ミサーマ神殿警察
今日もレベッカの町は、多くの人が往来し、活気に満ちていた。
「星の輝き亭」で食事を済ませたソンミン、シーセン、マホ、リースの四人は、情報を集めるべく町を練り歩いていた。
「――ねえ、情報を集めるってどうするの?」
褐色の少年は、大柄な男を見上げた。
「さあな。こういう頭を使うことはマホ頼りだな。オレは戦い専門だから」
ムッとした顔で小柄な女が男を見上げる。
「アンタが受けた依頼でしょーが。何で人頼りなのよ全く・・・・・・」
隣の女神官が笑顔で微笑む。
「まあまあ。こういう時はマホ頼みより神頼みですよ~。ミサーマ神殿に行ってみませんか?大きな町なら警察活動も行なっているでしょうから、情報はあるかもしれませんよ」
ミサーマは世界を創造した絶対神として、多くの人々に信仰されている神である。ミサーマ以外にも信仰されている神は存在するが、多くはより下位の神、もしくは異教の神として扱われ、正統な神はミサーマというのが一般的な人々の認識となっている。
ミサーマは秩序と恵みをもたらし、人々に生きる環境と希望を与える神とされる。信仰が観念的なもので終わらず、実生活で神の働きを感じようと、町の警察や自警団を組織したり、奉仕活動を行なっていることも少なくない。
「確かにそうね。あ、賛成してるのは決して神頼みって所じゃないから宗教勧誘はしないでね。それじゃあ、行ってみましょうか。折衝するのはリース神官よろしくね」
「は~い」
道ゆく買い物帰りの女性に、神殿までの道を尋ねるとすぐに答えてくれた。町の中心部にある広場の隣に神殿があるらしい。大通り沿いにある大きい建物だからすぐにわかりますよ、と女性は教えてくれた。
教えてもらったとおりに大通りを行くと、ほどなく、整然と植えられた並木道の向こうに白い石で造られた大きな神殿が姿を現した。細かい部分まで彫刻がほどこされていて、ミサーマの使いとされる鷲の像が入り口の柱の左右で雄雄しく翼を広げている。
ソンミンは初めて見る神殿の荘厳さに思わず目を見張った。町、というよりも外の世界はやっぱり初めてだらけだ。村にあったものは、本当に世界のわずか一片に過ぎなかった。
入口に立っていた人にリースが話しかけて名乗り、警察局に通してほしいと話すと、神官は快く神殿の警察局に通してくれた。
警察局の受付でしばらく座って待っていると、奥の部屋に案内され、そこに四十代くらいの壮年の男と、部下と思しき三十代の男が入ってきた。男たちはリースのような法衣姿ではなく、長いコートのような上着を羽織っていた。上官らしい四十代の男は法衣姿のリースを見ると、同じミサーマの神官だと理解したのだろう、一礼して丁寧に話し始めた。
「はじめましてリースさん。レベッカの警察局の警備隊長をしているデッカーです。ミサーマの導きに感謝します。さて、本日は皆さんどういったご用件で?」
「はい~、デッカー隊長、はじめまして~。昨晩、『星の輝き亭』で食事をしていたのですが、その際にラーナズという男とその仲間がやってきて、ちょっとした争いになってしまいまして~」
「ふむ。ラーナズ一家ですか。それは大変でしたね。それで、被害のほどは?」
「いや~、被害らしい被害は特に無かったんですが~・・・」
「じゃあ、皆さんはどうしてここに?見たところ皆さんは冒険者のようですが、ラーナズ絡みで何か問題でもありましたか?」
「ええと~・・・・・・」
何か話そうとしたリースを、マホの強烈な視線が制止した。
(バカ!昨日は客観的に見たらこっちからケンカ売ってるんだから余計なこと言わないで!しかもオジサンは個人的に依頼してるんだから大事にしちゃダメでしょ!警察に目をつけられたらやりにくいのよ!)
(すみません~)
「リース、ちょっと待って。私から話すわ。――デッカー隊長、実は、私たち、ラーナズ一家に目をつけられたかもしれないんです。今日、町を歩いていたら、誰かがずっと追いかけてきていたんですよ。何だか気味が悪くて・・・・・・。おかみさんの話では困った輩たちだって話でしたし」
伏し目がちになって、ブルっと震えてみせながらマホは説明を始めた。マホからは、いつもの気丈な雰囲気が感じられない。不気味な影に怯える一人の少女のようだった。
マホの横で、残りの三人が視線を交換する。
(なんだって!?後ろに誰かいたか?)
(わかりませんでした~。怖いですね~)
(僕も全然わからなかった。マホってすごいんだね)
(・・・・・・嘘だって。アンタたちが信じ込んでどうするの!)
「追われているって言っても、ラーナズ一味が実際どんな人たちで、どういうことをするのかわからないし・・・・・・。もしかしたら違う人かもしれないんですが、かといって他に心あたりも無いですし・・・・・・。町には冒険者を狙った事件が結構起こるんでしょうか?」
デッカーは腕を組んで椅子の背もたれにもたれかかり、深くひとつ溜め息をついた。その表情は真剣でもあり、どこか寂しげでもあった。
「・・・・・・ラーナズか。アイツらにも困ったもんですね。昔はこうではなかったんですが」
「そうなんですか?――でも、昔は、というのはどういうことですか?」
「昔は、ラーナズは腕利きの用心棒でした。町に来る商人や、いろんな店の用心棒としてトラブルの解決に一役買っていたんです。義賊って感じでね。今みたいに無銭飲食をすることもなかったし、不要なケンカもしませんでした。神殿警察局としても大助かりで、よく一緒にトラブル処理をしてたもんですよ」
「へぇ~。でも、何で今はあんなゴロツキみたいなことを?」
「ハッキリとしたことはわかりませんが、この数年ですね、ラーナズたちの雰囲気が変わったのは。徒党を組むようになり、迷惑行為が増えるようになり、段々エスカレートするようになっていきました。まさか放火や殺人までするとは思いませんでした」
「えぇ~、そんな凶悪な一味なんですか?私たち、とんでもないのに狙われたんじゃ・・・・・・どうしましょう?怖い・・・・・・」
マホが涙を浮かべて、体をぎゅっと内側に引き寄せると小柄な体がさらに小さく見えた。かと思えば、一瞬、目線でシーセンに合図を送る。(出番よ)。思い出したようにシーセンが姿勢を正す。
「デッカー隊長、何で警察はそんな連中を放っておいているんですか?」
大柄な男の問いかけに、中年の隊長は表情を曇らせた。
「放っておいているわけじゃないんです。実際、部下は何人も逮捕されているんです。しかし、ラーナズが捕まらない。捕まえる口実がない。もっと言えば、ラーナズ自身が何かの悪事を表立ってしたことがない」
「そんな!でも部下たちにやらせてたら一緒なんじゃ・・・」
「それが、部下たちも絶対にラーナズが指示したと言わないんです。そして、現場を目撃した者たちも、ラーナズは何もせず、むしろ部下たちを制止していたと言っています」
マホの頭の中に、昨晩のラーナズの様子が思い出される。
(――昨晩と同じ?――)
「だから、ラーナズが本当に黒なのかわかりません。しかし、小悪党たちが何故かラーナズに従っていて、一緒に行動しているのは間違いないんです。だから警察としても謎なんです。皆さんを尾行している奴は、ラーナズ一家の者かもしれませんが、おそらくラーナズとは直接の関係はない単独行動だろうと思われます」
「なるほど。組織的なものではないと?」
「いえ、そこは断定しかねます。ラーナズ以外は、徒党を組み組織的に動いていると思われるケースもよく見られるからです。尾行していると思われる人数はわかりますか?」
「わかりません。振り向かないようにしていたものですから」
「そうですか。とにかく、気をつけていただいて、何かあればすぐに神殿にご連絡ください。この町の滞在期間中に何も起こらないことをお祈りしています。今日は部下に宿まで送らせますので、ご安心してお帰りください」
そう言って、隣で柱のように動かず喋らず立っていた堅物そうな男に合図をすると、まるで魔法が解けたかのように動いてドアを開き、廊下へと促した。
「デッカー隊長、ありがとうございますです~」
「いえいえ、リースさんはなぜ神官の身でありながら冒険者に?」
「布教です~」
「それは大きな使命ですね。ミサーマのご加護がありますことを」
「はいです~」
そして、一行はカターブという神官に見送られて「星の輝き亭」まで帰ってきた。そろそろ日も傾き、夕焼けが空と町を赤く染め上げていた。
「とりあえず、今のところは尾行されているような気配は感じませんでした。ただ、明日以降もくれぐれもお気をつけ下さい。何かありましたら、最寄のミサーマ神殿もしくは警察まで!では、失礼します!」
「ありがとうございました。本当に助かりました」
「デッカー隊長によろしくです~」
皆で礼をして手を振ってカターブを送ると、真面目そうな神官は途中で振り返り、敬礼をして見せた。そして、再び神殿へと急ぎ足で消えていった。「神官というより軍人だな」とシーセンはつぶやいたが、その顔はどこか嬉しそうだった。
カターブが見えなくなったのを確認して、ふぅーっとマホが大きく息をつく。
「あ~、ヒヤヒヤした。尾行なんて最初からいないってバレたらどうしようかと思ったわ」
「いや~、私たちまで騙されるところでした~」
「僕も、帰りも何だか気になって後ろチラチラ見ちゃいました」
「さすがにアンタたちは騙されないでほしかったけどね・・・・・・」
「まあまあ、それだけ名演技だったってことだ。オレも騙されるかと思ったぜ。とりあえず今日はもう暗くなるし、メシでも食いながら考えようぜ」
「アンタも信じ込んでたでしょ・・・・・・もう。じゃ、食事にしましょっか。どうせもう何かできる時間じゃないしね。今日こそは落ち着いて食事したいなぁ」
「星の輝き亭」のドアを開けると、ハーブと肉の焼ける美味しそうな香りが厨房から酒場のフロアに流れ込んでくる。リースのお腹が嬉しそうにグーっと鳴った。
夕焼け空には雲が増え、思っていたより急ぎ足で夜がレベッカに訪れた。