表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/127

第10話

 翌朝、魔法を使って洗濯したけど、布団や枕まで毎日洗えるのは、気持ちがいいね。それでも、いつもよりも早く終わった。


 朝食後、ベルさんと俺は外の広場に出た。今日もサタンさまのローブを着ている……寒いからね。このあたりは雪が降らないが山の反対側は降るみたいなので、気温は低い。


「いいかい。まず戦闘で大事なのは、無傷で生き残ることだ。簡単なのは、圧倒的な力で、相手を倒すことだね。しかし、ケイには、その圧倒的な力を身に付ける才能がないだろう。ゲルグもこのことを言っていたのだよ。危なくなれば、ケイには闇魔法の転移があるから逃げることはできるよね。でもね、逃げてはいけない場面に会う可能性もある。だから、圧倒的な力がなくても勝てる方法を身に付けてもらおうと考えているのだ。そのために、近接戦闘に慣れてもらう。近距離なら強力な攻撃魔法を受ける心配も少ないからね。いいかい?」


「俺でも、大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫になるために、やるのだよ。今までの訓練をいきなり変えることもないだろう。まず、走るときは顔と両肩が正面を向くように意識して、後ろや横にも走るといい。これで、回避能力を底上げできる。次に木槌の素振りをしていたね。今日からは、この杭を広場の外周の地面に打ち込むといい、高さは、そうだね30cmぐらいまででいいかな。そのとき必ずケルグに習った型を崩さないように振るのだよ。低くなれば、腰を落として振り下ろせばいい。踏み込みや腕で打撃ポイントをコントロールしてはいけない。それができるようになれば、自分の間合いを理解できるし、相手の間合いもわかるようになるのだよ。近接戦闘では、この間合いが大切だからね。あと、魔法はイメージだから、自分の戦闘スタイルにあった魔法をイメージできれば、使えるようになるだろう……じゃ、焦らずにやっていくといいよ」


「はい、ありがとうございます」


 俺は地面に両手を付いて、後ろに歩き始めた。うん、2本足でやるより難しいね。そろそろ、ハイハイも卒業しようと思っていたけど、後ろ走りと横走りができるようになるまでがんばろうかな。


「そうだ、ケイ。手を握ってやるといいよ。拳も鍛えられるからね」


「そうですね、ありがとうございます」


 一石二鳥だね……でも、これ痛いんだよ。もし、全力で前に走ったら、拳の皮がずる剥けになりそうだね。


 

 1度、ギルドに帰っていたベルさんが、正午ごろ戻ってきた。


「そろそろ杭打ちをしてみようか」


「お願いします」


 ベルさんに見てもらって、杭打ちをはじめた。地面に少し穴を掘り、直径20cm、長さ1.5mぐらいの先を鋭く削った杭を立て、木槌で少し打ちつけた。そして、いつものように構えて大きく踏み出したが、振り下ろす前に当たらないのがわかった。何度も繰り返すが、当てることすら難しい。当たったとしても、次には杭の高さが変わるので、距離感も変わる。あと、しっかり芯で捉えれば大丈夫だが、外すと痛い……なかなか上手くいかないね。



 ケイとして生きていくと決めた日からひと月ほど経ち、杭打ちや後ろ走り、横走り、拳の痛みに慣れたころ、杭打ちをしていたら後ろで声がした。


「ケイ、少し確認したいことがある」


 振り返ると、刃渡り40cmほどの短剣を片手に持ったベルさんが立っていた。そして、


「その木槌で、私に打ち込んできて欲しい」


 ベルさんはそう言って、短剣を片手で中段に構えた。


「はい、お願いします」


 さすがに斬られることはないよね。


 俺は木槌を中断に構え、自分の間合いを確認した……。少し遠いね。近づこうとするとベルさんが同じだけ下がる。たしかに、自分の間合いに入らないと打ち出せないね。

 今度はゆっくりとベルさんが近づいてきた。ベルさんが俺の間合いに入ったとき、左足を踏み出し、木槌を振り下ろした。ベルさんがゆっくりとした動作で、木槌の頭部を短剣で受けたかと思うと、木槌はなんの抵抗もなくベルさんから逸れていった。


「だいぶ自分の間合いが、わかってきたみたいだね。今から私のスケルトンを相手に打ち込むといい。スケルトンは動くから、今のように自分の間合いを見極めて打ち込むのだよ」


 ベルさんがそう言うと、1体のスケルトンが現れた。


 スケルトンは、ゆっくりとこちらに向かってくる。こちらの間合いに入ったとき、打ち込むとスケルトンは崩れた……だが、崩れたスケルトンは修復され、またこちらに向かってくる。何度か繰り返していると、スケルトンの動きが速くなっているような気がする。


“痛っ”……芯を外した。


「そのスケルトンは、芯をはずしたり、力が抜けたりしたら崩れないよ。あと崩れるとスピードが上がるからね……しばらく続けるといい」


 何度か倒しているうちに、スピードに対応できなくなった。走って距離を取ろうが、突いて距離をとろうが、回り込もうが、ただ、こちらに向かってくるだけなのに、打ち込むことすらできなくなった……うん、ヤバいね。どうしよう。


 しばらくスケルトンと追いかけっこを続けていると、偶然出した横払いがスケルトンの膝を砕いた。そして、こけて起き上がろうしているスケルトンに木槌を振り下ろして倒すことができた。最近、杭打ちばかりで忘れていたよ、横払い。いやそれよりも、今の横払い、そんなに力が入っていなかったはずだ。元は人だし、スケルトンも関節が弱いのかな……まぁ、試すしかないか。


 次のスケルトンに対しては、こちらのスピードも上げるために木槌の柄を少し短く持ち、腰を落とし低く構え、スケルトンの膝に打ちつけた……上手くいった。関節はそれほど力がいらないようだ。


「わかったようだね、少し休憩しようか」


 ベルさんの声とともに、スケルトンが消えた。


「いいかい、ケイ。相手を倒すためには、力が必要だ。しかし、速さがなければ、力を生かすことができない。また、速さがあっても、力がなければ相手を倒すことができない……わかるね。だからこそ、それを踏まえて、武器を選ばなくてはいけない。その鎚だが、力に特化した武器だね。だから一撃の力はあっても、当てることが難しいのだ。そのことを体で理解してもらうために、最初の武器に選んだのだよ。どうだろう、ケイ。何か使ってみたい武器はあるかい?」


「そうですね……あまり長くない両手剣がいいんでしょうか?」


 武器なんて使ったことないから、わからいんだよね。


「そうだね、速さを上げつつ、刃で力を補う。そういう考え方が武器選びで大切なのだよ。これを使って、素振りから始めるといいよ」


 そう言ってベルさんが、刃渡り90cmぐらいの両手剣を何もない空間から取り出した。


「剣は、鎚と同じように振り下ろすといい。やってごらん」


 木槌と同じように構え、踏み込み、振り下ろした。間合いは短くなったけど、速さは増したね。左右、構えを変えながら何度か試してみた。


「そんな感じでいいよ。最初はできるだけ大きく強く踏み込んで、振り下ろすといい。小手先になってはいけないよ」


 何度も確認しながら素振りをしていると、夕食の支度の時間になった。



 翌日からは、木槌の変わりに両手剣を振ることになった。杭打ちはしばらくお休みだ。それから3日、一日3時間ほど両手剣を素振りしているとベルさんが、


「今日からは、また、スケルトンが相手だよ」


 スケルトンがゆっくりと近づいてくる。


 今回は、スケルトンのスピードが上がる前に確認しながら倒していった。まずは、頭だ。芯を外さなければ倒すことができる。次に、膝、肘、肩、首などの関節は、多少力がなくても、砕くことはできるみたいだ。さらに首を砕くと倒すこともできるようだ。前回の経験があるからなのか、落ち着いて対処できている。前回の最後のスピードも超え、倒し続けていると、スピードは維持されたまま、堅さが上がってきた。きっちりと動いて、体勢を整えないと関節も砕けなくなってきたところで、


「今日は、ここまでにしよう。明日も続きからするので、どうすればスケルトンを倒せるか考えておくように」


 そう言ってベルさんは、スケルトンを消し、ギルドに帰っていった。


 俺は残った時間で走りながら考えることにした。今回は立って剣を構えて走っている。なんとなくだが、そうするといいような気がしたからだ……剣を構えて、縦、横、後ろへと考えながら走るが、まだ慣れていないのか難しい……あまり、考えが纏まらないうちに夕食の仕度の時間になった。


 夕食の時、ベルさんが話しかけてきた。


「どうだね、ケイ。何かわかったかい?」


「いえ、戦いやすくなったことは、わかるのですが……」


「そうかい、それはわかったのだね。何か掴むまで続けるといいよ」



 そして、次の日から1週間、一日3時間ほど、スケルトン相手の訓練が繰り返された。スケルトンの強さが、速さがギリギリ対応できて、関節なら芯でとらえれば破壊できるようになったころ……夕食の席で、


「ベルさん、いいですか?」


「あぁ、いいよ。何か、掴めたかね?」


「スケルトンは攻撃しませんよね。そして、回避も」


「そうだね。今の速さや堅さは、Cランクの魔物ぐらいだろうか。そこに、攻撃や回避が加わればの話だけどね」


「はい。だから、わからないです。この剣でいいのかどうか」


「じゃ、スケルトンに剣を持たせて、攻撃や回避もさせてみるかい?」


「できるんですか?」


「単純な動きならね。やるなら、そのローブを脱いではいけないよ。安全のためにね」


「はい、お願いします」



 次の日、スケルトンが剣を構え、ゆっくりとこちらに向かってきた。思ったよりも恐怖感はない。切りかかってきたので避けて、剣で手首を破壊し、首を横なぎにして倒した。ゆっくりとした動きなら、対応できそうだ。


 しかし、少しスピードが上がるだけで、とたんに倒せなくなった。避けられ剣で防がれ、攻撃をされることはないが、こちらの攻撃も当たらない。何か考えなければ……このころには、剣を振り、動きながらでも思考できるようになっていた。



 ……それからふた月ほど経ち、温かくなってきたころ。


 スケルトンは速さも堅さも増し、こちらが防戦一方になっていた。このままでいいんだろうか……


 その日、夕食のとき、


「ベルさん、今のスケルトンの強さはどれくらいですか?」


「そうだね……速さと堅さは、そこそこなんだけどね。動きが単調だから、Dランクの上位からCランクの下位ぐらいだと思うよ」


「じゃ、このあたりの魔物はどのくらいのランクですか?」


「このあたりは、Bランク以上だね。それがどうかしたのかい?」


「このまま、この両手剣でいいのかと思いまして……」


「その両手剣は、バランスもいいし扱いやすいと思うのだが。……今までと違う扱いになるが、刀を試してみるかい? 小太刀なら速さも上がり、慣れればその剣よりも殺傷力が上がるよ。刀は、鎚や剣のように打ち砕くのではなく、斬るからね。どうする?」


「やってみます」


「そうか、刀術ならクロエがいいね。ケイのことも知っているし。明日、呼んでくるよ」


「ク、クロエさんですか?……龍ですよね?」


「そうだよ、黒龍だよ。クロエはね、人に化けることができるのだ。それに私の刀術の師匠でもあるのだよ」


「ベルさんも刀術を使えるのですか?」


「私は魔法が専門だから、刀術は大したことないよ。刀術に限らず、相手の術を知ることは戦術の幅を広げるからね。一通り何でも扱えるが、普段使うのは短剣ぐらいだね。だから私よりも専門家に習うほうがいいと考えているのだよ」


「だからクロエさんに挨拶したときに、そのうち鍛えてやってくれとお願いしていたんですね」


「前世の記憶持ちと聞いた時から、ケイが前世の国の刀を選ぶ可能性が高いと考えていたからね。実際ケイは料理のとき、たまに刀術の切り方をしていたし、向いていると思っていたのだよ」


「和包丁は片刃ですが、太刀と近いかもしれませんね。太刀は握ったこともありませんが……あと、どうして初めから刀を奨めなかったんですか?」


「前にも言ったが、鎚や剣を1度経験しておくと、刀に不安を覚えにくくなるからだよ」


「ありがとうございます。いろいろ考えて頂いていたのですね」


「でも今から刀に決めなくても構わないよ。一度、刀術を習ってから剣に戻してもいいし、ほかの武器にしても構わないからね。ゲルグならケイのために何本でも作ってくれるだろう」


「わかりました。クロエさんに刀術を習ってから、もう1度、考えてみます」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ