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(つむじかぜ)博飆Ⅲ~知恵袋  作者: sadakun_d
旧制一高生
5/6

一高生①~弁護士への憧れ

担当事件は東京公判が始まる。


弁護士一団はより忙しくなり浜辺の旅館に雑多な書類を置いたまま東京高等裁判所と往き来することになった。


地元の新聞は重大事件ゆえ連日報道がされていた。


犯人には死刑判決がでると言う論調である。


だが…弁護士が後見人の犯人は"冤罪の可能性"がある。


あっさり捕まえられた男。大したアリバイ捜査もされず犯人だと決めつけられていた。


警察の執拗な取り調べは自白を強要され事件の犯人だと認めれば楽にしてやる。

警察の甘い囁きで落ちてしまう。


「はいおっしゃるとおりでございます。私が(殺害を)やりました」


調書に犯人自白の一文が鮮明に残った。


"辣腕な弁護士はこの事件に冤罪の可能性を嗅ぎつけた。


そして


"動かぬ証拠"


冤罪であることを裁判官に突きつけてやると思う。


事件現場は浜辺の旅館の隣近所。泊まり込みを決め証拠固めに走りまわる。


犯人と言われた男を救う。

いや弁護士としての正義感からの話である。


地元の新聞を老夫婦は見た。泊まり込みの弁護士の囲み記事と写真(旅館で撮影)があったからだ。


「あの弁護士さんだけ冤罪を主張だとはね。すごい話だね」


新聞からは犯人という男はなにもしていない。


間違いから人殺しになってしまった。裁判官の心証が悪いと死刑の判決である。


孫も老夫婦も新聞を読んでいた。


弁護士の一団が頻繁に出入りすると新聞記者も大挙して旅館にやってくる。


記者はいち早く真実が知りたく弁護士に食らいついていた。


「おばあさん。お泊まりの弁護士さんってこんな重大事件に関わっているんだね」


祖母と孫はよく事件の話をした。


「ああっ事件が起こった時は大変な騒ぎだったからね。こんな狭い村で人殺しがあったんだからね」


漁村民たちも当時はどうしてこんな凄惨な事件が起きたのかと噂になっていた。

「犯人が警察に捕まった時は村全体が安心だったよ。なんせ逃げている犯人がこの旅館に立ち寄る可能性もあるとかで。警察がひっきりなしに来たからね。だけど気になることもあったよ」


祖母は警察にモンタージュ写真(似顔絵のコンテ)を見せられた。


その時に警察は信じられないことを口走った。


写真の男だ。


こいつが犯人だ。


警察は自信たっぷりに答えたらしい。


犯人とおぼしき男は別件で身柄を確保されていた。


つまりすでに警察に捕まえられていたのにも関わらず旅館にモンタージュを持ち込んでいた。


警察は旅館の祖母には公判や裁判官に対して犯人であると証言をして欲しいと言われた。


当時の警官は威圧感があり貧乏な旅館の年寄りなどモノの数に入らぬ口調だった。

「そりゃあね。年寄りでボケていた私だってね。あの警官さんは変なことを言うなあっと思ったよ」


裁判の公判が始まる。


旅館に新聞記者がワアッと押し寄せてくる。


辣腕弁護士は犯人の冤罪を確実に立証できるのかどうか。


「弁護士さんは東京の公判と旅館を行ったり来たりするだけだね」


人ひとりの命がかかっているゆえ真剣になる。


「夕御飯をお出ししてもゆっくり味わっている暇もないくらい」


弁護士が東京から旅館に戻ってくる。


お抱え運転手の車が旅館の先に見えると玄関先だろう他の泊まり客がいようと構わない。


忽ち新聞記者たちに取り囲まれてしまう。記者はいち早くスクープが欲しい。


弁護士の姿が車から覗くと大騒ぎである。


「まあまあ記者さんも。そんなに焦っても。困りましたなあ」


新聞記者は声を荒くする。

「冤罪は確実なんですか」

質問が飛び交う。


動かぬ証拠はつかんであるのか。


「新しい証拠?証拠とはなんだろうか。公判の中ですでに出してしまったよ」


出すものがあれば出すよ。

「エッ冤罪の確証をつかんだのかって。そりゃあ記者さんの方がよく知ってるんじゃあないの。ブンヤさんは嗅覚が鋭いと昔から決まっている」


弁護士は長い時間玄関で記者に取り囲まれて話をする。これ以上話の進展はないと弁護士は話疲れからお開きを言う。


「さあ記者さん。ご苦労様でした。今日はこの辺で勘弁してくれよ。明後日の公判でまた逢おうや。東京で再会しよう。ブンヤの楽しみ特ダネっていうやつをそこでつかんでくれよ」


記者たちを掻き分けて旅館に消えていった。


弁護士は部屋に入るとドッと疲れが出てくる。


犯人擁護のために毎日走りまわるも手掛かりは芳しくはなかった。


書生たちもグッタリとしている。辣腕弁護士の冤罪の仮説は動かぬ証拠が見つけられず成り立たないのだ。

真犯人(ホンボシ)はいる。今でもノウノウと善意の第三者づらしていやがって」


※弁護士は真犯人の目星をつけている。


書生たちは真犯人のアリバイ崩しと冤罪犯人の真のアリバイを求めて活動をしていた。


書生のひとりが愚痴を溢す。


「先生っ悔しいですね。真犯人は捕まえられず逃がしてしまう。


冤罪の男はこの公判で死刑判決を受けてしまう。


なんと不条理な世の中なんでしょうか。


法律は間違っていますよ。

正しき者の味方にならないなんて」


帝国大学を卒業したばかりの書生。畳に頭をつけて悔し涙を流す。


部屋の外には孫と祖母がいた。夕御飯の準備を整え弁護士らを呼びにやって来た。


「困ったね。夕御飯の準備できたんだけどね。取り込み中だわ。でも早くいただいてもらわないと刺身が乾いてしまう」


弁護士らはあまりに忙しくてろくろく昼飯も食べていなかった。


トントン


夕御飯でございます。隣のお部屋にございます。


あれこれ議論に夢中の弁護士ら。夕御飯だっ山海の珍味と言われて押し黙る。


「ご飯かっ。まあ腹ごしらえをしてから続きをやろうじゃあないか」


そうそう風呂も長いこと入っていない。


「せっかくの温泉がもったいない。ああっ公判なんかどうにでもなってしまえ。ヤケッパチだが飯にしようや」


泣くも怒鳴るもストップ。

怒りもあきらめも停止である。


弁護士の決断で隣の部屋で夕御飯が始まる。


祖母と孫は急いで御膳を用意する。連日の泊まり込みではあるがまとまった夕御飯は食べてもらえなかった。


「うんっなんか久しぶりに飯を食べる気がする」


弁護士の第一声が全てである。


孫は弁護士の盛りご飯をよそう。


「先生っどうぞ召し上がってください。温かいうちにいただいてください」


御膳に茶碗を乗せ差し出した。


忙しい弁護士は可愛い後輩がご飯をよそってくれて心を和ませる。


「まったく弁護士っやつは因果な商売だよ。思い通りに裁判が行けば辣腕だとか名采配の弁護士さんとかチヤホヤをしてくれる」


目の前のお菜を片っ端からパクついてみる。


公判のことで弁護士の頭はいっぱい。パニック状態は味覚がなかった。


後輩に向かい愚痴を言う。

気安い気持ちと仲間意識が口を開かせた。


「だけど一旦裁判に負けてしまえば悪評の嵐山だけどな。負けたからどうしたなんて俺には関係ないぜ」


弁護士は次にお茶づけでサラサラいきたいと茶碗を出した。


「先生っ僕は弁護士さんとはどんなものか初めて知った気がします」


そこで畏まり態度を硬直化させた。


「先生」


祖母を近くに呼ぶ。事件当時の警官の来館の話を弁護士にしてもらう。


「それは本当なのか。おばあさんその証言は確かなんだろうね。ゆっくり聞いて欲しい」


弁護士は書生に部屋の周りを確かめさせた。他人には決して聞かれたくはないことである。


弁護士と書生は熱心に祖母の昔話を聞き入る。


「犯人逮捕の時期が早いな。いや、検挙した後からこの旅館に警官が来たんですか。それは記憶間違いということはありませんね」


おばあさんの証言は重要ですから。


「その警官の訊問の日時は大変に大事なことなんですよ」


書生らは俄に騒ぎ出す。食事どころではなくなる。


祖母の証言に裏付けが取れたら…


弁護士と書生たちはすぐに出かける。お抱え運転手は嫌な顔ひとつせずに車のエンジンをかけた。


警察署に弁護士は到着をする。


祖母から聞いた特徴の警官を探すつもりだった。


書生たちはちょっとした探偵気分になる。


「(現れた)警官の顔の特徴と年齢は大丈夫だろう」


長年にわたり客商売をしているおばあさん。


「見間違いはないと思う。年格好が似た警官が複数いたら片っ端から聞いてまわる。見つかるまでやるんだ」


今夜中にお目当ての警官を見つけ出し真実を語らせたい。


東京での公判は第1回・第2回と開廷されている。


担当の弁護士は初回公判から犯人の冤罪を強気で主張し世間の耳目(じもく)を集める。


検察から提出された犯人の自白や状況証拠が強固なものである。


弁護士の主張する冤罪は益々証明できず苦境に陥る。

"このままでは犯人に死刑判決が下されてしまう"


被告の男は弁護士に泣きついた。無実の罪を晴らさず死刑にされてはたまらない。

「弁護士の先生っ助けてくろ~!オラ何もしてネェだよ。警官がオラにやっただろう、やったのはオマエだろうって毎日殴るんだ。だから仕方なく…。オラ死にたくネェだよ」


留置所に男の無念の嗚咽が響く。


先生っ死にたくない~なんもしなくて死刑は嫌だあ


第3回公判の開廷となる。

弁護士は寝不足のまま裁判所に入廷である。明け方まで旅館で法廷資料を作成していたためである。


手にもつ紫の風呂敷包みは膨大な資料で膨れあがっていた。


お抱え運転手のハイヤーを降りる弁護士。すぐに新聞記者に取り囲まれてしまう。


「先生っいよいよ最終公判ですね。(冤罪の)勝算はあるんですか。あれだけマスコミに犯人は無罪であり真犯人は他にいるとアドバルーンを掲げたんでしょ。後には引けないですね」


記者たちは弁護士の敗訴を見越していた。


このボンクラ弁護士には冤罪を証明できないと冷ややかな反応。


弁護士は辣腕ではなく単なるおおボラ吹きのダメ弁であると見てしまう。


帝大法科だろうとなかろうとボンクラはボンクラだと。


新聞記者が何を言おうと我関せずが辣腕な弁護士である。記者からの雑音には一切耳を貸すことなく入廷をする。


弁護士と共に正義感に満ちた書生らは目を真っ赤に腫らし裁判に挑む。充分な勝算を踏まえての入廷である。


人道主義の権化である。


それと…


同じ時に裁判所裏口から老夫婦と孫も入廷する。


弁護士から法廷での証言を依頼である。


「事件当時の話を裁判官の前で証言しなさい。証言そのものは見たこと聞いたことをそのまま弁護士に話せばよい」


孫はおばあさんの緊張を察知する。


「おばあさん大丈夫かい。裁判所は傍聴人もたくさんいて緊張だよ」


老夫婦はよそ行きの絣姿でそわそわしっぱなしである。


孫だけは尊敬する弁護士のためにと気丈夫にしていた。


弁護士側の証言(老夫婦)問題なし。身内の身内のための仲間うちである。


だが検察側の反対訊問は気をつけて行かねばならない。


検察とて必至に裁判を闘う。老夫婦は高齢で証言そのものに錯誤がある可能性だと突っ込まれてしまう。


弁護士はその程度の揺さぶりならばいくら言われたところでビクともしない。


裁判官が入廷し開廷である。


弁護士と検事検察も席につく。法廷のドアが空き腰ひもつきの犯人の男が青ざめて入廷してくる。この公判で死刑判決が決まると覚悟をしている。


裁判官の命により検事(検察側)が犯人の殺害を供述する。犯人の男がいかに残忍な犯行を起こし、どれほどに身勝手なことかを改めて強調して見せた。


第3回目の公判では目新しい真実はこれとして提案はされないままである。


傍聴をする一般人は検察の話で凄惨な事件であると再認識する。


ざわめきの収まりをみて弁護士が登場をする。


プクッと膨れた風呂敷を開き自らの調査結果を簡潔に述べていく。


男の犯行に関し一切触れない。


辣腕弁護士の作戦で裁判官に男は犯行に及ぶ必要がないことを植え付ける狙いである。


弁護士の論述が終わり答弁が始まる。裁判官から誰か証人があるのですかと聞かれた。


「ハイッ証人がいます。この公判のために呼んでいます」


弁護士の凛とした声が響く。


傍聴席の熱い視線を受け老夫婦は入廷する。


弁護士の言う通りに堂々と出廷をする。しかしふたりとも緊張をしてブルブル震えっぱなしである。


傍聴席の孫はハラハラであった。


おばあさん緊張しているなあ。腰が極端に曲がって。今にも倒れちゃいそうだ


弁護士は優しい声で老夫婦に聞く。犯行当時に旅館に尋ねてきた警官の話を細かく聞いた。


老夫婦は代わる代わる当時の様子を答えた。祖母は気持ちは高ぶるも口がうまく回らなかった。


弁護士の誘導でなんとか証言をなすことができる。


犯人が捕まえられた後から警官が来たことを強調をしていく。(この証言をかなりの時間を要する)


「ということは犯人の男性が捕まえられた後に警官が旅館に来たわけですね。(男の)写真を見せてこの男が犯人だと言われたわけですね」


傍聴席はざわめいた。


推理小説の犯行トリックを聞かされた思いである。


弁護士と老夫婦の証言が終わった。


証言途中ではおばあさんの口が閉ざされ危ないところであった。


すかさず検事検察側は挙手をする。


弁護側には想定されたことだった。


「老夫婦は高齢者。ボケていやしないか」


昔の記憶は曖昧なことが当然である。警官が旅館へ尋ねる日は記憶が間違っている可能性である。


ゆえに老夫婦の証言に信憑性はないに等しい。検察は一気に捲し立てる。


「失礼だがおばあさんは(ボケは)大丈夫ですか」


この失礼な訊問が引き金となった。辣腕弁護士はキラッと眼孔を輝かせ検察を睨みつける。


"テメエ程度の甘ちゃんに(裁判で)やられる俺だと思うなよ。今にも吠えずらかかせてギャフンとしてやるからな"


弁護士は挙手する。


まずは老夫婦に対する暴言は名誉既存と侮辱罪である。


「法廷という神聖な場所で証人に対する侮辱は許し難いですなあ。検事さんあなたを告訴致します」


対して検事はどうぞご自由にしてくださいなっと両手を伸ばしあきらめ顔である。


(この手の侮辱は日常茶飯事。告訴馴れをしていた)

弁護士は証人席にへたりこむ祖母を指名をする。


緊張から口がうまく回らなくなったおばあさんを再度証人席に立たせる。


「おばあさんは…あっいや失礼しました。(旅館の)女将さんは長年あの漁村の浜辺で料理旅館を経営されているんですね」


法廷に笑いがもれしばし和む。


「浜辺に訪れる観光客は旅館で出される料理がうまいとそれはそれは大人気と聞いています」


祖母はポカンとする。


裁判の最中に旅館のことを聞かされた。


「昨夜の夕御飯は磯の食材を豊富に使った魚料理でしたな。いやあうまいうまい。泊まりのお客様に大評判の旅館自慢の品々ですな」

旅館だ料理だと言い出す弁護士。


反対訊問の検事は不愉快な顔になる。すぐに不適切な証言だと裁判官に異議を申し立る。


「異議あり。旅館のことなど本件にまったく関係がありません。証言を却下してください。僕は忙しい身なんだ。やたら法廷の引き延ばしをされるのは不愉快そのものだ。もういい加減にしてもらいたい」


裁判官は黙ったままであった。


(話を続けなさい)


弁護士は料理のうまさは折り紙つきだからと話をしめ括る。


「さあ女将さん。この場で申し訳ないが昨夜の料理の品々。何を出したか教えてくれますか。そしてその料理の仕方も教え願いたい」

傍聴席はざわめいた。


何を弁護士は意図するのか。裁判の公判と料理はまったく関係などないのだ。


単に判決が出るまでの時間稼ぎなのだろうか。


弁護士に料理を問われた祖母はハタッと顔が明るくなる。


ああっ料理のことならいくらでも言えます。


「昨夜の先生のお料理でございますね。お造りの刺し身は鯛と鮪でございます。先生と書生さまは揚げ物がお好きだと聞かされておりましたから河豚(ふぐ)の唐揚げを添えにいたしました」


添えの河豚(ふぐ)はいつ食べてもらってもいいようにカラッと揚げて冷たい方がうまいように工夫をした。

煮物は旅館の得意なもの。

幾多かの種類が出せるが弁護士の先生は夜遅くまで起きていらっしゃるから異にもたれない野菜をグツグツと煮ることに気をつけてお出しをした。


「ほほぉそこまで気を使ってもらって嬉しい限りですな」


他に祖母は続ける。和え物に添加するドレッシングも気をつけていたと。


高齢な老女。凛とした張り声で自慢の料理の品々を堂々と披露をした。


傍聴席は刺し身だ、煮物、和え物とうまい料理を並べられて喉をゴックンと鳴らす。


裁判官は弁護士の意図を理解する。


証言する老婆はボケてはいないと充分にわかった。


傍聴している孫。辣腕な弁護士の手腕に感心である。

検事は面白くない。今にも御陀仏しそうな老女が料理の品々を覚えていようといまいと本件には関係がない。


余計な時間を取られ益々不快となる。


辣腕弁護士はニタリッと笑う。焦る検事を睨みつける。


「裁判官。新たな証人を呼んであります。証人の証言を許可を願います」


裏に控えた書生たち。漁村の駐在所に勤務する警官を証人台に出そうとする。


この警官こそが問題のモンタージュ写真を老夫婦に見せた張本人である。


駐在所の警官は法廷に出廷すると虚偽・偽りをしないと宣誓する。


左手を掲げ宣誓であるが小刻みに震えている。


弁護士の訊問は始まる。


「あなたは漁村の駐在所勤務のお巡りさんですね。当時の駐在所勤務の様子を教えてくださいませんか」


駐在所勤務のお巡りさん。この後に及んでと開き直る。


「ハイッあの浜辺の旅館へ行ったのは本部からの命令でした」


検事はお巡りの証言に青ざめた。


そっそんなバカな!


「なっ何をバカなこと言うのだ」


理屈で考えよ


「本部の命令で末端の駐在所が動くのは当たり前じゃあないか」


いやお巡りさんの証言は"本部の命令でモンタージュ写真の男が旅館に立ち寄ったと老夫婦に言い含めた"(偽証を仄めかし)である。

お巡りが証言を言い終わるやいなや書生は法廷に雪崩れ込み(違法行為)をする。

「裁判官。聞いてください。こちらのお巡りさんは本部からの命令で当時の漁村の住民に偽証をして欲しいと頼んで回りました。こちらにその動かぬ証拠がございます」

勢いで書生は裁判官に直訴をしてしまう。


検事は何事かと憤慨をする。裁判所に響きわたる大声で怒鳴る。

「君たちは何者かっ。神聖なる裁判の最中だぞ。ええっい~構わん全員不法侵入罪で逮捕しろ。(弁護士は)なんとかしろ」


裁判を守るはずの警官たち。裁判法廷の出入り口に直立して立つ。総勢は10人はくだらないだろうか。


長身な警官ばかりであった。誰ひとり不法な書生たちを捕まえようとはしない。

(裁判官の命令ならば動く)

「なんとかしろ。君たちは裁判の警護を役目としているんだろ。不法者を捕らえろ。早くせんか」


裁判官は机を木槌でトントンと叩く。


静粛にしなさい。


不法者と言われた書生は頭をしきりに掻く。


裁判官の前に風呂敷包みを開ける。中から真犯人に繋がる証拠を提示した小さな紙切れを取り出した。


「裁判官。こちらのメモを。法廷証拠として提示致します」


裁判官の横に立つ警護官が紙切れを受け取る。


裁判官は紙切れを確認する。


次に検事に手渡す。


紙切れを見た検事は青ざめてその場にヘナヘナと尻餅をついてしまう。


辣腕弁護士は高らかに勝利の雄叫びをあげる。


「裁判官が御覧になられた紙切れ。そこには明確に名前が書かれています」


紙切れには検事が駐在所に指令をした証拠の名前が走り書きされていた。


執筆鑑定をすれば"検事の直筆"は一目である。検事は真犯人を隠すために裏で策画していた。


弁護士の弁論を遮り検事は怒鳴り散らす。検事の席を足で勢いよく蹴りあげて裁判官の前に飛び出した。


嘘だっデタラメだ。


そんな!


バカなことがはずあるわけないじゃあないか


取り乱し裁判官に駆け寄る。裁判官につかみかかる寸前で警護官に捕まえられた。


いかにもインテリ風な検事である。七三にピシャっと分けられた髪の毛はクシャクシャとなる。


裁判官は小槌を持つ。検事に静粛にするように示唆をした。


検事は頭を両手で抱えその場でしゃがみ込み動かぬ石となってしまう。


勝負は決まった。


石となった検事(検察)は自らの(警察の)手柄のために犯人をでっち上げていたのだ。


口が裂けても言ってはならない"真犯人"を隠すために。


裁判官は取り乱した検事を退廷処分にする。

「あなたの主張はよく分かりました。気が高まり弁論は不可能です。退廷を命じます」


警護官は石の背中をポンっと叩くと両脇を抱え裁判所内からつまみ出した。


「ついては次期公判の開催の予定ができたようです。本日はこれにて閉廷致します」


小槌はカンカンと小気味よく鳴り響いた。


裁判官が閉廷を告げると傍聴席から拍手が沸き上がった。


辣腕弁護士は気丈夫に手を挙げて拍手に応えた。


被告人席にいた男。今まさに犯罪者の汚名を着せられるところであった。


何がどうなったのか様子がわからずキョロキョロとするばかりである。


第3回の公判は閉廷し第4回目に判決ラウンドは持ち越しである。


だが検事検察側での裁判議事録に不正が見つかる。無罪の判決が出ることは明白となった。


辣腕弁護士と若い書生らは見事に冤罪事件を解決し無罪を勝ち取る。


東京の事務所で祝杯を挙げることにする。


東京事務所に老夫婦と孫も招待された。


「先生っ宴会を持つのですか。何でしたら我々に料理の準備をさせてもらえませんか。食材が揃えば浜辺の料理ぐらい事務所でもご用意できます。先生に浜の味覚を楽しんでいただきたいです」


早速老夫婦は近場の料理店の厨房を借り下準備に入る。


祖母は弁護士の弁護技量に感服をしておりどうしても自分の手をかけた料理をいただいて貰いたかった。


事務所に手料理が運ばれ事務所は沸き上がる。


弁護士が乾杯の音頭を取る。


「いやあみんなよく頑張ってくれた。無罪が勝ち取れて嬉しい。あの事件は最初から冤罪であると睨んで弁護を引き受けたんだ。勝訴をもぎ取れて嬉しい」


勝訴だと口走ると自然に涙が溢れた。


「それとこの料理だが。浜辺の旅館の大将と女将さんが腕によりをかけてこさえてくれたんだ」


弁護士らは旅館に宿泊をしても忙しくして御食事をゆっくり楽しんでもらえなかった。


老夫婦はマイクを持たせてもらい挨拶をする。


腕によりをかけて作った料理を堪能して欲しいと訴えた。


「東京の築地のお魚さんも新鮮でよろしいです」

浜辺の新鮮魚の方がもっとうまいと本心は思う。


「小ばちの煮物と和え物は私達の自慢の品でございます。旅館にまたお泊まりの際には充分に堪能されることを望みます。先生、勝訴おめでとうございます」


事務所の職員たちは早速テーブルの料理に箸をつける。


書生たちは腹ペコだぞと先を争い料理を口に運ぶ。


女子事務員さんもである。

「まあっ美味しいわ。お魚も美味しいわ」


法律事務所に勤務する若い女子事務員。普段は出来合いの弁当しか食べつけていない。


本格的な海鮮料理を美味しい美味しいと舌鼓を打つ。

「君らは大将や女将さんに煮つけや和え物のやり方を教われよ。料理がうまくなったら嫁に行くと喜ばれるぜアッハハ」


勝訴の祝いは宴酣(えんたけなわ)となる。


気分がよい辣腕弁護士は孫の顔を見てハタッと気がつく。


「そうだったな」


老夫婦のいる前で話だけはしておこうか。


「一中の後輩は可愛くてたまらない」


この後輩の面倒はしっかりみてやりたい。


「一中から旧制専門もよりだろうが一高に行ける実力は無駄にしてはいけないさ」


辣腕弁護士には残念ながら子供がいなかった。

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