第12話
シフォンさん、ミレーゼさん親子を、無事に奴隷商から買うことができた、翌日。
朝、目を覚ますと、マリアさんとアゼルさんの2人は、キングサイズのダブルベッドで両側から俺に抱き締め、珍しく気持ち良さそうに熟睡していた。いつもなら、俺が起きると2人も起き出すのに、昨日の疲れが残っているのだろう。目を覚ますことはなかった。
昨日は話し合いの後、この部屋に入るとすぐに、2人はミレーゼさんに行った魔力覚醒のための魔力干渉を求めてきた。それも何度も何度も、2人は気を失うまで求め続けてきた。……俺は、この魔力覚醒のための魔力干渉を、“魔力マッサージ”と名付けることにした。……略して“魔マ”。……公言することはできない。
隣の部屋の2人の魔力を確認すると起きているようだった。
“コンコン”
2人が顔を洗うお湯を用意するために、隣の部屋の扉をノックした。
「おはよう、ケイ君。どうぞ」
シフォンさんが扉を開けてくれた。挨拶して中に入ると、期待したラッキースケベがあるわけでもなく、ミレーゼさんが小さな桶で洗濯をしていた。奴隷商のおっさんが言ってた通り、洗濯には慣れているようだ。
「ミレーゼさん、洗濯なら俺が魔法でやりますよ」
「うるさいわねっ! アンタのせいよっ!」
なぜか怒られてしまった。
「ゴメンね、ケイ君。ミレーゼ、昨日、ケイ君から魔力の干渉を受けたときに、漏らしたみたいなの」
「違うわよっ! 漏らしてなんかいないわよっ! ちょっとパンツに染みただけよっ!……あっ、嘘、今のは冗談よ……」
ミレーゼさんは赤面してそこまで言うと、腰を捩り辛そうにし始めた。屈み込んで洗濯しているから腰か膝に負担がかかっているのだろうか。
「ミレーゼさん、大丈夫ですか?」
「だから、うるさいわねっ! 話しかけないでよっ! アンタのせいなんだからっ!」
「ゴメンね、ケイ君。昨日、ミレーゼが起きて、用意してもらった夕食を食べているときから、ケイ君のことを思い出す度に体が疼くみたいなの。自分で慰めてもダメみたいだから、もう1回、魔力の干渉をやってあげてくれないかしら」
えっ! “魔マ”をっ!
「お母さん、いらないこと言わなくてもいいわよ。こんなの我慢すれば、すぐ治まるわよ……」
ミレーゼさんがシフォンに抗いの声をあげたが、いつもの力強さがない。辛いのだろう。
「どちらにしても、俺はマリアさんの許可がないと、お2人に触れることができませんよ」
「そうだったわね。マリアは許してくれるかしら? たしか、人間族って、血縁者同士の結婚を忌むはずよね」
「はい、そうです。血が濃くなるとあまり良くないと言われていますから、本能的に避けているのかもしれません。“白狐”はそうではないのですか?」
「“白狐”だけではないわ。少数種族はあまり血縁に拘りがないの。そんなこと言ってられないというのもあるけどね。実際、教会で血縁者同士の結婚を認められているわけだし、愛し合っているのなら、問題ないと思うんだけどね」
「お母さん、何言ってるのよ! 兄弟で結婚なんてありえないわ!」
シフォンさんの説明に対して、ミレーゼさんは辛そうにしながらも強く否定した。ミレーゼさんは、半分人間族の血が流れているし、前世の記憶を持っているから血縁者同士の結婚を認めていないのだろう。
「そうなの? まぁ私の決める話ではないから、あなたの好きにすればいいんだけど……」
「そうですね。魔力の干渉をどうするかは、マリアさん次第のところもありますが、ミレーゼさんに決めてもらいましょう。お湯を用意しますので、顔を洗ったら、あちらの部屋に来てください。朝食を用意しておきます」
「ありがとう、ケイ君。少し時間をおいてから、そちらに伺うわ。ミレーゼもそのほうがいいでしょう」
「そ、そうね。少ししてから行くわ。ありがとう」
ミレーゼさんって、口調はキツいけど、感謝や謝罪はちゃんと言葉にしてくれるよね。
寝ていた部屋に戻ると、2人が目を覚ました。
「おはようございます、ケイさん」
「おはよう、ケイ」
「おはようございます。大丈夫ですか? お2人とも疲れが残っていませんか?」
「はい、大丈夫です。すごく清清しい気分です」
「そうだな。体が軽いような気がするな。ケイ、また頼む」
「わかりました。いつでも言ってください」
“魔マ”は、あくまでも“マッサージ”だからね。
「おはよう、マリア、アゼル」
「お、おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
朝食が用意できたところで、2人がやってきた。
「あら、その様子だと。2人はケイ君に満足させてもらったの?」
シフォンさんが、マリアさんとアゼルさんに話しかけている。
「はい、大満足です」
「そうだな。体が軽い」
「そう、良かったわね。……ほらっ、ミレーゼ。自分で言うんでしょう」
「う、うん。……マ、マリア。お願いがあるの」
ミレーゼさんは顔を赤く染めながらそう言ってきたが、まだ辛そうだ。
「ミレーゼ、どうしたのですか?」
「ケ、ケイの……魔力の干渉を……もう1回……お願いしたいの……」
ミレーゼさんは消え入りそうな震えた声で頼んでいる。体の疼きを我慢しているのもあるのだろうけど、羞恥心や自尊心、道徳心なども綯い交ぜになっているのだろう。
「……まぁあ、仕方ありませんね。私も昨日やってもらってわかりましたが、あれは、1度経験すると、もう自分では満足することができないでしょう。……でも、様子を見ながら、回数は制限させて頂きます。例えケイさんの実のお姉様とは言え、そこは譲るわけにはいきません。さぁあ、ベッドへ横になってください」
マリアさんは少し考えていたが、制限付きで許可するようだ。
「あ、ありがとう、マリア。それに、アゼルもごめんね」
ミレーゼさんがそう言って、ベッドへ横になると、
「ケイさん、わかっていますよね。ミレーゼはケイさんの血の繋がった実のお姉様です。そして、これは、あくまでも“マッサージ”です。いいですね。そこのところをお間違えのないようにお願いします」
やっぱりマリアさんも血縁者同士の結婚は認めていないんだね。そして、これは“魔力マッサージ”。略して、“魔マ”だよ。
「はい、心得ております」
「よろしい。では、どうぞ」
「えっ……そんな……ハァハァ……みんな……ハァハァ……見てる前で…………んぅっ!」
マッサージだからね。
朝食後、洗濯をしてから出掛けることにした。
「なんだい、みんな、スッキリした顔をして……“羨ましいねぇ!”」
部屋の鍵を返すため、1階にある食堂のカウンター席へ行くと、宿屋のおばさんが、最後の“羨ましいねぇ”を、後ろで料理を作っているおじさんに聞こえるように声を大きくしたものの、素直に鍵を受け取ってくれた。
「また戻ってきますので、馬をお願いします」
「もちろんだよ。アンタら、部屋をきれいに使ってくれるからね。大歓迎だよ。今日も部屋割りは一緒でいいかい?」
一応、いつも軽く掃除をしてから明け渡しているからね。
「はい、お願いします」
「ケイ君、そんなの悪いわよ。私達も同じ部屋でいいわ」
俺が宿屋のおばちゃんと交渉していると、シフォンさんがそう言ってくれたが、
「旅に出たらそうも言っていられませんが、街では線引きをきっちりしておきましょう」
俺がそう言うと、マリアさんも頷いてくれている。アゼルさんはどっちでもいいみたいだ。
「じゃせめて、部屋のランクを落としてよ。自分達で払うならいいけど、まだお金を出してもらってるんだから」
シフォンさんが申し訳なそうに言ってくれた。
「隣のほうが都合がいいですし、お金のことは、また後で考えましょう。ミレーゼさんもまだ何をやりたいか決まっていないでしょうからね」
「わかったわ。また甘えさせてもらうわ」
納得はしていないようだけど、受け入れてくれたので、とりあえずはいいだろう。
「ケイさん、どこへ行くのですか?」
宿から出るとマリアさんが聞いてきた。そういえば、言っていなかったね。
「お2人の装備を買いに行こうかと思っています」
「えっ! ケイ君。私達、装備なんていらないわよ」
俺がマリアさんに答えると、シフォンさんが断わってきた。
「ミレーゼさんは、まだ戦闘スタイルが決まっていませんけど、杖ぐらいはあるほうがいいでしょう。でも、シフォンさんは必要ですよね?」
「ミレーゼは必要かもしれないけど、まだ自分の魔力がわかるようになっただけで、魔法が使えないのよ。もしずっと魔法を使えなかったら、無駄になるわ。それに、戦闘中は、私が守るから中途半端な防具があっても意味がないし。あと、私は、魔法と体術を組み合わせた、遠隔近接万能タイプだし、鎧も昨日見せたでしょう。魔法で作ることができるわ。あれ、鉄や鋼の武器をいくら鍛えても傷1つ付かないのよ。魔鉱石の武器とかで攻撃されると躱すしかないけどね」
「じゃあ、ミスリル鉱で防具を作りましょうか?」
「ケイ君、何を言ってるの? ミスリルがいくらすると思っているのよ? 確実に私よりも高いわよ」
「でも、俺、ミスリルを持っていますよ」
俺はそう言って、ドワーフの村で村長のモルドバさんからもらったミスリル鉱の入った袋を出した。
「なんで、そんなにミスリルを持っているのよ。それだけで、いくらすると思っているの」
「わかりません。アゼルさんのおかげで、貰うことができたので」
「はぁ~。ケイ君、いったい、今まで何をしてきたの。あの人と違って金運もあるのね」
「えっ、父には金運がないのですか?」
「ええ、あの人は、宵越しのお金を持たない主義だから」
最低じゃん!……俺の親父。
「じゃあ、どうしましょうか?」
「ケイ君、1つ、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
「私に、冒険者のギルドタグを作って欲しいの。今の私じゃ、ケイ君に作ってもらわないと無理なのよ」
そうか、シフォンさんも俺の奴隷だったね。
「わかりました。では、冒険者ギルドに行きましょう」
「ケイさん。おはよう御座います。奴隷を買われたのですか。やはりできる男は違いますね。私も貰ってくれませんか?」
昨日、受付をしてくれてお姉さんのところへ行くと、冷やかされた。……いや、冷やされた。後ろからの視線が冷たい。
「おはようございます。2人は家族なんです」
「家族って、いきなり婚約までされたのですか!?」
「いえ、違います。姉と義母です」
そういえば、なんでミレーゼさんは、自分のほうが姉だとわかっていたのだろう。姉弟だと知ったのは昨日で俺と同時のはずなのにね。
「失礼いたしました。……では、本日のご用件を伺いましょうか?」
あっ話題を変えた。
「はい。こちら、シフォンのギルドタグを作って頂きたいのですが」
「わかりました。ではケイさん、右手を石版に乗せてください。こちらには、ケイさんのお名前と奴隷の情報しか表示されませんので、心配ご無用です」
そうなんだね。俺は別にいいんだけど、個人情報はちゃんと守られているんだね。
「シフォンさんだけで宜しいのですか?」
俺が石版に手を乗せると、お姉さんが確認してくれたが……
「私もお願いっ!」
ミレーゼさんが声を上げた。
「いいのですか? ミレーゼさんは痛いの苦手ですよね。戦闘は痛いですよ」
「まぁそうなんだけど、アンタと一緒にいるには、冒険者のほうがいいと思ったのよ」
「ミレーゼさんは、俺と一緒に居たいのですか?」
「ち、違うわよっ!……え、えーと……あっ! しばらくお世話になるからよっ!」
今、理由を後付けしたよね。
「はぁ~、まぁケイさんのマッサージを経験してしまったのですから、仕方ありませんね」
マリアさんが溜め息をついて、そう呟くと
「……」
ミレーゼさんは、顔を赤くして黙ってしまった。……ミレーゼさん、沈黙は肯定だよ。
「ケイさん、マッサージがお上手なんですか? 私も凝っているので、おねg」
「ダメですっ!」
受付のお姉さんが、俺にマッサージを頼もうとしてくれたのに、マリアさんに阻まれた。
「失礼いたしました。……では、ミレーゼさんのタグもお作りしても宜しいですか?」
お姉さんが話題を戻した。さすが受付嬢、切り替えが速いね。
「はい、2人ともお願いします」
手続きのため、画面を操作していたお姉さんが堅まった……
「……えっ! シフォンさんは元Aランクなっているのですが、お間違いないですか?」
驚きの声を上げ、再び、動き始めたお姉さんが尋ねてきた。
「はい、間違いありません」
「わかりました。すぐにご用意いたしますので、しばらくお待ちください」
落ち着きを取り戻したお姉さんはそう言うと席を離れ、しばらくして戻ってきた。
「大変申し訳ございませんが、うちの事務長がシフォンさんにお会いしたいと申しております。お時間、宜しいでしょうか? できれば、みなさんで来て頂きたいのですが」
「シフォンさん、どうしますか?」
「ケイ君、ここの事務長って、誰か知ってる?」
「はい、エルフ族のエルバートさんです」
「ああ、エルバート。いいわ。会うわ」
「ありがとうございます。では、みなさん。ご案内致します」
お姉さんの案内で、エルバートさんのいる部屋に向かった。




