第24話
冒険者ギルドアイリス支部の好意に甘え、ギルド内にある個別の修練場を借りて3日が過ぎた。
みんなはそれぞれ鍛錬に励み、俺は炊き出しの準備をしていると、事務長のエルバートさんがやってきた。
「ケイ君、炊き出しの準備をしているんだって。ちゃんと言ってくれよ。手伝わせてくれるって言ってくれたじゃないか」
「あっ、エルバートさん。こんな場所を提供してもらってありがとうございます」
「そんなのはいいんだよ、こっちの都合だからね。それよりも何で教えてくれなかったんだよ」
「いえ、ギルドは街の戒厳令が解かれ忙しそうでしたし、エルバートさんの目的はスラムの人達と親睦を深めることですから、炊き出しの当日に手伝って頂ければ十分ですよ」
「たしかに忙しくて、ケイ君達にまで気が回らなかったのは間違いないけど、そんな当日だけ手伝うような美味しいトコ取りみたいなことはしたくないよ」
「すみません。でもお時間は大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大丈夫だよ。Sランクの権限ってやっぱり凄いね。書類が今までの十分の一ぐらいで済んだよ。まだ慣れてないけど、上手くやればもっと減らせそうだね。戒厳令の解除のほうももう落ち着いたし、かなり時間に余裕を持てるようになったよ。ところで、今は何をしてるんだい?」
「精米です。お米ってありますよね」
「稲の米ね。“迷いの草原”で作られているよね」
「はい、そうです。エルバートさんはエルフ族なのに、“迷わせの草原”って言わないんですね」
「いやいや、ケイ君のほうが可笑しいよ。“迷わせの草原”と呼ぶのは、私達のような精霊系種族だけだからね。一般的には“迷いの草原”だよ」
「そうでしたね。で、その米なんですけど、この世界では、籾を取ってそのまま調理しますよね。でも俺の前世の記憶では、そこからさらに削って調理してたんです。見てもらえますか?」
俺はそう言って、精米前の玄米と精米後の白米をエルバートさんに手渡した。
「うん、精米後のほうが白いね。何か違うのかい?」
「はい、この削り取った糠には独特の匂いがあるんですよ。今は精米後に調理したご飯しかありませんが食べてみてください」
俺はそう言って、エルバートさんに調理済み白いご飯を試食してもらった。
「うん、これ美味しいね。米料理って、もっと独特の匂いあるよね。それが糠なんだね。こんな米料理、初めて食べたよ。ケイ君、米に余裕ある?」
「はい、今回の炊き出しで使っても十分に残ると思います。どうしたんですか?」
「いやね。私のSランク昇格の祝賀会をやると言ってたよね。そのときに使いたいんだよ。私に因んだ何かいい物はないかと考えていたんだけど、米って精霊の森の特産品だからちょうどいいんだよ。無理かな。もちろんお金は払うよ」
「構いませんが、お金は要りませんよ」
「えっどうして。ちゃんと払うよ」
「その祝賀会って、この街の有力者も来られるんですよね?」
「そうだね。招待状は出すつもりでいるよ。出さなくても勝手に来る人もいるとは思うけどね。それが何か関係あるの?」
「はい。エルバートさんは、“迷いの草原”にある村の村長さんを知っていますか?」
「ああ、エレオノーラ様だよね。会ったことはないけど、名前ぐらいは知っているよ。って、もしかして、ケイ君、エレオノーラ様と面識があるの!?」
「はい、そのエレオノーラ様に、米を格安で売ってもらった上に半額出してもらっているんですよ。その代わりに米を宣伝してくるように頼まれたんです。炊き出しでご飯を宣伝するのは大変ですけど、この街の有力者が来るエルバートさんの祝賀会ならチャンスだと思うんですよね」
「参ったね、あの女帝と取引してるなんて……いや、たしかにそうだね。米の宣伝にはなるはずだよ。だって、これ美味しいからね」
エレオノーラさん、女帝って呼ばれているんだ……まぁエルフ族にとって、500年前の魔族との戦争で活躍した女傑らしいからね。
「ありがとうございます。だから、お金は要りません」
「いやダメだよ。まぁお金の話は後にしよう。それで、私の祝賀会で、このご飯を作って欲しいんだけどいいかな」
「はい、もちろんです。頑張ります」
「ありがとう。ところで、何か私に手伝えることはないかい? その精米の魔法の術式は複雑だね。私には無理そうなんだけど……というよりも、それオリジナル魔法だよね。私に見せてもいいのかい?」
「はい、別に家事系の魔法は隠していませんし、前世の記憶を持っている俺の婚約者くらいしか真似が出来たことがありませんので、問題ないと思います」
「そうだね。私も真似をできそうないよ。でも何か手伝いたいんだけど」
「そうですね。日取りも決まっていませんのでこれぐらいしかやることがないんですが……じゃ炊き出しの相談に乗ってもらってもいいですか?」
「もちろんだよ。計画は大切だからね」
「はい、そうなんです。今、話した日取りなんですが、近いうちに炊き出しをすると混乱が生じますよね?」
「そうだね。報告は受けているんだけど、今、ケイ君達は宿からここまでの移動だけでも大変なんだよね」
「はい、そうなんです。それも日に日に酷くなっているように思います。フードで顔を隠していますが、わかる人にはもうわかるみたいです。そして、1人にバレたら終わりです」
「有名税と言ってしまえばそれまでなんだけど……あっ、私の祝賀会を先にやろう。予定としては、ケイ君の炊き出しを手伝った後にやろうと思ってたんだけど、私に注目が集まれば、ケイ君達が少しは動きやすくなるからね」
「いいんですか。祝賀会で学校創設の話もするつもりだったんですよね? スラムの人達と親睦を深めてからのほうが都合はいいんじゃないですか?」
「そのつもりだったんだけど、そんなに変わらないよ。学校はすぐにできるわけじゃないからね。ケイ君は気にしなくていいよ」
「すみません。あとエルバートさんに注目集まれば、炊き出しの当日、余計に混乱しませんか?」
「私の事は、この街の住民なら大概知っているからね、大丈夫だよ。ケイ達に向いている注目を減らしたいから私の祝賀会は予定よりも盛大にやるよ。任せておいてよ。こういう盛り上げることは得意なんだ。上手くやってみせるよ」
うん、エルバートさん、こういうお祭りの仕切りとか好きそうだよね。
「はい、お任せします。じゃ料理とかも豪華にするほうがいいですよね。ご飯以外にも何か用意しましょうか?」
「本当はケイ君頼みたいんだけど、こういう時って、いろいろあるんだよ。ケイ君ならわかるだろ」
「はい、そうですね」
人が大勢集まれば、どうしても派閥やしがらみって生まれるよね。特に今回は、学校の創設というエルバートさんの夢も絡んでいるから調整が難しいのだろう。
「だから悪いんだけど、ご飯だけ頼むよ」
「わかりました。それで日程なんですが、エルバートさんの祝賀会はいつごろにされますか?」
「そうだね。今日が4月19日だろ。少し調整が必要だから5月の上旬から中旬になるね。だからケイ君の炊き出しは、5月の下旬か6月の上旬がいいんじゃないかな。時間は大丈夫? ケイ君達にも予定があるだろ?」
「8月ごろに精霊の森のドワーフの村に行こうと思っていますが、遅れても問題ないので大丈夫です」
「それなら大丈夫そうだね。その間は、ここを自由に使ってくれて構わないからね」
「そんな長期間大丈夫なんですか?」
「もちろんだよ、このギルドで私に逆らえる者はいないからね。それに、ここに居てくれると手伝いや打ち合わせとかもやりやすいからね」
その後はエルバートに米の計量を任せ、俺はひたすら精米を続けた。どのくらい必要かわからないけど、2万食近く持っているから足りないことはないだろう。
それから4日が過ぎ、教会長との約束の日がやってきた。
俺が1人で行動する分には、“闇魔法の認識阻害”があるから人目につくことがないので、今日も1人で教会へ行くことになった。
「ケイさん、大変だったでしょう。さぁどうぞ、お掛けください」
職員の方に案内され部屋に入ると、ご機嫌な様子の教会長が出迎えソファー席を勧めてくれた。
「はい、失礼します」
「では、私も失礼をして……いやしかし、凄い人気ですね。うちの職員達にもいつの間にか、今日、ケイさんが来ると伝わっておりまして、みんな落ち着きをなくしていたのですよ」
向かいに腰掛けた教会長が俺を煽て始めた。何か悪い知らせでもあるんだろうか……
「挨拶が遅れました。今日もお時間を頂きありがとうございます」
「何を仰いますか。こちらこそ、ご足労頂きありがとうございます」
「ところで、炊き出しの件ですが、如何でしょうか?」
長くなりそうなので、俺は挨拶を済ませ本題に入った。
「はい、そのことでお伝えしなければならないことがあります」
「何か問題でもありましたか?」
「いえ、前回にお話させて頂いた条件は変わらないのですが、日取りの調整が上手く行かず、5月の下旬ごろになりそうなのですが、如何でしょうか。何分、今回の炊き出しは街の政策として行いますので、いろいろとございまして……」
ああ、なるほど。普通ひと月以上待たされるのは嫌だよね。そして今回は、それを逆手に取って、俺に優位に働くようにエルバートさんが首長に上手く話を通しておいてくれたのだろう。
「まぁそのくらいなら構いせんよ。この街で依頼をこなしながら待っていますよ」
「宜しいのですか! 有難う御座います!」
大層に喜んでくれているけど、どうせ首長に上手く引き止めろとか言われていたのだろう。
「はい。それで、当日見込まれる来訪者の数の予測は立ちましたか?」
「それもなんですが、ケイさんの人気がどこまで及ぶか予想がつかないのです。ステータスカードの住所がアイリスの者は、約8000人居ります。そのうち5%ほどがこの街の外壁の内側で暮らしておりません」
「では、外壁の外側にあるスラムには400人ほど居られるということですか?」
「正確には確認できてはいないですが、半数の200人ほどではないかと考えています」
「では、残りの200人はどこに居られるのですか?」
「申し上げ難いのですが、街から離れ、山や谷に住んでいるのではないかと……あと、他の街に行っている者もいるかもしれません……」
ああ、なるほど。商人や冒険者もいるかもしれないけど、犯罪者だね。
「わかりました、それで十分です。5月下旬でしたら、いつでも構いませんので、日取りが決まりましたら、冒険者ギルドにお伝え願えますか?」
「有難う御座います。日が近づきましたら、打ち合わせをしたいので、そのときは宜しくお願い致します」
「ええ、こちらこそお願いします」
無事なのかどうかわからないけど、この日の打ち合わせが終わり教会を出た。途中、鍛冶屋さんで注文していたミルクとクッキーの首輪を受け取り、みんなが先に行っている冒険者ギルドの修練場に向かった。
2匹の首輪は、サイズ調整機能付きで細いのに、ソフトボールサイズぐらいあったBランクの魔石の魔力がすべて入っているらしい。宿屋のおばさんに紹介してもらった鍛冶師だし、嘘は言ってないだろう。
それからまた3日が過ぎ、みんなは鍛錬を、俺とエルバートさんは精米の作業を続けていると、冒険者ギルドの職員がエルバートさんを呼びに来た。東の山からギルドマスター達が帰ってきたみたいだ。
「ゴメンね、ケイ君。ちょっと2,3日手が離せそうにないよ。なるべく早く終らせるけど、その間、抜けさせてもらうね」
エルバートさんが謝ってくれたけど、
「いえ、無理はなさらないでください。こっちの日にちはまだ余裕がありますからね」
「ありがとう。これで、やっとケイ君達に報酬を支払えるよ。待っていてね」
切りのいいところまで作業を続けてくれたエルバートさんはそういい残して修練場から出て行った。
時間もちょうど良かったので、みんなでお昼休憩を取ることにした。
「ミレーゼさん、ミルクとクッキーの首輪はどうですか?」
気になっていたので、食事をしながら尋ねてみた。
「私にはわからないわ。この子達は凄く良いって言ってくれているけどね」
2匹のモフモフを肩に乗せたミレーゼさんが答えてくれた。そして、
「凄いわよ、その子達。すでに初級の魔法を使えるんじゃないかしら」
シフォンさんが説明をしてくれた。
「初級の魔法って“光魔法”と“土魔法”ですか?」
俺はシフォンさんに聞き返した。
「そうよ。凄いのは首輪よりもその子達だと思うわ。きっかけさえあれば、そのくらいはいつでもできたんじゃないかしら。その子ら、エルバートに任せるほうがいいかもしらないわね」
「エルバートさんって、“光魔法”や“土魔法”を使えるんですか?」
「ええ、使えるはずよ。できれば、この街を出るまでに初級レベルぐらいマスターさせておきたいわね。そうすれば、後は本人達で何とかなるからね」
うん、凄いね。もう俺を越えたんだね……
「お母さん、私は?」
「ミレーゼ。アナタは、まだ自分の意思で魔法を使えたことがないじゃない。エルバートに習っても時間の無駄よ。でも才能はありそうなのよ。もっと体をイジメなさい。そうすれば、簡単な回復魔法なら使えるようになるかもしれないわ。さぁ休憩は終わりよ。続きをやるわよ」
「うん、わかったわ」
シフォンさん、相変わらずミレーゼさんには厳しいね。でもこの世界で冒険者として生き残るためには必要なことなのだろう。
炊き出しの日は思っていたよりも延びてしまったけど、最近はずっと移動ばかりでまともに鍛錬をできていなかったから、ミレーゼさんはもちろん他のみんなにとっても、ちょうど良かったかもしれないね。




