霊柩士 ミレイア
帝都コンコルディアの石柱通り──
街の中心を貫くこの通りの先は王宮に続いている。
王宮とは反対側に向かう先には市街地が広がり、通りはオフィス街となっていた。さまざまな行政の中核が並び、その一つに大評議所がある。
そこはいつも多くの勤め人と利用者が行き交い、忙しさと落ち着きが入り混じった独特の空気が漂っていた。
評議所の建物は役所だけでなく、生活省、防衛省、聖環省といった国民向けの行政機関が一堂に会する場所となっている。
通りに面した正面玄関は大きく開かれ、常に人の動きが絶えない。
中庭から裏庭にかけては騎士団の訓練場が広がり、出動の足となる馬車の待機場もある。こちらも人と馬の鳴き声が響く毎日である。
通りを歩く市民にとっては、街の騒がしさのすぐ隣で規律と秩序が同時に息づくこの空間も、自然な日常として受け入れられていた。
評議所にある行政の一つが聖環省である。
聖環省は神殿・婚葬・祭祀の権限を担っている。
その聖環省に籍を置くのが、霊柩士と呼ばれる者たちである。
彼らは特殊な技能を修め、魔力によって死者の魂に残る未練や念を浄化し、心身を昇天させる能力を持っていた。
その特殊な務めは、生と死の境を守る者として、尊敬と畏れを同時に受けていた。
死に直面したときに存在を思い出される──
それほどにマイナーな職業だが、国際資格でもある。
日々の業務は依頼の受付、報告書の作成、儀式の準備と進行にわたり、街の人々にとって目に見えることは少ない。
だが、霊柩士たちの働きがあって初めて、街は静かに、そして安全に営まれているのである。
石柱通り支部の柩儀課は、評議所の中庭側に位置している。
彼らの業務は、中間ミーティングの時間までは全員でデスクワークを行う。依頼の受付や仕分け、前日に行った儀式の報告書作成が日課である。
役職者として課長と支部長が在籍しており、二人ともAランクの霊柩士である。
課長は割り振られた依頼のスケジュール管理や報告書の査定、他省庁との連携を担い、支部長は全体の責任を負う立場にあるため、現場に出向くことは滅多にない。
霊柩士にはランクがあり、経験年数と能力に応じて区分されている。
新人の「青百合」は1年目から3年目で、通常は先輩霊柩士が1人指導係として配置され、全員が聖堂区に出向する。
聖堂区には帝都コンコルディアで最大規模を誇る礼拝堂があり、各支部からも新人が出向してくる修行の場となっていた。
4年目から8年目の「黒百合」は一人前とされ、2人組で依頼先に赴くことが多い。
中堅のBクラスは9年目から15年目で、1人でも儀式を行える。
支部長や課長を含むAクラスのベテランは16年以上の経験を持ち、重要な任務や管理業務を担当する。
石柱通り支部には現在、21人の霊柩士が在籍している。
青百合が8人、黒百合が5人、Bランクが5人、Aランクが3人である。
青百合の新人たちは先月までは10人在籍していたが、彼らは研修員でもあり、一人前となると大抵は地元に戻っていく。
ちょうど3年の任期を終え、2名が地元に戻ったばかりだ。
また、Bランクには2人、Aランクには1人、嘱託職員が在籍しているが、不定期で出勤するため、ほぼ幽霊職員と化している。
そのため、石柱通り支部の霊柩士は実質18人である。
石柱通り支部の管轄で行われる葬儀は、日々10件を超える。
スケジュール管理を担う課長のフェリペ・モレッティは、いつも人手不足を嘆いていた。人員補充を支部長に頼んでも、のんびりした性格のラファイエット・デ・メディチ支部長はどこ吹く風である。
そしてもう一つ。フェリペの頭痛の種は、黒百合の一人の女性にあった。
彼女の名前は『ミレイア・ルゥ・ラヴァン』
まだ黒百合ランクになったばかりの彼女だが、Bランク同等の実績を誇る。
魔力の強さの反動で御遺体からの念を受けやすく、儀式の異例頻度がとにかく多い。そのため、彼女を経験の浅い青百合や黒百合と同行させることができず、スケジュール調整を困難にさせる原因の一つとなっていた。