表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

そっくり人形

作者: のぺ

立ち上る黒い煙。煙の中に暗い影。橘ミコトは白墨を手にして立ち上がり、魔法陣の中に現れた人影に目を凝らした。どうやら召喚は成功したようだ。

「あなたが悪魔ね?」

ミコトが問いかけると、人影は地響きのような音を立てて答えた。

「ばか、あんな低俗生物と一緒にするでない。私は魔王だ。魔法の魔に王と書く。女よ、私を呼び寄せたからには何か理由があるのだろう?」

「そうなんです。さすが魔王様、頭の回転がお早いんですね。実は私、同じクラスの鈴木君のことが気になってて…」

「ばか、そんな下らない事で呼び出すな」

「ああっ、待って下さい行かないで。鈴木君は学年一かっこよくてモテモテで、彼を振り向かせるには魔王様のお力が必要なんです!」

「ばか、どうせそんなのは凡庸な男だ。それより私はどうだ?見たまえこの肉体美を。こぼれる白い歯、きらめく笑顔。性知識も豊富で権力もあるぞ。そんな男よりよっぽど良いだろう」

何を言っているんだこいつは。ミコトは小さくため息をつき床に座り込んだ。

「お願いです、お礼にどんな物でも差し上げますから…」

「どんな物でも?しょうがない、少し力を貸してやるか」

黒い影は懐から小さな人形を取り出しミコトに渡した。

「何ですかこれ?心無しか鈴木君に似ているような」

「如何にも。それは相手を思い通りに操れる呪いの人形。私の魔力がかかっておる。お前の大事な物と交換してやろう」

「待って下さい、こんなの貰っても」

「その人形さえあれば、相手はお前のものだ。お前の望み通りに動くぞ」

どこからか突風が吹き、影は煙と共に消えた。ミコトは小さな人形を握りしめた。


「痛いっ!いたたたたたた」

突然、周囲からの強い圧迫。教室内を見渡すが、痛みの原因は見当たらない。ここ数日、イケメン鈴木は不可思議な現象に悩まされている。意思とは関係無しに体が動き、稀に痛みを感じる。昨日など橘ミコトに抱きつく不祥事をやらかした。

「どうしたの鈴木君、大丈夫?」

甘い声でミコトが近寄ってくる。最近ミコトと一緒にいる機会が増えたのも、不可思議な現象の一つだ。

「大丈夫だよ、ありがとう橘さん」

鈴木が微笑むと周囲の女子が色めき立った。隣の席に座るグラマラス斉藤が鈴木の手を取る。

「どこが痛いの?私が見てあげる」

とっさにミコトは、魔王から貰った人形の手を動かした。人形の動きそっくりに鈴木の右手が動き、斉藤の頬を叩く。

「す、鈴木君…?」

「ち、違う、手が勝手に。信じてくれないだろうけど、実は最近体が勝手に動いて…待って、本当なんだ」

神経内科を受診しても異常は見つからず、ミコト以外の女子に対して暴力をふるう鈴木は次第に人々から遠ざけられていった。

「安心して鈴木君。私だけは鈴木君の味方だから」

「橘さん、君は何か知ってるんじゃないのか?君が俺にまとわりついてから、おかしな事が起き始めて…体が勝手に動いたり、君に抱きついたり…」

「鈴木君…」

「…ごめん、今のは忘れて。疲れてるみたいだ。ごめんな」

教室から出て行く鈴木の背を眺めながら、ミコトは制服に忍ばせた人形をそっとなでた。


「召☆喚」

旧校舎の古びた教室に再び人影が浮かび上がった。

「全然両思いにならないじゃないですか!確かに、彼は私の思い通りに動くし、他の女の子とも話さなくなったけれど…だんだん元気をなくしていくし…違うんです!私こんなの全然望んでいない!」

「魔王に恋のキューピットが勤まるわけなかろう。本来は不幸にするのが仕事なのに」

「じゃあどうすれば…」

「それだ、その他人任せな思考がよろしくない。身勝手で強欲で受動的だ。自分で何とかしようと思わないのか?告白しようと思わないのか?私の経験上忠告しておくが、告白しないと後悔するぞ」

ミコトはうつむいて手にした人形を見つめた。鈴木に似た人形の瞳が、まっすぐにミコトを見つめてくる。ミコトは人形を握り直し、顔を上げ、旧校舎の教室を後にした。


 運動場で小さく動くサッカー部を見ながら、ミコトは髪をかきあげる。放課後の屋上は風が強い。

「何?橘さん話って」

「鈴木君に言わなきゃいけないことがあるの」

 高鳴る心臓を押さえつけるように、胸の前で拳を握る。言うべきことを言ってしまったら、人形の事を謝ろう。魔王のことも話してみよう。鈴木君はどんな顔をするだろうか。怒るだろうか、信じてくれるだろうか。

 鈴木に向き直り、ミコトはまっすぐ彼の目を見る。

「私、あなたのことが…」

どこからか突風が吹き、二人の間をすりぬけた。風が通り過ぎる瞬間、ミコトは風の中に黒い影を見た。

「人形と引き換えに、大事な物を貰うの忘れてたから貰って行くぞ」

地響きのような声は、ミコトの制服に隠れていた小さな人形を空中へと放り投げた。放り投げられた人形は風に舞い、屋上の柵をすり抜け地面へと落ちて見えなくなった。そしてミコトの横で、鈴木が柵に手を伸ばし体を宙へと放り投げた。人形の動きそっくりに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ