黒幕
赤い目の小柄な女が、料理の並んだ皿を少しより分けてテーブルの上に羊皮紙を敷いて、周りの三人に呼びかけた。
「――ちょっと整理してみましょう」
「・・・・・・ふが?何を~?」
「今のところの状況よっ!食べてばかりじゃいつかお金なくなるわよ」
「なあマホ、今は食事中だぜ?後でも別にいいんじゃ・・・・・・フガフガもぐもぐ・・・・・・」
「そぉ~ですよぉ、食事しながら喋るのはお行儀が悪いですよぉ・・・・・・フガフガもぐもぐ・・・・・・」
「それなら、箸をおけぃ!ってアンタたちが食べ終わったら絶対寝るのがわかってるから今話そうって言ってるの」
「はーい」
ソンミンは三人の掛け合いを微笑みながら見ていた。何だかんだで仲のいい三人だ。兄妹みたいでいいなぁと思う。一人っ子だったソンミンとしては、こうした型の決まったやり取りが何だかうらやましい。
マホは小さなポーチから筆を取り出すと、羊皮紙に器用に図を描きながら話し始めた。
「まず、シーセン!リース!アンタたちに注意。ここは、依頼主の店だから、この件の話をしている時は小声で話すこと。いい?」
「わっかりましたぁ~!」
「だぁ!リース!それが大きいの、それが!」
「そういうマホもずいぶん大きな声じゃないか」
「これはいいのよ!説教だから!何で揚げ足取ってるのよ」
「なかなか話できないね」
「本当、ソンミンの爪の垢でも煎じて飲ませたいわ」
「何だか~、魔法使いがそういうの作るとシャレにならない感じしますね~」
「ホントだな。思わぬ副作用とかありそうだよな」
「ハイハイ、説明始めるわよ」
パンパンと手を叩いて、マホが真剣な表情になる。シーセンもリースも、口の中の食物を飲み込んでフォークとナイフを皿の上に置いた。ゆっくりと食事をしていたソンミンも、何だか悪い気がしてスプーンを置いた。
「まず、依頼の内容。この店が狙われる理由の調査と、狙っている商人の調査」
「そうだな。それはさすがにオレでも覚えてるぞ」
「うん、そのくらいは頼りにしてるわ。それで、昨日接触したラーナズ一家について、今日は情報収集をしたわけだけど、どこか変なのよね」
「どこかって?」
「まず、おかみさんはラーナズ一家の悪行でみんな困ってるって言ってた。それはミサーマ神殿警察で裏を取ったのと一致してる。でも、ラーナズ一家は問題だけど、ラーナズは何もしていないために捕まえられないとデッカー隊長は言ってた。確かに、昨日もラーナズの部下っぽい連中はあれこれ騒いでたけど、ラーナズはまだまともな感じがした」
「でも、あのおっかないスキンヘッドのオッサンがボスなんだろ?」
「ええ、それは連中の雰囲気を見ても間違いないと思う。みんなラーナズの言うことを聞くように統制されている感じがする。・・・・・・表向きは」
マホがリースに視線を投げる。
「ねえリース、ミサーマの神官って、嘘発見の魔法使える人いるよね?」
「はい。事件の解決に有効な魔法だから~と、神官や司祭くらいの人であればみんな使えると思いますよ~」
「そう、そのミサーマの神官が警察をしている以上、部下たちが嘘をついているとは思えない。つまり――」
「――ラーナズは事件には関与していない、ってことだな」
シーセンが太い腕を組んで深くうなずく。
「そういうこと。ここで問題は、じゃあ、どうしてラーナズは部下たちが悪事をすることを止めないのか。そして、部下たちはどうしてラーナズに聞き従ってるのか」
「改めてこう言われると、確かに不思議だな。行動や考えが違うのに、上下関係がしっかりしている組織ってのは」
「でしょ。私の予想が正しければ、このラーナズ一家には黒幕がいるわ。その黒幕が、ラーナズの部下に悪事を働くことを許し、一方でラーナズに従うように仕向けてる」
「じゃあ、その黒幕を突き止めないといけないんだね」
「ご名答。そしてそのカギになるのは、例のここを欲しがってる商人じゃないかって思うのよね。時期としても、ラーナズの動きがおかしくなった頃と近い気がするし。もしかしたら黒幕そのものかもしれないけど」
「じゃあ、そいつはおかみさんに聞いたらすぐわかるよな」
「うん。ま、おかみさんに聞いたらいい気はしないだろうから、ご主人か他の人を当たればいいと思うんだけどね」
マホは得意気な顔で三人を見回した。腕を組んだまま戦士は頷いている。褐色の肌の村人は、マホの書いた簡単な図を何度も見ながら考えている。ミサーマの神官は置いたナイフとフォークを手に取って頷いていた。
「なるほど~。さすがマホですね~。では、そろそろ食べていいですかぁ~?」
「リース、食器を置きなさい。ここまでは状況整理。したい話はまだこれからよ」
「え~」
しぶしぶ食器を再び皿の上に戻す。男性陣はこの状況からこれ以上何が出るのかと考えながら、マホの次の言葉を待っていた。マホは軽く咳払いをし、顔を近づけるように指示した。そして、小声でゆっくり言った。
「明日、ラーナズ一家の本部に行きましょう」
寄せ合っていた三人の顔が、いっせいに起き上がった。
「ええ?」
「ええ~!」
「何だって?」
「ねえねえ、マホ、どうして急にそうなったの?」
ソンミンの質問に、待ってましたと答えるマホ。
「いくつか確かめるべきことがあるわ。まず、本当に組織がラーナズを中心に動いているのか。そして、その商人とラーナズは今はどういう関係なのか」
マホは小声でゆっくり話しだした。一言一言を確認するように、三人の反応を伺いながら、慎重に言葉を選ぶ。
「話を聞くに、その商人はこの町の商人ではないそうじゃない?それなら、やり取りするなら手紙だと思うの。それが押さえられたら一番いいよね。やり取りがもう無いなら、この店に特別にちょっかいを出す必要はないはずでしょ。」
「それはそうだけど、別にこの店だけで問題ってわけじゃないんじゃ・・・」
「でも、放火や殺人なんて大事件はおそらくここだけよ」
マホはハッキリと言い切った。その語調は強く、声に自信が伺えた。シーセンがすぐに訊ねる。
「どうしてそうだとわかるんだ?」
「おかみさんの話では、ここで毒殺事件があった時、商人が使用人を買収して毒を混ぜたって言ってたわよね?そして、その時にラーナズ一家が現れて騒ぎ立てたと。それで結局、誰が逮捕された?おかみさんのご両親。そしてそのまま無実の罪で獄中で病にかかり、息を引き取った。これが事件の経緯よね」
「この話だと、使用人が殺人犯ですよね~」
「そうだな。おかみさんの話が確かなら、使用人が逮捕されてないとおかしいよな」
「そう。でも、きっと使用人は行方をくらましたんでしょうね。その人がいたらすぐに冤罪は解決してるはずだから」
ソンミンはふと、昼間の会話を思い出した。
「でも、マホ、デッカー隊長は、ラーナズ一家が放火や殺人もしたって言ってたよね?」
「そうよ。デッカー隊長はラーナズ一家がそういった事件を起こしたって言ってたわ。どこで誰を、とは言ってなかったけどね」
マホは何か言いたげにソンミンにウインクして見せた。
「それでも、証言から考えれば舞台はもちろんここ『星の輝き亭』だと思うの。放火や殺人なんて大それたことは、昨日見たような小悪党たちができるとは到底思えないのよね。ましてや、ラーナズの噂を考えると、そんなことを部下に許すわけがないし。だから放火や殺人事件がよそで本当に起こったとは考えにくい」
「じゃあ、ラーナズ一家が殺人をしたって言うのは?」
「多分、ここであった毒殺事件のことね。神殿、というよりデッカー隊長の中では、ここでの毒殺事件は、買収されたという使用人やおかみさんの両親じゃなくて、ラーナズ一家が事件を起こしたと思ってるんだと思う。もしくは使用人がラーナズ一家と何か関係がある可能性が高いわね。でも何かの理由で、神殿はその事実を表に出さなかった。結果、おかみさんの両親が犠牲になった。毒殺だったって言うけど、人間が死ぬような毒っていうのは、食べたらすぐに味でわかるものなの。その味を上手に隠し、一晩明けた頃に上手に効果が出るような毒は、よっぽどの専門家でないと作れないわ」
ここまでマホが話すと、シーセンが頭を抱え始めた。
「結局どういうことなんだ?マホ。オレはそろそろ着いていけなくなってきたぞ」
「はいはい、もう終わるからね。シーセンにもわかるようにまとめると、神殿はおかみさんの両親が濡れ衣を着せられた件に絡んでいる。使われた毒は一般人が手に入れるのが非常に難しいレベルのものである。つまり・・・・・・」
「つまり?」
「・・・・・・つまり、黒幕は政治的にも力があって、裏社会にも通じたやつだってこと。シーセン、アンタ本当に面倒な依頼持ってきたわよね・・・」
「何ぃ?そういうことになるのか?」
頭を抱えるシーセンを目を細めて見つめるマホ。しかし、その視線は冷たいというよりもどこか面白がっている節がある。
「でも~、ミサーマは嘘をつくなって教えてますよ~」
「神官も人間だからね。本音と建前があることもあるわよ。みんながリースみたいだったらさぞかし平和なんだけどね」
皮肉っぽい言い回しだが、リースを見つめる視線は優しい。
「で、ラーナズ一家の本部に行ってどうするんだ?」
「ラーナズ本人や部下の同行を調べるのと、できることなら忍びこんで情報収集でもしたいんだけどね。黒いやり取りをしている手紙なんかが出てきたら最高ね」
「ちょっと面白そうですね~」
「まあ、相手が相手だから面倒になりそうな気はするけどね」
とは言うものの、ソンミンの目にはマホも楽しそうに見える。いつも心配性なマホが楽しそうにしているのだから、何か勝算や考えがあるのだろう。それにしても、同じものを見聞きしてもこれだけ考えることが違うのかと驚く。
「じゃ、そういうわけで、今日は尾行されてる設定だったけど、明日はラーナズ一家を尾行するわよ!今日はしっかり食べて休んで、明日に備えましょう」
「は~い。いただきま~す」
「おかみさん!例の鶏肉のやつ3人前追加で!」
「アンタたち、もう少し緊張してよ・・・・・・もう。――おかみさん、ワイン追加で~」
『星の輝き亭』の夜は今日も騒がしく更けていった。早くから暗くなった空は、一層雲が多くなり、夜中には大雨がレベッカの町に降り注いでいた。