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魔法使いになって、白いご飯を食べたいです  作者: メイプルケチャップ
第5章 ダカール自由貿易国(アイリスの街)編
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第27話

 エルバートさんの祝賀会の翌朝、みんなで冒険者ギルドに向かっていたが、いつもと少し様子が違った。昨日のお祭りの余韻が残っているのか、俺達に気付く人がいても人集りができることはなかった。それよりも、ときおり街行く人達の口から“学校”という言葉が聞こえてくる……


 冒険者ギルドが用意してくれている修練場に着くと、すぐにエルバートさんがやってきた。


「やぁみんな、お疲れ様。昨日は助かったよ、ありがとう」


 俺達、昨日は何もしてないんだけど……いや、マッサージは入念にしたんだけどね。


「エルバートさんもお疲れ様でした。上手くいったみたいですね。もう“学校”の噂話が街で聞くことができますよ」


「それはケイ君のおかげだよ。所信表明演説って言ったっけ。あれ、いいね。街の有力者達にやる前に、中央広場に街の人を集めてやったんだけど、軽く1000人以上集まってね。私が舞台に立つとみんな黙って注目してくれたんだよ。あの感覚、堪らないね。つい調子に乗って、予定していたよりも長く話をしちゃったよ」


「えっ! 街の有力者だけでなく、街の人達の前でもやったんですか?」


「そうなんだよ。最初は有力者の前だけでするつもりだったんだけど、街をあげてのお祭りにしちゃったからね。興味がある人だけでいいかと思っていたんだけど、予想以上に人が集まってくれてね。もう王様になった気分だったよ。次は、いつにしようかな……ケイ君、所信表明演説ってどのくらいの頻度でするものなの?」


 なんだろう、器が違うのか……俺は前世でも仕事でならなんとかなったけど、大勢の人の前で話をするのは苦手なんだよね。


「そうですね、年1回ぐらいでしょうか。新しい何かを始めるときとかにするのもいいかもしれませんね」


「なるほど。街の人達に飽きられると困るし、何か新しいことを始める時か……ありがとう、いい話が聞けたよ」


 エルバートさんはどこへ向かおうとしているのだろうか……


「ところで、お時間は大丈夫なんですか?」


「ああ、それを言いに来たのだった……ごめん、ケイ君。暫く忙しそうなんだ。炊き出しの準備はこれからが本番なのに、あまり顔を出せそうにないんだ。もちろん出来る限り時間を作るつもりでいるけど……本当に、ごめん」


 エルバートさんはそう言って、頭を下げてしまった。


「いやいや、頭を上げてください。エルバートさんのおかげで俺達は行動を執りやすくなったんです。感謝しているんですから。それに炊き出しまで、まだ2週間もあります。俺が1人でやっても余裕で間に合いますし、みんなが手伝ってくれるので大丈夫です。心配しないでください」


「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。あと少し確認しておきたいことがあるんだ。いいかな?」


「はい、もちろんです」


「いやね、ケイ君の用意してくれたオニギリがね、凄く評判が良かったんだよ。すぐにでも米を仕入れたいと言ってくれている人もいるんだけど、いくつか問題があるんだ」


「問題ですか?」


「うん、そうなんだ。……まず“迷いの草原の村”には精霊系種族しか辿り着けないよね。まぁこれは私がエルフ族だし、私がこの街の荷受責任者になれば何とかなるじゃないかと考えているんだけど、問題は“精米”と“炊飯”なんだ。ケイ君は魔法でやっているけど、ケイ君の魔法は誰かが真似のできるような魔法ではないよね。ケイ君はこの街から出て行くし、そこを解決しないことには米を仕入れることができないんだよ」


「それでしたら、“迷いの草原の村”まで行ければ大丈夫だと思いますよ。“精米”は水車でもできるはずなので、ドワーフ族の職人の方にイメージは伝えてあります。もしかしたら、もう実用化されているかもしれません。あと“炊飯”も魔法を使わずに調理する方法を村の宿屋の女将さんに伝えてありますので、そこで教えてもらえるはずです」


「ほ、本当かい!? さすがはケイ君! 仕事が早いね!」


「いえ、全部、エレオノーラさんの指示です」


 お米を売ってもらうための試練だったんだけどね。


「ああ、女帝ね……いや、でもケイ君が居たからできたことだよ。ありがとう。これで何とかなりそうだよ。……じゃまた来るから、ごめんね」


 エルバートさんはそういい残して、急いで修練場から出ていった。相当時間に追われていそうだね。



 そして……エルバートさんと入れ替わるようにして、パウロさんがやって来た。


「嬢ちゃん! シフォン! 待たせたな。さぁ今日もやるぞっ!」


 いやいや、待っていたのはパウロさんのほうですよね。


 アゼルさんがパウロさんと打ち合いを始めたので、手の空いていたシフォンさんに体術の組み手をお願いしたが……


「シ、シフォンさんも、こ、この技、で、できたん、です、ね……」


 後ろから抱きつかれ地面に押さえつけられているんだけど、動こうとすると極められている箇所が変わるからどうしていいのかわからない。背中におっぱいが押し付けられているはずなのに、味わう余裕もない……


「あぁシャルね。この技は、私とシャルがまだ子供のころに一緒に考えた技なのよ。そう簡単には抜け出せないわよ」


「そ、そうだったん、です、ね……」


「ところで、ケイ君。炊き出しの準備はいいの?」


 地面に押さえつけられ後ろから抱きつかれたままだけど、シフォンさんが絞め技と関節技を少し緩めて尋ねてきた。……でも、そうするとおっぱいの感触が……“痛っ”……ポジションが良くない……


「ケイ君っ! 私、人妻よっ!」


「うっ!」


 激しい痛みとともに、“グギッ”という鈍い音が頭に鳴り響いた。


「あっ、ゴメンね。肩、脱臼しちゃった」


「いえ、大丈夫です……うっ!」


「あら、器用ね。こんな体勢のまま、肩の脱臼を治せるなんて」


「ええ、痛みは普通にあるんですけど、シャルさんに躾けられましたからね」


「じゃこの技の抜け方も知ってるのね?」


「ええ、まぁ痛いのでやりたくありませんが……」


「そうね。勘弁してあげるわ。で、どうなの?」


「はい、肩の痛みで治まりました」


「違うわよ! また脱臼したいの?」


「すみません、炊き出しですね。大丈夫です。食材の目処は立っていますので、1週間もあれば余裕で間に合うはずです」


「じゃ安心ね。……そろそろ、アゼルが疲れてきたみたいね。あっちに行ってくるわ。ミレーゼのことお願いね」


 シフォンはそう言うと俺を解放し、パウロさん達のほうへ向かって行った。



「ケイさん、減点5です……」

「サイテイ……」

「「……」」


 シフォンさんを見送った後、服についた土を払い、魔法の鍛錬をしていたマリアさんとミレーゼさんとミルクとクッキーの元へ向かうと、冷たい言葉とともに冷たい視線を浴びせられた。……見られていたんだね。


「みなさん。お加減はいかがですか?」


 俺が少し片言になりながらも様子を伺うと、


「ケイさん。いつものことですし、そうならないほうが心配にもなりますが、シフォンさんは、ケイさんのお義母様です。分別を弁えてください」


「はい、すみません」


 マリアさんはそう言うけど、あのおっぱい、アゼルさんと大きさは同じぐらいらしいんだけど、また違うんだよね。アゼルさんのおっぱいは、弾力があってこう弾む感じなんだけど、シフォンさんのおっぱいは柔らかくてこう優しく包み込まれる感じで安らぎがあるんだよね……


「ケイさん、減点2です。……いえ、3です」


 妄想するだけでもダメなんだね……えっ!


「なんで、3になったんですか?」


「アゼルだけで、私を思い浮かべてくれなかったからです」


「……」


 凄いね、マリアさん。そんなことまで、わかるんだ。……でも、どうしよう、この空気。


「やっぱり男は大きいほうがいいのね……」


 俺が困っていると、ミレーゼさんが自分の胸を見下ろし呟き始めた。


「ミレーゼ、大丈夫です。私が契約奴隷だった時の契約主であるマウイ様もあまり大きくなくて悩んでおられましたが、アーク学園では1番人気だったのですよ」


 マウイ様か……どうするんだろう、マリアさん。マリアさんの目的はマウイ様を護るために強くなることだったと思うんだけど、強くってどれくらいなんだろう。以前読ませてもらった手紙では、マウイ様はマリアさんの幸せを願っていそうなんだよね。マリアさんにとって1番幸せな形って何なんだろう。今までのマリアさんの言動からすると、“俺のためにマウイ様の側に仕える”っていうのが良さそうなんだけど、そんな都合のいい大義名分なんて思いつかないし、どうしたらいいんだろう…… 


「そ、そうよね。大きさなんて関係ないわよね。ありがとう、マリア」


 おお、なんか考え事をしていたら、知らない間に空気が変わった。さすがは俺のお姉ちゃん。


「……」


 でも、マリアさんが俺を悲しそうな目で見ている。ヤバい、また妄想がバレたか……この話は、今は答えを出せないし……仕方ない、逃げるか。いや、これは戦略的撤退だ。


「ところで、ミレーゼさん。“ビールを冷たくする魔法”はどうですか?」


「あっそうだったわ。アンタが魔法を使うときのイメージを教えてよ。前世の記憶を元にイメージするって言われてもわからないわ。熱ってエネルギーよね。原子や分子が運動を起こすことによって生まれるのよね。そして、物質に伝わった熱の平均値が温度にn……」


「ちょっと待ってください! そんな難しい話、俺にわかるわけないじゃないですか!……この魔法を使えるキアラさんとアリサさんのイメージは聞いたことありませんが、俺は“暑い夏の日に飲む冷たいビールは美味しいね”とか、“仕事の後に飲む冷えたビールって最高だね”って感じですよ。その時の感動を再現する感じです。1度できるとそこまでする必要もなくなりますけどね」


「なによ、それっ! イメージってそういうことだったのっ!」


「それがわからないのです。イメージに関しては、この世界の人も言ってることがみんな違いますからね」


「あぁそうね。……うーん、でもやってみる価値はありそうね。ちょっと走ってくるわ」


 ミレーゼさんはそう言うと、修練場の端でダッシュとウォーキングを交互に繰り返し始めた。さすがはダイエットマニア。無酸素運動と有酸素運動を交互にやるのって良いらしいね。


「ケイさん……」


 ミレーゼさんの様子を眺めていると、マリアさんが弱弱しく話しかけてきた。……まぁ逃げ切れるわけないか。


「その話はマリアさんが決めることだと思うのですが、俺も考えます。みんなが幸せになれる1番いい形を一緒に探しましょう」


「すみません。ありがとうございます」


 きっと、マリアさんはずっと悩んでいたのだろう。

 マリアさんは、俺よりも2歳年上で、上級貴族のご令嬢の元契約奴隷兼、側仕え兼、メイド長という立場もあり、この世界のことに関しては知識も経験も俺よりもずっと上だけど、まだ17歳の女の子なんだよね。……俺が何とかしないといけないよね。いい答えが見つかればいいんだけど……



 それから1週間が過ぎた。


 エルバートさんはあまり顔を出すことはできないと言ってたけど、俺達が修練場で過ごした時間の半分ぐらいは来てくれていたんじゃないだろうか。おかげでミルクとクッキーは初級レベルの魔法なら使えるようになった。マリアさんもエルバートさんから“水魔法”を習っていたが、やはり自分のイメージと違うせいか苦労していた。ミルクとクッキーって凄いね。

 そして、エルバートさんが居ないときは、パウロさんが来てくれていた。このギルドのナンバー1とナンバー2のどちらかがずっと居てくれたんだけど、個別の修練場を借りた上にこんな高待遇を受けてもいいのだろうか?


「おはよう、みんな! さぁケイ君、何から始めようか?」


 焼き海苔を買った時、お世話になった問屋のおばさんに注文を出しておいた炊き出しの食材を受け取り、冒険者ギルドの修練場へ行くと、エルバートさんが元気に出迎えてくれた。


「おはようございます、エルバートさん。今日は朝から大丈夫なんですか?」


「朝からというか、炊き出しの日まで大丈夫だよ。ケイ君が炊き出しの用意を1週間前から始めるようなことを言ってたからね。なんとか調整がついて良かったよ」


 えっ、マジで! 


「お米の荷受や学校の創設の件はいいんですか?」


「全部ケイ君のおかげだけど、問題ないよ。米の輸入に関しては、エレオノーラ様との交渉が残っているけど、これはケイ君に任せれば問題ないよね」


「えっ! 俺がやるんですか? 俺は人間族ですよ。エルフ族のエルバートさんがやるほうがいいんじゃないですか?」


「何を言ってるんだい。Sランクになったとは言え、まだヒヨッコの私が女帝に会えるわけないじゃないか。ケイ君達はこの街を出た後、ドワーフの村へ行くんだろ。途中、“迷いの草原の村”に寄るよね。そのときに私の書状をエレオノーラ様に渡して欲しいんだ。もちろん冒険者ギルドを通した正式な依頼だよ。指名依頼になるんだけど、受けてくれないだろうか」


「まぁそういうことでしたら、お受けしますが……」


「ありがとう。……それと“学校”の件も、ケイ君が教えてくれた所信表明演説で街の人達に“学校”というモノの存在とその可能性を伝えることができたと思うんだ。街の有力者達には、米の卸しで主導権を取れるからね。あとは炊き出しで私がスラムの人達とどれだけ仲良くなれるかだね。どうだい、完璧だろ。すべてケイ君のおかげなんだよ」


 エルバートさんが今使った“完璧”や“すべて”という言葉は、俺のために誇張して言ってくれていると思うんだけど、順調そうではあるね。


「俺もエルバートさんの力に少しでもなれたのなら、嬉しいです」


「相変わらず、控え目だね。こういう時はもっと強く出たほうがいいんだよ。まぁそこがケイ君の良さでもあるんだけどね」


 エルバートさんの言葉に、他の4人だけでなく、ミルクとクッキーまで頷いている……そうだよね。わかってはいるんだけど、こういう根本的な性格って、なかなか直らないよね。


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