8 クソ野郎・空沼の最期
「うぬの悪友である高橋、上田、山崎の三人をお前の家へ招いてダベっていた時の会話のことじゃよ。それを全て言い当ててやると言うておる」
くっくっく、と空沼はほくそ笑む。
当然だ。そんな会話の内容なんて分かるわけがない。盗聴でもしていれば話は別だが、それだとむしろ六原が犯罪者として捕まってしまう案件だ。
しかも、ここまで言っておいてさらに嘘八百を並べれば、名誉毀損を盾にして空沼からどういう要求をされるかわかったもんじゃない。こいつは間違いなく六原のカラダが目当てなんだ。
六原がこれ以上余計なことを喋らないように、ここで止めなければならないと思った。
「おい! もうこれ以上はやめとけ」
「守勢くん? だめだよそれは。ここまで俺のことをケチョンケチョンに言っておいて、今更『ごめんね』で済まそうとかあり得ないんだけど。さあ、言えるもんなら言ってみなよ。作り話だったら、君に何をしてもらおうかな……」
空沼の顔が邪悪に歪んでいく。そらみろ、言わんこっちゃない!
俺は気が気じゃなかったが、なぜか六原には全く動じた様子が見られない。
こいつは身振り手振りを加え、棒読みで下手くそな演技の入った寸劇を演じ始めた。
「上田『やるじゃん! くっそ、一軍女子五人目かぁ──。やっぱ蓮には敵わねぇな。コツはなんなんだよ?』
空沼『すげー可愛い、誰よりも好きだ、俺にはお前しかいない、って言やあ、大概落ちるよ』
山崎『そんな単純なもんかよ? お前の顔だからイケんじゃねーのか。いきなり声掛けたって率は悪いだろ。それに、可愛い子なんて大概彼氏持ちだろーよ』
空沼『もちろん、いくら俺が声を掛けたからって、レベルが高けー女になるほど彼氏を裏切って他の男へ行くのはそれなりに理由も時間も要る。つまりよ、こりゃ裏切っても仕方ないって理由を彼氏の中に見出す時間を与えてやると、ウルトラスムーズに事が運ぶんだ。だから普段からの営業力がものを言うわけよ。常にその子に優しくしたり共感しながら好き好き言いつつ待ってりゃ、すぐに小さな不満を彼氏の中に見つけて勝手に裏切る理由にまで大きくしてくれる。それに、そもそも一〇人くらいキープ作っときゃ、どれかは必ず彼氏とうまくいってない奴がいるしなぁ。くっくっ』」
やけに詳しい会話だ。作り話にしては内容が細かすぎる。過去に空沼がやってきた所業を奴自ら語っていると言われれば納得がいくくらいの印象だ。
空沼は、口を半開きにして目を見張っていた。
六原は続ける。
「高橋『それにしてもよ、正法琴音っていやあ、マジで学校で五本の指だぜ? 彼氏はいたのかよ』
空沼『それがラッキーなことにフリーでよ、雑談したあと【ずっと前から琴音のことだけを見てた、大好きだ】って言ってやったら即落ちだったぜ。案外純な女だったから落とすのは訳なかったけどさ、逆にそのせいで撮影すんのは恥ずかしいとか言われてまだハメ撮りミッションは達成してねーんだよな。今週の金曜、あいつの親がいねー間に、あいつの家に行く予定なんだよ。そん時にはミッションコンプリートだ』
上田『なら、上映会は土日かぁ。ってか、お前そのうち捕まりそうだな』
空沼『はははっ。最悪、この動画がありゃあ女どもは俺に逆らえねーよ。誰が動画の拡散覚悟で俺に楯突くってんだ? 割に合わんだろ』」
六原が流れるように喋った、驚愕の内容。
事実関係はわからない。
だけど、さっきまで余裕だったはずの空沼の表情がこわばっているのを、その場の全員が見逃さなかった。
「はっ……な、なかなか想像力豊かだよな、六原さんは」
メンタルフリーズ状態から解放された空沼は、ヘラヘラ笑いながらようやくこの弱々しい一言で反撃を試みた。
しかし、受けたダメージからは完全回復していなさそうな印象だ。それがまた六原の話に信憑性を与えるハメになっている。
「観念せい。目論見を暴かれた以上、うぬは琴音を好き勝手に弄ぶことはできん」
「……ば、馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。なあ琴音。お前はこんな根も葉もない話より、俺を信じるよなぁ?」
無言のまま、眉根をグッと歪めて空沼を見つめる正法さん。
俺たちの顔を順に眺める空沼の額や頬には、焦りの汗が伝っている。
「違う! そんな目で俺を見るな! 俺は絶対にそんなことやってねーし、琴音の動画を撮ろうとしたのはあくまで俺の思い出作りのためだ! 琴音だから綺麗な姿をとっておきたいと思っただけで今まで一度もそんなことはしてねーし、仲間内で鑑賞しようなんて考えたこともねー!」
空沼は認めなかったが、スマートさが無くなったことが明確に動揺を表していた。
だからといって六原の話に証拠は無いから、こう言われてしまえばこれ以上の追求はできないだろう。
この先の展開がどうなるのか俺は全く予想できなかったが、六原は依然として全てを見切ったような顔。
さっきまで空沼がやっていた余裕顔を、今度は六原が作ってため息を漏らす。
「なんとしても潔白だと、白を切るんじゃな」
「当たり前だろ! やってもないことをいつまでもぐだぐだと──」
「なら、うぬの行いを証明する良い手段がある」
六原は、スマホを取り出した。
「……それ、俺の! いつの間にっ」
六原が手に持っていたのは空沼のスマホだったらしい。こいつ、いつの間にスったんだ?
それだけでも驚きだが、何と六原は慣れた手つきで画面ロックを解除する。
「……え? なっ、なんでてめえが俺のスマホのパスワードを?」
「どうせ見せろと言うても見せんじゃろ」
ロックが解除され、写真フォルダの動画アルバムが一欄表示されたスマホ画面を、六原は印籠のようにこちらへ向ける。その画面には、大勢の少女たちの動画が収められていた。
次に六原は、俺には画面が見えないよう配慮しながら順次再生し、音声を聴かせてみせた。
正法さんは、空沼を睨みつける六原の隣に張り付いて、空沼のスマホ画面を凝視している。
いくつかの動画再生が終わると、正法さんは傷ついた瞳で空沼を見つめた。
「蓮。なんで。こんなこと」
「ちっ、違う……違う」
首を横に振りながら空沼は後ずさる。
「何度も言わすな。観念せい。うぬが素直に認めんのなら、高橋、上田、山崎に鑑賞会のことを吐かせてやるぞ。それが嫌なら二度とこのようなことはするな愚か者」
空沼は、まるで電池が切れたように止まる。
と思うと、突然震えるように笑い始めた。
「はは。ははははは! お前……勝手に人のスマホを。訴えてやるからな!
……そうだ! それに、さっきも俺の部屋でしかやってない会話を知ってやがった! 俺の部屋に、盗聴器を仕掛けてやがるんだあああ! 部屋を調べれば絶対に証拠があるぜ! あははははは!」
壊れたロボットのように喋り続ける空沼。
メッキが剥がれたイケメンは、虚しいくらいに空っぽに見えた。
六原は興味を失ったかのようにそっぽを向く。
「勝手にせい。無断でうぬのスマホを見た儂の行為を立証するのは困難じゃと思うが、公に訴えようというなら儂はうぬの所業を皆にバラしてやるぞ。さっきの動画、見覚えのある女子生徒が何人もおったな。儂の言うことを皆が信じるかどうか、試してみるか」
「う……うあああああああ!!!」
とち狂った空沼は、叫び声を上げて六原に飛び掛かる。
俺は、反射的に動いていた。
六原を乱暴に掴もうとする空沼に、俺は手加減なしの猛烈タックルをぶちかました。陰キャ認定したはずの俺から反撃を喰らうとはこれっぽっちも思っていなかっただろう空沼は、簡単に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
「お前は暴力なんて振るう前にやることがあるだろが。正法さんに謝れ、このクズ野郎」
空沼は膝から床に崩れ落ちる。
六原は、涙をいっぱい溜めて唇を噛んだまま固まる正法さんの腰に、そっと腕を回した。