第15話
山の主の調査依頼を受け、目的のアイリスの街の東の山の麓まで来たところで休憩を取り、夜を迎えた。
「ケイ君、どうだった?」
山から離れていると“探知魔法”が標高の低いところまでしか届かないなので、1人で山に近づき、キャンプ地に戻ってくると、シフォンさんが尋ねてきた。
「こちら側の山の中腹くらいまでしか確認できませんでしたが、マズいです。アンデッドです」
「なるほどね。だから、昼間はまったく反応がなかったのね。数はどう? 想像はつくけど」
「はい、シフォンさんの想像通り、多いです。魔物や中型以上の動物はすべてアンデッド化していると思います。シフォンさん、“光魔法の浄化”は使えますか?」
「前にも言ったけど、私は“光魔法”が苦手なの。ケイ君は?」
「俺も無理です」
いや、一応使えるんだけどね。俺の“浄化”は、除菌で精一杯だ。滅菌や殺菌ですらない。
「少し作戦を考えましょう。このまま行っても、山の主まで辿り着けないわ。ケイ君には“死霊魔法”があったわよね。どのくらい使えるの?」
「数は800ほどですね。でも、あまり慣れていないので練習が必要です」
「でも、ケイ君の魔力を考えたら、安全圏は確保できそうね」
「はい、かなり体の調子がいいです。ここなら、1年でも戦い続けられます」
「いやいや、私達が無理だから」
「そうですね。俺、1人で行って来ましょうか?」
「それはダメ。もう山の主は“死霊王リッチ”だと考えといていいと思うの。“リッチ”単体ではAランクの上位扱いだけど、使役しているアンデッド次第ではヤバいわ。それに、アイツら、元は人で、死んでるけど長生きだから、私達よりも賢いわ。高ランクの魔物を使役する前に討伐するほうがいいんだけどね」
「じゃあ、確認だけでは、済まないかもしれませんね」
「そうね。賢い人って、何考えているかわからないから、遊んでくれるといいんだけどね」
「はい。油断してくれると、何とかなりそうなんですけどね」
「えっ! なんとかなるの?」
「はい、ただ、最後のトドメを刺すのが俺では無理ですからね」
「聞かせて」
「はい。俺は、視認できれば、そこへ“転移”できますから、“スケルトン”で安全地帯を確保しつつ、山の主を探そうかと考えています。ただし、俺が“転移魔法”を使えることを知られると対策を取られる可能性が高いので、最後まで“転移魔法”を使えませんが」
「なるほどね……ケイ君、私を連れて“転移”できる?」
「1人、2人ぐらいなら大丈夫だと思います」
「なら、いけるわ。トドメは私に任せて」
「大丈夫なんですか?」
「ええ、さすがに全部は無理だけど、1体だけなら、“リッチ”でも、やれるわ。残りは、ギルドに任せましょう」
たしかに、シフォンさんの殺傷能力、半端ないからね。
「そうですね、まずはギルドに確認を取りますか。……おじさん、ちょっといいですか?」
離れたところから、不安そうに見てくれていたデブのおじさんに声をかけた。
「おお、なんだ兄ちゃん。行くのか?」
「山の主の調査はまだです。でも、いつでも動けるように準備だけはしておこうと思います。おじさん、ギルトと連絡を取りたいんですけど、どのくらいかかりますか?」
「俺の持っている鳩なら、片道で1日だな。ただ、ギルドの都合もあるだろうから4日は見とくほうがいいな。で、どうなんだ?」
ここからアイリスのまで直線距離でも500km近くあると思うんだけど、おじさんの伝書鳩、結構速いね。
「はい、アンデッドです」
「アンデッドか……いいのか、悪いのか」
「そうですね。太陽があるうちは、他の山よりも安全かもしれません。普通の人が、この山を抜けるのにどのくらいかかりますか?」
「この山の山道は、谷を抜けるからな、日の出と同時に出発して、トラブルさえなければ、日の入までには抜けられるな」
「なら朝一で出発すれば、他の山よりも安全ですね。ただ周辺から魔物が集まってきていますから、そこだけ注意しないといけませんね」
「そうだな。聞く、聞かないはソイツらの勝手だが、来たヤツにはちゃんと伝えておくよ」
「ええ、お願いします。できれば、物資の移動を止めたくありませんからね」
「そうだ。アイリスは、ここを塞がれると終わりだからな」
エルバートさん宛てに、現在の状況と調査続行の可否を求め、4通の手紙に書き、デブのおじさんに預けた。
「4通あれば、確実に届くだろう。明日の朝一から時間をずらせて、送っておくよ」
「お願いします。では、ちょっと行ってきます。夜が明けたら戻ってきますので、またその時、報告します」
「坊主、ちょっと待て。コイツらを連れていけ」
今まで、デブのおじさんの後ろで頷いているだけだったひょろ長いモヒカンのおじさんが白色と茶色の2匹の小さなフェレットを預けてきた。
「なんですか、この子達?」
2匹のフェレットは、俺の肩によじ登り、顔を擦りつけてきた。……うん、モフモフだね。
「ソイツらは、人の言葉を理解できる。それに俺とは会話もできる。何かあったら、ソイツらを連絡要員に使うといい」
「ありがとうございます」
「ホントだっ! その子ら喋ってるっ!」
俺とモヒカンのおじさんが話していると、ミレーゼさんが声を上げた。
「ねぇ、あなた達、名前なんて言うの?」
ミレーゼさんが、俺の肩に顔を寄せ、フェレットに話しかけた……
「「……」」
が、2匹のフェレットは沈黙を保っていた。
「へぇ~、ミルクとクッキーって言うんだ」
えっ! 大丈夫、ミレーゼさん?
「おいっ! 嬢ちゃん、言語スキルがあるのかっ!」
モヒカンのおじさんから驚きの声が上がった。……おおっ! 言語スキル! ミレーゼさん、持っていたね。
「ええ、そうだけど、言語スキルって、意味あるの?」
「何言ってんだ。言語スキルは、人の言葉を理解している生物と話ができるスキルだろ。まだ、発現したばかりなのか?」
「いえ、たぶん、生まれたときからあったわ。この世界の言葉を理解するためのスキルだと思っていたのよ」
「普通、言葉なんて誰でも覚えるだろう」
「それもそうね。……って、もしかして、アンタ、言語スキルないのっ!?」
モヒカンのおじさんと話をしていたミレーゼさんが急に俺に話を振ってきた。
「はい、ないですよ」
「じゃあ、どうやって言葉を理解したのよっ! アンタ、生まれて2ヶ月くらいでだいたいの言葉を理解してたわよね」
「まぁ、気合と根性でしょうか。……でも、よくわかりましたね。俺が喋ることができるようになったの、ベルさんところに行ってからですよ」
「当たり前じゃない。私は、アンタをずっと見ていたんだからっ!……あっ嘘よ。冗談よ……」
「いや、別に、気付かなかった俺が悪いんであって、ミレーゼさんが恥じることではないと思うんですけど」
「そうよっ! アンタが悪いのよっ!」
「それよりも、言語スキルについて、もう少し、おじさんに聞いておきましょうか」
「そうね、この話は後でしましょう。おじさん、言語スキルって、他に何ができるの?」
まだ続きがあるんだね……
「ああ、いいのか。……そうだな。言語スキルが成長すると、人の言葉を理解できない生物ともある程度、話ができるようになるらしいんだ。俺はまだできないがな」
って、もしかしてっ!
「あのう、この大陸の文字とは違う文字を読めたりもしますか?」
「いや、それは聞いたことがないな。というより違う文字ってなんだ?」
ああ、そうか。今まで会った人、すべて、同じ文字、同じ言葉を使っていたね。
「俺とミレーゼさんは前世の記憶持ちなんですが、その世界では、国や種族よって、言葉や文字が違ったんですよ」
「じゃあ、どうするんだ。不便じゃないのか?」
「ええ、不便でした……」
「いや、でも、もしこの世界にも、他の文字があるのなら、言語スキルがあれば、読めるかもしれないな。俺は暗号の解析なんかは得意だからな」
いや、出来るじゃん!
「じゃあ、ケイ君。そろそろ、行こうか」
シフォンさんが優しく言ってくれたが、あまりゆっくり喋っている場合じゃないよね。
「すみません」
「いいのよ。一見、こういう意味のなさそうな情報も大切なのよ。よく覚えておくといいわ」
「はい、ありがとうございます」
おじさん達に見送られ、5人で山に向かって歩き始めた。
「ねぇ、ミルク、クッキー。あなた達の名前、あのモヒカンが名付けたの? ――。そうなの。あのモヒカン、意外と可愛い趣味をしているのね」
歩き始めてすぐに、俺のモフモフ達はミレーゼさんに奪われた。まぁミレーゼさんは直接戦闘をするわけではないので、預かってもらえると助かるんだけどね。
「シフォンさんも言語スキルについて、知らなかったのですか?」
「知ってるわよ。でも、あの子、普通に馬と喋ってたから、スキルについて知ってると思ってたのよ」
そういえば、普通に話しかけていたね。
山道を1時間ほど歩き、谷を流れる川が見えてきたところで、山道から反れて山に入った。そこから30分ほど山を登ると、アンデッド達が居た。
「もう少し進むと、向こうもこちらに気付くと思います」
俺はみんなに声をかけた。
「そうなの、意外に山道から近いわね。あと、思った以上に暗いわね。鈍ったかしら。月が隠れると遠くは厳しいかもしれないわ」
「ええ、シフォンさんだけでなく、俺以外みんな、完全な暗闇では見えませんので、俺の“スケルトン”を薄っすらとですが光らせます。まぁ見ていてください」
俺はそう言って、50体の“スケルトン”を出した。
「なるほど、光が弱くても、数が居れば、それなりの明るさになるのね。でも、“光魔法”と組み合わせているのでしょう。強度は落ちないの?」
「俺の“スケルトン”は、普通のアンデッドと違って、本体に核を持っていません。俺の魔力で動いていますので、昼間でも活動可能なんです。それに俺の魔力があるかぎり、斃されても何度でも復活します。あと、魔力が途切れても消えるだけで、消滅するわけではないので、保持数が減ることもありません」
「なるほど、“リッチ”が使う“使役魔法”とは、別のものなのね」
「はい。俺の分身みたいなものです」
「ということは、1体だけなら、ケイ君と同じ動きができるということなの」
「はい、1体だけに集中すればですが……通常は、“使役魔法”と同じで簡単な指示を与えて、オートで動いてもらっています。それを今から、複雑な指示を与えられるように鍛錬します。アゼルさんには、俺との連携を鍛錬してもらいますので、シフォンさんは、マリアさんとミレーゼさんの鍛錬を見てあげてください」
「ええ、わかったわ。場所はここでいいの?」
「そうですね。標高が高くなるほど、アンデッドのランクも高くなっていきますので、まずは、この辺りで様子を見ましょう。もし“リッチ”が現れたら、シフォンさん、お願いします」
「ええ、わかっているわ。さぁあ、2人とも始めるわよ」
俺の後ろで、シフォンさんの魔法講義が始まった。ちょっと俺も聞きたいんだけど、今は仕方ないね。
「アゼルさんは少し見ていてください。この辺りのアンデッドの強さを確認します」
「わかった」
俺の横に立っているアゼルさんの返事を確認してから、さらに50体の“スケルトン”を出して、100体の薄っすらと光った“スケルトン”で進軍を始めた。
「ケイ、どうだ?」
戦ののろしが上がり、しばらく経ったころ、アゼルさんが尋ねてきたが……うーん、均衡のとれたいい戦いだね。
思った以上に俺の“スケルトン”は弱かった。いや、俺の指示が悪いだけなんだけどね。
敵のアンデッドは、野犬や猪、ゴブリンなど、F~Eランクの腐った死体であるゾンビが中心だが、それといい勝負だ。たまにいる、Dランクのゾンビには、俺の“スケルトン”じゃ、1体では厳しそうだ。
「アゼルさん、1度、ゾンビ達に軽めの“威圧”をかけてもらってもいいですか?」
「ああ、わかった」
アゼルさんは返事をすると、“火魔法の身体強化”を使わずに“殺気”を放った。
すっげぇ~! アゼルさんの“殺気”を受けたゾンビ達は、一瞬、体を硬直させた。それで、形勢が傾き、こちらが優勢になった。
「アゼルさん、もう少しだけ強めに威圧できますか?」
「たぶん、できる。この前、アイリスのギルドマスターと打ち合ったときに、何か掴めたような気がするんだ」
アゼルはそう言うと“殺気”を放ってくれた。俺にはさっきとの違いがわからなかったが、ゾンビ達の硬直時間が伸びた。少し“殺気”の威力が上がったからなのだろう。それにしても、アゼルさんはちゃんと成長しているんだね。それに比べて、俺は大丈夫なんだろうか……
山の際が明るくなりだすと、ゾンビ達は地面に沈み、魔力の反応も消えてしまった。
「ケイ君、どうだった?」
「はい、アゼルさんは問題なさそうですが、このままでは、俺が、ちょっと厳しいです。でも新しい作戦を考えましたので、準備をしてから、今晩、再度挑んでみます」
「でも、かなりの数のゾンビを斃していたでしょ?」
「はい、この辺りのレベルなら、なんとかなりますが、標高が高くなるごとに、敵も強くなっているようなので、今のままでは、頂上まで辿り着くことが無理だと思います。でも、このゾンビの核も買い取ってもらえるんですよね」
「そうね。さすがのエルバートもアンデッドだとは思っていなかったのでしょう。契約にはなかったけど、薬や魔道具の材料になるから、そこそこの値段で買い取ってくれるはずよ」
「じゃあ、できるだけ回収します」
「それはいいんだけど、無理はダメよ。危険だと判断したら、迷わずに核を破壊するのよ。私も山の主のトドメは、核を破壊するつもりでいるんだから」
「わかりました。では、少しだけ待っていてください」
俺は、手ごろな大木を何本か伐採し、異空間に放り込み、みんなと一緒に山の麓にあるキャンプ地へ戻った。




