前編 最果ての双児女神の宮(みや)
――えっと?
俺、なんか見たことがない場所にいるんだが?
声にならない声がその光に満ちたホールに響き渡る。
そこは、全てがガラスであるかのように、遥か果ての光を届かせている場所。
俺はその中心に立って途方に暮れていた。
――むう、誰もいないのか?
そう言って周囲を見回していると、輝きの向こうから巨大な二体のナニカが飛来する。
いや、それがナニカは知識としては知っていた。だがそれは現実ではありえない存在だった。
漆黒の鱗に銀のたてがみ――、真紅の瞳を持った巨獣。
――黒鱗竜。
それはそのホールの周囲を飛翔すると、その身から閃光を放った。
――うえ?!
俺は思わずその目を瞑る。すると――。
「コイツ……、冴えないオトコね……、姉さま……」
「そうだね……、流石に、ここ最近の軟禁生活で、私のオトコを見る目も衰えたかな?」
――え? なに? 俺のこと?
俺は少し困惑しながら目を開く。すると――、
「姉さま……、コイツ、目を開いたけど……」
「……まあ、とりあえず……、説明だけはしようか……」
いつの間にか、俺の目の前に二人の小柄な美少女が立っていた。
――うえ? え?
一瞬、表情が見えたが、すぐに逆光の彼方に消える。
――う? 今一瞬、心臓が止まりかけた?
俺はさっき、とんでもない美しいモノをみたような気がする。――が、何故か思い出せない。
「不遜よ……下郎……。貴方には私たちの顔を見る資格はないわ……」
相方に「姉さま」という方――、おそらくは「妹?」が高飛車な口調で言う。
そんな様子に「姉?」は小さくため息を付いて「妹?」に言う。
「そんな、気にするようなことでもないでしょうに……」
「ダメよ姉さま……。オトコは性欲に満ちた猿ばかりなんだから……。私たちの神気にあてられて暴走しかねないわ」
二人のやり取りを聞きながら、俺はとりあえずの疑問を口に出した。
――あ、あの、俺、一体何処にいるんですか?
――俺、確か会社から帰った後に普通に寝たような。
「……」
「姉?」が黙り込んで少し首を傾げる。「妹?」がため息を付いて答えた。
「貴方は死んだのよ? きれいに焼けたわ……」
――え?
俺はその言葉に絶句する。
――え? 焼けた? 焼けたって?!
狼狽える俺に対し「妹?」が静かに言う。
「そうよ、どうも隣の人間が寝タバコで火事を起こしたようね……」
――ええ!! っちょ! まって!! フザケ……!!
嘘だとしても言って良いことと悪いことがある。俺はその「妹?」に向かって叫ぶが。
ドン!
いきなりの衝撃が俺の全身を上から押さえつけて――そして俺はその場で土下座する形になる。
「おすわり……よ、下郎。私に食って掛かっても焼けた事実は変わらないのよ……」
――うぐ、立てない……。
「抵抗しないで……。無駄よ……」
静かな威圧の声が俺の上から聞こえてくる。そしてそれはもう一つ……。
「とりあえず聞きなさい。今から貴方を生きた状態にした上で私たちの世界に送る……」
――え? 私たちの世界? 送る?
「そうよ……。それで……」
――そ、それって異世界転移? マジ?!
「……。黙って聞きなさい」
その瞬間、心臓が止まるかと思えるほどの殺気を感じた。
――は、はい! 聞きます! 聞かせていただきます!!
俺がそう言うと、「姉?」は少しため息を付いてから話を続ける。
「本来ならば、まず私たちの行方を探してもらう所だけど……。まあ、私たちの信者が数百年かけて見つけられてないから……、特に優先しなくていいわ」
そしてそこまで言った「姉?」の言葉を「妹?」が引き継ぐ。
「アンタには……アレへの切り札と……。あと一つだけ好きなチートをあげるから……。それでその先の世界を救いなさい……。まあ、その後は好き放題生きても許してあげる……」
――アレ? それって一体?
その俺の言葉には何故か答えない。その代わり「姉?」が話を引き継ぐ。
「今はそれを口に出すことは出来ない……。……理由がある。だけど……、向かった世界の、いくつかの困難を乗り越えて救いを与えれば……」
――嫌でも必ずアレは貴方の前に現れるわ。
そう言って「姉?」は俺の後頭部に手を触れる。温かいぬくもりが俺の頭に宿る。
「心配しなくても……、多分、上手くいけば……、その頃までには私たちも合流出来ているでしょう……」
「ええ、その時になったら……。上手く出来たなら……、私たちが直々に褒めてあげるわ……、下郎……」
正直、かなり無茶な言動で、無茶な事を言われてるのだが……、何故かその声を心地よく感じてしまう。
俺がその身に、そしてその頭に感じるのは、温かで優しく――、そして心地よい温もり。
まるで優しい母親の腕に抱かれているかのような……。
「では、貴方……、いや【神凪 勇人】」……、貴方の望むチートを言ってみなさい……」
俺の後頭部の暖かさが熱を帯び、そして何かが流れ込んでくる。
――俺の望むチート。
――それは――。
「無限精力でおねがいしまっす!!」
その瞬間、時間が止まった感じがした。
「……」
「……」
「姉様……」
「何……」
その瞬間、凍えるような冷気が俺の身を包む。
「……このサルどうする?」
「ふむ……、どうしよう……」
――ちょ、待って!! 話を聞いて!! 理由があるの!!
慌てて言う俺に「妹?」の声が冷気とともに降りかかる。
「理由? まあ聴いてあげるわ……、くだらない事なら燃やす」
――もう燃えたくないっす!! 一度燃えてるし!!
俺はそう言ってから自分の想いを語り始める。
――俺は昔から「いいひと」って言われるタチで、話とかは得意なんだけど……、誰も俺を男としてはみてくれなくて。
「……ああ、なるほど。彼女いない歴イコール年齢とか……、『貴方はいい人だけど恋人には……ねえ?』とか言われてる、ただ無駄に卑屈な内面から出る【優しさ】だけを売りにする『弱者男性』ってやつ?」
――うぐ!!
その言葉は思いっきり俺の心にクリティカルヒットした!
――うう、そうだけど!! ……あと……、それでも女性経験が欲しいって行った先の風俗店で……。
その俺の言葉の先を「姉?」が言い当てる。
「……大失敗して……、素人童貞にすらなれなかった……と?」
――ぐは!!
俺はその場に突っ伏して泣いた。
なんか冷たさが緩和して生ぬるい温かさが俺の身を包む。
「……なんて、哀れな……」
少し声音の落ちた口調で「妹?」が言う。
「……わかったわ、それはある意味無駄チートにはなるけど……。アンタらしくはあるわね……」
――あ、有難うございます。
泣き止んで俺は二人に感謝をする。そんな俺の傍らに二人の美少女が近づいて来て……。
――!!
優しげな笑顔が一瞬見える。
「まあ……、いきなり死んで……、このような場所に呼ばれて……。そして理由もわからず使命を与えられて……。それで訳がわかっていないでしょうが心配しないで……」
「姉?」が言う。
「アンタがここに現れたのは偶然ではなく……、私たちの世界で嘆いている誰かの声を聞いて導かれたから……」
「妹?」も言う。
「「その嘆きを止めてあげなさい……。そうすればきっと貴方は……。その誰かの誰よりも大切な者になって……」」
――その先で世界を救う【救世主】となるでしょう。
――そのまま進み――、私たちともその先で会いましょう。
「「……楽しみにしているわ」」
かくして双児の女神は空へと舞い上がる――、いや、俺が下に向かって落下しているのか?
その空の果てに、頭部に角を生やし、黒い鱗の竜尾を持ち、黒い被膜翼を持った美しい【玄鱗龍姫】が美しい舞を舞う。
その姿が揺らいで――、
――そして、天を覆うほどの巨獣――、
――二体の黒鱗竜となって彼方へと飛翔したのである。
そして俺は――、そのまま意識を喪失した。




