第22話
ダカール自由貿易国にあるアイリスの街の教会でのやり取りをエルバートさんに話し終えた。
「なるほどね。教会長の言ってるとおり、ケイ君は素晴らしいね。それで、ケイ君は、教会長の真意を知りたいのだね?」
「はい、まぁそうなんですけど……エルバートさんになら言ってもいいと思うんですけど、俺はどうも教会が……いえ、違いますね。教会の教会長のことが信用できないんです」
「うーん、たしかに、私もそう思うよ。でも、冒険者ギルドや他のギルドも同じなんだけどね。出来た当初は、公共のための組織だったと思うよ。今も表向きはそうなんだけど、現実は、自分達の既得権益を守るための組織になっているよね」
「組織としての理念があっても、やっているのは人ですからね」
「そうなんだよ。よくわかっているよね。そして、ケイ君は、それでも炊き出しをやりたいんだよね?」
「はい、そうです。俺は、別に利用されるのは構いません。でも、スラムの人達に喜んでもらいたいと思っているのに、一つ間違えれば、迷惑をかけてしまうかもしれませんよね?」
「そうだね。ケイ君がそこまで考える必要はないと思うんだけど、実際、そうなる可能性はあるよね。この街の首長は商人だからね。例え、街の政策とは言え、見返りのないことはしないよ。そして、教会長も一緒だね。首長に媚を売ることで自分の地位を維持しているからね」
そうか、首長の考えがそうだから、教会長もそういう人がなるのか……
「でも、ギルドマスターのパウロさんは違いますよ?」
「あの人は、あれだね。それ以前の問題だね。政策に口を出せる立場にあるのに、口を出すことはないからね。それに、冒険者ギルドの人事は、街と切り離されているからね」
「教会は切り離されていないのですか?」
「慣習なんだけど、その街の住人が教会長になるからね」
そっかぁ、なら仕方ないか。
「じゃあ、今回の炊き出しを街の政策でやると、首長には、どういう見返りがあるのですか?」
「今回は、すべてケイ君が費用を出すのだから、首長は何も痛めずに、信任を得ることができるよね。たぶん、ケイ君の名前を出さないと言っているけど、タイミングを見て、バラすと思うよ。街の英雄は自分の子飼いだと世間に思わせるためにね。別に、ケイ君を子飼いにする必要はないよね。世間が勝手に勘違いするだけだからね」
おお、なるほど。そして、その話を持っていった教会長の覚えが目出度くなるんだね。
「じゃあ、今回はスラムの人達に迷惑がかかることがないと考えてもいいですか?」
「そうだね。首長も、ケイ君のことを調べているはずだから、ケイ君に喧嘩を売るようなことはしないと思うよ」
「俺に喧嘩を売ると何かマズいのですか?」
「当たり前だよ。ケイ君は、現役最高の冒険者だからね」
うっ! またその話か……
「ありがとうございました」
「いや、構わないよ。……まぁ冗談はさておき、そんなケイ君に私もお願いがあるんだ」
冗談だったんだね……いや、もういいか。
「はい、何でしょう?」
「ケイ君の炊き出しに、私も手伝わせてくれないかい。これは、冒険者ギルドとしてではなく、私個人としてなんだけどね」
「はい、もちろん構いませんが、お忙しいのではないのですか?」
「そうなんだけど、私にはSランクになったら、やりたかったことがあるんだよ」
「Sランクでないとできないことですか?」
「ああ、そうだよ。私は冒険者ギルドの事務長だから、それなりに街の内政に口を出すことができたんだけどね。やはり発言力が弱いんだよ。でもSランクの肩書きあれば、かなり強く出ることができるんだ」
なるほど、やっぱりSランクって凄いんだね。
「それで、エルバートさんは、この街で何をやりたいのですか?」
「私はね、この町に学校を作りたいんだよ。もちろん、アーク学園みたいな学校ではないよ。文字の読み書きや計算、礼儀作法なんかを教える学校だね。大人も来てもらっても構わないんだけど、特に小さな子供達に学んで欲しいんだ。読み書き、計算、礼儀作法ができるだけで、世界が広がるんだよ。私はね、孤児だったんだ。ずっとひもじい思いしていたし、辛かったね。いや、辛いなんて考える余裕がなかった。ただ、今の空腹をどう紛らわすかしか考えることができていなかったね。それを救ってくれたのが、ある街の孤児院の院長さんだったんだ。その院長さんは、食べ物を与えてくれるだけでなく、読み書き、計算、礼儀作法も教えてくれたんだ。そのおかげで、今の私があるんだ。もしあのとき、院長さんに出会うことができていなかったら、私は死んでいただろうし、生きていたとしても、今もひもじい思いをしていたと思うんだよ。だから、できれば外壁の外にあるスラムの子ども達にも来て学んで欲しいんだ」
おお、俺の自己満足のための炊き出しなんかよりもぜんぜん素晴らしい考えだね。でも、この世界は、律令制や封建社会が中心なんだけど、大丈夫なんだろうか……
「素晴らしいお考えだとは思うのですが、首長からの反対はないのですか?」
「あっ、ケイ君、よくわかっているよね。そうなんだ。この大陸の統治者はそんなこと望んでいないんだ。何も考えることなく、ただ、与えられた仕事をこなし、税を納めてくれる人以外、求めていないんだ。でもね、この街、いや、このダカール自由貿易国は違うんだ。この国は、実力さえあれば、誰でもどこまででも登っていけるんだ。この街の首長もそうだけど、この国の統治者は商人が多いんだ。それも一代で成り上がったね。ほとんど世襲なんてないんだよ。まぁ実際、私達のような武力よりも、商人のお金の力のほうが怖いよね。お金で武力は買えるけど、逆は絶対ではないからね。税を生み出す民がいないことには、武力があっても意味がないからね」
「じゃあ、この国では、学校を作っても問題はないんですか?」
「いや、そんなことはないよ。この国は、他の国よりも競争が激しいからね。誰だって、競争相手が少ないほうがいいよね。普通、自分の寝首を掻く可能性のある人を育てる機関を作ろうなんて考える人なんていなよね」
「そうですよね。でも、上手く事が運べば、作ることは可能なんですね」
「そうなんだよ。だから、私は、まずスラムの人達と信頼関係を築きたいと考えているんだ。その足掛かりとして、ケイ君の炊き出しを手伝いたいと思っているんだ。私も、ケイ君を利用しようとしているんだけどね」
「いえ、俺は利用されることは構いません。それに、エルバートさんの考えているような学校はあるほうがいいと思います。貧しくて、その日の食事すら満足に摂ることができない人が減ることはいいことだと思います」
「ありがとう。恩に着るよ」
エルバートさんとの話を終え、鰹節を探すために乾物屋に向かっていると、街行く人達から俺達の噂話が聞こえてきた。まだあまり顔を知られていないし、今日は1人で行動していて良かった。“闇魔法の認識阻害”が効いているからね。
市場で乾物を扱っている露店を何軒かまわったが、見つけることができなかったので、紹介してもらった卸問屋に向かうことにした。
問屋の前は、戒厳令が解かれたばかりなのか、馬車や荷車で賑わっていた。
「すみません。鰹節はありますか?」
みんな忙しそうにしているなか、店の軒先、腕を組み怖そうな表情を浮かべた恰幅のいいおばさんに声をかけた。
「なんだい、兄ちゃん。うちは小売はやってないよ!」
軽くあしらわれた。
「いえ、10kgほど欲しいんですが、無理ですか?」
「ん!? 10kg! 兄ちゃん、今、鰹節って言ったわよね?」
「はい、鰹節です。ダカールなら、どこの街の乾物屋にでもあるとお聞きしたのですが」
「そっかぁ……うーん。急ぐのかい?」
「急ぐというか、この街にいつまでいるかわからないので、なければ構いません」
「ちょっと今切らしてるんだよ。いや、普段は、いつでもあるんだけどね。東からの便がここふた月ほど来てないんだよ。きっと、魔物か盗賊にやられたんだと思うんだ。兄ちゃんも戒厳令出てたから知ってるだろ。東の山に“主”が現れたって。でも、さっき聞いたんだけど、どっかの誰かさんが斃してくれたらしんだ。近いうちには、新しい便で来るはずなんだけどね」
鰹節にまで影響があったんだね……
「ところで、そこにあるの、海苔ですよね」
「そうさ、焼き海苔だよ。よく知ってたね。鰹節もこの辺りでは、あまり使わないんだけど、兄ちゃん、海沿いの出身なのかい?」
「生まれて初めて見ましたが、俺、前世の記憶があるんです。その世界では、良く食べていたんですよ」
「そうなのかい、珍しいね。ちょっと、食べておくれよ。前世との違いを教えてくれないかい?」
「いいんですか、わかりました」
おばさんから約20cm四方の焼き海苔を1枚受け取り、食べてみた。うん、焼き海苔だね。前世では、巻き寿司とかに使う味付けのしていない奴だね。
「どうだい?」
「はい、前世と同じです。それに、風味は、こっちのほうがいいように思います」
「まぁ、お世辞でも嬉しいよ」
「いえ、本当に美味しいですよ。これ、1000枚ほど貰えますか?」
「いいのかい? 1枚50Rで5万と言いたいとこだけど、兄ちゃんなら4万でいいよ」
なんか上手く買わされた気がするんだけど、相場もわからないしまぁいいか。
「あと、少しいいですか?」
「なんだい。他にも何か買ってくれるのかい?」
「香辛料って、ありますか?」
アリサさんとカレー粉の約束をしていたからね。
「うちでは、胡椒、にんにく、唐辛子、生姜、ごま、山椒、山葵、ローリエぐらいだね」
「そうですか……クミンやコリアンダー、ターメリックとかはないですか?」
「すまないねぇ。この辺りから北では、あまり使われないから、取り扱っていないんだよ。南の街へ行けば、もっと種類があるんだけどね」
「南の街というとチャドの街ですか?」
「そこまで、行けば確実だね。あそこでしか手に入らないものも多いからね」
チャドか……ダカール自由貿易国の最南端の街らしいんだけど、この後、学園都市に帰るつもりだし、今回は無理そうだね。
卸問屋で、鰹節とカレー用の香辛料を買うことはできなかったが、焼き海苔の他に、普段の食事と炊き出し用の食材や調味料を買い足し、宿に戻った。
「ケイさんっ! どこに行っていたのですかっ!」
宿の部屋に入ると、マリアさんが詰め寄ってきた。
「出掛ける前に伝えましたよね。教会です。そのあと、冒険者ギルドに寄って、エルバートさんと話をしてから、食材の補充です」
マリアさんとアゼルさんは夢現で、ミレーゼさんはまだ寝てたけど、シフォンさんはちゃんと起きていたんだけどね。
「ええ、シフォンさんに聞きました。でも、どうして私とアゼルを連れて行ってくれなかったのですか? 何か疚しいことでもあったのですか?」
ベッドに腰掛けたアゼルさんも頷いている。シフォンさんとミレーゼさんは、隣の部屋にいるようだ。
「い、いえ、そんなことはありませんよ。マリアさんもアゼルさんも、出かける時に声をかけたら返事はしてくれましたよ」
「たしかに、聞いたような気もしますが……いいですか、ケイさん。ケイさんは、私達が居ても、他の女性の気を引こうとするのです。私達が居なければ、何を仕出かすかわかりません。これからは、1人での行動は慎んでください」
「わかりました」
別に口説いているわけじゃないし、女性から良く思われたいと考えるのは、男性の性だと思うんだけど……
「いいですね!」
「はい!」
また、考えていることがバレたみたいだね。
「ケイ君、お帰り」
騒がしくしていたので、俺が帰ってきたのがわかったのだろう。シフォンさんが、ミレーゼさんを連れて、部屋の扉をノックして入ってきた。
「ただいま戻りました。ミレーゼさんももう大丈夫なんですか?」
「心配かけて、ごめんなさい。さっきまで寝てたし、もう大丈夫よ」
ミルクとクッキーを肩に乗せたミレーゼさんがそう返してくれたが、まだ少し体がダルそうだ。生まれてから15年間、奴隷商館でずっと過ごしていたのに、いきなりひと月ほど、毎日鍛錬をしつつ野宿だったからね。
「ミレーゼは、疲れが残っているだけだから、大丈夫よ。それよりも、どうだったの、教会は?」
母親のシフォンさんがそう言っているのだから、大丈夫なのだろう。もうお昼だし、食事を摂りながら、話をすることにした。




