7 夢か現か
「……ポー。イッポー!」
遠くから、俺の名前を呼ぶ女の子の声がする。
名前……ってか俺のことをイッポーと呼ぶ女はこの世に一人しかおらんなぁ。
眩しげに薄目を開けると、真っ白な天井に割り込む六原と正法さんが見えた。やっぱこいつだなと分かってどこか安心している自分に驚きだ。
それとは別のことでも俺は心底ホッとしていた。あのとんでもない体験も夢というなら全て解決する。夢オチかよと思わんでもないが今はそれに助けられた気分だ。
「……おー。俺、寝ちゃってたんだな」
「うぬだけではない。全員が気を失ってこのリビングで倒れておった。間違いなく霊の仕業じゃろう」
またこいつはこんなことを。一体何を根拠にホラ吹いてんだマジで。せっかく助けられた俺の心を再び奈落に突き落とそうとすんな馬鹿。
ていうか、え? その話が本当だったら祓魔師のお前も速攻でやられてたことになるんだけど。全然ダメじゃんか……。
結果的には何もされなかった訳だし、やっぱりさっきのは夢で六原が言ってることはホラだったんだろう。それはそれで俺の考えが正しいことが証明されたことになるので良いんだけどね。
それにしても、めちゃくちゃ怖い夢だったな。
なんかまだ頭がボーッとしてるし。
「俺、やっべー夢を見ててさ。ゾンビがうろつく家の中で、必死に逃げ惑う夢」
「夢ではない。まさに同じ体験をここにいる全員がしておる。夢ならそんな偶然はあり得んじゃろう?」
まだ言うか。寝起き一番からしつこいこいつは、どうしてもさっきの夢が心霊体験だと言いたいらしい。めんどくせーけど、ここは早く全否定してやらんと!
が、俺が反論してやるまでもなく、自信満々に言い切る六原の意見を空沼が一刀で叩き切った。
「いやいや、偶然かどうかを論じる話じゃないでしょ。夢以外に何があんの。なあ、琴音」
「うん……でも、やけにリアルで。こんなの初めてだよ──……守勢くんは、どう思うの?」
この場にいた全員がホラー現象を体験したようだが、どうやらそれが夢か現かで意見が分かれているようだ。
六原は信じる派、空沼は信じない派、正法さんはどっち付かず。なら、俺の意見で何かが決まるのかなぁ……なんてボヤッと考える。
全員が同じ夢を見ていたとするならかなり奇妙な体験だが、だとしてもそれが霊の仕業だと言い切るのはいくらなんでも暴論だ。
それに、「目を覚ます」という体験は間違いなくしたわけだから、ならばその前は眠っていたことになる。眠っている間に体験したことは夢だ。
こう言えば、六原はどう返して来るだろうか。
確かこいつは「全員が気を失っていた」と言っていた。
つまり、俺たちは霊に気絶させられたのであって、眠っていたわけじゃないと言いたいわけか。確かに、ここに集まった全員が一斉に眠るなんておかしいし。
催眠ガス? それも現実的じゃない。
うーん……どうやってこの仙人を倒してやろうかな。
「あのさ。もういいだろ? 何時だと思ってんの。確かに妙な音がしたのは間違いないけど、結局はそれが何かのかは分かんないんだしさ。だからって君らは一晩中ここで見張るっての? 幽霊なんて信じてそこまでするなんてちょっと異常だよ」
空沼は分かりやすくイライラしていた。
まぁ俺も空沼と似たような意見だ。幽霊を本気で信じたりしたら周りからの反応なんて総じてこんなものだろう。過去、俺が体験してきたのと同じだ。
場の空気が解散に向かおうとする中、六原は毅然として言う。
「ところでな。琴音、悪いことは言わんから、この空沼と付き合うのだけはやめておけ」
いきなり何を言い出すのかと全員が固まった。
空沼は怒っている様子を見せなかったが、もちろん目は笑っていない。
「……六原さん、突然何を言ってんのかな」
「うぬが、琴音と付き合うに値しないクズだという話じゃ」
「なんでそういう話が始まるわけ? 俺が幽霊を信じなかったから怒ってんのかよ。常識で喋っただけでしょー」
あはは、と空沼は嘲笑する。
六原は無表情だ。
正法さんは、空沼と六原へ交互に視線を移していた。
「うぬは女を落とすゲームをしておるな。そして、ベッドを共にした女子生徒との情事の様子を撮影しておるじゃろう。しかもその動画を仲間内で鑑賞しておる。琴音をそんな目に遭わせることはできんと言うておるんじゃ」
俺は一体、何を見せられているんだろう? 幽霊を証明してもらうためにここへやって来たはずだったが、もはやそれとは何の関係もないやり取りが始まった。
俺と同じく、空沼も唖然としている。
「……なんのつもりか分かんないけど、とんだ言いがかりだよね。まぁ俺って恨み買いやすいからなー。そんな話、誰から吹き込まれたの?」
「ミココ。まさか」
「ああ。そのまさかじゃ」
なぜか正法さんは六原の言っていることが理解できているような反応。しかし俺には分からない。もちろん空沼もそうだっただろう。
六原は、俺と空沼がこの謎会話を咀嚼できるように、端的に事情を説明した。
「琴音の婆様から全部教えてもろたんじゃ」
端的だが中身はぶっ飛んでいた。このセリフを聞いた空沼は、頭のイカれた馬鹿を見る顔になる。
もちろん心霊現象否定派の俺も不快度はマックスだったが、今回はそれよりも老婆心が勝った。俺に話した時とはわけが違う。学校で影響力を持つ空沼がいる場なんだ。
陽キャ一軍男子のこいつに噂でも広められたらさすがの六原も終わりだろう。カースト上位から一気に滑り落ちる。
だから言ったんだこの馬鹿。マジでどうしようもない馬鹿だ。俺も同じ目に遭ったことがあるから、これから六原がどういう末路を辿るか知っている。
その結果、きっと六原は傷ついてしまうだろう。
俺は六原のことが他人事に思えなくなってしまってたんだけど、六原は、そんな俺の気持ちをバッサリと斬って捨てた。
「では、お前が自宅で仲間と話していたクソッタレな会話を、これから全て言い当ててやろう」
「……は?」
空沼は目が点になっている。
六原の話は、どんどん意味不明な方向へと進んでいった。