【CASE:1】
コンクリート打ちっぱなしの部屋で、椅子に座った若い女性に長髪の男が銃を突きつけていた。女性がなにか叫んでいるのに音声は聞こえない。ただ、荒い画質の映像なのに恐怖に引きつった顔と目線はなぜかカメラの方を向いていた。
パンッ。
銃口から発射された銃弾は女性の右目から入り、脳症を背後の板が打ち付けられた窓に飛び散る。
銃を撃った男は、カメラの近くまで来て顔を晒し、字幕のテロップのように男の情報が流れる。動画配信者でオカルト専門チャンネルを作り、全国各地の怪異や呪いなどを配信しているという。本名も年収、直近の月収まで表示されていた。
動画は世界へと発信され、SNSを中心に広がっていった。
俺はそんな動画とは程遠い世界にいた。SNSもその頃には見ようなんて思わなくなっていた。
借金で首が回らなくなると、本当に青い空を見上げているのに、灰色の空が降ってくるように感じるものだ。
人生のどん詰まり。
AI全盛期が始まろうとしているというのに、どの企業も手をこまねいていた。俺はそこに目をつけて、ライターとして記事を量産していた。ところが、中国AIバブルが崩壊。指導者が王朝を作り出そうとして共産党内部で内戦を始める始末。つぶさに記録し、発信を続けていたが、国内スパイメディアに家族を狙われて、記事配信事業を撤退せざるを得なかった。
金の切れ目が縁の切れ目と、昔の人はうまく言ったもので、遠くへ逃げていた妻から離婚届を送られてきた。子どものことを思えば、それが最善策なのはわかる。
ただ、カードが止まり仕事の契約が切れた俺の口座に養育費はほとんど入ってなかった。家賃も滞納していて半月後には追い出されることが確定している。家財道具一式に書籍、仕事で使っていたPCなどもすべて売却した。残っているのは、これまで蓄積した紙媒体の資料だけ。
晴れて安ホテル暮らしが始まったと思ったら、隣の部屋で大麻を育てていた外国人が捕まって事情聴取を受けた帰りだ。
一ヶ月もしないうちに、仕事もなく金もなく家族もいなくなった。いい大人なのに、生活が成り立たなくなっただけで、首でもくくって人生を終わろうと思うから不思議だ。
伝手を辿って仕事がないかと探してみたが、オールドメディアの力は広がっていて、どんな記事を持っていっても力にはなれないと言われた。
「お前、SNS見てないか」
古い編集仲間だったSが声をかけてきた。藁にも縋る思いとはこのことで、金になるならなんでも書くと言った。
「画像が荒いんだけど、殺人事件の動画が出回ってる。たぶん生成AIで作った動画なんだけど、妙にリアルでさ。配信者が二人も死んでることになってるらしい」
一番曖昧にしてはいけないのが人の死だろうと思うが、動画が出た後も目撃情報が多発しているのだとか。
俺は件の動画を確認して、目撃情報のある長野県の端っこに向かった。死んだ配信者に会えるわけもないのに、目立たがり屋の高校生がソーシャルネットワークサービスで適当なつぶやきをしたから、とりあえず話を聞きに行く。
長野の端は、夏でも日陰に入れば涼しい。日本アルプスの山麓は、日頃京浜工業地帯の空を見上げている俺には青く眩しかった。特急電車から地元の電車を乗り継いで、喫茶店で下校を待つ。ライターとして数々の地方を回っているが、寒い地方ほどお茶請けは甘く、信じられないくらい美味い。なにより苦いコーヒーに合うように作られている気がする。
甘いスポンジ菓子とマンドリンブレンドで頭と体が暑くなってきた頃、待ち合わせをしていた高校生が喫茶店の扉を開けた。
「あの! ライターの人いますか。すぐそこでドビル中本が歩いてます!」
それが動画配信チャンネルの名前だった。
「え!?」
興奮した様子の高校生に促されて、俺は2000円だけ置いて、外に飛び出した。
「アーケードの方です」
言われるがまま走って追いかけてみたが、アーケードなど何人もいるから誰が誰だかわからないだろうと思っていたが、若い男などそいつしかいなかった。日本の田舎は商店街でさえ閑散としている。
「あの、ドビル中本さんですよね」
「え、あ、はい……」
驚きつつも長髪の男は頷いていた。
「久しぶりにその名前で呼ばれました」
「東京から来たライターなんですけど、お礼は致しますのでお話を伺えませんか」
「構いませんよ。あ、でも、信用されないと思いますけど」
自ら不審であることを言うなんて妙な反応だ。
「そういう雑誌なので大丈夫です」
俺は名刺を渡して、汗を拭きながら元いた喫茶店に案内した。
残っていた高校生に謝礼を渡して帰し、配信者本人から事情を聞いた。
「動画配信で、ホラー系の検証をする配信者だったんですけど。廃病院とか行ってたんですよ」
「はい。何度か見たことがあります。チャンネルも登録していました。今は削除したんですか」
「いや、あの女性を殺している動画を上がった途端、アカウントが停止しちゃって。いや、その前にあの動画自体、自分が作ったわけでもなくて……。知らない間にアップロードされていて。俺はあの女性と会ったこともないんですね」
犯罪の動画だと思われて禁止されるケースはある。
「じゃあ、AIで作られた動画が広まってアカウントが停止されたと?」
「そうです。きっとAIで作った動画なんですよ。警察にも行ったんですけど、その女性自体はかなり前に死んでいて、俺は関係ないとわかってはいたんですけど、なんであんな中傷動画を配信したのかということで取り調べを受けました。ただ、その間に、なにか不備があったとかで、警察には近くにいろって言われて今、安宿に住んでいるところですね」
「不備というのは?」
「わかりません。そもそも凶器自体どこにあるのかもわからないし、死体もないんですよね」
「捜査のしようがないってことですかね。その訪れた建物は、カメラが仕掛けられていて、加工されたってことなんですか」
「えっとちょっとそこまではわかりません。ラップ音がしていたのは聞こえたんですけど、すごい廃墟で空の段ボールとか壊れた棚なんかが残っているだけだったはずなんですよね」
「別に不審な点はなかった。ただの廃墟だったということですか」
「そうです。工場だったと聞いたんですけど、なんの工場かもネットにも載ってませんでした。動画、見ます?」
ドビル中本は、ビデオカメラにデータが残っているというので、一緒に安宿に向かおうとした時だった。
おかわりのコーヒーを持ってきた店員が、ドビル中本の顔を見て固まった。
「え? なんで生きてんの?」
そう呟いた店員が落としそうになったコーヒーを俺は思わず受け取っていた。




