第9話
朝晩に寒さを感じはじめたころ、ステータスカードの年齢が1才になった。
この世界の時間も、前世と同じだ。1年は365日、1日は24時間だ。閏年もあるらしい。太陽も1つ、月も1つ。おまけに四季もある。年号もあるらしいが、各国違いがあり統一されてないみたいだ。ついでに、俺の住所である黒龍の森は、どの国にも属しておらず、領民も領主であるベルさんと俺の2人だけだ。今はもう存在しない国に、昔は属していたらしいが、ベルさんがあまり話したくなさそうなので詳しくは聞いていない。人間族以外の種族は、国という枠組みに執着がないので珍しいことでもないみたいだ。
そして、今は11月だ。俺の今の目標は、新年に白いご飯を食べることだ。今では、火を使わず、魔法で繊細な加熱調理をできるようになったので、ご飯を炊くのに期待ができる。あとは、玄米を突いて、精米するだけだ。たしかに、鍋に玄米を入れ、すりこぎで突けば、精米はできる。しかし、ここまで来たら、魔法に拘りたい。もうイメージは出来上がっているし、このイメージで“精米魔法”が完成すれば、”加熱調理魔法”の質も上がり、さらに、美味しく炊き上がるはずだ。期限を設けるが、妥協するつもりはない。
12月31日、精米を開始した。……まずは、甕に玄米を入れて蓋をする。甕の中に魔力を送り込み、風を起こす。上下左右、不規則に風の向きを変え、風の球体を作り上げる。この状態では、米がぶつかり合うが、糠があまり削れない。そこで必要になったのが、圧力だ。それも糠だけを削る、繊細な圧力だ。まず、全体に満遍なく均一に圧力をかけなければならない。しかし、圧力かけ過ぎると米がくだけてしまう。ここで何度も失敗した。風の球体を維持できなかったり、砕けて上新粉になったり、日本酒の大吟醸でも仕込むのかというくらい、米粒が小さくなったり。……苦労はしたがなんとか完成にこぎつけた。……“白米”の完成だ。5分突きなど突き加減も調整できるようになっている。残った糠はそのうち糠漬けにでも使おう。
1月1日、運命の日だ。この日は自主的に、掃除と洗濯を休みにした。鬼気迫るものがあったのだろう、ベルさんは何も言わなかった。……まずは、洗米だ。鍋に白米をジョッキですりきり3杯、量って入れる。9合ぐらいだろうか。米をかき混ぜながら、水を入れ、素早く水を棄てる。これを3回繰り返す。乾燥した米は、最初、水を吸収しやすい。はじめの段階で、長く水に浸けてしまうと、白く濁った糠臭い水を米が吸ってしまう。それを避けるため、はじめの数回は、手早く水を棄てなければならない。それが済めば、米を研ぐ作業だ。洗うではなく、“研ぐ”だ。水をきった米を潰さないように、丁寧かつ激しく、切るように手で研ぐ。米が潰れると炊きムラができるので、潰さないようにしなければならない。そして、すばやく水を入れ、濯ぎ、水をきる。この研ぐ、水で濯ぎ、水をきるの作業を水が白く濁らなくなるまでくりかえす。今回は、調子に乗って10回もしてしまった。そして、洗いあがった米をザルにあげ、2時間ほど待つ。吸水時間だ。よく水に浸けておく人がいるがあまりお奨めしない。米の表面がふやけ、炊き上がりにご飯の表面がべちゃっとしてしまう。米が水を吸収するからといっても、そんなに必要ない。しっかり洗えば、米の表面に残っている水気で十分だ。やはり、外はパラっと、中はしっとりがいいと思う。このあたりは好みだが。この時期は、寒く乾燥しているので、吸水しにくい。夏場なら、暑く湿気が多いので、30分ぐらいでいいが……
待っている間に、おかずを仕込もう。今日は、鯛の塩焼き、野菜の天ぷら、鶏がらスープだ。本当は、味噌汁か吸い物がよかったけど、鰹節がないので諦めた。そして今回は、ベルさんに白いご飯を味わってもらいたいので、鯛は三枚におろし、さくに切り分け、皮は残して骨は外した。……魚の塩焼きや天ぷらにも、拘りはあるが、説明は時間のあるときにしようと思う。
二時間経ったから、ご飯を炊こう。ザルに洗いあげていた米を鍋に入れ、ジョッキで3杯の水を入れた。今回は、この米で初めて炊くので、微妙な水加減がわからない。こういう時は、洗う前の米を量ったときと同じ体積の水を入れとけば、無難だ。もちろん、次回は微調整をするつもりだが……そして蓋をし、中に魔力を込め、熱をゆっくりと加えていく。水が沸騰しだしたら、少し蒸気を抜きつつ、ゆっくり優しく圧力をかける。この状態を20分ほど続けると、水気がなくなり、静かになる。ここで、魔力を切り加熱をやめる。そのまま蓋を開けず、30分ほど蒸らす。蒸らし終わったら、木べらでご飯のつぶを潰さないように起こし、かきまぜる。これで“白いご飯”のでき上がりだ。
そして、鯛の塩焼き、野菜の天ぷら、鶏がらスープと白いご飯を用意し、ベルさんと食べた。今日の天ぷらは、塩で食べることにした。
「この天ぷらはご飯と合うね。魚の塩焼きとも合うし、美味しいね」
予想はしていたが……ベルさんには、それほどの感動はない。はじめて食べるのだし、実際、味は淡白で甘みも少ないのが白いご飯だから仕方がない。
それよりも、俺自身にも感動がない。……達成感はあるが、予想通りの美味しさだった。やはり、予想を超えないと感動はしないようだ……
俺が黙っていると、
「ケイ、少しいいかい? 君は、なぜ、そんなに焦っているのだ?」
「焦っていますか?」
「私には、そう見える。魔法にしても、ご飯にしても、身体の鍛錬にしても、急がず、考え、計画的に進めようとしているね?」
「そのつもりですが」
「でもね、そうすることが効率的で、結果的に早く物事を達成できると考え、行動しているように見えるのだよ」
「しかし、時間は有限です」
「そうだね、人生は一方通行で逆戻りはできない。これからも、やりたくてもできないことは、たくさん出てくるだろう。君は2度目の人生だから、そのことはよくわかっているのだろう。……ところで、神界でなにか使命でも与えられたのかい?」
「いえ、何も与えられていないと思います」
「では、焦る必要はないね。一度、この世界で何がしたいのか? そのために何をしなければならないのか? そして今、何ができるのか? 何ができないのか? 考えてみてはどうだろう」
「はい、ありがとうございます。わかっていたつもりですが、見えなくなっていたようです。一度、考えてみます」
「君は、まだ1才だ。この世界について、知らないことも多いだろう。知りたいこと、やりたいことがあれば、私に言うといい。そのために私がいるのだからね」
たしかに、この一年間、啓太郎として生きてきたのかな。ケイの感情の芽生えに不安を覚えたりもしたしね。しかし、俺はケイなんだよな。それに、“魔法使いになりたい。白いご飯を食べたい”という啓太郎の希望は、もう叶ってしまったしね。じゃ、これからケイとして、生きていく上で何がしたいのか……
そんなこと、決まっているよね。この世界を知りたい。新しい世界に生まれたんだから、この世界を自分の五感で感じたいよね。そのためには……
まず、戦闘能力は必要だよね。魔物や盗賊のいる世界だし、自分の身ぐらい自分で守りたいよね。次に、一般常識、これは失敗しながらでもできるかな。あと、お金は必要だよね。この世界も貨幣社会だし、いつまでも、ベルさんに頼っているわけにはいかないよね。最後に奴隷か……これは、学校にいくしかないのかな。とりあえず、今、ベルさんにお願いすることは……
「ベルさん。俺はこの世界を知りたいです。そのためにも、自分の身を自分で守る力が欲しいです。……えっ!」
そう言った瞬間、頭の中で何かが輝いた。
「何かあったのかい?」
「何か輝いたような……」
「たぶん、後天スキルの発現だね。ステータスカードを確認してごらん」
俺は、“ステータス”と唱えた。
氏名:ケイ
年齢:1才
種族:人間族
階級:契約奴隷 (ベル・ラインハルト)
住所:黒龍の森
スキル:料理・洗濯
「スキルに、料理と洗濯があります」
なぜ、このタイミングで発現したんだろう? 啓太郎ではなく、ケイとして生きていくと決めたからなんだろうか?
「どちらも頑張っていたからね、良かったじゃないか」
「そうですね。生きていく上で、役に立ちますよね……あとベルさんには、戦闘訓練をお願いしたいのですが、いいですか?」
「もちろん、最初からそのつもりだからね……でも今日はゆっくりするといい。人は余暇も必要なのだから」
そして、この日の夕食の調理中、奇跡が起こった。
ご飯もあるし、前にベルさんが作ってくれた焼き飯を作ったんだけど、味見をしたら美味しかった。それも予想を超えて……やっぱり、予想を超えると感動するよね。どう表現したらいいんだろう……
違うものができたわけでもないし、使った食材や調味料以外の味がするわけでもない……そう食材の質が変わったような、俺の理想に近い味になっていた。きっと、これが料理スキルの力なんだろう。
「ベルさん! 料理スキルッ……」
俺はベルさんを呼びに駆け出していた。
「これは、本当に美味しいね。もともとケイの料理は美味しかったけど、数段レベルが上がった感じだね」
ベルさんも気にいってくれたようだ……もしかしたら、蒸留酒も美味しくなるかもしれないね。あと、洗濯スキルも気になるし、あとでやってみよう。
夕食後、いろいろ試してみた。
まず上手くいったのが、洗濯だ。空中に水球を作れるし、濯ぎ、脱水、乾燥まで魔法でできるようになった。それに仕上がりもきれいで皺もない。ただ、一度出した水を消せないので、水場か外でしかできないけどね。次に食器の洗浄と乾燥だ。フライパンの焦げつきなど頑固な汚れは無理そうだが、熱いお湯で洗浄できるので衛生的だ。これも排水が必要だが。
あと失敗ではないのだろうけど、上手くいかなかったのが、蒸留酒だ。まず、麦酒でウイスキーをイメージしてみたけど、無理だった。木の樽で熟成していないから仕方ないのかな。次に焼酎をイメージしたけど、これも無理だった。米麹で発酵させていないからかな。
ただ、麦酒も芋酒も蒸留すると、まろやかで味わい深くなった。
これらのことから、料理スキルはイメージする料理の質に近くなるのではないだろうか。そして、ないものを生み出したり、経験にないことはできないのではないかと思う。万能ではなさそうだね。これからも努力していこう。
あと、洗濯スキルは、数をやっていないからわからないけど、洗濯機だけでなく、食器洗浄機も再現できているので、まだまだイメージで可能性が広がりそうだ。




