どれがお好みで?
「ではまず何から致しましょうか?那由多様」
奏也の笑顔は変わらない。まあ今はそれはよしとしておこう。
「まず、その呼び方なんだけど……」
「<那由多様>って堅苦しくて肩がこりそうなのよねぇ」
年上の男性に(というのが正解かはおいておく)様付けで呼ばれるなど慣れているはずがない。綾乃は首をすくめる。
「かしこまりました、肩をお揉みしますね」
そういって後ろから優しく肩を揉もうとする。
おいコラっ。簡単な比喩だろう。わざとか?わざとなのかっ?
「そうじゃなくて……那由多様って呼ばれ方は余り好きじゃないなぁ」
「では、那由多殿」
時代劇か!
「那由多嬢」
嬢って。
「那由多っち」
……
一貫性ももちろん無い言葉のチョイスの仕方に絶句した。どれがお好みで?そう聞いてきた。
ちょっと違うかなぁ……と伝えつつ、名前にしてみようかと提案する。
「綾乃様」
うーん、様はやっぱり嫌かな。
「あやのん」
いきなりそれもどうなの?
そうねぇ…… 目を瞑って考えていた綾乃の耳元にまた近づいていた。
「綾乃」
耳元でそう囁くような甘い声をかけられた。
ひゃいんっ!!!
飛び跳ねて距離を取る。な、なにしてんのよっ!
奏也は変わらぬ笑顔で答える。
「女性は呼び捨てを好む方もいるとインプットされております。また耳元で囁かれるのもお好きだとか」
そ、そういう場合もあるわね。でもちょっと違うかな。そう言って再び溜め息をついた。
時折出てくるこのプレイボーイ気質は…… やっぱり需要が多いのか?
他の呼び方で…… やや疲れてきた綾乃は諦め顔だ。
「綾乃さん」
うん普通。でも普通が一番よね。それにしようと伝える。
っていうか、なぜ最初にそれを出さない?開発者どこかおかしいんじゃないの?
そんな不満を持ちつつ時計を見ると11時になろうとしている。学校行かなきゃ。
「私これから学校に行くから……掃除とか適当にお願いしていい?」
かしこまりました、綾乃さん。そう言って掃除機などの場所を聞いてきた。
わ、私が掃除したくない訳じゃないんだからねっ!モニターなんだしテストして報告しなきゃいけないんだから。
自分に言い訳をすると綾乃は学校へと向かった。
うん、気が気でない。授業に身が入らない。でも得意って言ってたしひどい事にはならないかな?
授業を終え買い物をする。買い物もお願いしておけば良かったかな。
違うのよ、テストしないと。
怠け者思考になっていく自分に言い訳をしていると家についた。
「ただいまぁ」
ドアを開けると、奏也が夕飯の準備をしているのが見えた。いい匂いだ。
「おかえりなさいませ、綾乃さん」
軽快な包丁の音を止める事なく奏也が続ける。もうすぐ準備できますのでおくつろぎ下さい。
久しぶりに<お帰り>と言われた感傷に浸る。うん、いいものだ。
部屋を見渡すとそれはもう綺麗に片付いている。大切な物を捨てられたなんてお約束展開もなかった。
さすが高性能アンドロイド。こういう部分は全く問題無いわね、と素直に感心する。
ふと窓に目をやる。ガラス拭きまでしたのかしら、ピカピカじゃない。
とその奥に見慣れた物が見えた。綾乃の服だ。もちろん下着も。
ちょっ、ちょっ!!!!
料理をしている奏也の手を止めさせベランダに呼び指差す。ねぇ、あんた。これどういう事?
「はい、掃除とか適当に……とおっしゃられましたので洗濯も致しました。もちろん色落ちなどミスはございません。下着もきちんとネットに入れて痛まないよう、ああ、大切なオイルパットでしたら外してあちらに……」
いつもの笑顔は自信満々に見えた。ちょっと待ってと奏也を遮る。
「女の子の下着を勝手に洗ったの?しかも外から見える所に干して」
デリカシーについて、そして1人暮らしの女の子は人に見られるのを嫌がりベランダに下着は余り干さない事について説明を始める。どうにか理解してもらえたようだ。
「申し訳ありません、綾乃さん。でもデザインもサイズも可愛らしいですよ」
いやいや、可愛い=見られていい ではないんだよ……
ん?サイズ??
「はい、世間では貧乳属性という物があるんですよね?大変重宝されるだとか。綾乃さんの主張しすぎない胸もブラも大変可愛らしいですよ」
奏也の笑顔はいつもと変わらないはずなのだが満面の笑みに見えた。
とりあえずグーで殴っておいた。説明するのも面倒だ。
開発者でてこいっ! どうして、こう……
それに、それに……
だいたい、私はBあるわよっっっ!!!!!
はい、3話です。
タイトルはこの流れで行くつもりです。
綾乃という名前について
なんとなく柔らかいイメージをと思いつけました。
某お騒がせ声優さんや、かやのんと呼ばれる声優さんの事は一切考えておりません。
追記
オイルパットってすごいですよね。変形合体ロボのように装着して。