中編 魔窟の最奥に封じられし大魔性――、その男と出会う
妾は、裕福な貴族の娘として生を受けた。妾の家は厳格な家系であり、特に結婚前の娘が婚前交渉したり、それどころか男性と直接話すことすら禁じられていた。
そんな生活を当然と考えていた妾に大きな転機が起こる。それは、【旅の魔法使い】との出会い。
彼は、密かにとても不可思議な、遠い彼方の物語を話聞かせてくれた。厳重な警備の屋敷の奥に妾がいても、魔法で飛んで話に来てくれた。
妾はある意味、子どもだった――。免疫がなかった。だから、直ぐに彼に情をえて――、そして【初めて】を経験する。
――あってはならない婚前交渉。厳格な規律で縛られた妾に、罪悪感と共に周囲の同年代の子たちに対する小さな優越感を与えた。
しかし、直ぐに全ては悪い方に転がる。妾は魔法使いに――、
――騙されていた。
――その身に【魔種因子】を植え付けられ、知らずに【魔種】としての覚醒を得ていた。
――妾は恋に敗れた。思春期特有の性への好奇心は最悪な形で妾を襲った。
妾の【魔種因子】は――、妾の環境と精神状態を歪んだ【魔性】として顕現させ――そして世界を蝕む力とした。
知らない魔術を理解し――行使できるようになった。行為への【渇望】を得て背徳的な行為にふけり――、そして、その精気を奪い取った。
多くの犠牲者を出した後に、その原因が妾にあることが広まり――、そうして妾は追われる身となった。
【背徳の大魔女、大婬婦リリィ】――。人の世から追われ、家族からすら追手がかけられ、妾は人間界から拒絶された。
――憎い。
――殺してやりたい。
妾に直接暴力を向ける人々には恐怖を得たが、――何より妾をこのような身に変えたあの【旅の魔法使い】が憎くてたまらなかった。
だからこそ、あの薄ら笑いが目の前に現れた時に、――ひと思いに殺してやりたかった。
でも、それは出来なかった。自身が振りまく魔法に【旅の魔法使い】が対策をしていないわけがない。
そうして、それは果たされず――、結局、人間界から否定された妾は、人間界に対する【旅の魔法使い】が生み出した【魔種因子】保有者たち――、彼の尖兵の一人としてしか生きられなかった。
――いつか、どうにかしてあの男を殺すことだけを夢見て。
でも、それすらも叶うことはなかった。
ある日妾が居を構える【エルデンの魔窟】に、月と星が描かれた御旗を掲げた【月星教会】の聖騎士団が現れたのだ。
彼らは【根源魔種】最強格の二柱――【玄鱗龍姫】を双児女神として信仰する、【魔種】の権能を扱う【悪しき魔種を滅ぼす存在】。
そうして、かの【勇者騎士ガルデン】の前に敗北し――、妾は怨嗟の声を上げながら暗闇へと封印された。
――妾は、その暗闇の奥で、たった一人泣き続けることになった。
「誰かに会いたい」「せめて会話がしたい」
――恨み言は枯れ果てて、ただひたすらの祈りへと変わっていった。
妾はなにを間違えたのだろう? どうすればよかったのだろう?
不思議なお話に魅了されて……、初恋に身を焦がしたのがいけなかったのか?
――妾は誰も愛せない――、愛することが出来ない。
――【魔性】がそれを許さない。
――愛したところで殺してしまう。
――愛したところで【渇望】から、愛する者をも裏切ってしまう。
――妾は……このまま闇の奥で泣き続けるべきなのだろう。
多分それが――、多くの犠牲者の――……救いになろう。
――そう諦めていた妾の前に、光とともに一人のトボケた優男が現れた。
その冴えない男は――、妾を見て……、初めにこういった。
「……君、なんで泣いてるん?」
――それが、妾と【ユウト】との出会い……。
初めは――、「何だコイツ……」としか思わなかった。
◆◇◆
【エルデンの魔窟】の最奥――、その封印部屋中で、一組の男女が驚きの表情で顔を合わせいる。
男の方は、黒髪黒い瞳で、なんとも冴えない男――、その名を【ユウト】。彼は、突如、魔窟内部に光と共に現れて腰を抜かしている。
それに対するは、長い銀髪に赤い瞳――、大人の女性らしい美しい肢体各所を龍鱗で覆った女性――、その名をリリィ。その頭部には角が見えて、その尻からは槍の先の如き先端を持つ竜尾が生えている。
背中の二箇所に龍鱗が見えるが……、そこからは被膜翼を展開することが可能であり、その腿から先、同じく腕から先端にかけて、龍鱗と装甲が合わさった鈎爪になっている。
まさしく、龍の乙女と言った様相のリリィを、そのトボケた顔の冴えないユウトは見惚れている。
一瞬、逡巡したリリィは、少し眉を寄せた後に、気を取り直して答えを放った。
「ふん? 泣いているじゃと? バカを言うでないわ人間よ!!」
長らく人と会っていなかったからか、リリィはとりあえず自分を奮い立たせるべく強めの言葉を放った。
それを見てユウトは首をかしげた。
「え? でも確かに君は……」
リリィがその腕を伸ばしてユウトのそのド頭を掴んだ。
リリィの方が背が高いので、足がつかない状態にまで釣り上げられた。
「あだだだだだだだだだ……」
「泣いてない!」
「……分かった!! わかりましたです!! 泣いておりません!!」
満足する回答を得たリリィは静かにユウトを下ろす。
「……ううう、乱暴だ……、この世界の女……。なんか人外だし……」
「ふん……人外で悪かったのぅ……」
少し沈んだ様子でリリィが呟く。――と、
「むちゃくちゃ綺麗なのに……もったいねえ」
「……」
おそらくそれは、彼自身聞かれないと思っていたであろう小さな声音。それをリリィは聞き取っていた。
「何じゃ? 妾に興味があるのか? ククク……、なるほど、このような場所に突如現れて……。大婬婦の二つ名を持つ妾に喰われに来たのか……」
「うん? だいいんふ? ……なにそれ……」
そのトボケた答えにリリィは眉をひそめる。
「貴様こそなにを言っておる……、ここは誰もが二度とは出られぬ封印空間。どういった方法だかこの場に見えたならば、妾に会いに来たのであろう?」
「いや……それは……」
何かを言おうとするユウトの言葉を遮ってリリィは続ける。
「妾は数百年前……背徳都市ミガンナムを滅ぼした大魔女――、大婬婦リリィ――、それにわざわざ会いに来たならば……、性行為こそが目的であろう?」
「せいこう……、性行為?!」
いきなりの下の話に驚くユウト。その様子にリリィは本格的に疑問を得た。
「……貴様。違うの、か? ならば……」
「えっと、なんか異世界転移した先がここだっただけで……、あの、封印空間って?」
その答えにリリィは首を傾げて答えた。
「……よくわからんが偶然だと? なんとも……」
――哀れな。
そう言って暗い顔をするリリィに、ユウトは狼狽えて言う。
「え? それってどういう? 何悲しそうな目で俺を見てるの?」
「……」
リリィは静かに首を振ってため息を付いた。
「え? もしかしてここヤバい? 封印空間……て、もしかして出られない?」
「まあ、な……。【魔種因子】保有者の中でも強いほうである妾が出られぬからな……」
静かに沈んだ声でユウトにそう告げる。慌てたユウトはリリィに訴える。
「ちょ……マジで出られないの? なんかドバーって大いなる力とかで……」
「ムリムリ……、妾が、多くの精気を喰い散らかして……、その果ての飽和状態の力でならば可能かもしれんが……。妾の【魔性の渇望】が完全に失われる程の精気など集まろうはずはない……」
――だからこそ妾は、人の世では生きられぬのじゃ。
その答えにユウトは真っ青になる。リリィはため息を付いて言った。
「まあ……、ここには何も無いが、話し相手ぐらいにはなってやろう……。いきなり貴様の精気を吸う意味もなし……。それに……、もしこの場所が嫌になって、死にたくなったら言うがよい……」
――せめて妾が快楽の果てに送ってやろう。
「……」
その言葉に暗い顔で、無言を返すユウト。
――そうして、奇妙な共同生活が始まった。
無論、その場にはやることがない……、そう、やることがなかった。
――その結果は推して知るべし。
◆◇◆
【エルデンの魔窟】の北に栄える王国――グラーベン王国。
かつて【魔法使い】と【魔種因子】による脅威に晒されたこの王国は、現在、それを退けた英雄たち――、東方より到来した【月星教会聖騎士団】が信仰する【月星教会】を国教としている。その王都グラードの中央部に居を構えるのが【月星教会聖騎士団】本部である。
月と星――、その下に佇む一対の双児女神の御姿を描いた御旗がはためくその場所に、急ぎの騎兵が南方から現れた。
「……ご報告を団長閣下!! エルデンの魔窟より、史上類を見ない膨大な魔力が確認――! おそらく……かの大魔女が復活したものと思われます!!」
「――なに?! 馬鹿な……。この時代まで残る数百年前の災厄の、唯一の禍根……、それが……」
そして【月星教会聖騎士団】は慌ただしく動き始める。
調査隊の隊長として、騎士団最強のシルヴィン・リフキンドが選ばれた。
「災厄を……、止めねばならん……。人々の平穏のために……」
その生真面目な騎士の――、その決意の瞳は、遥か【エルデンの魔窟】を睨んでいた。
果たしてユウトはどうなったのか? ――そしてリリィは?




