3-見つめた画面
「ただいま〜・・・」
午後20時、仕事を終えて帰宅した私は倒れ込むように玄関のドアを開ける。
すると夜勤に出る前のシオリがバタバタと廊下を走ってきた。
普段は出勤前に無駄なエネルギーを使わないシオリの勢いに、違和感を覚える。
『ルナ!おかえり!これ見た?ミンジュンの活動休止!!!』
「________え?」
シオリは自身のスマートフォンを私の目の前に差し出す。
画面に映し出されたのは、私たちの大好きな推し____ミンジュンの活動休止記事だった。
『マジでありえなくない?急にどうしたんだろう。事務所はダンマリでさ、いい加減にしろよ!』
シオリの声は怒りがこもっているように見えて、涙声であった。
私はすぐにシオリのスマホを手に取って、記事の全貌を眺める。
「個人的な事情により、無期限の活動休止・・・?」
言葉にすればするほど重たすぎる内容に、頭がぐらぐらと歪む。
ミンジュンに、もう会えない。
アイドルのミンジュンを見ることすら、叶わない。
そんな世界、死んでいるのと同然だ。
『もう訳わかんないよ。どうしようルナ。私たち、もう生きていけないよね。』
シオリは私の足元にしゃがみ込んで、今にも泣き出しそうだった。
私はその姿を視界の隅でぼんやり見ながら、スマホに映された〈活動休止〉の文字を凝視した。
〈活動休止〉と〈無料面会〉の文字が重なって、バチンとパズルのピースがハマったように、何かが見えた。
「シオリ、ちょっと変なこと言ってもいい?」
少しの間が開いて、シオリはうん、と小さく返事をする。
「本当か嘘か分からないけど、ミンジュンに会う方法が、まだあるかもしれない。」
『・・・ルナ?本当に言ってる?』
シオリは顔を上げて立ち上がり、肩をガッと両手で掴む。
『何でもする。だから教えて。』
「これ、見て。迷惑メールなんだけど、なんか引っかかってたの。」
今朝のメールを探して、シオリに見せる。
何度見ても怪しげな文章にこれを信じてくれるか、少し心配に思ったが、シオリは眉を寄せて、メールをじっくりと読んでいるようだった。
『無料面会って、何だろう』
「やっぱりそこが引っかかるよね?怪しいことに変わりはないんだけど、これってミンジュンのことを言ってるんだと思うんだよね。」
うーん、と玄関に二人の声が反響した、その時。
ピロリン
効果音と共に、私のスマホが震える。
【件名:参加者の皆様へ 注意事項など|『愛$ゲーム』選考課より】
ヘッダーに表示されたメールの件名に、恐ろしくなって、携帯から手を離す。
かちゃん、とスマホがフローリングに落ちる。
「何・・・!?タイミング怖っ・・・!」
シオリは私のスマホを拾い上げて勝手にメールを開く。
「あ、ちょっと!?」
『このメールを受け取っていない人でもこのオーディションにご参加いただけます、だって!』
シオリは私の顔を見る。
その目の色は、赤く、明確な意思が宿っていた。
『私、やる。もちろんルナもやるでしょ?』
「え、でも、こんなの詐欺かもしれないよ・・・?」
『そんなこと言ってる場合なの!?もうミンジュンに会えないかもしれないんだよ?』
そう言ったシオリは私の手を取って強く握る。痛いくらいに握られた手に、シオリの長いネイルが食い込む。
『嘘だって、騙されたっていいよ。ルナ、一緒にやろう?』
私の中の迷いが、シオリの決意によって消えていく。
頭の中に浮かんでいた恐れや、不安より、心に眠っている思いが目を覚ましたようだった。
「うん、わかった。ミンジュンに会いに行こう、!」
シオリが握り締めている手に反対側の手を重ねる。重なった体温に、気持ちまで大きくなった気がした。