第21話
冒険者ギルドアイリス支部事務長のエルバートさんに、今回の依頼で討伐した魔物の魔石や素材、アンデッドの核などを精算してもらった後、アゼルさんの大太刀を買うために武器屋へ向かっていると、
「ケイ君、本当にいいの。等分は、やっぱり可笑しいと思うわ。ミレーゼは邪魔しかしてないのよ」
シフォンさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「いいえ、俺がこのパーティのリーダーです。そして、お2人の契約主でもあります。俺の決定が絶対です」
俺がそう言うと、マリアさんとアゼルさんも頷いてくれた。
「もちろん、口答えするつもりで言ってるわけではないのよ」
「俺もそんなつもりで言ったわけではありません。でも、ミレーゼさんも一緒に依頼を受けたパーティメンバーです。それに、まったく役に立たなかったわけでもありません。シフォンさんが最後まで頑張れたのはミレーゼさんのおかげだと思いますし、“リッチ”の討伐後、ギルドへの報告を気付かせてくれたのは、ミレーゼさんです。今回の依頼をやり遂げるのに、ミレーゼさんの存在も必要だったのです」
「ケイ君がそう言ってくれるのなら、親の私も嬉しいけど、せめて、キアラさんも入れて、6等分にしない?」
「いいえ。キアラさんは、今回の依頼には参加していません。それにキアラさんはそんなお金を貰っても喜ぶような人ではありませんので、逆に迷惑をかけてしまいます」
「そうなの。やっぱり、ケイ君の婚約者はみんな変わっているわね」
「はい、みんな良い人達です」
アゼルさんの大太刀を武器屋で見繕い、この街に来てからお世話になっている宿屋に入ると、歓声で出迎えられた。1階の食堂には、大勢の人が詰めかけており、口々に感謝の言葉を投げかけてくれている……
「さぁ早く、ジョッキを持っとくれよ。みんな、待ってたんだから」
宿屋のおばさんがそう言って、俺達にビールの入ったジョッキを押し付けてきた。
「さぁあ! 英雄のご帰還だよっ! みんな、しっかりと感謝するんだっ!……乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
勢いの飲まれ、乾杯までしてしまったが、英雄って何?
「お姉さん、何の騒ぎですか?」
「あらやだ。まだお姉さんと言ってくれるかい。綺麗な子、いっぱい連れている人は違うねぇ!」
“痛っ”、また後ろから脹脛を蹴られた。いや、それよりも、おばさんが照れて、説明をしてくれない。
「あのう、英雄ってなんですか?」
「何言ってるんだい! この街を救ってくれた人達を英雄と呼ばずして、何て呼べばいいのさっ!」
おばさんはそう言って、俺の肩をバシバシと叩いてきた。英雄にそんな扱いをしていいのだろうか? いやいや、そんなつもりはないんだけどね。
「もう知っていたのですか?」
「当たり前じゃない。ここは旅の宿屋だよ。街で最も情報が集まって、最も情報が速いのは、宿屋か花町って決まってるんだよっ!」
そりゃそうか。商人も冒険者も宿屋に泊まるんだから、へたすりゃ、それぞれのギルドよりも情報が速く回る場合があるんだね。……花街は、うーん、仕方ないよね。
この日は、ほどほどに挨拶をして、休ませてもらうことにした。俺は大丈夫だけど、他のみんなは疲れているからね。
翌日、俺は1人でアイリスの街の教会に来ていた。普段なら絶対についてくるマリアさんとアゼルさんも、久しぶりに心行くまで“魔マ”を堪能したのか、今朝は足腰が立たない様子だった。あと、ミレーゼさんは念のため、1日ゆっくりと過ごしてもらうことにした。そして、それに付き添いシフォンさんも宿に残ってくれた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
ここの教会も多くの人で賑わっていたので、いつものように人の列に並び、順番が回ってくると、受付のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。
「はい、名前は白色なのですが、奉仕活動をしたくて伺いました。ご迷惑ではないでしょうか?」
「はい、もちろんです。教会でご用意できる奉仕で宜しいですか?」
「いえ、炊き出しを行いたいと考えています。もちろん、こちらで料理や食器などもすべて用意します」
「左様で御座いますか。しばらくお待ち頂けますか? 上の者に確認して参ります」
俺が返事をすると、お姉さんは席を外し、しばらくすると戻ってきた。
「お待たせ致しました。教会長がお会いしたいと申しておりますが、お時間は宜しいですか?」
「はい、お願いします」
教会長室らしき部屋に通され、教会長と挨拶を済ませ、席に着いた。
「お忙しいところ、お時間を作って頂いて、すみません」
まずは、再度、謝辞を述べてみた。
「いえいえ、何を仰いますか。受付の者からお聞きしましたが、素晴らしいお考えです。この国では、ケイさんのように、無償でそれも私財を投げ打って、奉仕活動される者など、ほとんどおりません。ですから、今回は、教会がケイさんのお手伝いをさせて頂きたいと思っております。如何でしょうか?」
この頭の薄くなった教会長のおっさん。言ってることはまともなんだけど、なんで揉み手なんだ? お前は、商人なのか?
「はい。もちろん、ご協力頂けるのなら助かります。どこ馬の骨ともわからない私だけで行うよりも、教会のお名前をお借りできるのなら、より多くの方に集まって頂けるはずです」
「素晴らしいです。そこまで、ご理解頂いた上、上限すら決めておられないとは、御見それ致しました。ところで、この街のどこで炊き出しをされるか、もうお決まりでしょうか?」
なんだろうこの感じ。こんな持ち上げ方されても、気持ち悪いんだけど……
「はい。できれば、街の外壁の外側にあるスラム街でやりたいと考えているのですが、如何でしょうか?」
「んっ!……いえ、失礼致しました。その意図をお聞きしても宜しいですか?」
おっ、ちょっとおっさんの顔色が変わったね。
「ええ、やはり炊き出しですから、あまり裕福でない方々に食べて頂きたいと考えています。しかし、私も旅を続けていますので、1回限りで定期的に行えるものではありませんが」
「うーん、なるほど。少し問題があります」
おっ、来たね、“ご提案”という名の“押し付け”。
「問題ですか?」
「はい、そうです。先に述べましたように、このダカール自由貿易国では、ケイさんのように、無償で私財をご提供して下さる方はおりません。もし、そのように見える方が居られても、必ず裏があります。しかし、ケイさんには裏が見受けられません。そこが問題です」
「そこの何が問題なんでしょうか?」
「はい、もうお気付きでしょうが、必ず、ケイさんを疑う者が出てきます。たとえ、ケイさんがこの街の英雄であってもです」
あらら、そんなことまで知っていたんだね。教会って、侮れないね。
「で、何かいい案はあるのですか?」
「はい、もちろんです。今回はケイさんのお名前は使わずに、この街の首長のお名前をお借りしましょう。臨時的な扱いにはなりますが、この街の政策として、スラム街で炊き出しを行うのは如何でしょうか。そうすれば、ケイさんに、危害が及ばないと考えております」
街の政策ねぇ……大きく出たね。でも、この案を通すとことによって、このおっさんに何の利益あるんだろう。単純に街から教会への助成金が増えるとかかな。……アーク学園都市の教会長をそうだったけど、ここの教会長も胡散臭いよね。まぁ、街政のことはわからないし、エルバートさんに聞いてみればいいか。
「はい。それで、1度、話を通して頂けますか? ただし、まだ日取りも決まっていませんし、準備もありますので、1週間後に、ここにお伺いしてもいいですか? できれば、そのとき当日見込まれる来訪者の数を概算でいいので出しておいて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「承知致しました。では1週間後、お待ちしております」
うーん、どうなんだろう。カステリーニ教国のときもそうだったけど、なんか思い描いていた炊き出しと全然違うんだけど……
教会を出た足で、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「何かあったんですか? 少し慌ただしいような気がするのですが」
ギルドに入ると、特に職員の人達が忙しそうに走り回っていたので、いつもの受付のお姉さんに聞いてみた。
「失礼致しました。ケイさん、どうかなさいましたか?」
下を向き書類と戦っていたお姉さんがそう言ってきたけど、俺に気付いていなかったんだね。
「いえ、何かあったのかなと思いまして」
「はい。先程、パーカーボーン13世様がお戻りになられまして、今回の“山の主”の件がすべて片付いたとご報告頂いたのです。ですから、発令されておりました戒厳令が解かれ、今はその調整に追われているところです」
戒厳令なんてかかっていたんだね。……えっ!
「爺やさん、来ているのですか?」
「ジイヤさん?」
「すみません。パーカーボーン13世様です」
「パーカーボーン13世様でしたら、もう転移ゲートでお帰りになられましたよ」
そうなんだ。爺やさん的には、この間ので挨拶が済んでいるのだろう。俺的には、まだ足りなかったんだけどね。
「そうですか。じゃあ、エルバートさんも忙しそうですね」
「いえ、今、事務長は、浮かれて仕事になっていません。それに、ケイさん達が来られたら、すぐに部屋へ通すように言われているのですが、どうなさいますか?」
「いいんですか?」
「はい、どうぞ。お通りください。ケイさんは、この街の英雄ですから、もうお1人でカウンター内に歩かれても、誰も咎めないでしょう」
おおっ、なんかSランクの冒険者になったみたいだね。
事務長室に向かって歩いていると、みんな、声をかけてくれたり、手を振ってくれたりしてくれた。今日は1人で誰も付き添いがいないので、綺麗なお姉さんには、手を振り返しておいた。これぐらいはいいだろう。
事務長室の扉をノックし、入室の許可をもらい中に入った。
「ケイ君っ!」
エルバートさんは、俺の名前を叫ぶと、席に着いていた執務机を飛び越え、俺に抱きついてきた。もうキスしそうな勢いなんだけど、俺にはそんな趣味はないっ!
「エルバートさん、どうしたんですか?」
落ち着いて声をかけながら、エルバートさんの両肩をゆっくりと押して離れてもらった。
「ごめんね。つい取り乱してしまったよ。お茶、淹れるから座って」
「はい、わかりました」
受付のお姉さんも言ってたけど、浮かれているね。何がそんなに嬉しいのだろう。まぁ街の危機が去ったのだし、喜んでも可笑しくはないんだけど……
「さぁどうぞ。……ケイ君、見てくれよ、コレっ!」
お茶を出してくれたエルバートさんは席にも着かず、懐に手を入れ、黒い縁取りのギルドタグを取り出した。……黒って、まさかっ!
「Sランクですかっ!」
「そうなんだよ。さっき、戻って来られたパーカーボーン13世様が、今回の一件の対応を大変褒めて下さってね。ご推薦を頂いたんだよ。これもケイ君と出会えたおかげだ。本当にありがとう」
エルバートさんはそう言うと、頭を膝に打ち付けそうな勢いで下げてくれた。
「いえいえ、俺は関係ないでしょう。すべてエルバートさんの仕事ぶりを見て、パーカーボーン13世さんが判断したのだと思いますよ。それに、まずは座ってください。俺だけ座ってると何か居心地が悪いです」
「そうだね。ごめんね。いや、でもケイ君が居なければ、パーカーボーン13世様がここへ来られることはなかったからね。やっぱり、ケイ君のおかげなんだよ。本当にありがとう」
エルバートさんは席には着いてくれたが、また頭を下げてしまった。よっぽど嬉しいんだろうね。
「でも、こういう時もお祝いとかしたほうがいいのでしょうか?」
「あっ、そうだねっ! ケイ君、いい事言うね。……祝賀会。会場はどこがいいだろう。案内も作らないといけないし、これからまた忙しくなりそうだね」
えっ! 俺が企画しようと思ったんだけど、エルバートさん、自分の祝賀会を自分で企画するの!? いや、上流階級では普通なのか?……まぁ俺ができることは限られているし、エルバートさんは仕事柄、こういうことに慣れていそうだし、口を出さないほうがいいのかな。
「日取りが決まったら教えてください。ぜひとも俺もお祝いに伺いたいです」
「本当、ありがとう。案内を送るから、必ずみんなで来てね」
「はい、わかりました。……ところで、少しいいですか?」
「ああ、ごめんね。少しはしゃぎ過ぎたね。何か用があって来たんだよね」
俺が本題に入ろうと声をかけると、エルバートさんは佇まいを直し、話を聞く態勢になってくれた。やっぱり仕事のできる人は、切り替えが速くていいよね。
「はい、そうなんです。特にトラブルとかではないのですが、エルバートさんの意見を聞きたくて伺いました」
「ということは、冒険者ギルドも関係ないのかい?」
「はい、直接は関係ないと思います。それでもいいですか?」
「もちろんだよ。ケイ君にはお世話になっているからね。何でも聞いてくれて構わないよ」
「はい、ありがとうございます」
そして、俺はエルバートさんに、教会でのやり取りをできるだけ詳しく説明をした。




