後編 そして砦は築かれる
【月星教会聖騎士団】が動き初め、そしてその一団が【エルデンの魔窟】へと出発して後――、当の【エルデンの魔窟】では……。
「え、と……、ユウト? それで本当に良かったのか?」
「うむ! 最高!! これだよ!! 肉じゃが!!」
そう言って小さな机を囲んで両側に座って向かい合うのはユウトとリリィである。
ひたすら料理をぱくつくユウトに、リリィが少し困惑気味に言う。
「とりあえず言われた素材に似通ったものを採ってきて、魔法で構成を変質させただけで、料理ともいえぬが……」
「良いよ! 最高だよ! まあ、料理器具の一つでもあればお礼できるんだが……」
その答えにリリィは少し頬を赤くして答える。
「べ……、別に構わぬ……。まあ、喜んでくれて何よりじゃ……」
その様子にユウトは優しく微笑んで答えた。
「いや、まあ……、一時はどうなるかとも思ったが……、とりあえず外にも出られたし、食糧問題も解決したし、良かった良かった……」
「……」
その言葉に少し沈んだ表情を見せるリリィ。
「そう、じゃな……。外に出られるのじゃから……、もう」
「リリィ?」
その様子に気がついたユウトが心配そうに見つめる。
「お前は……女神とやらに使命を与えられておるのじゃろう? それで故郷の異世界からこの世界に転移させられた……と」
「ああ、まあ……」
リリィはその両手の指先を胸の前でツンツンしながら言う。
「……もうそろそろ旅立つのじゃろ?」
「ん~~……」
ユウトは首を傾げて、目を瞑って考え込む。
「まあ、当分ダメだろうな……」
「え? なんで?」
そのユウトの答えにリリィは狼狽えた様子で聞き返す。
「いや……、だってリリィ。まだ外が怖くて出られないんだろ?」
「――!!」
その言葉に驚愕の表情で目を見開くリリィ。
「え? なんで妾が!!」
「え? 来ないの?」
互いの疑問がぶつかり合う。互いに驚きの表情で固まる。
リリィは少し哀しげな表情で言う。
「妾は外にはいけぬ……。許されぬ……」
「でも……、例の【魔性の渇望】っての消え失せてるんだろ?」
「そ、それでも……」
――もし万が一、外の誰かを傷つけたら……、再び自分は世界から拒絶される。
無論、それだけならばかつてと同じ……。でも今は……。
――闇に一人ぼっちで、誰とも会話できずに泣いていた自分。
それを――、自分のかつての姿を知らないがゆえに受け入れてくれたであろうユウト。
あの姿を――彼には見せたくない。
それがたとえ万に一つもないと自分自身理解していても。
――外に……出たくない。
祈りが叶えられて……、それが今更失われる事が怖い。
このままユウトをこの場に縛ることも出来たが……、【魔性】が治まった彼女は、ただ嫌われるのを恐れる純粋な女性に過ぎなかった。
その様子をしばらく眺めたユウトは小さく笑って言った。
「じゃあ俺もずっとここにいる……。女神には悪いが……、俺には使命より大事なものが出来た……」
「ユウト……」
そうして二人は見つめ合う。
それは偶然に出会って、そして今だ短い期間で生まれただけの想い。
それはもしかしたらそれほど御大層な想いでないのかも知れないが……、それでも二人はそれを優先した。
そうして【エルデンの魔窟】にて、その過去に似つかわしくない、余りにのんびりとした家庭が生まれた。
◆◇◆
しかし、運命はその数日後にその家庭を襲う。
外部に展開した【月星教会聖騎士団】が一気に【エルデンの魔窟】内部へとなだれ込んで、そして即座に制圧したのである。
リリィは既にその凶暴性が消え失せていた、だからこそ襲撃に反応できず。そして、共に居たユウトは何の戦闘力もない現代人だった。
二人は【エルデンの魔窟】の奥にある、あの封印部屋の小さな家庭で取り押さえられていた。
「【月星教会聖騎士団】?! あの騎士ガルデンの……」
シルヴィン・リフキンドの配下騎士に捕らえられた状態でリリィは呻く。
それを静かに騎士シルヴィンは睨んだ。
「……これは、どういう事だ? 抵抗らしい抵抗もしない?」
一人、そう呟くシルヴィンに同じく配下騎士に捕らえられた状態のユウトが叫ぶ。
「テメえら!! 何なんだ!! 勝手に上がり込みやがって!!」
「……それは、こちらのセリフでしょう」
「ああ?」
シルヴィンは鋭い視線でユウトを睨んで答える。
「おそらくは貴方がこの封印を解いた大罪人ですね?」
「む……、それは……」
その言葉にユウトは、目の前の騎士どもがリリィに対する存在である事を理解する。
要するに、封印の解放が察知されて、だからこそ彼らが派遣されてきたのだろう。
――リリィを討伐するために。
「ぐ……」
ユウトはリリィの方を見る。その彼女は哀しげに俯いて唇を噛んでいる。
――リリィは抵抗しない、しなかった。その理由は大体察することが出来た。
そもそも彼女は戦いを好むような性格ではない。
彼女の【魔種因子】によって生み出された【魔性】が、凶暴な獣性を彼女に付与していただけなのだ。
何より――、多分だが――、彼女は自分に、他人を殺す姿を見せたくなかったのだろう。
それを理解出来たから、ユウトの判断は早かった。
「アンタ……、この騎士団のリーダーだな?」
「……ふむ、その通りだが……」
鋭い視線でユウトを睨むシルヴィン。それに対してユウトは真剣な表情で訴えた。
「彼女を……リリィを許してやってくれ」
「……?! なに?! なにを言って……」
「彼女はもう誰にも害は与えない……。反省してんだ……」
その言葉をしばらく驚愕の表情で見つめた彼は……、その表情を怒りに染めて答えた。
「貴様は……!! 本気で……!! 言っているのか……!!」
「ぐ……」
そのあまりの剣幕に少したじろぐユウト。
「この封印を解いて、このような生活をしていたところを見ると……。なにも知らん部外者だろうが!! この女が……」
――背徳の大魔女リリィが、かつて引き起こした災厄を知らんのか?!
その怒りが絶叫に似た声音に変わる。
「許せだと? それをこの女が殺した者たちに言ってみろ!! それが許すなら……、許してやる!!」
その言葉にユウトは力なく俯く。それは……当然の言葉である。
その様子を……力のない瞳で見つめるリリィ。――その瞳から一筋の涙が流れた。
しかし、それでもユウトは顔を上げた。その騎士の怒りに満ちた瞳を、その強い意志のこもった瞳で睨み返した。
「贖罪の機会を与えてくれ!! せめて……、罪を償う機会を彼女に……!!」
「くどい!!」
怒鳴るシルヴィンにそれでも配下騎士の腕を引っ張りつつユウトは必死で訴える。
次の瞬間、そのユウトの首にシルヴィンの剣の刃が当てられた。
「……くどいと言った! これ以上くだらぬ事を言うならば……」
――首を斬る!
その刃は首に、血の筋をつけていた。
その姿を今にも悲鳴を上げそうな表情でリリィは見つめている。
しかし――、そのユウトの目の力は消えなかった。
「贖罪の機会をくれ!! 頼む!!」
その光景を、さすがのシルヴィンも驚きの表情で見つめた。
――もう良いのじゃ。
不意に力のない言葉が響く。
「リリィ?」
「……妾のために必死になって……馬鹿者め……」
その表情は――、いつもユウトが見る笑顔だった。
「騎士たちよ……、妾を跪かせてくれ……」
その言葉を――配下騎士たちは驚きの表情で聴いた。
リリィはそのまま跪くと……、その首を前に向かって伸ばす。まるで「斬ってくれ」と言うように。
「妾は許されることはない……、それだけの事をした……。ならばそれを甘んじて受ける……」
――だから、どうかユウトは助けてくれ。
「――!!」
シルヴィンの表情が驚愕で固まる。ユウトはリリィに向かって叫ぶ。
「な……、何を言って……」
「ユウト……、大丈夫じゃ……。もう思い残すことなどあろうか?」
「……リリィ」
それはたった一時の短い生活だった。それは互いに深く知らない間柄の生活だった。
――それでも、リリィにとっては掛け替えのない大切な生活だった。
――もうそれで満足だった。
(……よかった。最後まで……、ユウトに恐ろしい姿を見せずに済んだ……)
――だから……。
「我が首……持ってゆくがよい騎士殿……。それで――我が罪……、私が手にかけた者たちの魂が救われるのなら……」
――それほど良い事はない。
その言葉をシルヴィンも、そして騎士たちも静かに聞く。
次の瞬間、――ユウトが叫んだ。
「たのむうう!! たのむよ!! 許してくれ!! たのむ!! 全部俺が償うから!! 俺を殺していいから!! 頼む……」
……頼むよ。
……お願いだ。
――リリィを助けてやってくれ。
その叫びをシルヴィンは黙って聞く。そして――、
「はあ……、これでは我らが悪人みたいではないですか……」
「……?!」
「でも……、我らの見解は変わりありません」
その言葉を哀しげな目でユウトは見つめる。
そのユウトの瞳をまっすぐに見つめてシルヴィンは言う。
「愛するからこそ、彼女の救いを求める……。それは彼女が手にかけた人だって同じはずです……」
「……」
その言葉に俯くユウト。
「でも……そうですね。無駄に処刑するより……、役に立つこともあるかも知れません」
そう言ってシルヴィンはユウトに笑顔を向けた。
「え?」
「勘違いなきように……。我らは許しを与えるのではありません。……これは処刑の保留なのです」
そう言って真面目に言うシルヴィン。
「……貴方の責任をもって、そして――リリィ殿も、その行いで我らを信じさせてください……」
「……お前……」
その生真面目極まりない表情に驚きの目を向けるユウト。
そして――、シルヴィンは命令した。
「……お二人を、離してあげなさい……」
その命令を……、騎士団は静かに実行した。
◆◇◆
それから1ヶ月後――、【エルデンの魔窟】の周囲に、それを囲む形で巨大な城塞が築かれつつあった。
それは【月星教会聖騎士団】本部からの命令であり――。
その指揮官――、そして責任者に就任したシルヴィンが、ユウトとともに建設現場を眺めていた。
「おおお!! すげえ!!」
「現在の技術の粋を集めた城塞です……」
「へーそうなん?」
ユウトのその物珍しそうな表情を笑顔で見つめてシルヴィンは言う。
「一応、これは外部ではなく内部への備えです」
「ああ……、ようは対リリィ用ってこと?」
「ええ、そうなのですが……」
その言葉を発した後に、シルヴィンは静かに後方を眺めつつ言った。
「これが正しく機能しないのを……私は祈ります」
その視線の先――、ユウトもまた眺める向こうで、リリィが工事現場の人たちのために食事を用意している。
無論、周囲には同じ役割で来た、月星教会のシスターらと共に……。
そして――、リリィは笑顔で言う。
「みんな……、昼食じゃぞ? 冷めてしまうぞ?」
それをその場の皆が笑顔で見つめた。
◆◇◆
その砦は、最初内側に向けての役割を持たされていた。
しかし、後にそれは外部に向けて――、
――その夫婦を守るために使われることになる。




