第1章 32歳の僕
プロローグ
日曜日
「この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠や幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。」
ある日曜日。何気なく手に取った本の一節に、積み上げてきたアイデンティティを失った僕の心に何かが触れ、ただただ泪した。
第1章 32歳の僕
第1節 自然の記憶
僕たちが生まれてまもないとき、僕たちは木の実や果実、または動物を狩猟・採取して種を繋いできた。
春に芽吹く土の匂いやあたたかな日差し、夏の木漏れ日に感じる清々しい優しさ。
秋の抜けるような青空や、夜空に広がる星々を輝かせる漆黒の美しさ。
冬の寒さや食料不足などの自然の厳しさとも僕たちは、一緒に生きていた。
僕たちの進歩の歴史は、この『厳しさ』の克服の日々だったといえる。
食料の確保や保存方法の開発はもちろんのこと、寒さに対して、服を作り、火も使い、夜、無防備に寝ている間に動物に襲われないように今でいう家も作った。
さらに現代風に言うと、マズローが教えてくれたように、生きたいという『生存の欲求』を満たすために僕たちは仲間と協力しながら生きることに夢中だった。
また種の保存という生命にも僕たちにも与えられた感性は、家族や人類同士の自然な『繋がり』や『言葉』も進化させ何世代にもわたる生命を紡いできた。
この自然という記憶は、もちろん僕の中にもあった。
ただ現代社会の僕には、深く深く眠っており、泪するまで気づくことはできなかったけれど。
第2節 現代社会の僕
現代は、お金や資本の発明。テクノロジーの進歩により、食料や家、服などを社会に行き渡らさせ、先進国の都市部では自然の厳しさをほぼ克服することができるようになった。
この現代社会の生活を支えているのは、人々の働くという行為だ。
この人々の働きは社会を維持し、資本の有効活用は今日も社会を豊かにしつづけてくれている。
ただ、この都市部の生活を維持するためという働きが、僕の無意識に侵食し拘束しはじめたとき、働くという行為は『不自然』という歯車に成り代わってしまった。
僕が生まれて32年。
『自然』から離れ『不自然』な歯車のまま働きつづけるという行為は、いつしか僕の中である種の『呪い』に変わっていたのかも知れない。
この『呪い』にとらわれた僕は、ただただ今日を生きるために働き、他者の前での歯車としての役割にも疲れ、そして無職になった。
第3節 日曜日の出会い
無職になった僕は、実家に戻り、父と兄のもとで暮らしていた。
日曜日は、仕事が休みの家族とも一緒にいたくなく図書館で過ごしていた。
並んだ本の背表紙を見ながら、何気なく手に取った一冊。
『センス・オブ・ワンダー』
ー レイチェル・カーソン著 ー
本をめくると、ある一節が目に写り僕は泪した。
「もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー(神秘さや不思議さに目を見はる感性)」を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠や幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです。」
当時、この一節に僕はなぜ泪したのかは、もちろん理解することはできなかった。




