第11話
「なるほどね、“闇魔法”ってそんな魔法だったのね。たしかに、他の魔法とは、まったく形態が違うわね」
俺が“闇魔法”について話し終わると、シフォンさんが感想を漏らした。
「ええ、ですから、俺も無意識にみなさんを洗脳しているかもしれません」
「それはないわ」
俺の疑惑をシフォンさんがあっさりと否定した。
「なぜ、言い切れるのですか?」
「だって、魔法ならケイ君から離れると解けるはずよ。ケイ君の魔力の及ぶ範囲がどのくらいかわからないけど、少なくとも離れれば、影響が弱まるはずだわ」
なるほど、そう言われるとそうだね。
「俺の“探知魔法”が及ぶ範囲は、通常200mほどですから、そうであって欲しいですね」
「通常ってことは、意識すればもっと広がるの?」
「全方位になら3kmぐらいでしょうか。処理能力が追いつきませんので、あまり意味がないですが、方位を限定すれば、今なら10kmぐらいはいけると思います」
「ちょっと、待って!」
俺とシフォンさんが話をしていると、ミレーゼさんが割り込んできた。
「はい、なんですか?」
「アンタから10km以上離れないと、トイレを覗かれるってこと!?」
たしかにそうだね。
「いえ、だから見えるわけではありません。魔力を感じるだけですから」
「それがわからないのよ! 魔力って何なのよ!」
そういえば、ミレーゼさん。魔法を使えなかったね。
「ちょうどいいので、ミレーゼさんの魔法の訓練をしましょうか?」
「ケイ君、話はもういいの?」
シフォンさんが聞いてくれたが、
「ええ、あと聞きたいことは、魔法のことが中心ですし、ミレーゼさんが理解できないと困りますからね」
「たしかにそうね、わかったわ。…………」
シフォンさんは返事をしたものの堅まってしまった。
「シフォンさん、どうしたのですか?」
「ケイ君。魔法って、どうやって教えるの? 魔法って、最初は自然と使えるようになるものじゃないの?」
「でも魔法は、自分の魔力を使ってイメージしたものを具現化することですよね」
「ええ、そうよ。でも、それは魔法を使えることができての話でしょう」
たしかにそうだね。
「マリアさん、わかりますか?」
「私も気付いた時には使っていましたので……あっ! アゼル。あなた、ケイさんの家に来てから魔法を使えるようになりましたよね。どうやったのですか?」
「いや、わからん。爺やのいう通りにすればできた」
「爺やはどのように言われたのですか?」
「ああ、“ガッと力を入れて、フゥと力を抜くといい”と言われた」
何ソレっ! 爺やさん、もっと理論派だと思っていたのに……
「“ガッ!”……“ふぅ”……“ガッ!”……“ふぅ”……“ガッ!”……“ふぅ”……」
ミレーゼさん、頑張っているね。……でも、何か違うような気がするんだけど。
「ケイさんは、どうだったのですか? あっケイさんも最初から“闇魔法”を使えたのでしたね」
「でも“闇魔法”は無意識で使っていましたので、最初は自分の魔力を感じるところから始めましたよ」
「それよっ! ケイ君。最初は自分の魔力を感じることができなかったのでしょう。普通、この世界に生まれた人は、自分の魔力を誰に教わることもなく感じることができるわ。でも、ケイ君やミレーゼは前世の記憶を持っているから、それが邪魔して自分の魔力を感じることができなくなっているんじゃない」
シフォンさんが仮説を立ててくれた。そうなのかな、ベルさんはそのことに気付いていたのだろうか……
「ケイさん、どうやって自分の魔力を感じることができたのですか?」
マリアさんが尋ねてきた。
「ベルさんが、自分の魔力を使って、俺の魔力に干渉してきました」
「どうやるのですか? ミレーゼに試してください」
「はい……でも、ミレーゼさんのお腹に触れないといけませんがいいのですか?」
「……まぁあ、今回は特別に許可します」
少し考えていたマリアさんから許可をもらい、ミレーゼさんに近づくと、ミレーゼさんは上着を脱ぎ始めた。
「いや、別に脱がなくてもいいです」
「早く言いなさいよっ! 恥ずかしいじゃないっ!」
「すみませんでした」
「ケイさん。減点1です」
マリアさんがそう言ってきたが……減点って何?
「いいですか? 俺がミレーゼさんの下腹に触れて、ミレーゼさんの魔力に俺の魔力で干渉します。リラックスして、俺とミレーゼさんの魔力を感じ取ってください」
「わかったわ。早くやってよ」
「……」
「どうしたのよ?」
「ちょっとやりにくいので、ベッドで横になってもらってもいいですか?」
「そうね。そのほうが、私もリラックスしやすいわ」
ミレーゼさんにベッドへ横になってもらい、お腹に手を乗せ、魔力を流し始めたが……
……なんか違うような気がする。
しばらくすると、ミレーゼさんは、顔を紅潮させ、息が荒くなってきた。
「ミレーゼさん、どうですか?」
俺が尋ねると
「ハァ、ハァ……なんかお腹の奥が……ハァ、ハァ……“キュッ”ってして……ハァ、ハァ……熱くなってきたわ……ハァ、ハァ……んぅっ!」
「ケイさんっ! 離れてっ!」
「はいっ!」
俺は、“光速”で手を引っ込めた。……せっかくミレーゼさんが必死に説明してくれていたのに、マリアさんに阻まれてしまった。
「ケイさん……」
マリアさんが冷たく俺を呼んだ。
「はい……」
「減点100です」
「はい……」
減点が101点になったんだけど、どうなるんだろうか……
「ケイ君、凄いわ。お腹に触れるだけで、あそこまでできるなんて……でも、ミレーゼが感じやすいだけなのかしら。まぁいいわ。私にもやってみて」
俺がマリアさんから説教を受けていると、シフォンさんがそうのたまった。
「えっ!」
「違うわよ。私の魔力にケイ君の魔力で干渉してって言ってるのよ」
ああ、そうだったね。
「マリアさん?」
俺はマリアさんに確認を取った。
「もう言わなくても、わかっていますよね」
「はい!」
「最後のチャンスです」
「はい!」
“最後のチャンス”って何?……いや、それよりも、それを逃すとどうなるの?
気を取り直して、ミレーゼさんの隣に横になってもらったシフォンさんに魔力を流し始めると、
「これは仕方ないわね。こんなところに無抵抗で魔力を受けたら、ああなるもわかるわ。……もういいわよ」
シフォンさんは、ほんの数秒で理解したようだ。おかげで、俺は命拾いができたのだろう。
そして、シフォンさんは、隣で横になっている、脱力してまだ息の荒いミレーゼさんに話しかけた。
「ミレーゼ、大丈夫?」
「う、うん。でも、あんなの初めて……あれが魔力?」
ミレーゼさんは弱弱しい声で受け答えを始めた。
「違うわ。でも、ケイ君に感謝しないといけないわね」
「どうして?」
「そのうちわかるわ」
「そう、なら今はいい……」
初めてで疲れてしまったのだろう、ミレーゼさんはそう言うと寝息を立て始めた。
「ケイ君。ミレーゼには、後で私が魔力を教えておくわ。話の続きをしましょうか」
シフォンさんがそう言って、ベッドから起き上がった。
「でも大丈夫ですか? ミレーゼさんが凍って爆発したりしませんか?」
「術式を組まなければ魔法は発動しないから、大丈夫よ」
そうだね。魔力を流すだけだから大丈夫なのか。
「あと、ミレーゼさんは、話に参加しなくてもいいのですか?」
「それも、後で私から話をするわ。少し噛み砕いて説明しないと、あの子、理解できないし、口を滑らせる可能性が高いからね」
そうかもしれないね。ここはシフォンさんに任せておくほうがいいだろう。
「はい、お願いします。……ではまず、父のオリジナル魔法に、“闇魔法”との共通点はありましたか?」
「そうね。たしかに魔法袋の時間は止まっていたわね。高級なヤツだと思っていたけど、“闇魔法”だったかもしれないわね。あと“吸収”だったかしら、あの人も少食だったわね。いつも私達が食べている姿を嬉しそうに眺めてくれていたわ。それぐらいかしら、あとはわからないわ」
「そうですか。それだけでは、何とも言えませんね」
「そうよね。でも、ケイ君を見ていて何か思い出したら、そのとき、伝えるわ。あなた、あの人と容姿は違うけど、そっくりだからね」
シフォンさんは褒めてくれているのだろうけど、なんか嫌な感じがするね。
「はい、それでお願いします。次に“灼魔法”について聞いてもいいですか?」
「ああ、“灼魔法”ね。いいわ。“火魔法”の上位互換よ」
「それだけですか?」
「そうよ。私達種族ではそう考えられているわ。他の種族には、魔法スキルに上位互換という観念がないけど、私達は、“氷魔法”は“水魔法”の、“樹魔法”は“土魔法”の、“雷魔法”は“風魔法”の、“灼魔法”は“火魔法”の上位互換だと考えているの。だから、マリアのように、普通は“水魔法”と“氷魔法”の両方のスキルを持っていることが多いのよ。あと、“光魔法”は別系統ね。“闇魔法”は知らないわ」
風と雷の関係はよくわからないけど、他はなんとなくイメージできるね。“光魔法”は、発現すると他の魔法スキルが発現しにくくなるって言われているし、逆もそうなんだけど、別系統と言われても納得できるね。……えっ!
「じゃあ、“白狐”って、火と水と光の相反する系統のスキルを種族特性で持っているということですか?」
「そうよ。凄いでしょう」
まぁ凄いんだけど……
「でも、これって鍛錬が大変じゃないんですか?」
「そうよ。よくわかったわね。スキルが互いに邪魔をしあうからね。慣れるまで大変よ。まぁその辺りは種族特性で何とかなるんだけどね」
そうりゃそうだよね。そういう種族なんだから。
「次、いいですか?……シフォンさんも、先祖の魂である“英霊”を信じているのですか?」
「あら、ケイ君、そんなことよく知っていたわね。最近では、獣人系種族でも知っている人が少ないのよ。なんか勘違いして、私達のような上位種族のことを“英霊”だと思っている人もいるわね」
「上位種族というのは、他にも居られるのですか?」
「ええ、居るわよ。有名なところでは、狼人族の“銀狼”ね。他にも、ハイエルフ族やダークエルフ族なんかも、エルフ族の上位種族よ」
「あっ、グレンさん。それに、ベルさん、マギーさんも」
「ケイ君。それって、Sランクの?」
「はい、ベルさんは、さっき言ってた俺の元契約主で婚約者です」
「もう笑うしかないわね。上位種族な上にSランクばかりじゃない。他にもSランクの知り合いがいるの?」
シフォンさんは言葉では笑うしかないと言いながら、まったく笑いもせず、逆に呆れているようだ。
「俺は、すでに8人のSランクの冒険者の方から推薦を受けています。他にも何人か面識はありますが」
「じゃあ、ケイ君、Sランクなの!?」
「いえ、Cランクです。Sランクへの昇格は保留してもらっています」
「なるほどね。実力があっても、経験がないと大変だろうし、今は経験を積むことを優先しているね」
「はい、そう考えています」
「そこまで考えているのなら、Sランクでもいいと思うんだけど、そこはケイ君の好きにすればいいわ。……で、なんの話をしてたっけ?」
「上位種族です」
「ああ、そうそう。他種族の事についてはあまり詳しくないわ。知り合いがいるのなら、その人達から聞くほうがいいと思うわ」
「そうですね。では、“白狐”についてお願いします」
「わかったわ。私達“白狐”は、北の大地にあるノールランド共和国の中の小さな集落に住んでいるの。今はもうないかもしれないけどね」
「共和国ということは、多種族国家だと考えていいですか?」
「そうよ。実際は、人間族が主権を持っているけどね。人間族は数が多いから仕方ないわね」
たしかに、種族や国民すべてを平等にするなんて不可能だからね。まぁ数の力で押し切るのもどうかとも思うけど。
「今はもうないかもって言うのは、やはり内戦とか多いのですか?」
「いいえ、あの国では内戦なんて起こる余裕がないわ。常に魔物や自然の脅威に晒されているからね。それよりも、上位種族の特性でもあるんだけど、私達は繁殖能力が低いの。その分寿命が長いんだけどね。でも魔物に襲われる可能性も高いから、どうしても個体数が増えないの。だから、今もそこに集落が残っているのかどうかわからないのよ。でも心配しないで、妊娠しにくいだけで、性欲は普通にあるから」
いや、心配するとこ、そこじゃないと思うんですけど……
「でも、なぜそんな過酷な場所に住んでいるのですか?」
「先祖代々の土地だからよ。さっきも話に出たけど、私達は先祖の魂を大切しているの。それがスキルに繋がっていると信じているからね」
そう言われると離れることができないね。
「でも、シフォンさんは集落を離れたんですよね?」
「まぁ元々冒険者だったのもあるけど、あの人に出逢ってしまったからね。仕方ないわ。惚れた弱みね」
なぜかマリアさんとアゼルさんは、シフォンさんの話に共感しているようだ。
「それほど父を大切に思っているのなら、なぜすぐに会いにいこうとは思わないのですか?」
「う~ん、どう言えば伝わるんだろう。マリア、いい言葉ない?」
「そうですね、シフォンさんは、自分が1番ではないと思うのです。ケイさんのお父様が1番なのです。私達も同じです。ケイさんが1番だから、アリサも、キアラも、リムルも、一緒に来なかったのです」
「そう、それよっ! さすがマリアね」
アゼルさんも含め、みんな納得しているようだけど……それでいいのか?
「それって、自己犠牲ですよね?」
「少し違うわ。私がミレーゼに向ける愛情は自己犠牲と言っても間違いじゃないと思うの。ミレーゼのためになることなら私はミレーゼに嫌われてもいいからね。でも、私はあの人から嫌われたら、耐えられないと思うわ」
なるほど、愛する人から愛されるために最善を尽くしているんだね。
「では、俺達と一緒にいることが、シフォンさんにとっても最善だと考えてもいいですか?」
「そう考えてくれると助かるわ。あなたの父親に愛されるために、息子であるあなたを利用している嫌な女だと思われても仕方ないとも思っているわ。でも、これが私の愛の形なの」
「素晴らしいです。そして、約束します。私はシフォンさんに協力を惜しみません!」
うん、出たね。マリアさんの18番、“約束”。
「ありがとう、マリア。それに、アゼルも。私もあなた達に協力を惜しまないわ。約束よ」
アゼルさんも頷いているし、俺がこの親子の面倒を見ることに問題はなさそうだね。
今日は、この辺りで話し合いを終らせることになった。ミレーゼさんがこの部屋のベッドで寝てしまったので、2人の夕食を用意して、俺達は隣の部屋で休むことにした。




