奪われた囁きの微光 第2章 聞き取り ③
【 カミーユ 】
ルイに声をかけた男は、ミレイアたちの存在に気づくと、ルイに話しかけていた言葉を止めた。
広間へ続く廊下の端で立ち止まったままのルイは、不思議そうな顔で様子を伺っている。
「叔父上……なんでしょう?」
呼びかけた男は四十代後半ほど。少し長めのダークブラウンの髪を後ろで束ねている。鍛えられた肩幅と厚みのある胸板が目を引き、柔らかな微笑みを浮かべているものの、その目元はどこか冷たく、相手を値踏みするかのような静かな鋭さを帯びていた。
屋敷の重苦しい空気を吸い込みながら、男は淡々と問う。
「姉上を見かけなかったか?」
「叔母上様ですか……?
いえ、見ておりませんが……」
「そうか……」
短く返事をしたその時、彼の視線はミレイアたちに移った。
執事の背後に控える黒衣の霊柩士。その姿を認めた途端、彼はすっと背筋を伸ばし、礼節を示すように姿勢を整える。
「霊柩士様ですね。
お初にお目にかかります」
「ド・ベルフォール家のド・ベルフォール・カミーユ様でございます。
当主様の弟君にあたられます」
執事が落ち着いた声で紹介する。
「カミーユ様、こちらが霊柩士のミレイア・ルゥ・ラヴァン様でございます」
「初めまして。
本日、浄昇のお手伝いをさせていただきます。霊柩士のミレイア・ルゥ・ラヴァンと申します」
ミレイアは一歩前に出て、静かに礼を取った。
その声には礼儀と同時に、葬儀を取り仕切る者としての凛とした気配が宿っている。
だが彼女が本題に入ろうとした瞬間、横から軽やかな声が割って入った。
「叔父上様、母上様とご一緒ではなかったんですか?」
アントワーヌだった。
出鼻を挫かれることは、よくあること。先ほどに続いて二度目であろうとも。
ミレイアは無表情のまま、会話が終わるのを待つ。
(……御親族様方、どうやら本当にあちこちに散らばっているのね。
葬儀の最中にここまでとは……少し面倒だわ)
内心で、わずかにうんざりしつつも、表情には出さない。
「いま探しているところだ」
カミーユは静かに答える。
「一緒にいるつもりだったが、ミレージュ商会のゴルル支部長と話していたら逸れてしまってな」
「ゴルル支部長ですか?
では、わたしもご挨拶を……」
アントワーヌが言いかけたが、カミーユが軽く首を横に振った。
「いや、今日はやめておこう。
テキトーリオ商会やモヴィラネスカンパニーからもいらしているようだ。一部の方だけに挨拶しては角が立つ。
後日にしよう」
「モヴィラ……? って、あの女帝が?」
アントワーヌの瞳が丸くなる。
モヴィラネスカンパニーを牛耳る“冷徹の女帝”と呼ばれる女社長だ。仕事以外で公の場に出席することはないと有名だった。参列者の中に居ると知り、彼は狼狽える。
そんなアントワーヌを、カミーユは余裕ある笑みを浮かべながら見た。
「あの方は兄上の盟友だったからな……」
カミーユの声には、わずかに懐かしむ響きがあった。
けれどその表情は読み取りづらく、感情を見せぬ冷静さが支配していた。
場に再び沈黙が落ちる。
執事が控えめに咳払いをし、口を開いた。
「誠に恐れ入りますが……霊柩士様よりお言葉がございます」
カミーユとアントワーヌの視線が一斉にミレイアへと向けられる。
黒衣の少女は一歩踏み出し、落ち着いた声音で告げた。
「お忙しい中、誠に申し訳ございません。
儀式を中断せざるを得ない原因究明が必要なので、ご協力ください。まず、死因についてお尋ねします」
「死因?……と言うと?」
カミーユが眉をわずかに寄せ、チラリとエリザベートを見た。
「叔父様……死因は事故による突然死で、間違いございません」
エリザベートが毅然とした声で答えるが、その目の奥には哀しみの影が濃い。
「わたしも同様のことを聞いているが……?」
カミーユの返答は歯切れが悪い。
何かを言い淀んでいるように聞こえた。
ミレイアは静かに言葉を復唱した。
「同様のことを聞いているんですね」
そのわずかな含みを帯びた響きに、カミーユは小さく息を呑む。
(なんだ……今の復唱。まるで探るような……。
いや、それよりも。屋敷の雰囲気そのものが……)
二十年前にこの家を出て以来、感じたことのない違和感が、カミーユの胸の奥をかすめた。
(この違和感はいったい……)
「執事様、参列者様方がお集まりの所へ参りましょうか」
ミレイアが促すと、執事は「かしこまりました。ご案内いたします」と恭しく頭を下げた。
歩き出す間際、ミレイアの瞳がカミーユを一瞥する。
(このカミーユという人……。
御遺体の弟であり、事業の右腕。尊敬と愛情を抱いているのは確か。
でも……その目には何かを隠す影がある。なんだろう?
それが儀式を乱す原因と関わっているのだろうか……)
屋敷の空気は、相変わらず張りつめていた。