」


 エルバートさんなら演説をしている時も俺達の様子を確認していただろうし、今も気を使ってくれているのだろう……



 街の外門まで行くと、さっきまでいた街の役人よりも仕立てのいい制服を着用し帽子を被ったガタイのいい男性が、俺達を待っていたようだ。……この人は、炊き出しの間、外壁の上に立って、ずっと俺達のことを見ていた。他にも俺達の様子を監視している人はいたけど、この人が圧倒的に強そうだったから気になっていたんだよね。


「皆様、お疲れ様でした」


 俺達が近くまで行くと、男性はそう言って丁寧に頭を下げてくれた。


「こちらこそ、ご無理を言って、すみませんでした」


 お偉いさんっぽいし、俺も丁寧に頭を下げておいた。


「そう言って頂けると助かります。首長がケイ様にお会いとしたい申しております。明日の10時に首長の下へ来て頂けますか?」


 言葉は丁寧だけど、命令だよね。


「わかりました。私が1人でお伺いするほうが宜しいですか?」


「いえ、マリア様、アゼル様、シフォン様、ミレーゼ様も、帯同願えますか? エルバート様は、また後日、宜しくお願い致します」


「わかりました。明日の10時に、お伺いします」


「有難う御座います」


 男性はそう言うと、一礼して街の中へ去っていった。


「エルバートさん、あの人って……」


「ケイ君達になら言っても問題ないだろう。彼は首長の秘書なんだけど、そうだよ。……そして、首長も“鬼人族”なんだよ」


 エルバートさんが周りを気にしながらもそっと教えてくれた。……そうだったんだね。

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