ドラマを見た日
奏也が家に来て数日が経った。だいぶ慣れてきた気がする。
日課のセーブ作業も忘れずに行っている。随分いい子になってきたかも。
7月5日--
学校が終わりいつも通り電車に乗って帰宅をする。買い物をして帰りたいのだが生憎の雨で荷物を沢山持てそうにない。奏也にメールをする。
「買い物付き合って。駅まで迎えよろしくね。あと絶対にスーツで来てよねっ!」
執事服なんかで来られたら注目の的である。絶対にそれは避けなければ。
奏也が携帯やスーツを持っている事は知っていた。ある日帰ったら家に大きなバッグがあった。中を見せてもらうと替えのYシャツがいっぱい入っていてスーツもあった。コネクト社からの支給品らしい。
駅に着くと奏也が待っていた。食材などを買いにスーパーに向かった。奏也が籠を持ち綾乃が入れていく。お気に入りの飴も忘れない。
買い物を済ませ、飴を舐めながら家まで歩く。雨はまだ降っていた。奏也にも、いる?と聞いたのだがいらない旨を伝えられた。
家の階段を上がる。綾乃の部屋は2Fなのだ。
さっきはいらないっていってたけど、後で欲しくなるかもしれないよね?
そう思った綾乃は奏也のスーツの上着ポケットに手を突っ込んでこっそり飴を入れた。
ポケットの中には紙らしき物が数枚入っていた。それを手に取るとゴソゴソしたせいか奏也も気づいたらしく階段の途中で立ち止まった。
見てみると名刺やノート・メモ帳の切れ端だった。
なあに?と尋ねると、さっき駅で綾乃を待っている間に頂いたのだと返事が来る。
よく見てみると名前や電話番号、アドレスなどが全部に書かれているではないか。
これは……
逆ナンかよっ!
どうよ、これ。あらあら、ウフフ。まあまあ、奏也さんったら。あんな短時間で。
大変おモテになる事で。嬉しい?ねぇ嬉しい?キャッキャキャッキャ冷やかしつくす。
綾乃が十分に楽しんだ後で奏也が静かに口を開いた。
「申し訳ありません。<嬉しい>という事がよくわかりません」
照れちゃって、素直に喜んだらいいのに。
「嬉しいという言葉の意味やどういう時にそうなるのかはデータで知っています」
意味?データ?何言っているのだろう。
「女性から好意を持って頂いて、こういう時に嬉しくなるという事はわかります。ですが私には……」
奏也が淡々と、ただただ淡々と語り続ける。
一瞬時が止まり静寂が2人を包む。
「感情という物がありませんので」
頭を鈍器で叩かれた気がした。
感情が…… 無い?
まあ確かにアンドロイドなのは知っている。どこかおかしいのもAIの不足によるものだと思っていた。
でも、可愛らしいとか言ってたじゃない。あれが感情でないのだとしたら。
インプットされていた女性を褒める言葉の1つをチョイスしたもの……?
数日間の奏也の言葉を振り返る。初めて家に来た日、いっぱい叱った次の日、サークルで帰りが遅れた日、一緒にTVドラマを見た日、紫陽花の花を見た日、この数日間の事を順番に思い出す。
感情を表す言葉は、確かに見当たらない。一言も言ってないのだ。奏也の心で判断した気持ちを。
カランカランと持っていた傘が音をたてて転げ落ちて行く。
そんな……
機械だとはわかっていたけれど。でも……。
少し寒気がする。口元を両手で覆いながら気づくと震えていた。
「大丈夫ですか?綾乃さん」
そう言って手を伸ばしてきた奏也の笑顔は見慣れたものだった。いつもと同じ変わらない笑顔。
笑顔なのに……なのに怖いっ!
「いやっ!!」
つい咄嗟に手を払いのけて奏也を突き飛ばし階段を駆け上がる。
後ろで大きな音がした。振り返ると奏也は階段の下でうずくまっていた。傘に加え先ほどの名刺やメモも買い物の中身も辺り1面に散らばって雨を迎えいれている。
何?何がおきたの?どうして奏也が倒れているの?
慌てて階段を降り奏也の名を呼ぶ。雨音でかすれて消えてしまいそうな声で。
「奏也っ、奏也っっ」
しかし返事は返って来ない。震えた手で携帯を手に取り番号を押す。
11……そこまで押して消去ボタンに手をかける。
急いでコネクト社に電話をした。
本当はラブコメ要素をもう少し続けて数日間のあらましを書いた方がいいとおもうんですがね。
どうしてもウズウズして書きたくなってしまうんですよ、こういう話を(笑)
もちろんヤキモチ恋愛フラグなんて立つはずがない。
奏也の名前については、キレイな響きと冷たさのあるイメージでつけてます。心が無いんですもの。
最後の台詞「奏也、奏也」を読みながら
「トウマ、トウマ」と叫ぶインなんとかさんを思い出さない様にご注意願います。シリアス部分ですので。
書いた後に思ってしまいました。語感同じジャマイカ・・・
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