まえがき
ごほっ。んっ。んつ。
ヤッホー元気。聞こえてますかー。マイクテスッマイクテスッ…
で、いつから始まんの?………………………
……えっもうこれ始まってんのっ!?……えーっと、……んっんっ
……………――――――――――――
まえがき
皆さんは〝想草子”を知っているだろうか?(ええ声)
それは持ち主の想いを受け取って自らに文字を刻む紙、いや〝本”である。
この本によって所有者の想いは文字として刻まれ言葉となる。
そうやって、言葉は寄り集まって物語を、本を築いていく。
こうして想草子は所有者の人生を物語として生む、育むのである―――。
つまり想草子とは自ら記憶する本ということだ。
だが物語には終わりが来る。主人公が終点を見つけてしまうのだ。
では所有者を失った、あるいは物語を完成させた想草子はどうなるのか。
それは完成させた本人にしかわからないそうだ。
ただ一つ言えることは、物語は残っているということ。
想草子によって生み出された物語は少し特別である。
読む者の心に呼びかけ、様々な感情を呼び起しやすいのだ。
歓喜。悲哀。爆笑。絶句。慈愛。絶望。興奮。憐憫……。
子供が本を読んでいて笑顔を向けると、お母さんが微笑んで子供がもっと笑顔になる。というこうけいにみおぼえはないだろうか。
物語をよんだ人が強い感情を周囲に表現すると、その感情は自分に返ってきて心へと残る。心に刻まれ、記憶に刻まれるのである。
そして、心に残った物語はどこまでも伝わっていく、広がっていく。
物語は本から人へ伝わり、人から人へと伝わる。
読み手から聞き手へ繋がる。
良い物語は延々と繋がる。親から子へ、教師から教え子へ、女から男へ、友人へ、恋人へ、隣人へ、他人へ……―――。
例えば、幼いころお母さんからふとんの中で聞いた寝物語のように。
保育園でみんなが並んで聞いた紙芝居のように。
右の人も、左の人も知っている物語。
物語は知られて、語り継がれる。
語り継がれる物語は人々の感情を糧に育ち、成長していく。
最終的に物語は時間を、時代を超えて人々から愛される〝御伽噺”に成る……らしい―――。
―――まぁ、実際そんな壮大な話をされても、見たわけじゃないし。信じられない気持ちはよくわかる。
想草子から御伽噺が生まれるなんて言われても証拠だってないんだし、断言はできない。
だって何とか神話とか、だれそれの偉人伝だとか、どこそこの建国記とかそんな信じられないほど夢のある話だから信じろって言われてもなぁ。
大体こんなとこに急に連れてきて、お前がまえがき考えろとか無茶振りするし。内容だって、言わされてる感が拭えない。もうさっさとこんなん終わりにして帰りたいっていうのに………。森で迷子ってだけで結構きついのにもう何日もまともに食事もできてない。さすがに死にそうなんだけど……。
あっそうかこれは死ぬ前の幻かなんかだったのか。どうせならスイカちゃんと結婚してる夢とかがよかったなぁ。…………。
!!!!!ぶふっ!!
えっ、これも書かれるの!?ちょっ待って!!ストップ!!
わかったっ!!わかったからそれはやめて!!!ひっこみじあんな子供の恋バナ広めるとか。いじめかっ。
閑話休題
っと、いろいろ話が尽きないけれどここで本題に戻ろう。
ながながと想草子について解説してきたわけだが、その想草子がここにも1枚存在する……―――――。
これは1枚の紙が1冊の物語へと成長する。そんな物語だ。
そう、物語が始まる。
………………始まる。
………………はじま…る…。
はじ…ま…る…前に、もう少しだけ時間もらって説明しようかな?
決して「もうちょいなんかないのか」的なこいつのプレッシャーに負けたわけではない。
うん。決して。
よし、そうと決まれば何かを話そう。
んーあー、じゃあもうちょいこの紙切れっ、…ん、ごほんっ、もとい〝本”について話そうかな。
外観は真っ白な紙だ。厚みの厚い。辞書みたいにぺらぺらじゃないし、厚紙みたいに厚くもない。以上。
……あとは質問受付けま~っす…。………なんちて…――――。
『えーとぉ、そんなご本がぁ、本当にぃあるんですかぁ?』
っっっな!!!!
い、今の声どっから……………。
今まで紙に文字が現れては消えてたから音が出せるんだったらもっと早くやってくれればよかったのに……。
……まいっかどうせ夢だし。
ごほんっ。
そっか、想草子みたいな不思議な本は見たことないって言いたいんだね?
でもそれは、まだ君が出会えていないだけなんだろうね。
だって物語っていろんな時代に、いろんなものに書かれているんだ。
だから、きっとどこかに紛れているんだよ。
見つけられないのはそのせいなのかなぁって。
…そんなこともあるかも…。
………………――まぁ、僕も夢だとしか思ってないけど―――。
あ、でも可能性がないってわけではないよね。
古今東西、物語は様々なものに書かれている。
大昔、それこそ文字もない時代には物語は洞窟の壁に絵として描かれてた。
ちょっと時間が過ぎて、今度は動物・植物の皮を乾かしたり、竹を短冊切りしてつなげたりして書かれた。
そして、次は紙だ。今でも使われている偉大な発明であり、たくさんの物語を世界中で生み出した。
まぁ、それに留まらず、時には教会の壁やガラスに、時にはキャンバスに、金属に、プラスチックに、陶器に…と、所構わず手を変え品を変え物語は描かれてきた。あっ、布とかにも書かれてたね。
僕が知ってる一番新しいのはパソコンとかタブレット端末とかの電子機器ってことになるのかな?
つまり想草子はそれらの最新版……って言うと語弊があるかもしれないけど(パッと見、紙だし)、概ねそんなところだ。
まぁたとえ紙でも、この世界なら十分に最新技術だと思うけどね…。
おっと、そういえば僕自身の自己紹介がまだだったね。
僕はこの想草子の所有者。つまり、作者であり、主人公である。
なんか照れるね(汗。こういう自己紹介。
緊張するといえば、鉞担いだ坊ちゃん無双とか、ウミガメ助けた一本釣り漁師とか、超器用なのに戸につっかえ棒も掛けられない織逃げ鳥類とか、小型ハンマーで巨大化して戦力ダウンしたミニチュア僧侶侍とかとかも物語の始まりはこんな気持ちだったのかなぁ。
勝手に親近感を感じちゃうぜ。
ここまで言っちゃうと、勘の鋭い皆さんにはもう僕が誰なのかわかっちゃうかな。ニヤニヤ。
そう、主人公の名前は「桃太郎」。
これから、真実の物語の始まりだ!(どやぁ
………………………………………………………………………。
……………………………………あの、………もうこれ以上はないです。……………。
…………あっ。ひょっとして紙切れって言ったの怒ってる。
っごめん!……でも、もうどや顔も使っちゃったんだ。……………………。
お願いだからこのあたりで許し
2014/7/12改稿
2014/9/27改稿
因みに桃太郎は「見せ場の少ない寄生ヒーロー農民」て感じだと思います。




