どうしたもこうしたも
本日よりこちらで?
確かに目の前のこの男性はそういった。何が何やらわからない。綾乃は狼狽の色を隠せず玄関前でアタフタしている。朝から執事服を着た男性と玄関前で一緒にいるのをご近所さんに見られたら陰で何を言われるか……
帰ってもらえばいいものなのだがテンパッている綾乃に正常な判断力は無かった。
「と、とりあえず中に入ってもらえますか?」
そう言って中に招き入れて、他者からの視線を防いだ。
「お邪魔致します、那由多様」
奏也と名乗るこの男性は(果たして男性というべきなのだろうか)丁寧にお辞儀をして玄関内に立っている。
すみません、ちょっとここで待ってもらえます?綾乃はそういうと部屋に戻りコネクト社へと電話をかける。名刺を見ながら先日面接で会った周防さんを呼び出してもらった。
「あの、もしもし。先日面接して頂いた那由多ですが……」
周防は、ああ那由多さん、どうですかぁ?などと楽しそうに笑っている。
「どうしたもこうしたも。突然どういう事ですか?」
現在自分が置かれている状況を説明する。ああ、今着いたんですねぇなどと能天気な返事が返ってきた。
「いや、着いたじゃなくてですね……」
周防に説明を求めた。電話越しの周防は逆にビックリした口調でこう続けた。
「面接の最後に今回のモニターは那由多さんに決めようと思ってるとお伝えしたじゃないですかー。那由多さんも頷いてらっしゃいましたよね?」
なんだってっ!確かにあの時は晴天の霹靂というか。何か適当に相槌を打っていた気もするんだけど……
「他の応募の方にはもう断ってしまったんですよねぇ」
そ、それは私には関係……
「どうしても嫌だというなら仕方ないですが、簡単なレポートを書くだけのオイシイ仕事だと思いますよ?」
くっ。足元見られてないかい?しかもアンドロイドとは聞いていたけど、こんなリアルな人型って……
「ああ、皆さん最初は驚かれますよ。でも所詮は機械ですからねぇ。すぐ慣れますよ」
そうなの?慣れるの?段々と懐柔されていっている気がする。
「それにほら、ああいう見た目だとかなり人気もあるんですよ」
まぁそれはわかるけれども……
そして、あーだこーだと言われている内に了承させられてしまった。ああ、自分が情けない。NOと言える人になりたい。
電話を終えた綾乃は深いため息をつくと、とりあえず玄関に向かった。
「どうかされましたか?」
イケメン執事は姿勢を崩す事もなく玄関先で待っていた。
いいえ何でも……と口を濁しつつ上がってもらう。靴を脱いで揃える仕草の一挙手一投足にも無駄の無い動きなのが見て取れた。が、動きはとてもスムーズで人間では無いのを忘れるくらいであった。
「えっと、あの、鏡楷院さん?でいいですか??」
なんて呼べばいいのかわからず尋ねてしまった。
「どうぞお好きなようにお呼び下さい、那由多様。私は仕える者ですので」
そう言って奏也は最初と変わらない笑顔をしていた。少し違和感を感じたのだがそれが何か綾乃にはわからなかった。
「では鏡楷院さん、あなたの事を簡単に説明してもらえますか?」
綾乃はそう言った後、周防の説明をきちんと聞いていなかったのも付け加えた。
奏也は少し考えた後、口を開いた。
「私は女性の為に作られた人型アンドロイドです。AI知能には数万人の女性に関するデータが入っております。例えば食事の好みや生活習慣など色々な物を<情報>としてインプットされています。但しそれらは一般的な情報として入っているだけでお客様の好みに合わせて情報の再修正をしていく形になります」
よくわからないけど、これからも学習していくって事ね?綾乃の問いに軽く頷く。
「私は女性を喜ばせる為にいろいろとデータは既に入っていますが完璧ではありません。これから那由多様の為に全身全霊をかけて努力していく所存であります。全てにご満足いただけるように」
奏也はそういうと、質問の意図はこんな感じでよろしいですか?と尋ねた。
うんうん、その通りでございます。綾乃は文系の頭で理解しようと頑張る。どうもこういうのは苦手だ。
試しに、どんな事が得意なの?と聞いてみた。
「一通りの事はできますが……炊事・洗濯・掃除、マッサージに髪のCUT、それから……」
あらすごいのね、私は料理なんてできないのに。そう考えている綾乃の耳元に口を近づけた奏也は小声で続けた。
「もちろん、夜もご奉仕させて頂きます」
なっ!?
その色気のある声に綾乃の体はゾワゾワっと身震いをしてしまった。それは嬉しさでなく嫌悪感によるものであった。
「やめてっ!!」
そう言うと同時に奏也を力いっぱい突き飛ばしていた。奏也は体を起こすと不思議そうに綾乃に尋ねた。
「申し訳ありません、那由多様。何か御気に召しませんでしたでしょうか?」
そう言うと、いつもの笑顔でこちらを伺う。
先ほどの違和感の正体がなんとなくわかった。この男は最初からずっとこの笑顔なのだ。それは人間的でなく機械的な同じ笑顔なのだ。
気になって口に出してみた。どうして最初から今まで笑顔なの?と。奏也は答える。
「初対面の印象を良くするのには笑顔と、相手の心を掴み易いのも笑顔とインプットされております」
確かに、確かに間違ってはいない。間違ってはいないのだがちょっと中途半端な教育すぎやしないかい?
そう綾乃は思ったが試作品のモニターである事も思い出した。
はぁ……
深い溜め息と共に全身の力を抜いた。仕方ない、発展途上中のAIなのだから。いろいろ教えていくしかないのだろう。
さっきの事にしたって確かにそういうご奉仕を望む女性もいるのだろう。これだけのイケメンだ。需要が無いとは言えない。でも今現在のAIの情報、不備が多すぎやしないかい?
でも本人に一切の悪気がないのも理解できる。何もわからない子供のようなものかもしれない。
厄介なの引き受けたなぁ。そう思ってはみたものの後悔してももう遅い。
「わかった、ありがとう。よろしくね。それとこれから<あんた>って呼ぶけどいい?」
奏也は、もちろんです那由多様と笑顔を浮かべる。
それと、これだけは言わせてと付け加えた。
「2度と夜のご奉仕とか言わないでっ!」
パクリ設定だけならまだしも・・・
展開が無理すぎやしないかい?(笑)
ああ優秀なアンドロイドの知能が欲しい。