第10話
「ちょっと、待ってよ! お母さん、私がお母さん達のことを聞いても、何も教えてくれなかったじゃない。なんで、ケイには簡単に教えるのよ!」
「そのことも含めて、今から話をするわ」
「あっ、そうなの。ごめんなさい。……あっ! あと、アンタ。今、私達を奴隷から解放することも目的に含まれているって言ったわよね!」
「はい、そのつもりですが」
「じゃ今すぐ解放しなさいよ!……あっ待って……お金を返してからじゃないと可笑しいわよね。……いや、でも、私が奴隷のままだと邪魔になるし……えっどうしたらいいの」
「ええ、だから、その辺りも含めて、ゆっくりと考えてみてください」
「ありがとう」
突然、声を上げたミレーゼさんが、また大人しくなった。
「ゴメンね、ケイ君。この子、まだ、今の状況をよく理解できていないの」
「それは、仕方ないでしょう。つい数時間前までは、奴隷商館にいることが日常だったのですから」
「それもあるんだけど、今から話すことにも係わっているの。あと、ケイ君の婚約者だから心配ないと思うけど、2人とも今から聞く話は、心に留めておいて欲しいの。いいかな?」
シフォンさんが確認すると、2人は頷いた。……この2人なら心配ないだろう。
「まず、あなた達のお父さんの話からしましょうか」
「えっ! シフォンさん達の話をしてくれるんじゃなかったんですか?」
「ええ、話すわよ。すべて繋がっているの。……じゃいいかな、あなた達のお父さんは、ステータスカードを持っていないのよ」
「えっ!」
ミレーゼさんが声を上げた。……俺達は知っているからそうでもないけど、普通は驚くよね。
「あれっ! あなた達、そういう人達がいることを知っているの?」
「はい、少し調べる機会がありましたので」
「なら話が早いわ。私はなかなか信じられなかったんだけど、彼が言うには、どこか遠くから来たらしいの。それが原因で常にいろいろな国や組織から追われていたのよ。それを助けていたのが、私達なの」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね。その“あなた達のお父さん”っていうのは、1人ですか?」
「ええ、そうよ」
「それで、その“あなた達”っていうのは、俺とミレーゼさんですか?」
「ええ、そうよ」
「えっ! 私、コイツと姉弟なの!?」
ミレーゼさん、驚きながらも当たり前のように自分を姉にしたよね。……まぁいいんだけどね、弟でも。
「正確には、異母姉弟ね。でも、ケイ君。これも知っていたの?」
あっ! 俺が弟であっていたんだね。
「いえ、ミレーゼさんが人間族とのハーフとわかった時点で1つの可能性として考えていましたが」
「よく考えているわね。でも冒険者ならそのくらいの予測は必要だわ。……続けるわね。それで、私達は彼を助けるために一緒に旅を続けていたんだけど、妊娠しちゃったのよ。それで、足手纏いになるから、自分達から奴隷落ちしたの。ちなみにそのときのお金はすべて彼にあげたわ」
「ちょっと、待ってください。俺とミレーゼさんの父親で、シフォンさんの愛する人かもしれませんが、その男、酷くないですか? まぁあ、妊婦に負担をかけないために、奴隷商に預けたというのなら、まだ理解はできます。でも、子供が生まれてしばらくすれば、迎えにくればいいじゃないですか!」
「ケイ君の言いたいこともわかるわ。でもね、あの人は、私達が、自分と一緒にいるよりも、自分から離れたほうが幸せになれると考えていた人なのよ。たぶん、マリアとアゼルは気付いていると思うけど、ケイ君、確実にあの人の血を受け継いでいるわよ」
マリアさんとアゼルさんを見ると頷いていた。……マジでっ!
「少し聞いてもいいですか?」
気を取り直して、質問することにした。
「いいわよ。私が知っていることなら、何でも話してあげるわ」
「まずは、ミレーゼさんの話からいきましょうか。ミレーゼさんに今の話をできなかったのは、シフォンさんの言うあの人の話を関係者以外に漏らさないためですか?」
「そうよ。あの奴隷の部屋は、常に盗聴されているからね」
「ここは大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。“消音結界”をはっているから」
「えっ“消音”は“光魔法”じゃないんですか? それに魔力を感じないのですが」
「そうよ、私は“光魔法”が苦手だから、“光魔法”のスキルがないけど、“幻術”は光も使うから、元々種族的には得意なのよ。だから、“消音”くらいは使えるわ。それに、“幻術”を組み合わせているから、魔法を使っていることに気付かれることもないわ」
なるほど、“光魔法”を種族的に得意とするのなら、ミレーゼさんが“回復魔法”を使えるようになる可能性が上がるね。
「そうだったんですね。ありがとうございます。……次に、俺のことですが、俺の母親も好条件で奴隷落ちしたのですか?」
「ええ、そうよ。ヨーコは大人しいけど、頭のいい人だったわ。たぶん、あの人に1番愛されていたんじゃないかしら。それでも、誰からも妬まれたり、疎まれたりしない不思議な人だったわね。ケイ君を生んですぐに亡くなったみたいだけど、ヨーコが生きていれば、あの人は私達を迎えに来てくれたかもしれないわね」
俺の母さん、ヨーコって名前なんだ。日本人みたいな名前だね……えっ!
「亡くなったみたいって、生きているかもしれないんですか?」
「ケイ君を生んだ後、容態が急変して、あの牢屋から連れ出されたんだけど、帰ってこなかったのよ。だから、そのまま亡くなったと思っていたのよ。でも、そう言われるとそうよね。じゃあ、ケイ君ももしかしたら、奴隷契約に対する拒否権があったかもしれないわね。母親の契約だから、母親が死ぬとその契約は無効になるんだけどね」
なるほど、そうだったんだね。
「いえ、俺の契約主は良い人だったので問題ありません。今は、俺の婚約者です」
「そう、なら良かったわ」
「母について、もう少しお願いします。俺の母、ヨーコさんは、前世の記憶持ちですか?」
「わからないわ。でも、どうしてそう思うの?」
「ケイという名前も、ヨーコという名前も前世で俺達が住んでいた国で使われる人名に似ているんです」
「なるほどね。たしかにあまり聞かない名前ね。でも、ヨーコに名前を付けたのはヨーコの両親だと思うわよ」
「それもそうですね」
「あと、あの人のことは、名前すら知らないわ」
「えっ! じゃどうしてたんですか?」
「あの人もわからないと言っていたし、好きに呼んでいいと言われていたから、“ねぇ”とか“あなた”とか“あの人”とかで、みんな呼んでいたわ。あと、ヨーコのことはほとんど知らないの。あまり人と喋らない人だったからね」
俺の父は、本当に名前を知らなかったのだろうか……たぶん、違う言語で書かれたステータスカードを見ることができると思うんだけど。父がその言語を知っていればの話だけどね。
「いえ、ありがとうございます。最後に父のことですが、シフォンさんは父と結婚をしていないのですか?」
「ええ、そうよ。だって、あの人、ステータスカードがないから」
ああ、そっか。結婚や婚約も教会が係わっているんだから、ステータスカードがないと無理なのか。
「じゃあ、父は何人の女性に手を付けていたのですか?」
「私が知るだけでも、最低30人はいるわ。きっと、この16年でもっと増えていると思う。あの人、優しいからすごくモテるのよ」
「でも妊娠させると、奴隷として売ってしまうんですよね?」
「違うわよ。私達が自分の意思で奴隷として売られにいくのよ。それに、ケイ君だって、婚約しても婚約者と離れているじゃない。ケイ君の婚約者も自分の意思で離れていると思うんだけどね。だから、一緒よ。あの人とケイ君も、私達とケイ君の婚約者も」
狐に化かされたような話だね……まぁたしかに、シフォンさんは狐人族なんだけど……でも疑うべきは俺の両親だよね。もし両親のうちどちらかが“闇魔法”を使えるのなら、“闇魔法の呪加”を使って洗脳している可能性があるんだよね。それが無意識なのかも知れないけれど……無意識といえば、俺も無意識に“呪加”を使っているかもしれないんだよね……
そこで、問題になるのが、転生前に神界でエリスさんが言っていた“来世には闇魔法の使い手が3人しか居られません”の意味がどういうものなのかだ。
少なくとも俺が生まれた時点で4人になったのだから、あまり3という数字には意味がなくなるんだよね。
次に、“来世”の“世”はどこを指しているのかだ。もし、アーク学園都市にある古代遺跡の母体が管理する地域のみを指しているのなら、他の地域から来たであろうステータスカードを見られない父は“闇魔法の使い手”でも可笑しくないんだよね。
あと、どこからが“闇魔法の使い手”になるかだ。まさか、無意識に使っている人のことを使い手とは言わないだろうし、もし、ステータスカードのスキルに“闇魔法”が発現したときからであるのなら、俺も“闇魔法の使い手”ではないんだよね。そうなると、“闇魔法”を使っている人は、他にもたくさんいるかもしれないんだよね。
まぁあ、全部仮説だし、エリスさんが嘘を言ってる、もしくは、間違っているのならすべて無駄なことなんだけどね。
ただ、可能性として考えないといけないことは、俺の両親のどちらか、もしくは両方が“闇魔法”を使っているかもしれないということだよね。
「アゼルさん。神界の天使が嘘をつくことはありますか?……って、ええっ!」
俺が思考を止めて、アゼルさんに質問をすると、みんな、目を見開いたまま堅まっていた。
「すまん、何か言ったか?」
アゼルさんが声を発するのと同時にみんなが動きだした。
「すみません、ちょっと考え込んでしまっていたのですが、何かあったんですか?」
再度、俺が質問をすると
「ケイ君、凄いね。まるであの人が使う魔法みたいだったわ」
シフォンさんが答えてくれた。
「魔法ですか? 俺、魔法を使っていましたか?」
「あの人は“並列思考”って言っていたけど、たぶん時間に関係する魔法だと思うの。その魔法を使うと短時間にたくさんの事を考えることができるらしいわ。そして、その魔法に巻き込まれると、今みたいに時間が止まっているような感覚に襲われるの」
時間の短縮か……“闇魔法の時空間魔法”かな?
「なるほど、そうだったのですね。ケイさんが消えてなくなりそうで怖かったのですが、ケイさんの魔法だったのですね」
「ああ、そうだな。凄く不安になった」
シフォンさんの説明に、マリアさんとアゼルさんが納得しているみたいだが、
「みんな、何の話をしているの?」
ミレーゼさんには、わからなかったみたいだね、
「ミレーゼは、ケイ君の魔法に巻き込まれなかったのね。というよりも、魔力を感じ取れなかったのかな。ミレーゼはそこから始めないといけないわね」
「えっ魔法? アンタ、魔法使ったの? どんな魔法なのよ?」
「俺も無意識に使ったみたいなのでわかりませんが、思考を加速させる魔法でしょうか?」
「なにそれ。なんで、アンタ、そんな便利な魔法ばかり使えるのよ。1個ぐらい私にちょうだいよ」
「俺は、自分の魔法を術式化して魔法陣を描くことができないので、“習得魔法陣”を作ることができないのですよ」
「本当、使えないわね」
たしかに俺は使えない男なんだけど、ベルさんが言っていた通り、魔法陣に自分の魔力を流すだけで、魔法を習得できる“習得魔法陣”は、応用が効かないから頼らないほうがいいと俺も思うんだよね。
「ケイ。さっき、ワタシに何か聞いていなかったか?」
アゼルさんが話を戻してくれた。
「そうでした、ありがとうございます。……神界の天使が嘘をつくことはありますか?」
「知っている情報で言わないことはあるが、嘘をつくことはないな。なぜか嘘はつけないんだ。ただ、入ってくる情報に嘘が紛れていることがある。まぁ、秘密裏に修正されるんだがな」
まぁすべての情報が正しいとは限らないからね……って、あんたら、神の使いだろっ!
「もしかして、アゼルって、“堕天使”なの!?」
俺とアゼルさんの話を聞いていたシフォンさんが驚いた様子で声をあげた。
「シフォンさんも、“堕天使”を知っているのですか?」
「ええ、数少ないあの人の協力者でもあるからね」
「“でもある”ということは……」
「そうよ。追っている側にもいるわ」
「アゼルさん、何か知っていますか?」
「たぶん、嘘の情報を修正するために動いているんだと思う。“堕天使”として、この世界に落ちても、神託を受け、それを達成すると、神界に帰ることができるようになるんだ。ワタシは、ケイと一緒に居たいから、神界に戻りたいとも思わないし、神託なんてどうでもいいがな」
なんか嬉しいけど、それでいいのか?……あと、“嘘の情報の修正”と言うよりも“バグの修正”をしているのだろう。前世で、不慮の事故で亡くなった人の望むがままに特典を付けて転生させているのだから、矛盾が生まれてきても仕方ないのだろう。……神は万能だろ思っていたけど、そうでもないのかな。
「アゼルさんも神託を受けたことがあるんですか?」
「いや、ないな。私はまだ若い。本来の力を取り戻すまで、あと50年はかかると思う」
そうなんだね。でも、これでルシフェルさんが言っていた、アゼルさんを護って欲しいという意味がなんとなくわかるね。アゼルさんに協力を求めてくる者が、“堕天使”の中に居るかもしれないからね。
「ケイさん、何かわかりましたか?」
マリアさんが尋ねてきた。
「そうですね。繋がっていることは間違いないと思うのですが、何がどう繋がっているのかがわかりません。でも、1つだけわかったことがあります。俺の父は、“闇魔法”を使うことができるはずです。ただ“闇魔法”と知らずに使っているかもしれませんが。……シフォンさん、父は“闇魔法”について、何か言っていませんでしたか?」
「聞いたことがないわ。あの人もケイ君と同じでいろいろと変わったオリジナル魔法を使っていたけどね。……って、ケイ君、“闇魔法”を使えるの!?」
「はい、公言はしていませんが使えます。シフォンさんとミレーゼさんも、俺の家族ですから言っても問題ないと判断しました」
「いや、ダメよ。特にミレーゼは何もわかっていないのよ。口を滑らせる可能性も高いわ。奴隷契約の特記事項を使って、私達が“闇魔法”について、人に漏らすことを封じなさい。ケイ君が危険よ」
「いえ、構いません。それで、俺が危険な目にあっても、俺の責任です。俺は、お2人に特記事項を使うつもりはありません。俺にとっては、最初に交わしたミレーゼさんとの約束のほうが大事です。それよりも、今から、“闇魔法”についてお話しますので、父のオリジナル魔法と共通点がないか、確認をお願いします」
「ええ、わかったわ。……ミレーゼ。ケイ君にここまで言わせたのよ。わかっているわね」
シフォンさんが確認をしてくれると、ミレーゼさんは黙って何度も頷いていた。
そして、俺は“闇魔法”について話し始めた。




