第4章〜仕立て屋〜
窓の外の風景が目まぐるしく変わっていくのに脳がついていけなくなり、私はいつの間にか気絶していた。
「…い。お〜い起きて!!マウスの所に着いたよ。」
強烈な揺すりによって、目が覚めた。
「起きました!!起きましたから、揺するの止めて下さい!!(エコー付き)」
「やっと起きましたか。時間が惜しいから早く行くよ。」
ラビットさんに促されて馬車を降りた。周囲に目を巡らせてみたが、特に何の代わり映えもないただの庭園だった。庭園の奥には真っ白な建物がポツンと寂しげにいた。ラビットさんはその建物の扉を破壊するかの勢いで開け、土足で踏み込んだ。
「マウス、私の後継者の服を今日中に仕立ててくれないか?」
一人の少年が部屋の中央にある椅子で、気持ちよさそうに寝ていた。ラビットさんはつかつかと少年に歩み寄り、その頭を思いっきり
ずっぱーーーーーーん!!と、叩いた。
無情な音が部屋中に響く。
「Z…。あっラビット、おはよ〜。」
頭を叩かれた少年は痛がることなく、眠たそうな目でにこやかに挨拶をした。
「で、ラビットはなんで此処にいるの〜?」
「……。ハァー。」
ラビットさんは深い深いため息を10秒程ついてから、同じ言葉を繰り返しました。
「もう一度言うよ。私の後継者の服を今日中にって、聞いてる?」
少年は寝ていた。ラビットさんはさっきよりも力を込めて
ずっっぱーーーーーーん!!
「Z……。あっラビットおはよ〜。」
こんなやり取りがあと五回も続き、六回目でやっと会話が成り立った。
「もう、寝ないでマウス…。」
ラビットさんは酷く疲れていた。
「あはは〜ごめんね〜。」
あまりにものんびりした声だったので、反省しているようには思えなかった。
「じゃあ君のサイズと耐性調べるから、この椅子に座って〜。」
今にも寝そうなマウスさんの指示を聞き、おとなしく椅子に座った。
「暫くじっとしててね〜。」
その言葉と同時に、椅子の置かれた床に複雑な模様が浮かび上がった。その模様を観察してみると、あることに気づく。私の世界にはない文字が円の外側を囲むように書かれていたのだった。
「その文字が気になるの?」
私が不思議に文字を見ていたのに気付いたラビットさんが、聞いてきた。私は頷くと、ラビットさんが説明をしてくれた。
「その魔方陣に書かれている文字は、お前さんの世界じゃない違う世界のグライン語というものだよ。」
説明されている間に、床の魔方陣は消えていた。
「え〜と、君の好きな色は〜?」
「白と黒です。」
即答する。分かったよ〜と手をヒラヒラさせながら、マウスさんは部屋の奥に消えていってしまった。
「マウスは仕事が早いから、一時間もすれば出来ると思うよ〜。」
そういうとラビットさんは、手近にあったソファーにダイブしていた。
「……ラビットさん、色々と質問したいのですが……。」
返事がない。
「ラビットさん、質問してもいいですか?」
言い方を少し変えて聞いてみたが返事はない。代わりに、スースーという寝息だけが聞こえてくる。無理矢理起こすのも可哀想なので、質問の内容をまとめてみた。しかし、疲れているせいか内容がまとまらない。仕方なく、ラビットさんに見習って寝ることにした。
「出来たよ〜。」
のんびりした声に起こされた。ソファーで寝たせいか体の節々が痛む。
「一時間ジャスト。いい仕事するね〜、マウス。」
ラビットさんは胸元に提げている懐中時計を眺めてそう言った。
「でしょ〜、今回は結構頑張ってみたんだから〜。だから少しお代弾むけどいい〜?」
私はスカートのポケットを探ってみたが、出てきたのはハンカチとティッシュのみ。いつも財布を入れているカバンがないことを悔やんだ。
「お前さんは払わなくていいよ。もしお金が有っても払える額じゃないと思うし……。で、マウスいくら?」
「う〜んとね〜…。ダイヤ100個、ガーネット300個、エメラルド50個、サファイア30個、ルビー20個、ってとこかな〜。」
本当に払える額じゃなくて目眩がした。
「そんなものでいいの?意外と安かったね。」
笑顔をこちらに向けてくるラビットさんに、私はひきつった笑みしか返せなかった。
「デュラハーン。あれ持ってきて〜。」
「主、持ってきました。」
デュラハンさんが持ってきた物は、一抱え程ある革袋だった。
「じゃあ、これに全部入ってるからいい?」
「いいよ〜。確かにお代は頂きました〜。」
一抱え程ある革袋をマウスさんは受け取ると、そのまま後ろに放り投げてしまった。マウスさんの後ろからはドン!!バラバラ、という音が聞こえたが、大体想像が出来るので無視する。
「じゃあ、注文された服ね〜。着替えてく〜?」
渡された服は、白の生地に黒いバンドを巻いてあるコートとパンツだった。
「いや、私の所に帰ったらにするよ。それに、まだ色々と準備出来てないから買い出しで忙しいし……。」
「そっか〜、大変だね〜。最近はグリムの出現が少ないからいいけど、気を付けてね〜。」
ラビットさんは頷くと馬車の方へと足を向けていた。私はマウスさんに一礼すると、慌ててラビットさんの後を追った。
「あの子、結構癖の強い魔力持ってるな〜。」
額の汗を拭いながら、マウスは呟いた。
「じゃあ次はヘッジホッグの所に行こうか。」
「……また馬車ですか?」
返事はなく、代わりに親指を突き立てた手が見えた。
「マジですか…。」
私の声は目まぐるしく変わる風景に呑み込まれいってしまった。