いいこと
「――ウチの店がどうしてヤツらに狙われるのか、その理由を調べてもらえんか?」
「星の輝き亭」の主人は、周囲を注意深く伺いながら四人にそう言った。
朝食の片付けが終わり、昼食の支度が始まる前の休憩時間。
広めの酒場で、ただ一席、主人と四人の冒険者が座っていた。
「ご主人、それは何かがこの土地に埋まってるからじゃなかったのか?」
依頼話を持ち込んだシーセンが首をかしげた。
口ひげを落ち着かない様子で触りながら、主人は小声で話し始めた。
「ああ。その何かをハッキリさせてほしい。それから、ラーナズたちを動かしている商人の素性を調べてほしい」
「オジサン、それを調べてどうするの?」
「これは俺の勘なんだが、うちのカミさんは何か大事なことを隠している気がするんだ。確かに、ラーナズ一家は親の仇だ。しかし、下っ端はともかくとして、ラーナズが毒を盛ったり放火を指示したりするとは到底思えない。元々は腕っ節の強い用心棒として、この一帯では一目置かれた有名なやつだったんだ」
「つまり、そのラーナズがそこまでしないといけない事情があった、と」
「そういうこと。何かわかれば、出るとこに出て解決することもできるだろうし、話によっては別に店を売ってしまっても構わないと俺は思ってる。危険だとわかってて店にしがみつく必要はない。別に店は他の場所でもやり直せる。でもカミさんは首をテコでも縦に振らない」
「普通に考えれば親の代から続いてきた店だからなんだろうけど、それ以外にも店を売れない理由が何かあるかもしれない、ってこと?」
「やっぱり魔法使いの嬢ちゃんは賢いな。できればそれもつきとめてほしい。報酬は多くはないだろうが、俺のポケットマネーから出せるだけ出すから」
「オジサンのポケットマネーね・・・・・・。それが正当な対価なのかはだいぶ疑問なんだけど。――どうしてそこまで?」
「俺もよ、婿養子として入ってきたものの、何かすっきりしないんだよ。カミさんも、これに関する話はほとんどしないし、したところで憂鬱そうな顔になるだけだ。それが亭主としては何だか寂しいんだよ。いい年にもなったけどよ、たまには女房のすっきりした顔が見たいんだよ」
照れくさそうに主人は窓の外に目をやった。
「どうする?マホ」
「どうするも何も、あのゴロツキを調べるんでしょ?何だか厄介なことに巻き込まれそうな気がするけど・・・・・・」
「マホ、神様は困っている人の味方ですよ~」
「でもねぇ・・・・・・人間に関する『依頼』って、ロクなことないことが多いのよ。ある意味では魔物の方がよっぽど楽だわ」
シーセンとリースがあれこれ説得を試みるが、マホは頑として首を縦に振らない。
話が煮詰まってきたところで、静かに話を聞いていた少年が口を開いた。
「ねえ、みんな、この『依頼』を引き受けるのは、いいことなんじゃないの?」
三人の視線がソンミンに集まった。浅黒い肌に、大きな瞳が際立って輝いていた。
「村長がいつも言ってた。『いいことだとわかっててやらないなら、悪いことをしたことと同じだ』って」
「ソンミン・・・・・・」
「ま、こりゃ一本取られたな。魔法使いの評判も良くしなきゃだしなぁ、魔法使い殿」
「あー、もう!わ、わかったわよ!やればいいんでしょ、やれば!これでアタシが断ったら悪役みたいじゃない」
「はい、では決定ですね~」
マホは口を尖らせていたが、シーセンとリースは上機嫌だ。シーセンが主人に言った。
「ま、そういうことで、この『依頼』、受けさせてもらおうか」
「本当かい?ありがとうよ!」
すかさず小柄な魔法使いが口を挟む。
「オジサン、ただし、一ヶ月でできる限りよ。ずっとこの町に居続けるつもりじゃないんだから。宿代も食費もかかるんだし」
「わかった。その条件で構わんよ。ただし、報酬は出てきた情報次第だからな」
「ええ、それで構わないわよ。その方がこっちも気楽だから」
そう言ったところで、店の若者が大量の野菜と果物を入れた袋を抱えて入ってきた。
「では、よろしく頼む。くれぐれも、女房に気付かれないようにな」
主人はそう言って、若者と共に厨房に消えていった。
「さて・・・・・・。引き受けた以上はやるしかないわね」
「ありがとう、マホ」
少年が無垢な瞳をマホに向けると、魔法使いは慌てて手を振った。
「イヤ、何でお礼言ってるの?別にソンミンのために引き受けたわけじゃないから!」
「でも、オレからもお礼言っとくぜ。ありがとな。オレ、あのご主人とはウマが合いそうなんでな、力になってあげたかったんだよ」
「もう・・・・・・。アンタはいつもケンカっぱやい上にお人好しなんだから。全部付き合ってたら身が持たないわ。用心棒が事件持ってくるのはやめてよねホント」
そう言って、思い切りシーセンの肩を引っぱたいた。
「ハイ。ハイ。ゴメンゴメン」
微笑を浮かべながら、用心棒は軽く頭を垂れた。
「それでは、今からまず、」
リースが一度立ち上がって――
「食事をしてから頑張りましょう!私、お腹が空きました~」
――座った。
すると、お腹を締め付けるギューッという音が聞こえてきた。早朝の祈りの後に小休憩を取るリースと、遅くまで眠っていたマホは朝食をいつも食べない。だから当然、昼前には空腹だ。
四人はそのまま席で依頼の内容を整理して、これからの動きを考えた。
しばらくすると、厨房から美味しそうな香りが酒場の食堂に漂ってくる。
リースのお腹が、もう一度、嬉しそうにギューッと鳴った。