正義の宿泊客
「正義の宿泊客だぁ?アタマおかしいのか?」
丸坊主の大男は大きな口をさらに開いて豪快に笑った。周りの取り巻きも、吊られて声をあげて嘲笑する。取り巻きの一人がリースに下品な目線を向けた。
「オウ、シスターちゃんよ、オレらに晩酌でもしてくれるってのかい?美人の聖職者サマに入れてもらう酒ってのもいいかもしれねぇなァ」
「一人で楽しむなよ」
「オレも混ぜろよ」
後ろにいた取り巻きたちも、次々とリースの前に群がった。リースは眉をしかめて怪訝な顔を見せたが、目を伏せて、胸の前で手を組んだ。
「神様、ボコボコにはしませんので、ボコくらいで止めますので。この者たちを成敗しちゃいますことをお許しください」
組んだリースの手が強い光に包まれる!
「――ソンミン、目隠して!早く!」
マホが目を押さえてうつむいた。ソンミンも反射的にマホに倣う。
「――閃光!」
リースの手から、白く輝く閃光が爆発したかのように店内に放射された。突き刺さる強烈な光は、取り巻きの男たちの網膜を焼き、その視力を奪い去った。突然の出来事に、男たちは何が何だかわからずパニックに陥った。
光が止むと、目を手で覆っていたシーセンがすぐに動き出す。
「うおりゃぁ!」
ゴツ!ゴツ!ゴツ!
剣の鞘であっという間に三人を殴りつけると、リースの目の前の男が三人崩れ落ちた。
「まずは三人!残り何人だ?」
シーセンが残りの男たちに視線を向けた。その時。
「今日は止めだ!帰るぞ!」
ラーナズが吠えるように叫んだ。あまりの凄みに、店中の人が緊張して金縛りになったようになる。とっさに何かで目を覆ったのか、ラーナズの視力は失われていないようだった。
「ケッ、おかげですっかり酔いが醒めちまった。オイ、正義の味方!今回は騒いだオレらが悪かったかもしれんが、正義の味方が先に手を出すのはいけねぇ。長生きしたかったらちゃんと筋は通せ。部下の非礼に免じて、今日は見逃してやる。そこの光るお姉ちゃんも、悪いことしたな」
ラーナズは後ろにいた部下に命じると、倒れた部下を担がせてさっさと店を出て行った。ドアの向こうからもしばらく、ラーナズの怒声が聞こえてきていた。
「・・・・・・意外とマトモなコト言うわね、あのオジサン・・・・・・。――それにしても!」
すっかり静まり返った店内で、グラスを持って立ち上がったマホは、赤ぶどう酒をグッと飲み干してシーセンに歩み寄ると、後ろからお尻を思い切り蹴飛ばした。
「いでっ!」
「ちょっと!こっちから手出してどうするの!変なケンカの売り方して狙われたらどうするの?アンタ、私の用心棒なんでしょ?トラブル増やしてどうするの!」
続けて二発。三発とシーセンの足を蹴っ飛ばす。ソンミンは閃光の時のように、再びうつむいて手のひらで目を覆った。
「あ、スマンスマン。ついやっちまった。いてて・・・・・・」
「『つい』で済んだら理性は要らないのよ」
「まあまあ、シーセンがやらなかったら私がやってましたから~」
「リースも一緒!こんな所でいきなり閃光ぶっ放すなんて!目立っちゃうでしょ!」
正義の味方二人は、自分より小柄な女に説教されるうちに、まるで小さな子供のようにうつむいていった。どんどん首の角度が下に傾いていく。
見るに見かねたソンミンが恐る恐るマホに声をかけた。
「マホ・・・・・・、すっごい、目立ってる・・・・・・よ」
気付けば、残っていた客はみんな、三人の方を向いて呆然としていた。注がれている数多くの視線に気付いて、小さなマホは恥ずかしくなって、さらに小さくなる。
「アハハ・・・・・・、お騒がせしました~・・・・・・」
ぎこちない笑みを浮かべて頭を下げると、おかみさんが抱きついてきてマホの肩を掴んで何度も揺すった。
「すごいっ!すごいよ!アンタたち!久しぶりに胸がスッとしたよ!」
マホの肩を掴んだまま、おかみさんはラーナズがこの町の暴力組織の頭領であり、用心棒代と言う名目であちこちの店で無銭飲食や金品の巻き上げを行なっていること、また平時から暴力行為で迷惑している町の人が多いこと、警察や町の自警団では手に負えず、半ば皆諦めていることをつらつら語った。
「みんな仕方ないって顔してる。でも、アタシはアイツらが許せないんだよ。何せ、親の仇だからね」
この「星の輝き亭」は、レベッカの町の中でも親しまれている宿屋だったが、ある旅の商人が「星の輝き亭」を買収しようと画策した。しかし、おかみさんの両親がそれを承諾しなかったため、その商人は護衛だったラーナズたちを使って脅迫し、時には放火未遂まで行なったそうだ。
しかし、頑として譲らない二人に業を煮やした商人は、使用人の一人を買収し、ある冒険者たちの食事と酒に毒を盛った。その冒険者たちは、その晩、部屋のベッドで苦しみ、そのまま死んでしまった。
その時にラーナズ一家がタイミングよく現れ、証拠の毒を調理場から見つけ、大々的に事件として取り上げたため、「星の輝き亭」は営業ができなくなってしまった。神殿が取り仕切る警察法では、毒殺は大きな罪である。無実を証明できないまま、獄中で高齢の両親は病にかかり、そのまま息を引き取ったそうだ。
「何だか、とんでもない話だな」
「ご両親、本当にかわいそうですね~」
「あまりにも腐ってるわね。でもおかみさん、何でそんなにその商人はこの店を欲しがったの?」
「何でも、この土地の下に、あるお宝が埋まってるんだとさ。そのお宝は、一般人には何でもないけど、それを大層欲しがっている魔法使いがいるそうなんだよ」
魔法使いという言葉を聞いて、マホが顔をしかめた。
「困った話ね。そういうことする奴がいるから魔法使いは評判悪いのよ。まったく」
リースも眉をひそめた。シーセンは淡々と皆の話にうなずいている。
「でも、人の命を奪ってまで手に入れたいものなんですかね~?」
「それだけの価値がある、ってことなんだろうな。魔法使いにとって、あるアイテムや知識は人命よりももっと大事なことがあるって言うし」
三人はああでもないこうでもないと、そのお宝について論じていた。冒険者という人種は、いつでも好奇心が旺盛である。
「とにもかくにもありがとうよ。今日はゆっくり休んで、明日は早くこの町を離れな。アイツらに狙われたら大変だよ。アイツらはよそ者だと思ったら、人殺しまで平気でしちゃうからね。一晩追い返してくれただけで私は満足さ。本当に胸がスッとしたよ」
おかみさんはそう言ってテーブルの空いた皿を器用にまとめ、店の奥に消えていった。片付いたテーブルに頬杖をつきながら、マホは大きく一息ついた。
「何か引っかかるなぁ・・・・・・。あの坊主のオジサン、そこまで悪党な気はしないのよね・・・・・・」
考えをめぐらせようとするものの、旅の疲れと久しぶりの酒がそれを許さない。マホがまぶたの重みを感じた時には、ソンミンは既に、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。シーセンとリースは、残った肉と野菜をいまだ食べ続けていた。