ドンドンドンパフパフパフー
長かった、ほんとーーに長かったテスト期間が終わり夏休みが軽快な音楽を鳴らしながらやってきた。ドンドンドンパフパフパフー♪
「で、あんたはどうするの?」
バッグに洋服を詰め込みながら綾乃が目線を上げる。
少し地元に帰って過ごす事にしたため、必要そうな物を片っ端から詰め込んでいく。
「コネクト社にいようかと思っています。ああ、掃除だけしておきましょうか?」
洗面台から持ってきた乳液を手渡しながら奏矢が言う。
「長く空けるわけじゃないし。掃除はいいわよ、ゆっくりしてなさいよ」
受け取りつつどんどんバッグを太らせていく。見るからに重たそうである。
3日くらいで戻ると思うから、その時メールするわね。そう言って駅で別れた。
1人暮らし(厳密には違うが)を始めて4ヶ月しか経っていないしまぁ帰省しなくとも良かったのではあるが、親がうるさかったのでちょっとだけ帰る事にした。
明日お祭りがあると友達から聞いていて一緒に行く事にしておいた。何年も会ってないって訳でもないのに、久しぶりーとか言っちゃうんだろうなぁ。電車に揺られながら友達の顔を思い浮かべる。
地元駅には、父;茂夫が迎えに来てくれていた。大きくなったなぁ、いや少し痩せたか?そう言って娘を出迎える。その眼は節穴かっ!親馬鹿過ぎるのも困り物だ。
家に着くと、母;智子はそれはもう豪勢な夕食をこしらえている最中であった。お帰り、もうすぐできるからね。父よりはましだが、その料理は張り切りすぎだ。
シュタインの顔を見に外へ出る。綾乃を見ると一目散に駆け寄ってきた。よしよし、お前は可愛いなぁ。
しばらくすると、弟;啓祐が私を見た途端嫌そうな顔をする。げ、いたのかよ。今日帰って来るのは間違いなく両親から聞いているのにそんな台詞をはいてくる。うん、お前はいいや。
とまぁ何の変哲もなく普通な家庭ですくすくと育った訳で、この1ヶ月のトンデモ体験は綾乃の許容範囲を超えていた気がした。これがあと11ヶ月も続くのかと思うと先が思いやられる。
翌日夕方からお祭りに行く準備を始めた。智子が出してきてくれた浴衣を前に悪戦苦闘を開始した。髪が長ければUPにしたりしてなおの事時間がかかったであろうが、綾乃はショート。さほど時間を取られる事もなく準備完了である。
いいと言ったのに茂夫は待ち合わせ場所まで送るときかなかった。子離れって大事よ?お父さん。まだ全員は来ていなかったのだが先に2人着いていた。女の子なのを確認すると茂夫はニコニコ顔で帰っていった。
もう1人が到着して4人で歩き始めた。出店がずらりと立ち並んでいるのを見ると自然とワクワクしてしまう。とりあえずバナナチョコレートを口に入れると一瞬で幸せな気分になった。
学校の話もするのだが、話題の8割は恋の話だった。彼氏ができた、好きな人がいる、告白されたけど振った、とみんな充実しているようだった。綾乃は完全に聞き役にまわっていた。座ってゆっくりと話を聞いている。
トイレに行きたくなって1人その場を離れた。お祭り会場の公園のトイレは大変混んでいてちょっとした行列になっていた。時間がかかりそうである。
手持ち無沙汰で辺りを見渡した。ライトアップされた木々は心を穏やかにしてくれている。周りは家族連れやカップルで埋め尽くされている。
少し遠くの木の前にポツンと人が立っていた。遠くから見ても背が高い事がわかる。着流しにピカチュウのお面をつけたそのいでたちは周りと若干空気が違っていた。
カランカランカラン。下駄の音を響かせて綾乃は行列から離れた。
「こっち来て」
ピカチュウに向かってそう言うと、袖を掴んで人気の無いやや暗がりへと早足で引っ張っていく。
「ちょっとあんた、何してんのよっ」
少し息を切らせつつ、睨んだ。
「ぴかぁ」
異様に甘い声で返事が返ってきた。ピカチュウは断じてそんな声じゃないっ!
お面を払いのけて睨みつけた。
「こんばんわ」
奏矢は平然と悪びれる様子もなく挨拶をする。こんばんわじゃないだろ。
「ど、どうしてここにいるのかなぁ?」
爆発寸前なのが声色からみてとれる。眉毛をヒクヒクさせていたかもしれない。
「ちょっと自然療養と夏祭りに」
いつものペースで奏矢は返した。
なんでここがわかったの、どうやって来たの。矢継ぎ早に畳み掛ける。
「ご実家の住所は、先日送られて来た宅急便で知っております。一度見たら覚えてしまいますので」
なんてこった。無駄に高性能なアンドロイドめ。
「お祭りの件も、私の前で電話してらしたので」
うん、まぁ、それはいいや。
「ここまでは、テレポートで来ました」
な、なんだってーーーー。余りの事実に茫然自失となる。
「冗談ですよ」
心臓目掛けてパンチをした。
「本当はどこでもドアを使いました」
さらに同じ場所を叩いた。
聞くところによるとコネクト社の社用車を貸してくれたらしい。免許まで持ってるんだぁと驚いた。
「いえ、ありませんが」
涼しい顔でキッパリ言いやがった。お巡りさん、この人です。
「バレる事は無いと思いますよ。第一、私に法が有効かどうかは……」
不敵な笑みならまだ可愛げがあった。だがいつもの笑顔だった。この極悪人めっ。
「仕方ないのですよ」
奏矢は続ける。
「だって綾乃さんに会いたくなってしまったのですから」
な、な、何言っちゃってんのこいつは。例のモードが発動したのか。また後で説教しなきゃ。
「それに今日はイイモノが見れました」
「大変お似合いですよ、浴衣」
ダブルパンチに見る見る綾乃の顔は桜色に染まって行く。もう季節は終わってるというのに。
「あ、ありがとう……」
褒められて悪い気のする女の子など余り世の中にいないだろう。
「きっとお似合いになるだろうとは以前から思っておりました」
え、そ、そうかなぁ。普段女の子らしい格好もしないしね。顔立ちはそんなに和風美人って程でもないと思うけどなぁ……
モジモジしている綾乃は誰が見ても可愛らしい。
「えぇ、和服というのはメリハリのあるボディだと似合わないのだそうです。できれば、ずんど……」
3度目のパンチを同じ場所に入れた。
浴衣だとどうしてもお約束ネタになってしまいました。
次話はこの後に帯グルグルするお話です(嘘)