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魔法使いになって、白いご飯を食べたいです  作者: メイプルケチャップ
第5章 ダカール自由貿易国(アイリスの街)編
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第17話

 山の主である“死霊王リッチ”のいる山の頂は、デブのおじさんが言っていた通り、カルデラになっていた。噴火の後なのか侵食されたのかわからないけど、浅いお椀型の窪地になっていた。それに、かなり広い。半径1km以上はありそうだ。……これで、東京ドーム何個分なんだろう?


 5人で、頂上に立って、窪地を見下ろすと、


「よくぞ参った、勇者達よっ! 戦の幕開けは、日没だっ! それまで、今生の別れでも済ませるがいいっ! はっはっはっはっはっ……」


 山の主の声が響き渡った。


「ケイ君、念話を使って」


 シフォンさんが俺の耳元で囁いた。


『はい、なんですか?』


『今のが、山の主?』


『たぶん、そうです。昨日の声と同じでした』


『知性のかけらも感じないんだけど、気のせい? これも罠?』


『たぶん、向こうは本気だと思います』


『あと、勇者って何?』


『えっと、生前、魔王様に憧れていたらしいです』


『ケイ君。昨日、要約しか聞いてないけど、何の話をしていたの?』


『えっと、山の主の恋と夢についてでしょうか?』


『はぁ~、マズいわね。まったく読めないわ。……ところで、この窪地の中はどう?』


『わかりません。たぶん、ゾンビが地中に埋まっていると思うのですが、まったく魔力を感じません』


『さすがに罠なんでしょうけど、ここから始めるのも無理よね』


『はい、足場が悪いですからね。あと、下に降りても、窪地のへりを背にして、上から来られると、スケルトンでは対応できませんので、無難に真ん中がいいんでしょうか』


『そうね。それが良さそうね。でもまぁ私に考えがあるわ。とりあえず、真ん中まで行きましょう』


 俺達は、警戒しつつ、窪地の中央を目指して、縁の崖を降り始めた。



 そして、日没が迫ってきた……


「ケイ君、行くわよ!」


「はい。……“抜刀”!」


 シフォンさんの合図で、すでに空中で待機していた、クロエさんの小太刀を“抜刀”した。


「凄いわ! ケイ君! 魔法だけなら全盛期並みよっ! 見てなさいっ! いくわよっ!」


 “氷の篭手”と“氷の脛当て”を装備したシフォンさんは上機嫌でそう叫ぶと、地面に両手を突き、魔力を込めた。するとすぐに、地面から冷気が上がってきた。


「な、何をしたのだっ!」


 どこからともなく、叫び声が聞こえた。“リッチ”だろう。……いったい、どこにいるんだ。


「ケイ君、完成よ。凄いわね、その小太刀の“抜刀”。半径50mぐらいのつもりだったけど、100mはいったわ。これで、真下は安全よ」


 今回の初手は、地表はそのままに、地中だけを凍らせる作戦だった。これで、真下からはアンデッド達が這い上れないはずだ。……ただ、地表まで凍らせると俺達も滑るからね。シフォンさん、器用だよね。


 そして、クロエさんの小太刀による自属性の魔法増強効果は、シフォンさんにも現れた。婚約者だけでなく、俺の奴隷にも効果があるのだろう。さらに、小太刀を“抜刀”すると威力が増強することは話していたんだけど、シフォンさんもここまで威力が上がると思っていなかったようだ。


「“氷魔法”か、まぁいい……では、始めようぞっ!」


 “リッチ”の掛け声で、夕闇の中、ゾンビ達が地中から這い上がってきた。C~Bランクの魔物のゾンビが中心なんだろうけど、虎、熊、ライオンなどの肉食動物系に、大蟷螂、大甲虫、大蜂等の昆虫系、オーク、大蛇、大蛙、大亀、大蛭などいろいろ、数も多いし、腐って肉が崩れかかっているので、魔物か動物かの区別もつかない。せめてもの救いは、飛翔系のゾンビがいないことぐらいだ。まぁあ、腐った羽根で飛べるのかどうかわからないけどね。


「こちらも、いきますっ!」


 俺の掛け声で、みんなが配置についてくれた。ミレーゼさんは、俺のすぐ後ろに、アゼルさんは、ミレーゼさんを挟み俺に背を向けてその後ろに、少し離れて俺の左右に背を向けて、シフォンさんとマリアさんが構えた。そして、その周りをうっすらと光った300体の“スケルトン”達が俺達に背をむけて取り囲んでいる。


「なるほど、“召喚術”か。だが、たったそれだけの“スケルトン”で、このワシのゾンビ達を防げるかな。はっはっはっはっはっ……」


 “リッチ”が、何か言ってるが、今はいいだろう。現在の陣地は半径100m。とりあえず、陣地を広げないことには、“スケルトン”をこれ以上出せないんだよね。


「一気に、陣地を広げますっ! 援護、お願いしますっ!」


 俺の声で、マリアさんとシフォンさんからは“氷弾”が、アゼルさんからは“殺気”が放たれた。ゾンビ達が怯んだ隙に、俺の“スケルトン”は、スリーマンセルの連携で、次々とゾンビ達を斃しているが、相手の数が多すぎる。少しずつしか陣地を広げることができずにいた……


「ケイ君、焦らないでっ! こっちが押しているのっ! アゼルもダメよっ! まだ我慢だからっ!」


 シフォンさんから檄が飛んできた。こういうところが、経験の差なんだろう。俺は自分の思い通りに事が進まず、つい大局を見失いそうになっていた。


「すみませんっ!」


「今はいいからっ! 集中してっ!」


「はいっ!」


 ここからは、俺も落ち着きを取り戻し、時間はかかったものの、なんとか予定の600体まで“スケルトン”を出すことができた。そして、陣地も半径200mまで広がった。この半径200mが“スケルトン”を自在に操れる限界点でもある。それ超えても、使えるが精度が落ちる。



「ごめんなさい」


 膠着状態が続くなか、俺の後ろでミレーゼさんが呟いた。


「トイレですか? すみませんが、今はここでしてください。後で、俺が洗濯をしますから」


「違うわよっ!」


「ケイさん。減点3です」


 マリアさんから“減点”が飛んできた。でも、この状況で、良く聞こえたよね。


「みんな、頑張ってるのに、私、邪魔しかしてないの……」


 ミレーゼさんがまた呟いたが……うーん、なんて返したらいいんだろう。


「たしかに、今はそうです。でも、次は自分に何ができるのか考えながら、しっかりと見ていてください。見るのも勉強です。俺もまだ戦えないころ、そう教わりました」


「うん、わかった。全部、見て覚えとく」


「はい、それいいです。何も焦る必要はありません」


 さっき、俺、焦っていたけどね……



 それからしばらくして、


「ほう、なかなか、やるではないか。このまま行くと夜が明けてしまいそうだな」


 “リッチ”も呟いた。……いや、まだ夜半前なんだけど。


「このままでは、埒が明かん。……さぁ! 真打の登場だ! 出でよっ! “アンデッドドラゴン”!」


 “Gyuahhhh!”


 いきなりかよっ! 俺の前方、約100mに、“スケルトン”達を押しのけ、全長15mぐらいの腐りかった竜が現れた。翼の皮膜も腐り溶け落ちていたので舐めていたら、飛びやがったっ!


「アゼルっ!」


 マリアさんが叫ぶと、“火魔法の身体強化”を使い、真っ赤な輝きを全身に纏わり付かせたアゼルさんが、俺の前に飛び出し、本日最高の“殺気”を放った。


 アゼルさんの放った“殺気”は、今まさにブレスを吐こうとしている“アンデッドドラゴン”の頭部にぶち当たり、怯ませた瞬間、“アンデッドドラゴン”は、マリアさんの“氷魔法”で頭部が凍結し、地面に落下した。

 いいコンビネーションだ。この1週間、アリアさんとアゼルさんは、このタイミングをずっと練習していたからね。


 俺は、残り213体の“スケルトン”を一気に出して、仕留めに入った。



 ……が、しかし、


「ケイ君、後ろっ!」


 なぜ、俺は、“アンデッドドラゴン”が1匹だと思い込んでいたのだろう……


 シフォンさんの叫び声で振り向いたそこには、口を大きく開けた、さっきの倍ほどもある全長約30mの“アンデッドドラゴン”が、腐った翼で羽ばたいていた。


 とっさにミレーゼさんを抱え、最後に取っておくはずだった“転移”で飛ぼうとしたそのとき、


「案ずるな、ケイ! 妾に任せるのじゃ!」


 懐かしい声が響き渡った。


 ミレーゼさんを抱えたまま、見上げると、俺と“アンデッドドラゴン”の間で、クロエさんの小太刀が、真っ黒い“毒のブレス”を受け止めていた。……いや、違う。交差した刃で“毒のブレス”を吸収していた。


「マリアっ!」


 俺がクロエさんの小太刀を見上げ堅まっていると、アゼルさんの叫び声が聞こえた。


 後ろから赤い輝きを放ったアゼルさんが俺達を飛び越えると、その足元には、氷の踏み台があり、それを踏み込んだアゼルさんは、さらに高く飛び上がった。飛び上がった先には、また、氷の踏み台があり、それを踏み込んだアゼルさんは、羽ばたいている“アンデッドドラゴン”の頭上まで、飛び上がった。


「うおぉぉぉぉっ!」


 雄叫びを上げたアゼルさんは、全身に纏っていた赤い輝きを振り上げた大太刀に凝縮し、そのまま斬り付けた。


 マジでっ!


 斬り付けられた“アンデッドドラゴン”は、切り口から火を吹いて、縦に真っ二つに割れた。


 割れた“アンデッドドラゴン”に対して、手の空いた“スケルトン”達が集まり、仕留めにかかっている。気付けば、もう他のゾンビ達は少なくなっていた。


「ケイ。ヤツは、あそこにおる。トドメを刺すのじゃ! その子は、妾が見ておる! 行けっ!」


 クロエさんの声とともに小太刀が、割れた“アンデッドドラゴン”の向こう側を指していた。その先には、窪みの縁の上に両膝を突き項垂れている襤褸を纏った真っ黒い骸骨の姿があった。


「シフォンさん!」


 俺が手を伸ばし、声をかけると、シフォンさんはすぐに手を握ってくれた。


「いつでもいいわ」


 シフォンさんの声とともに、“リッチ”の元へ“転移”したと同時に、“リッチ”から真っ赤な炎が上がった。


「て、“転移魔法”じゃと! オヌシ、まさか!」


 両膝を突いた“リッチ”が俺を見上げ、驚愕の叫びを上げた。


「ええ、使えますよ。“闇魔法”。そして、あなたの魔法は、“闇魔法”ではありません」


「何を言っておるのだ! ワシが何年研究しておったと思うておる! 2000年だぞ! オヌシのような若造に何がわかるのだ! それになんなのだ、この炎は! なぜ、ワシの“闇魔法の再生”が追いつかんのだ!」


 “リッチ”の言うとおり、焼けたところから再生はしているけど、炎の勢いのほうが勝っているようだ。


「“闇魔法”に“再生”なんてありません。近いのは、“自己修復”です。ちなみに、その炎は、“灼魔法”です」


「“灼魔法”!? そっち女、“白狐”か……ああ、最初の“氷魔法”で気付くべきだったのか……いや、“真の闇魔法使い”がいた時点でワシの負けは決まっていたのかもしれんな」


 “灼魔法の炎”が消える様子もないのに、まだ何かあるのか? “リッチ”は落ち着きを取り戻している。


「いえ、あなたがご自身の力を正確に認識されていれば、俺達では無理だったと思います」


「オヌシ、“リッチ”のワシに、なぜ、そんな態度をとる?」


 この人、自分の事、“リッチ”って……


「わかりません。何となくです」


「やはり、“真の闇魔法使い”は違うのう……オヌシ、“闇魔法”について、どこまで知っておる?」


「ほとんど何も知りません。ただ使えるだけです」


「そうか、では、これを託したい……」


 “リッチ”はそう言うと、自分の胸に手を突き刺し、黒く輝く魔石のようなものを取りだした。……そんなの骨の体のどこに入っていたんだ!?


「なんですか、これは?」


 コブシ大の熱い黒い石を受け取り、聞いてみた。


「わからん。しかし、魔法使いでない、ただの人間族だったワシは、これのおかげで“リッチ”になれたのだ。ブラナスの古代遺跡に行け、そこでソレを手に入れた。ワシでは無理だったが、オヌシなら何かわかるかもしれん」


 ブラナスってアレか。先の戦争で、アルガス帝国がエイゼンシュテイン王国から奪った街か……


「……」


 俺が、受け取った黒い石を見つめ、考え込んでいると、


「まぁ好きにすればいい。だが、最後に頼みがある。“生贄の魔法陣”で、あの世に送ってくれんか?」


「えっ知っていたのですか?」


「ワシは、ずっと憧れておったのだ。“闇の魔法使い”に……」


 “リッチ”は俺の問いかけには答えず、1人語り始めた。もう俺の声が聞こえていないのかもしれない。 


「ケイ君、そろそろよ。その石で“リッチ”の体が保たれていたみたい」


 シフォンさんが言う通り、“リッチ”の体が崩れ始めている。元は人間族とはいえ、“死霊王リッチ”に“生贄の魔法陣”が使えるかわからないけど、形だけでも手向けになるのかもしれない……そう思い、


「では、いきます」


 “供物奉納”


 “リッチ”に手をかざし、“生贄の魔法陣”の発動キーワードを唱えると、“リッチ”の足元に青い輝きを放った魔法陣が浮かび上がった。


「これが、“生贄の魔法陣”……感謝する……」


 “リッチ”はそれだけ呟くと、燃え尽きてしまった。


「ケイ君、最後はどっち?」


「残念ですが、“灼魔法”だと思います」


「そう。でも、“リッチ”もわかっていたかも知れないわね」


「はい、わかっていたと思います」


 たぶん、2000年間、“闇魔法”を追い続けていたのは、本当なのだろう。でも、この“リッチ”、“闇魔法”について、どこまで知っていたのだろうか……


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