第16話
アンデッドとの初日の戦闘を終え、山の麓にあるキャンプ地に戻ってきた。
「おい、兄ちゃん。どうだった?」
デブのおじさんが俺達を見つけ、駆け寄ってきた。
「はい、少し考えが甘かったです。昼間に準備をして、今晩もう1度、試してみます」
「そうか、無理はするなよ」
「ありがとうございます。そちらは、どうですか?」
「こっちは朝一で、1羽目を飛ばした。あと、昨日からいるヤツらは俺の話を聞いてくれたよ。今日は、昼過ぎぐらいに雨が降りそうだから、みんな、明日の朝一に出発すると言ってくれた」
「こんな天気がいいのに、雨が降るのですか?」
「ああ、山の天気は変わりやすいからな。湿度は高いし、雨の臭いもする。もうすぐ降るはずだ」
さすがはベテラン冒険者だね。空には雲1つないのに、そんなことまでわかるんだね。
今晩の準備もするために、キャンプ地から少し離れたところで、俺達は休むことにした。汗を流し、食事を摂り、みんなには、寝てもらうことにした。
俺が伐採してきた大木を加工していると、デブのおじさんがこちら近づいてきた。
「おい、兄ちゃんも休め、見張りは俺達に任せて構わないんだぞ」
「ありがとうございます。でも、俺は寝なくても平気な体なんです」
「そうなのか、たまに居るな、そんなヤツ。人間族では珍しいがな」
「で、さっきの人達は、無理でしたか?」
おじさんは、ここへ来る前、新しくこのキャンプ地へ到着した商隊に現状を説明してくれていたが、おじさんの制止を聞かず行ってしまった。
「まったく聞く耳を持ってくれなかった。連れてる護衛の冒険者は顔を引き攣らせていたがな」
「まぁ自己責任ってところですか」
「そうだな。商人の言い分もわからなくもないからな。高い金を払って護衛まで雇っているんだ。そのための護衛だしな。ところで、実際のところ、どうなんだ?」
「そうですね。谷を抜ける山道辺りなら、F~Eランクのゾンビが中心ですね。でも、数が多いです。昨晩も、1000体以上斃しましたが、朝までまったく途切れることがありませんでした」
「ちょっと待て。1000体ってなんだ? さっき兄ちゃん、失敗したようなこと言ってたじゃねぇか。兄ちゃんら、本当に調査依頼で来たのか。完全に殲滅ペースじゃねぇか!」
「いや、まだ標高が低いところでしか戦闘をしていません。標高は上がれば、アンデッドのランクも上がりますので、厳しいですね」
「で、それか?」
「はい、こん棒を作って、殴ります」
「なるほどな。ゾンビは切ると再生が速いからな。潰すほうがいいか。でも、数が多くないか?」
「はい、俺はスケルトンを召喚できるんです。そのスケルトンに持たせようかと思いまして」
「はぁ~、兄ちゃん、何でもありだな。いや、さすがはランクの高い冒険者は違うと言ったところか」
「いや、俺はCランクですよ」
「まぁ今はそうかもしれないが、兄ちゃんみたいなヤツらは、すぐにAランクまで駆け上がっていくんだ。まぁSランクは難しいみたいだがな。もう何人も見てきてるから間違いねぇよ。俺達は、もう歳だし、Bランクで頭打ちだ。そろそろ引退も考えているしな。俺も兄ちゃんみたいに奴隷を買って、故郷で畑を耕そうかと思っているんだ」
いや、止めてそんな話。フラグが立ちそうだよ、おじさん。
その後、モヒカンのおじさんも来て。当たり前のように、俺のこん棒作りを手伝ってくれた。それも、雨が降り出しても、止めることなく、黙々と続けてくれた。
そして、雨が上がり夜を向かえた。
今日、試すのは、ツーマンセルだ。スケルトンを2体1組にして、片方は、素手でゾンビを押さえつける役、もう片方は、その押さえつけられたゾンビをこん棒で殴る役で試してみることにした。
なかなかいい感じに機能している。少し余裕が出てきたところで、スケルトンの数を増やしていった。最終的には、核の回収、もしくは核の破壊を役割に徹したもう1体をつけて、3体1組のスリーマンセルでいくことにした。
翌朝。
「すまんな。俺達まで、呼ばれて」
おじさん達も一緒に食事を摂ってもらうことにした。
「いえ、おじさん達、俺からお金を受け取ってくれませんから、これぐらいはさせてください。でも、事務長のエルバートさんに話をして、ギルドから報酬が出るようにしてもらいますので、ちゃんと受け取ってくださいね」
「もちろん、ギルドからなら受け取るよ。だが、兄ちゃん達の報酬が減るのなら、絶対に受け取らないからな」
本当にいい人達だ。おじさん達は、このキャンプ地で、交代で見張りをしながら、夜もこん棒を作ってくれていた。こん棒は、使えば痛むし、数も足りていなかったので、凄く助かった。
その2日後の昼間、おじさん達とこん棒を作りながら、空を見上げていた。早ければ、そろそろ伝書鳩が、冒険者ギルドの決議を持って帰ってくるからね。
「あれって……」
「ああ、ドラゴンだな」
1体の翼のある西洋風の竜が、山の上空を旋回し始めた。
「あれって、飛竜ですか?」
「そうだ。でも、はぐれっぽいし、あのサイズなら、Aランクの下位だな。たぶん、巣立ちして間もないんだろう」
俺が空を見上げながら尋ねると、デブのおじさんも空を見上げながら答えてくれた。
「そうなんですね……あっ」
空を見上げていると、飛竜が山頂に向かって、急降下を始めた……
“Gyuahhhhhh!”
飛竜が山頂に降りて少しすると、辺り一面に叫び声が鳴り響いた。
「「「……」」」
しばらく待ったが、それきり飛竜が現れることはなかった。
「どう思いますか?」
俺は、まだ空を見上げながら聞いてみた。
「兄ちゃんの探知は、山頂までどうなんだ?」
おじさんも、まだ空を見上げながら聞き返してきた。
「さすがに、無理ですね」
「そうか……たぶん、兄ちゃんと同じこと考えていると思う」
「そうなりますよね」
「ああ、そうだな……おっ! こっちも帰ってきたな」
おじさんがそう言って、右手を空に掲げると、指先に鳩が止まった。指、痛くないんだろうか?
「ほれっ、兄ちゃん」
おじさんはそう言って、鳩の足に付いていた筒を俺に投げ寄越してきた。
「いいんですか?」
「本当はダメだが、兄ちゃんならいいだろう」
そうだよね。伝書鳩の使い手であるおじさんが確認してからでないと、俺は見てはいけなかったはずだよね。まぁ学園の知識だし、現場では違うのかな。
中を確認すると……
「どうだ、兄ちゃん?」
「はい。判断はこちらに任せてくれるみたいです。でも、やるなら、4月3日以降にするように書かれてありますね」
「1週間後か……向こうも用意があるだろうからな」
「そうですね。アイリスには、どのくらい“光魔法”の使い手がいるのですか?」
「ああ、結構いるぞ。ここらのような辺境は、冒険者が多いからな。その分、けが人も多いんだ。“光魔法”を使えれば、“治癒”で儲かるからな」
「なるほど、そうなんですね」
しばらく沈黙が続いたが……
「……もう山全部、燃やしちまったらどうだ。兄ちゃん達ならできるだろう?」
沈黙を破って、デブのおじさんがそう呟いた。
「それは、街に100%被害が出ると判断されたときの最終手段ですね」
「そうなのか?」
「はい。山から木がなくなると、高い確率で山崩れが起こるんですよ。そうすると谷が埋まってしまうじゃないですか」
「なるほどな、そう言われてみればそうだな。たしか、木の根で土を押さえているんだったな」
「はい、そうです」
「でも、兄ちゃん、無理だけはするなよ。“アンデッドドラゴン”のブレスは毒だ。普通のドラゴンよりもヤバいぞ」
「はい、一応知識はあるので、対策を考えてみます」
「そうだ。まだ時間はあるんだ。じっくりと考えろ。そして、手伝えることがあれば、俺達に何でも言え。わかったな」
「ありがとうございます」
そして、1週間後の夜明け前。
「兄ちゃん、死ぬなよ」
出発の準備を整えた俺達に、デブのおじさんが声をかけてくれた。
「はい、俺には守るべき人達がいるので、無理はしません」
「そうだ、それでいい」
「おじさん達も誘導をお願いします」
「ああ、任せとけ。これから3日間、山には絶対一般人を近寄らせねぇ。向こう側も俺達の知っているヤツらだ。信用できる。周りを気にせず、思いっきりやって来い!」
おじさんはそう言って、俺の肩を叩いてくれた。
山道を通り、谷まで来たところで、朝日が見えてきた。
「では、行きます。無理なときは、必ず言ってください」
「ゴメンね、アゼル」
アゼルさんに背負われたミレーゼさんが謝っている。
「かまわん。ミレーゼぐらい気にならない」
太陽があるうちに、できるだけ山頂に近づくために、日の出とともに山を登り始めることにしたが、ミレーゼさんの体力では不安なので、アゼルさんが背負っていくことになった。
山を登り始めるとすぐに、
「ケイ君、ゴメンね。本来は、ミレーゼを置いて行くべきなんだけど……」
シフォンさんも謝ってきた。
「いえ、シフォンさんの気持ちはわかっています。悪いのは父です。シフォンさんが誰も信用することができないのも仕方ありません」
「いや、そうなんだけど、あの人も悪気があるわけじゃないのよ……」
「ええ、それもわかっています。だから、しばらくこの話は忘れましょう」
本当、できの悪い親父だよね。
「ありがとう、ケイ君」
「はい、それに、戦闘中はミレーゼさんを俺に任せてください。今回の作戦は、俺がアンデッドと刀を交えた時点で負けですから」
「そうね、お願いするわ。だからこそ、遠慮はなしよ。私達は全員、ケイ君の駒なんだからね。迷わずに、指示を出すのよ」
「はい、ありがとうございます」
山の中腹まで来たところで、お昼になった。
「実際に近くで見るとかなりキツいですね」
ここからの山の傾斜を見て、思わず声が出てしまった。
「そうね。でも予定通り、ここで休憩を取りましょう。無理をすると碌なことがないわ」
「そうですね。アゼルさん、大丈夫ですか?」
「問題ない」
アゼルさんは即答してくれたけど、人を背負っているのに、あの傾斜を見ても問題ないんだね。木は生えてるけど、ほとんど崖だよ。
軽い食事を取りながら、休憩をしていると……
『やっど、来おったが……待ぢくたびれだぞ』
頭に声が響いてきた。言葉が割れて聞き取りにくいけど、念話だろう。
『誰ですか?』
『ざすがは、ごこまで来た者だ。落ち着いでおる。ワジは、“闇の魔法使い”、ぞうじゃのう、“ダーグメイジマズダー”だ!』
『えええぇぇぇっ!……闇のって……』
っていうか、今考えたよね、名前っ!
『オヌジ、いい反応じゃのう。ぞうだ、オヌジの想像どおり“闇魔法”じゃ。ワジは生前、ずっど、“闇魔法”の研究をじておっだ。じゃが、誰もが、ワジを嘲り、罵り、馬鹿にしおっだ。じまいには、誰がらも相手にされんようになっだのだ』
「ケイ君、どうしたの?」
俺の様子に気付いたシフォンさんが尋ねてきた。みんなの様子を見る限り、この声が聞こえているのは俺だけなんだろう。
「ええっと、たぶん、山の主です。念話で語りかけてきています」
「なんて、言ってるの?」
「ええっと、昔話を聞かせてくれるみたいです。とりあえず、聞いてみます」
「そうね、お願い」
『おいっ! 無視をするなっ! 昔を思い出すではないかっ!』
『すみません』
急に、聞き取り易くなった。感情が高ぶると念話が安定するのだろうか?
『いや、構わん。ワシも熱くなり過ぎた。では、続きだ――――』
“ダーグメイジマズダー”さんの話は長かった……
『いやぁあ~、大変だったんですね』
『おおっ、オヌシはわかってくれるのか。ワシの苦労をっ! よしっ今日のワシは気分がいい。オヌシらが頂上に来るまで待ってやろう。その後、ワシの新しい力を存分に味わうがいい! ハッハッハッハッハッ……』
好き放題、自分の話をするだけして、念話を切られてしまった。いや、いきなり失恋話をされても、困るよね。それも、人妻に片思いをして、口も聞いてくれなかったって……そりゃアンタの研究が間違っていたからだよ。なんて言える雰囲気でもなかったし……
「ケイ君、大丈夫?」
「はい、なんとか大丈夫です」
「精神干渉系の攻撃だったの?」
「ある意味そうですね。……長かったですが、ほとんど無駄話です。要約すると、生前、“闇魔法”について研究をしていたそうなんですが、実らず、死んでしまったそうです。世間から、かなり馬鹿にされていたようなので、人に対する恨みを相当募らせていたのでしょう。自縛霊としてこの世に残ってしまったようです。そして、自縛霊になっても研究を続けていたようなのですが、最近、“リッチ”になったらしいです。ほぼ確実に、“闇魔法”と“リッチの力”を混同しています」
「その話、信じていいの?」
「シフォンさんも言っていましたが、賢い人の考えていることはよくわかりません。ですが、生前そして死後の研究成果をかなり詳しく聞かせてもらいましたが、俺の知っている“闇魔法”とは、違うものでした。しいて言えば、“念話”と“死霊魔法”が似ているぐらいです。“念話”も高ランクの魔物が使う“念話”でしょう。こちらの声をほとんど読み取ってくれませんでした。たぶん、魔物と同じようにこちらの感情を読み取っていたのだと思います。さらに、まだ使いなれていないようで、向こうの声も途中まで割れて聞き辛かったぐらいです。あと“死霊魔法”も、あれは“使役魔法”でしょう。ゾンビの本体に核が入っていますからね」
「じゃあ、向こうは油断してくれているの?」
「はい、そうだと思います。俺達が山頂に行くまで、待ってくれると言っていました。油断はできませんが、少しペースを落としましょう」
「そうね。少し様子を見るほうがいいわね」
当初の予定では、日の入りまでに山頂へ辿り着こうと考えていたが、俺達は、そこから丸1日かけて、山頂に辿り着いた。“ダーグメイジマズダー”さんの言うとおり、夜もアンデッドに攻撃されることはなかった。




