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銀糸の弦(アリア)と黒の爪 〜戦場に響く、少女の「こえ」と魔獣の咆哮〜  作者: ぱすた屋さん


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第6話:【黒猫の裏側】俺の楽士に手を出すな。肉球フルスイングで治安維持

5話分一括投稿です

 


 異世界の街にやってきてから、早くも五日が過ぎた。

 私の生活リズムは、すっかりこの街の空気に馴染みつつある。


 朝は一階の酒場で女将さんが作る温かいスープとパンを食べ、日が昇りきった頃に噴水広場へ向かう。

 そして、夕方までギターを弾き、稼いだ硬貨で夕食を食べ、ふかふかのベッドで眠る。


 言葉は相変わらず全く分からないし、声も出ないままだ。

 けれど、広場に行けば必ず誰かが私の音に耳を傾けてくれる。


「やあ、お嬢ちゃん。今日もいい音を響かせているね」

「この子の音楽を聴かないと、一日が始まらないのよ」


 言葉の意味は分からなくても、彼らの優しい笑顔と穏やかな声のトーンで、好意的な感情は十分に伝わってくる。

 元の世界では、教室の隅で息を潜めるように生きていた私。

 まさか異世界で、こんなにもたくさんの人に囲まれて、自分の音楽を受け入れてもらえる日が来るなんて思ってもみなかった。


 今日も私は、広場のいつもの定位置――女神像の下の縁に腰を下ろした。

 ギターケースを開けると、赤いベルベット生地の上に、昨日もらった小さな花飾りがちょこんと乗っている。

 常連になった小さな女の子が、照れくさそうにプレゼントしてくれたものだ。


『おい人間。今日も極上のマタタビを頼むぞ。俺は昨日からこの時を待ちわびていたんだ』


 足元では、私の唯一の通訳であり、最強(?)の相棒である黒猫が、すでに丸くなって目を閉じている。

 私はクスッと笑って頷き、ギターのネックを握った。


 今日の気分は、少しテンポを落としたバラード曲。

 夕暮れ時に似合うような、切なくて、でもどこか温かいメロディラインが特徴の曲だ。


 親指でベース音を刻みながら、人差し指と中指で高音の弦を弾く。

 ポロロン、という澄んだ和音が、朝の喧騒に包まれた広場に静かに広がっていく。


 不思議なことに、私が弾き始めると、周囲の商人たちも少しだけ声を潜めてくれる。

 まるで、この広場全体が私の小さなコンサートホールになったみたいだ。


 私は目を閉じ、弦の振動がボディを伝って胸に響くのを感じながら、音楽の世界へと深く沈み込んでいった。


 * * *


【黒猫の視点】


(……素晴らしい。今日の音色は一段と心に沁み渡る)


(指の腹で優しく弦を弾く繊細なタッチ。それが木箱の中で反響し、大気を震わせる)

(この絶妙なゆらぎこそが、俺たち魔獣の闘争本能を溶かし、至福の眠りへと誘うのだ)


 俺は女神像の影で丸くなりながら、極上のマタタビ成分を全身の毛穴から吸収していた。

 だが、その至福の時間をぶち壊す、ひどく耳障りな足音が近づいてくるのに気づいた。


(……チッ。またか。この街のネズミ共は、本当に学習能力というものがないらしい)


 薄く目を開けると、広場の端から三人の男がこちらをジロジロと品定めするように見ているのが分かった。


 革の鎧に身を包んでいるが、まともな冒険者ではない。

 目つきは狡猾で、腰に下げた武器には手入れが行き届いていない。

 おそらく、近隣の森を拠点にしている盗賊の斥候か何かだろう。


「おい、見ろよ。あんな小娘が、見たこともない楽器で随分と稼いでるじゃねえか」

「ああ。しかもかなりの上玉だ。裏社会の奴隷商に売り飛ばせば、金貨十枚は下らねえぞ」

「楽器ごと攫っちまおうぜ。路地裏に引きずり込めば、誰にも気づかれやしねえ」


 男たちが下品な笑みを浮かべながら、俺の専属楽士にジリジリと近づいてくる。

 娘は目を閉じたまま、全く気づかずに演奏を続けている。


(……あの馬鹿。少しは警戒しろと毎日言っているのに、楽器を弾き始めると完全に無防備になりやがる)


 俺は音もなく立ち上がった。

 あの娘の奏でる音色は、俺だけのものだ。

 薄汚い盗賊共に触れさせる気など、毛頭ない。


(俺の極上マタタビタイムを邪魔した罪、その命で購わせてやる)


 男たちのうちの一人が、娘の腕を掴もうと手を伸ばした瞬間。

 俺は地を蹴り、黒い閃光となって男たちの懐に飛び込んだ。


「あ……? なん、だ、この黒い影……」


 男が声を上げるより早く、俺の右前足が男の鳩尾を正確に打ち抜いた。

 伝説の魔獣としての魔力を乗せた、必殺の『肉球フルスイング』。


「ごふっ……!?」


 一切の音を立てることなく、男の体が「く」の字に折れ曲がり、白目を剥いて崩れ落ちる。

 仲間が突然倒れたことに気づき、残る二人が慌てて剣に手をかけようとした。


「なっ!? き、貴様ら、何者……」


「うるさい。俺の楽士の音色が濁るだろうが」


 俺は空中で身を捻り、二人の顔面に立て続けに肉球を叩き込んだ。

 ボシュッ! という鈍い衝撃音と共に、二人の男はコマのように回転しながら広場の端の路地裏へと吹き飛んでいった。


(ふん。手加減してやったんだ、せいぜい三日は目を覚まさんだろうよ)


 俺は前足についた埃をパンパンと払い、何事もなかったかのように定位置へ戻った。

 ちょうど、娘の演奏が最後のアルペジオを迎え、静かに音が消えていくところだった。


 * * *


 ゆっくりと目を開けると、今日もたくさんの人が私を囲んで拍手をしてくれていた。

 チャリン、チャリンと、ケースの中に硬貨が投げ込まれる心地よい音。


「ふぅ……」


 私は小さく息を吐き、感謝の気持ちを込めて深く頭を下げた。


『おい人間。今日の演奏も悪くなかったぞ。だが、少しテンポが遅かったな』


 足元で黒猫が、いつの間にか目を覚まして偉そうに腕組み(?)をしている。


 私は苦笑いして、肩をすくめてみせた。

 バラードなんだから、これくらいゆったりしたテンポでいいの。

 声が出ないので、心の中でそう言い返す。


 ふと、広場の端の路地裏の方で、何かが崩れるような音がした気がした。

 気のせいかな?


『なんだ、よそ見をするな。さっさと次の曲を弾け。俺の腹の虫が鳴く前にな』


 黒猫に急かされ、私は再びギターを構え直した。


 この街は、本当に平和でいいところだ。

 優しい人たちと、大好きなギター、そしてちょっと偉そうな黒猫。

 私の穏やかな異世界ライフは、今日も何事もなく過ぎていく。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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