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9 証明戦・前半〜のじゃっ娘の攻勢


 空沼のケツを蹴っ飛ばして正法(しょうほう)さんちから追放し、俺たちはリビングで改めてお茶をしながら肩を落とした正法さんを囲む。


 ここでもチョコパイを出されて、六原(りくはら)はまた遠慮もなしにもぐもぐしながら(えつ)に入った。口の周りにチョコパイの欠片をくっつけたままブラックコーヒーをずずず、と(すす)る。その顔で絶対に真剣な話すんなよお前。

 

「ごめんね、ミココ。あたしに男を見る目がなかったばっかりに、ミココのことも、守勢(もりせ)くんのことも、危険に(さら)しちゃった……。本当に、ごめん」


 手を口に当てて、正法さんは静かに嗚咽した。

 さっきまで大好きだったはずの彼。そんな彼が実は欲のまま女子を食い物にするクズだと知ったんだから、傷付かないはずはないよな。

 本来この件とは関係のない俺だけど、やっぱり女の子がこんなふうに泣くところを見るのはつらい。


琴音(ことね)は分かっていなくとも、琴音の婆様(ばばさま)には分かっていた。それで良いではないか」


 きっと俺と同じ気持ちだったはずの六原は正法さんを慰めようとしたんだと思うが、しかし口にした言葉はやはりオカルトめいていた。

 正法さんのばあちゃんは、もう一週間も前に亡くなっている。だから、こんなことを言われたら普通の人は「何言ってんの?」と思うはず。


 だが、残念ながら(・・・・・)俺はそうではなかった。

 つまり、信じているかどうかは別として、六原が話す内容に見当がついていた。その理由は、もちろん母ちゃんから話を聞いたことがあるからだ。

 嫌な感じだ。流れが悪い。なまじ知識なんぞ持っているからこんな気持ちになるんだろう。全部母ちゃんのせいだ。

 

「生前、空沼を婆様に会わせたことがあるじゃろう」


「うん。確かに、一度だけ家に連れてきたことがあるかな。おばあちゃん、『あの子はどういう子?』って気にかけてた」


「婆様の死後、ラップ現象はいつ出ておった? それは決まって、空沼と電話している時ではなかったか」


 過去の出来事に思いを()せるように、しばしの間、正法さんの視線が宙を漂う。


「……確かに」 


「それがなんだってんだよ。非常識なことをいつまでも言いやがって!」


 いくら母ちゃんから話を聞いていたからって、俺だって実際に心霊現象なんて見たことはない。こいつの話の内容に見当がついていたからといって、幽霊なんてものを本当に信じてるわけじゃない。

 だから俺はあえてこう叫んだ。科学的で常識的な結論へ、話を修正させなければと思って。

 六原はそんな俺へ、さらに非科学的で非常識な結論を()びせる。


「ラップ現象の正体は琴音の婆様じゃ。婆様は死後、霊となったあとも空沼のことがどうしても気になって、奴に張り付いて様子を(うかが)っておった。それで空沼の家での邪悪な集会を目の当たりにしたんじゃ。

 琴音に危機が迫っておることを察知した婆様は、なんとかして琴音に知らせようとした。それが心霊現象の正体じゃよ」


 ソファーの肘掛けで頬杖を突きながら、パンツが見えそうなほどに短いスカートを履いているくせに大胆に足を組んで自信満々に言い切る六原。

 この攻撃的(・・・)な回答へ対抗するために考え込んでいたからか、俺は、見えていたはずのパンツを見逃した。


 良くない展開だ。

 こいつの言っていることには何の根拠もない。だけど、当初悪霊だと思っていたものが実は守護霊だったという、正法さんの気持ちに寄り添っている形になっているのが如何にも良くない。

 雰囲気的に出来上がっている。場の流れというのは得てしてそういうものに左右されがちだから。そのせいで、正法さんは既にもう六原に(ほだ)されたかのような表情だ。


 こんな事態をもたらしている諸悪の根源は、六原が空沼のスマホロックを外せたということ。この一点が、根拠のないはずの「ばあちゃんが正法さんを心配しているから化けて出た説」をまるで真実であるかのように見せている。

 逆に言えば、そこさえ崩せば霊の話も胡散臭さが漂ってくるはずだ。

 

「そんないい加減なことを言って、正法さんを騙したりするべきじゃない」


「いい加減? どうしてそう思うんじゃ。空沼の悪事は事実だったじゃろう」


「空沼たちがやってること、どうせお前は最初から知ってたんだろ」


「婆様から教えてもろたのじゃから知ったのはさっきじゃ」


「空沼のスマホのパスワードもだ。あらかじめ知ってりゃ可能だ」


 実際にそんなものを知ることができたかどうかは別として、だが。

 まあ、こういう話は理論的に実行可能だということが重要なのだ。

 反論しようと画策する俺の様子を見て、やれやれといった風情で六原は肩をすくめる。全く(ひる)んだ様子はない。


 実は、ここから六原がどう返してくるか俺は見当がついていた。

 だけど、その見当の通りでなければいいのに……とも願っていた。

 そうすれば、このまま穏便に終わる。母ちゃんと同じ仕草で遺品に触れるこいつの様子に心をざわつかされたことも、しばらくすればまた忘れることができるだろう。


「儂には、親しい人間以外には話していない秘密があっての」


 しかし嫌な予感は的中するものだ。

 さっき正法さんのばあちゃんの部屋で見た光景。こいつが遺品に触れていく様子で気づいた、非科学的で非常識な発想。

 それを、こいつは是が非でも俺に認めさせようとするんだろう。最初からそういう勝負だから、仕方ないと言えば仕方ないんだが。

 やはりこのオカルト信者とは、どう足掻いても真正面から戦わなければならない。俺は、まるでこれから母ちゃんと向かい合うかのように錯覚していた。


「物質に込められた残留思念を、その物に触れることで読み取れるんじゃ」


 ドクン、と鼓動が踊る。

 やはり想定通りの超能力を出してきた。現実にその能力が実在すると本気で信じている奴に出くわしたのは母ちゃん以来、初めてだ。俺は目を見開き、こいつの背後にいる母ちゃんの幻影を見据えながら掻きむしるように胸を手で掴む。


 なんとかしてマウントを取らないと。このままじゃ飲まれる。場の流れを引き寄せるんだ!

 よく見りゃ六原はもうドヤ顔をしてる。「そのくらいのことは知ってる」ということくらいはアピールしておかないと気が済まねー!


「通称『サイコメトリー』。物質に宿った物言わぬ死者や霊の思念を読み取り、霊と生者の橋渡しをする異能、だろ」


 場が静まり返った。

 どうだ。こっちだってそのくらいの知識は持ってんだよ!

 俺は調子に乗る。


「死者の霊は、その霊が生前に思い入れのあった遺品や場所に取り憑くんだ。

 そして、さまざまなものがその遺品や場所に積み上げられていく。

 生前や死ぬ瞬間に込めた思いだけでなく、霊となってから蓄積した『思い』も、『感情』も、『記憶』もな。

 長いあいだ霊の()り所となっていた遺品や場所には、それに比例して強烈な思念が累積し、滞留し続ける。時にはそれが怨霊とか呼ばれるんだ──……」


 だから、霊になってから知ったはずの空沼の悪行も、遺品に記録されていたんだろ……ということまでは言わなかった。


 つまり、俺はここでようやくハッとしたわけで。

 マジで滝のように冷や汗をかいた。

 何をペラペラ喋ってんだ俺! なんでもっとよく考えなかった俺! ……と心の中で絶叫する。

 正直この場で暴れ回りたかったがもう手遅れだ。ああ、全部後の祭り。何のマウントも取れずにただ俺がオカルトマニアであるかのような印象を与えただけだったろう。

 その上、わぁ……守勢(もりせ)くんって霊に詳しいんだね、なんて正法さんから無邪気に褒められてしまう始末。もう死にたい。


「まあまあ合っとるが……しかし『霊と生者の橋渡しをする異能』か。……はは。気に入った。そこは一般の人間では思いつかん解釈じゃな」

 

「……昔、そんなことを言ってた人がいてね」


 肩を落としてうつむいた。自分が冷静でいられなかったことがショックだ。こんなに取り乱すとは。まぁトラウマってのはそもそもそういうものなのかもしれないな……。





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