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魔法使いになって、白いご飯を食べたいです  作者: メイプルケチャップ
第5章 ダカール自由貿易国(アイリスの街)編
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第26話

 エルバートさんから受けた祝賀会で使う“白いご飯”の注文は500人分だった。人口約8000人のこの街をあげてのお祭りとしては、少ないようにも思ったんだけど、今回の目的は、俺達に向いている住民の関心を逸らせることにあるから、俺があまり目立つわけにはいかない。でも精霊の森の特産品である米を街の有力者に宣伝したいので、この数に決まった。

 今回は、オニギリにしようと思う。この街で焼き海苔が手に入ったので、巻いておけば放置してもご飯の乾燥を防げるからちょうどいいだろう。

 シフォンさんとミレーゼさんに朝から来てもらったけど、洗米には拘りがあるし、炊飯は俺にしかできないので、午後まで鍛錬をしながら待ってもらうことになった。



 昼食後、


「さぁ、握るわよ! オニギリは前世でも握っていたわ。任せてよ! 塩はどれくらい? 具は何?」


 ミレーゼさんが張り切ってくれている。


「塩は控えめで、具はなしです。今回は“白いご飯”の宣伝が目的ですから、シンプルかつ白米の味で勝負します」


「わかったわ。……熱っ! ホント、アンタの魔法、便利ね。午前中に炊いていたのに、まだ炊き立てじゃない。まぁおかげでいつも出来立ての食事が食べられて有難いんだけどね。この1週間、お母さんと2人で行動してて、しみじみと感じたわ」


 ミレーゼさん、ちゃんと感謝してくれていたんだね。


「あっ! ミレーゼ、ダメです!」


「どうしたの、マリア?」


「オニギリは、そんな強く握ってはいけません。手の形はあっていますが、こう真ん中を挟み込んで押し広げて三角の形を作るのです。こうすれば、形は崩れず、ふんわりとしたオニギリに仕上がるのです」


「なるほど。凄いわね、マリア。この世界にも、オニギリがあるの?」


「いえ、ケイさんに教えてもらいました」


「ああ、アイツね……」


 この2人は問題なさそうだね。……でも、


「アゼルさん、シフォンさん。出来上がったオニギリに海苔を巻いてもらってもいいですか?」


「んっ!」

「えっ!」


 アゼルさんのオニギリはデカく、シフォンさんのオニギリはマルい。……それはそれで個性があっていいんだけど、今回は式典用の料理だからね。


「この焼き海苔を縦に半分に切って、隙間ができないように巻いてもらえますか?」


「わかった」

「ええ、わかったわ」


「……」


 まぁ料理には、向き不向きがあるからね……



 “バタンッ!” アゼルさんとシフォンさんに海苔の巻き方を説明していると、突然、修練場の扉が開き、誰かが入ってきた。


「おい、嬢ちゃん! また、やろうぜっ!……って、何してんだ、オマエら?」


 ギルドマスターのパウロさんだ。


「エルバートさんの祝賀会用の料理です」


 パウロさんの問いに俺が答えると、


「えっ! エルバートの奴、またここへ来るのか!?」


 パウロさんが焦って聞き返してきた。


「いえ、エルバートさんは祝賀会当日まで、ここに来れないと言っておられましたよ」


「なんだ、脅かすなよ。で、嬢ちゃんは忙しいのか?」


 パウロさんはエルバートさんのことが苦手なのだろう。それに俺達の邪魔をしないように釘を刺されているのかもしれないね。


「えーと……アゼルさん。パウロさんの相手をしてもらってもいいですか?」


「いいのか?」


「はい。パウロさんには、この間の依頼の後始末でお世話になっています。受けた恩は返さないといけません」


「すまん」


「さすが街の英雄だ! 話がわかるじゃねぇかっ!」


 パウロさんはそう言って、俺の肩とバシバシと叩いた。……痛い。



 すぐに2人の打ち合いが始まった。アゼルさんは大太刀、パウロさんは諸刃の両手剣。前回と同じように見えるんだけど、


「嬢ちゃんっ! 腕を上げたなっ! どんどん、こいっ!」


 パウロさんが嬉しそうに叫んでいる。


「……」


 アゼルさんも無言だが楽しそうだ。笑顔が怖い。美人さんだけど、どうみても天使には見えない……


 2人の様子をしばらく確認した後、シフォンさんを見ると


「……」


 無言で2人の打ち合いを羨ましそうに眺めていた。


「良かったら、シフォンさんもあちらへ行きますか?」


「そんなのいいわよ。私はケイ君を手伝うために今日ここへ来たんだから……」


 シフォンさんはそう言いながらも、意識はあちらにいっているようだ。


「いえ、パウロさんの相手にアゼルさん1人では手に余ります。手伝ってあげてください。それに、シフォンさんは俺達の鍛錬に付き合って、ご自身のリハビリをほとんどやっていませんよね。俺達では本気のシフォンさんの相手をすることはできません。でもパウロさんならそれができるでしょう。……マリアさんもミレーゼさんもいいですよね?」


「もちろんです」

「お母さん、行ってきて。私、お母さんの分もやっておくから」


 俺の言葉にマリアさんもミレーゼさんも素直に同意してくれた。


「マリア、ミレーゼ、ありがとう。それに、ケイ君、ゴメンね」


 シフォンはそう言うと、“氷の鎧”を纏いあちらへ駆け出していった。……いいね、“氷の鎧”。まるで変身したみたいだ。変身前に裸にはならないのは残念だけど……


「アゼル! 私と代わりなさい!」


「おおっ! シフォンか! 鈍ってるらしいじゃねぇかっ! 嬢ちゃんは休憩だ。シフォン、こいっ!」


 パウロさんは疲れの見え始めたアゼルさんに休憩を与え、間髪入れず、シフォンさんとの仕合を始めた。けっこう老体だと思うんだけど、元気だね。それに、アゼルさんと打ち合っていた時よりも段違いに速く力強い。アゼルさん相手では、ぜんぜん本気じゃなかったんだね……


『クロエさん』


 パウロさんがいるし、今はクロエさんの小太刀を出せないので、アゼルさんのことが心配になって念話でクロエさんに呼びかけてみた。


『心配するでない。今、アゼルに念話で指示を出しておるのじゃ』


 そうだった。クロエさんは“闇魔法”を使えるんだから、念話も使えるよね。


『もしかして、エルバートさんがいる時も、アゼルさんに念話を使っていたんですか?』


『そうじゃ、だから心配せんでもよい。アゼルにとってはいい機会じゃ。パウロと言ったか。彼奴を存分に利用させてもらうのじゃ!』


 あぁクロエさんも楽しそうだ。


 オニギリ作りの作業を続けながら、あちらの3人の様子を見ていると、


「ねぇ!……ありがとう」


 急にミレーゼさんがお礼を言ってきた。


「なんで残されたミレーゼさんがお礼を言うんですか?」


「知らないわよ! なんとなく言いたくなったのよ!」


 シフォンさんは、ミレーゼさんの実母だけど、俺にとっても義母だし家族だ。でも、こんなこと言い返すとさらに怒らせるだけだから、今回はいいだろう。



「ケイさん。ご飯を炊くのはいいのですか? まだ足りませんよね。握るのと海苔を巻くのは、私とミレーゼでやります。ミレーゼ、構いませんよね?」


 3人でオニギリを握り始めて少しすると、マリアさんがそう薦めてくれた。


「ええ、いいわよ、こっちは任せない。でもオニギリを何個作るのよ。終わりがわからないと不安だわ」


 そうだったね。ミレーゼさんは街の外に行っていて、エルバートさんとの話を聞いていなかったね。


「エルバートさんには、試食用に500人分用意するように頼まれました。なので、500個あればいいと思うんですけど、念のため1000個ほど作るつもりです。残れば誰かが食べてくれるでしょう」


「1000個か……オニギリ1000個ってどのくらい米を使うの?」


「今回のオニギリのサイズなら約100kg、70升ぐらいでしょうか。そんなに大した量ではありません。前もって用意をしておきたいだけです。まぁこんなことができるのも、魔法のおかげなんですけどね」


「やっぱり魔法って便利ね。早く私もなんとかしたいわ。そういえば、魔法ってイメージが大切なのよね。……アンタの“家事魔法”を教えなさいよ! そっちのほうがイメージがしやすそうだわ!」


「ええ、構いませんよ」


「えっいいの!? オリジナルなんでしょう!?」


「オリジナルですけど、転生者以外誰もできたことありませんからね。ミレーゼさんならできるかもしれませんよ。学園都市にいるアリサさんの話では、魔法スキル以外のスキルも自分の体内の魔力を使うから魔法みたいなものだと言ってました。そういうイメージも大切かもしれませんね。ミレーゼさんはすでに3つスキルが発現していますからね」


「ああ、ブラジャーの人ね。ぜひお会いしたいわ」


 なんのために会いたいのだろうか……どっちでもいいか。



 2人に甘え、今日炊く分のお米を洗米し、洗いあがったお米をザルにあげ、吸水時間を待っている間、オニギリを作る作業に戻ると、


「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 ミレーゼさんが話しかけてきた。


「魔法のことですか?」


「違うわ。お米の洗い方についてよ。アンタ、洗い過ぎじゃない? あれじゃ栄養が抜けてしまうんじゃないの? 私も前世でご飯を炊いていたけど、もっと優しく洗っていたし洗い過ぎると良くないと聞いたように思うんだけど」


「それであっていますよ。あの時代は精米技術が発達していたので、以前ほど洗わなくて良くなっていたんです。精米っていうのは、玄米の表面の糠を削って白米にする作業なんですが、技術が進歩してより多く削れるようになったんです。でもその分、米が脆くなりますから優しく洗わないといけないんです。あと、糠に栄養があることもあっていると思いますよ」


「なるほどね。じゃアンタは前世の時ほど、精米で表面を削ってないということなの?」


「そうでもないんですが、前世では米を炊くときの水は栄養を残すために少し白く濁っているほうがいいと言われていましたよね」


「ええそうね。私はそう聞いたわ」


「栄養を残すためには俺もそれがいいと思います。でも、どうしても白い濁りの中には糠の匂いが残るんです。普通は精米後の白米を洗ったりしません。米は乾燥させて保存しますからね。あと、糠の匂いが残るのが嫌なのもあるんですが、濁った水で米を炊くと炊き上がったご飯がほんの少しですが黄ばむんです。やっぱりご飯は白いほうがいいです」


「え、えぇ……アンタの“白いご飯”に対する思いはわかったわ。要らないことを言ってごめんなさい。好きにしてくれて構わないわ……」


 ミレーゼさん、ちょっと引いてるけど、わかってもらえて良かった……



 そして、3日後。エルバートさんの祝賀会の当日。街に出て人目につくといけないので、俺達は宿で過ごした。


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